第23話 南のサブダンジョンとラスボス
ロイメには、本ダンジョンの他にいくつかのサブダンジョンがある。
現在四つのサブダンジョンが生きている。
それぞれ、北のサブダンジョン、東のサブダンジョン、西のサブダンジョン、南のサブダンジョンと呼ばれている。
最も魔物が弱いと言われるのが南のサブダンジョンだ。
「南のサブダンジョンってどういう場所なの?」
ネリーが質問する。
「初心者向けダンジョンだな」
シオドアの答え。
「仕事帰りのオッサンが、今日の飲み代出ないかなって立ち寄る場所よ」
アタシの答え。こっちが正解だってば。
「なんでオッサンがダンジョンに寄るのよ?」
「仕事が終わりにダンジョンで魔物を二〜三匹狩って、運が良ければ魔石が出て飲み代ゲットってなるわけよ」
「でも、狩る魔物は、あの巨大ゴキブリなんでしょ?」
「そそ。他にもスライムとか、巨大団子虫とか」
「二人とも、とりあえず南のサブダンジョンのゲートまで行こう。
そこで冒険者ギルドに報告する。
メインと南、二つのダンジョンがつながるというのは大事件だ」
シオドアはアタシとネリーのおしゃべりを一旦止めた。
冒険者ギルドはハイレベル魔石を独占管理している。
ハイレベル魔石はメインダンジョン深層でしか取れない。
当然だがサブダンジョンのゲートの管理は、メインダンジョンと比べて緩い。
ましてや、初心者向けの南のサブダンジョンならね。
今回の事件は冒険者ギルドの屋台骨に関わってくる。
アタシ達はダンジョンを一人で彷徨うオッサンとすれ違った。
オッサンは、アタシ達の装備をジロジロ見てる。
アタシ達の武器も、装備も、背中に背負った荷物も、南のサブダンジョンにいる連中とは違うだろう。
というかさ、オッサンちょっと酒臭くない?
一杯ひっかけた帰りにダンジョンに来たとか?
そのうち死ぬよ。
「青助を連れて来なくて良かったな。
騒ぎになるところだった」
スケルトンの青助は、間違いなくここでは目立つ。
「あのオジサンは向こうに行っちゃったけど、ヘンニ達を放っておいていいの?」
ネリーが尋ねる。
「打ち合わせ通りだ。三人には明け方まで待ってもらう」
もし、一人のオッサンが隠し部屋までたどり着いても、ヘンニやスザナをどうこうするのは無理。そりゃもう絶対無理。
あと、隠し部屋に残ったヘンニ・スザナ・レヴィの三人組は、危険なことが起きれば逃げることになっている。
そこは打ち合わせ済みなのだ。
ヘンニなら、その辺りの判断はうまくやるでしょ。
アタシが最後に南のサブダンジョンに来たのは数年前だ。でも、道はちゃんと覚えていた。
ゲートまで先導できそう。
「お姉ちゃん、いい脚してんねェ」
途中の十字路で、別のオッサンが話しかけてきた。
さっきの男よりさらに酒臭くない?
言っておくが、アタシは普通のスボンを履いてるし、小剣を帯剣してるし、舐められるような格好はしていないはずなんだけど。
考えて見れば今は、深夜なんだよなぁ。
南のサブダンジョンは夜遅くなると、こんなに柄が悪くなるのか。
にしてもしつこい。
「うるさいなぁ、どっか行けっての!」
「どっか行けはヒデェなあー」
完全に酔っ払ってる。
蹴っ飛ばしてやるか、爆竹か、いっそ赤玉の実験台にするか。
やっぱり青助をつれてきた方が良かったかも。
「失礼、彼女は僕の連れだ」
シオドアが脇から出てきた。
「なんだよォ、男連れかよ〜」
オッサンはふらふら去って行こうとする。
男ってさ、同じ男、特にシオドアみたいな大柄な男が脅すとあっさり諦めるよね。
アタシがきっちり断ってもなかなか諦めないくせに。
男には男同士でしか通じない言語があるって祖父は言ってたけどサ。
「失礼だが、ゲートはどちらか教えてくれないか」
シオドアとオッサンは情報交換をしている。
「ゲートかぁ?あっちだよ」
酔っぱらい男は十字路の一つを指さすと、ダンジョンの奥へ歩いて行った。
「行こうか、みんな」
「そっちじゃないよ。あの男、間違ってる」
「そうなのか?」
「シオドアは、四年前のアタシの記憶と、酔っぱらい、どっちを信用するわけ?」
たぶんアタシの方が正しいはず。
この四年でダンジョンに大きな変化が起きてなければだけと。
結論言うよ。アタシが正しかった。よしっよしっ、ヨシッ!
ゲート近くは、通称『落書き通り』だ。
「この文字や絵は何?」
ネリーが質問した。
ダンジョンの壁一面に言葉やら、絵やら、線やら、名前やら書かれている。
なかには卑猥な言葉もある。
チョークの書き込みが多いけど、直接石に刻み込んだモノもある。
魔石ゲットで超ラッキー、初心者はゲートそばで半年修行しろ、待ち合わせ場所は十字路先に行く、ダンジョンよ飲んで潜ってオサラバで、etc。
読める文章はこんな感じ。
名前だけの書き込みも多い。
初ダンジョンで『落書き通り』の壁に名前を書くという慣わしがあるのだ。
まあ、冒険者にはそもそも名前しか書けない奴もいるけど。
ダンジョンの壁や床に書き込んだ文字はしばらくすると消えちゃうけどね。
「こんなことして何が面白いのかしら」
ネリーは眼鏡ごしにジロジロ壁を見ている。
アタシが初めてダンジョンに来たとき、小さくトレイシーと書いたのはナイショにしておこう。
あ、そうそう。
「ダンジョンの壁に書いた文字はしばらくすると消えるけど、書いた奴がダンジョンの中でで死ぬと、書き込みはいつまでたっても消えずに残るんだって」
アタシは軽く脅してやる。
初心者向け怪談だ。
「ちょっとトレイシー、私、そういう話苦手なのよ!」
あはは、ゴメン、ネリー。
死霊術師が怪談が苦手というのもおかしいけど、そういうモンかね。
南のサブダンジョンのゲートは、冒険者ギルドの職員が1人で座っていた。
初老で、髪は灰色、お腹が少し出ている。
本格装備のアタシ達にびっくりしていた。
この探索の最大の難関は彼だったよ!
彼はアタシ達が本ダンジョンから来たということを納得しなかった。
ダンジョンの出入りの名簿管理もいい加減なもんだった。
第五層で取ったハイレベル魔石をここから持ち出したヤツ、いるだろうなぁ。
結局、彼から冒険者ギルドに報告を上げることは諦めた。
南のダンジョンにアタシ達の名前だけ残して、本ダンジョンに戻る。
南のサブダンジョンと本ダンジョン、二つの名簿を照らし合わせれば、二つのダンジョンがつながっている証拠になるだろう。
『落書き通り』に小さくトレイシーの名前を書き込んだのは、秘密だ。