閑話 秘密メモ【青き階段にて】
「何を書いてるんですか?」
僕は、『青き階段』の賭け屋ことトビアスさんに話しかけた。
「なんだクリフか。お前も乗るか?」
僕はトビアスさんのノートを覗き込む。
【トレイシー・モーガンの夏祭りのパートナーについての賭け】
「ちょっと趣味悪くないですか?」
「そう言うなよ。
もう、みんな興味津々なんだよ。『青き階段』の外でも話題なんだ」
トビアスさんは悪びれた風もない。
ナガヤ・コジロウ……2.3倍
ギャビン・グレイ……3.2倍
ここまではいい。
二人とも公衆の面前でトレイシーを夏の祭りに誘った。
二人は実にオープンで、隠す様子もない。
だが。
シオドア・ストーレイ……1.6倍
「このシオドア・ストーレイというのは何ですか?」
「そりゃ、大本命だよ」
賭け屋トビアスは、ニヤリとした。
「シオドアがトレイシーを誘ったって噂は聞きませんが、大本命なんですか?」
「大本命だな」
トビアスさんは頷いた。
トビアスさんがそういうならそうなのか。うーん。
僕は続きを見る。
女性または近い身内と行く……1.5倍
夏の祭りに行かない(一人で行動する場合を含む)……2.5倍
そして。
「なんですか、このクリフ・カストナー10倍って」
「それはにぎやかしだな」
「にぎやかしですか」
「なあ、クリフ。お祭りはどうするんだ?誰かと行くのか?」
僕は一瞬迷ったが、素直に答えることにした。
「妹と行きますよ」
「お前、妹なんていたっけ?」
「つい最近できたんです。祖父母経由で」
「なんだそりゃ」
「出ていった母さんと再婚相手との間の娘です。母方の祖父母から紹介されました。
魔術の才能があるようで」
血のつながった妹として紹介されたが、なかなか強烈だった。
要は母さんも持て余してる。
「ほお。かわいいのか?」
「まだ8歳ですよ。すごく生意気ですね。
何故か妙な具合になつかれまして」
「要はお前みたいに生意気と」
「僕は無口な子供でしたね。内心はともかく、口に出しませんでした」
僕がペラペラ喋りはじめたのは、もう少し後だ。
「本当かぁ?まあともかく、妹といっしょに行くわけだな」
「はい。連れてってくれとねだられまして」
妹は昔の僕のような苛立ちと焦燥を抱えている。それは多分間違いない。
「それはご苦労さんだな」
そう言いながら、賭け屋のトビアスさんはクリフ・カストナー20倍と書き換える。
「なんですか、それは」
「倍率に釣られて1ゴールド賭ける奴がいるかもしれないだろ?」
結局、この賭けは成立しなかった。
受け付けの女性陣が、賭けの内容が耐え難いとクランマスターに訴えたからである。
本日、あと2話投稿予定です。