第28話 異種族の言葉
レヴィが西瓜を切って持ってきてくれた。
両手にお皿を持ち、尻尾!にお盆を乗せて運んでくる。
ゴブリン族の尻尾、すげー。
エルフのセリアは目をまん丸にしている。
気持ちは分かるよ。
アタシも同じ気持ち。
「あわわわ、ゴブリン族の尻尾、はじめて見まシタ」
「レヴィもエルフ族を間近で見るのははじめてナリ。とっても長生きだって聞いたナリ」
「長生きなんてぜんぜんデス。私は60歳を少し超えたばかりなんデス」
セリアは60歳を少し超えた所ね。
ロイメ人としてエルフの年齢ネタは聞き飽きた。
アタシはもう年齢では驚かない。
「ひょえー。レヴィはまだ14歳ですナリ」
レヴィにはエルフの年齢ネタは新鮮だったようね……、って、ちょっと待った!
「ちょっと!14歳って、ダンジョンにまだ潜れない年齢だよ!」
アタシは会話に割って入る。
ロイメのダンジョンに潜れるのは15歳からだよ!
「ゴブリン族の成人年齢は12歳なんですって」
ネリーが冷静に言う。
「そうですナリ。12歳になれば結婚の女神様の前で結婚できますナリ。
レヴィは大人ですナリ」
「ほぉほぉ、ではレヴィさんは、これ以上尻尾は伸びないのですか?」
セリアはレヴィの尻尾に興味津々だ。
「はい、身長の伸びも尻尾の伸びも止まってますナリ」
レヴィは答えた。
いやね、レヴィが良くても冒険者ギルドがどう思うっかってことだよ。
「でも、冒険者ギルドの法律的にどうなるのよ?」
お上ってのは、こういうことにうるさいモンよ?
「ケンタウルス族は14歳からダンジョンに潜れる特例があるわ。
ケンタウルス族の成人年齢が14歳だから。
シオドアはその辺りの法律を使ったんじゃない?」
ネリーが言った。
あーはいはい。
つまり、頭の良い人達から見れば、法律の穴はいっぱいあるわけね。
まあ、そんなもんか。
その後しばらくレヴィの尻尾のお触りタイムになった。
セリアは毛皮の感触にえらく興奮していた。
一方で、スザナはひたすら沈没していた。
アタシ達は西瓜を食べ終えた。
種が床に落ちている。食べながらレヴィが落とした。スザナが復活したら怒るだろうね。
アタシは基本気にしない。後で掃除をすれば良い。
もちろん先輩特権でレヴィにやらせるけど。
「で、トレイシー。
ナガヤ・コジロウがあなたに惚れてるのは間違いないとして、彼と夏の祭りに行くの?」
ネリーが話題を変えた。
「あ、うちのスザナのことは気にしなくて良いデスよ。先生も先輩も言ってまシタ」
セリアがそう言うなら、そのままその通りの意味だろう。
アタシはコジロウを思い浮かべる。
間違いなくイケメンだ。
何より強い。
試合で戦ったから分かる。
コジロウと二人で夏の祭りに言ったら、ロイメの話題の中心になるだろう。
ロイメの普通の女の子達から羨ましがられるだろう。
でもサ。
「あの男、浮気しそう」
コジロウの第一印象はこれ。
あの男は風のような男だ。風は捕まえられない。
それでも良いかと思えるぐらい魅力的なのも分かるけど。
「トレイシー、よくお聞き」
ヘンニが重々しく口を開いた。
「?」
「トロール族の言語に『浮気』という言葉はない」
「なぜ?」
「トロール族の男は必ず浮気するものだからだ」
あぁ゙?なんやそれ。
「つまり『浮気』が当たり前過ぎて、言葉で定義する必要もないということね」
「興味深いデスねぇ」
ネリーとセリアの魔術師二人組は納得してるけど、アタシは納得いかないわい。
「何よそれ!」
「種族によって婚姻の形、そして愛の形はそれぞれ異なりマス。
人間族なんて同族でも異なりマスよね」
エルフ族のセリアは言った。
「ロイメは一夫一婦制だけど、南の方は一夫多妻制だしね」
人間族のネリーは言い、さらに続ける。
「ほら、『結婚の神は百の顔を持ち、愛の神は千の顔を持つ』って言うじゃない?それよ」
あぁ゙ぁ゙?
この女魔術師二人組、ホントろくなこと言わないってば。
魔術師ってみんなそうなの?
「しょうがないわね。
私がトレイシーにトロール族の結婚制度について解説してあげるわ」
教えたがりのネリーが鼻高々で言った。
「そうさね、あたしよりネリーの方がうまく話せるだろう」
ヘンニが言った。
トロール族のヘンニが言うなら、仕方ない。
ネリーの解説、聞いてやろうじゃない。
「トロール族は男女別住の種族です」
「なにそれ?」
「トロール族は、男の集団と、女の集団が分かれて暮らします。
便宜的に男の部族、女の部族とよぶわね」
「例外は子供ね。子供は幼い頃は男女問わず女の部族で養育されます。
男はある程度の年齢になると、男の部族に引き渡せれます。
だいたい13歳だって聞いたわ」
「間違いないね。あたしの村も13歳だった」
「トロール族の男は、男の部族で狩りを学び養育されます。
最初は部族に庇護される者。
それから、部族の底辺へ、やがて中堅へと成長していきます」
「まあ、そんなもんだよ」
「男の部族と女の部族は、定期的に交流し、交易を行います。恋愛もここで行われます」
ヘンニは頷いた。
「トロール族の婚姻では、男は女の元に通います。それだけです。何もしません。
子供が生まれたら、女の部族で育てられ、成長します」
「一応はね、トロール族の男も、女や子供に贈り物をしたりはするんだよ。
子供も基本的に父親の部族に預けられるよ」
ヘンニがちょっと切なそうに話した。
「最後に重要な話です。
トロール族の男の部族は、あちこちの女の部族と交流します。
当然それその部族に妻がいて、子供がいます。
つまり、トロール族の男は必ず浮気をします。
以上です」
ネリーの話は半分ぐらいしか頭に入らなかった。
でも、トロール族が人間族とはぜんぜん異なる種族だと言うのは分かった。
いわゆる人間族の『夫』としては、不適格なのも。
そして、トロール族の女が強いと言われる理由も。
こりゃ強くなるしかないわ。
「トロール族のこのような習慣が、ロイメであまたのハーフトロール族を生み出しています。
トロール族の男にとって、子供を女に押し付けるのは種族的に当たり前のことです」
ネリーは堂々と宣言した。
ハーフトロール族のスザナの前で。
スザナは沈没したままだった。