第27話 緑の使者、壁ドンについて語る
周りの視線も気になるけれど。
ともかく、この花束、どうしよう。
捨てるのはダメ。もったいない。
初めてもらった夏の花束だし。
今から下宿に帰るのは、西瓜が重いし。
ちょっと考えた後、アタシは背嚢を開けて、一番上に花束をそっと置いた。
目立たないように持って行こう。
アタシがレヴィの家の扉をノックした時、鍵を開けたのはヘンニだった。
珍しい。ヘンニがここに顔を出すのはふつう午後からなのに。
アタシ達は、ロビーの隅のソファーとテーブルをたまり場にしている。
スザナがいるし、いつもきれいに掃除してあるよ。
でも、その日スザナは完全にテーブルに突伏していた。これも珍しい。
「ネリー、西瓜は買ってきたよ」
アタシは花束が目立たないように背嚢を開ける。
「西瓜どころじゃないでしょ、トレイシー。
花束よ、どこにやったの?」
ネリーが言った。
何で知ってるのよ!
西瓜は、レヴィが井戸水で冷やしてくれた。
花束は、ネリーが小さな花瓶に生けてテーブルの上に置いてくれた。
アタシは呆然としていた。
「何で知ってるのよ?」
「まあそのサ」
ヘンニが口を開いた。
「朝から、ナガヤ・コジロウが身綺麗にして、真剣に夏の花束を選んでいるってトロール族の友人に聞いたからさ。
おそらくは、トレイシーの所に行ったんだろうな、と」
それだけでわかるの?何でよ!
「まあその、トレイシーはコジロウと試合して勝っただろ?」
「ええ。アタシながら大金星よ」
「あの状況でトレイシーに惚れないトロール族の若い男はいないってことだよ」
ちょっと待って。理屈が通じてない。
これ、アタシの頭が悪いせいじゃないと思うよ。
コンコン。
玄関がノックされた。
シオドアなら勝手に入ってくる。客かな?
アタシは席を立つ気分ではなかった。
なんていうか、まあ。
アタシの代わりにネリーが立った。
そして。
「お久しぶりデス、皆さん、『緑の仲間』のセリアです!」
元気な声がロビーに響いた。
珍しい顔だ。
ネリーに案内されて現れたのは、エルフの女魔術師セリア。
えーとさ、スザナが別の冒険者グループ『緑の仲間』から出向中だってことは以前に話したよね?
セリアは『緑の仲間』でのスザナの同僚なんだわ。
セリアは、実年齢はエルフだから分からないけど、エルフとしては若いと思う。
人間族の基準だと、見た目は15〜6歳に見える。
小柄で細身、灰金色の髪に青い目。
アタシとは別の意味で、言いたいこと言いまくるズケズケキャラなんだよね。面白いけど。
セリアはすたすたと歩いてスザナの側に来る。
「先生が予想した通りデス。スザナの辛気臭さ度MAXデスね。
顔を上げなサイ。
迷惑をかけてるようなら、引き取って来いと先生と先輩から言われていマス」
セリアは早口でスザナに話しかけた。
「先生が?」
机に突伏していたスザナがのそっとうごいた。
顔が赤い。泣いた跡かな?ついでに酒くさい。
ちょっと!
周りも止めなさいよ。
「先生はなんておっしゃってた?」
スザナは借りてきた猫のようだった。
「『お世話になったと、周りにお礼を言って帰って来なさい』先生から伝言デス」
「他には?」
「先輩からもう一つ。『根本的に気合いが足らんのや。自業自得やで。帰ってきたら鍛えなおすさかい、覚悟せえや』だそうです」
スザナの目に泉が湧き出た。
「先生……。ごめんなさい。期待に添えずごめんなさい……」
スザナはボロボロ泣き出した。
これ、さっきまで泣いてたのとは、別の理由になるのかな?
しくしくとスザナはテーブルの上で突伏して泣いている。
ちょっとさ、いやさ、そのさ。
「待って」
アタシは言った。
「スザナが帰りたいっていうんなら帰ってもいいわよ。でも、何が起きてるか全然分からないわけよ。
なにより、『緑の仲間』が何でもお見通しなのが《《すごく》》気に食わない
分かるように説明して」
アタシはこの件について、もうちょい知る権利があると思うよ。
「トロール族にとって、強さは絶対の価値があるんだ。
だから、トロール族の男にとって、強い女はとても魅力的なわけだ」
ヘンニがちょっと背筋を伸ばして話した。
「つまり、トロール族の血を引くナガヤ・コジロウは、トレイシーと試合をして負けた。そして、トレイシーに惚れた。
そういうことよ」
ネリーが要約した。
「ちょっと単純すぎない?トロール族」
「でも、見事に状況はそろってるんだよ。
同世代の女、華麗に敗北、屈辱と憧れ」
ヘンニがボソボソと言う。
「ヘンニもコジロウと試合して勝ってたじゃない」
覚えてる。あの時ヘンニは絶好調で、見事にナガヤ三兄弟を三タテした。
「まぁ、あたしは『年上の女枠』だからね」
なんじゃそりゃ。
「トロール族はさ、人間族と違って三十歳過ぎまで身体が大きくなる種族なんだ。
二十歳を越えても背が伸びるし、何より骨が太くなって筋肉が付く。
だからトロール族の三十歳の熟練の戦士は、二十歳の若い戦士より強い」
フムフム。そして?
「だから若い戦士が年上の女戦士が試合をして、負けることはままある。
悔しいが、それは誰もが乗り越える壁なんだ。
若い男は強い年上の強い女に惹かれるけど、そこまで運命的な出会いではない」
だから何が言いたい?
「えーとデスね。先生や先輩に聞いた話なんですケドね、トロール族の若い男は意外と『乙女』だそうです。
見かけはアレですが」
「で、試合して負けると、ドキドキして惚れちゃうわけね」
ネリーが言う。
「負けると屈辱を感じるンだけど、それ以上に胸がキュンとするんだよね」
ヘンニがこたえる。
「屈辱と胸キュンか。
……。
分かった!これ、一種の男女逆転の壁ドンだわ」
ネリーが宣言した。
なんじゃそりゃ。
「……男女逆転の壁ドンか。ふうむ、良い例えかもしれないね」
ヘンニも同意する。
なんなんじゃそりゃ。
いや、壁ドンは知ってるよ。
「フムフムフム。確かに、確かに。
考えれば考えるほど良い例えかもしれまセン。
では先生と皆様の意見を元に、不詳セリアがトレイシーさんに解説シマス。
トロール族のヘンニさん、何かおかしい点があれば訂正を願います」
ヘンニは頷いた。
「トロール族の若い男は意外に乙女デス。
女戦士との試合に負けると、彼らの乙女モードにスイッチが入ります。
屈辱と憧れ、心臓はドキドキです。あえて言うなら、壁ドンされたような状況です」
「そんな感じサね」
ヘンニが言った。
「でも、年がうんと離れた女性だとそこまでドキドキしません。
人間族の若い女性がオッサンに壁ドンされてもあんまりドキドキしませんよね」
「それどころか、恐怖と嫌悪だわね」
ネリーが言う。
「嫌悪はそれほどじゃないんだよ。トロール族は年上だろうと基本的に強い相手が好きだから」
ヘンニは言う。
「では本題の、同世代の女性に負けたパターンです。
これは人間族では、同世代の若いイケメンに壁ドンされた状況に対応します。
もはや惚れるしかないわけです」
「それだけじゃ足りないね。
人間族の女に例えるなら、危ない所を助けられた上で、壁ドンされたぐらいのインパクトがあるよ」
ヘンニが言った。
「分かりました。
トレイシーさんは、乙女コジロウの危ない所を助けた上で、軽く壁ドンかまして去って行ったわけです。
乙女コジロウ、もう惚れるしかないわけです」
「かなり正確だね」
ヘンニは言った。
いや、違うでしょ。多分だけど。
オマケ
『緑の仲間』は様々な種族からなる女性中心の大規模パーティーです。
リーダーは先生こと怖いお婆さん。
第三部「雨が降れば虹が出る」は短期集中で投稿します。
本日、明日、明後日で第三部の恋愛模様は完結です。