第15話 レヴィとアタシ
アタシは周囲を見回した。
明るい日差しに照らされた、白い壁に囲まれた中庭だ。
『冒険の唄』ではない。シオドアの、ストーレイ家の所有する家だ。
ロイメ中心部から離れているけど、庭付き一戸建て。金持ちだねぇ。
今回の探索はクランではなくここを拠点にする。機密情報が多いためだ。
何よりレヴィが目立ってしょうがない。
「トレイシーさん、こんにちはナリ」
下の方から声を掛けられた。
レヴィだ。
びっくりした。
レヴィは思った以上に小さくて、物陰に隠れてしまうのだ。
アタシは改めてじっくりレヴィを見る。
まず目に付くのは色彩だ。
真紅の髪、黄色い肌、エメラルドグリーンの大きな目。
真紅で癖のある髪はつやがある。髪はたてがみのように背中に流れている。流さは背中の真ん中ぐらいまでだ。
肌は真っ黄色。レモンみたいな色。
アキツシマ人の黄色味を帯びた肌とは、鮮やかさが違う。
顔立ちは全体的に小作りだ。
目がとにかく大きい。
でも、白目の部分は少なくエメラルドグリーンの虹彩が大きい。
鼻は小さく、少し反り返っていた。
「愛らしさとグロテスクさの境界」
そうネリーは表現した。
うまく言ったもんだと思う。
身長は人間族の子供ぐらいだが、人間族の子供より頭部が小さい。
肩幅は広めで両腕は身長の割に逞しく長い。
そして尻尾。真っ赤なフサフサとした毛皮に覆われた真っ赤な尻尾が上着の裾から見えている。
尻尾は腕と同じくらい、いやもっと長いかな。
こんな種族はロイメの地上には一人しかいない。
「尻尾が気になりますナリカ?」
レヴィが言った。
甲高いが不愉快な声ではない。
「ちょっとね。アタシにはないし」
アタシは正直に答えた。
レヴィは尻尾を立ち上げて、振って見せた。
「触っていい?あ、イヤならちゃんと言ってね」
「いいですナリよ」
そんなわけで、アタシはレヴィの尻尾を触らせてもらった。
モフモフとした触り心地の良い毛皮で、撫でると筋肉と体温を感じた。
なでなで。なでなで。
ずっとなででいられるかも。
「レヴィの尻尾は気に入りましたナリカ?」
アタシはけっこう長い時間尻尾を触っていたことに気づいた。
「あっ、ごめん」
とっさに謝る。ちょっと、いやだいぶ馴れ馴れしかったか。
「ゴメンはないナリヨ。レヴィとトレイシーは友達ナリ。
今度髪の毛をとかさせてほしいナリ」
もう友達で良いのか。レヴィってけっこう人懐っこいタイプかな?それなら。
「ねぇ、ゴブリン族は尻尾で木にぶら下がれるって本当?」
「はい。本当ですナリ。やってみせましょうナリカ?」
そう言うと、レヴィはすぐ側にあった木にスルスルとのぼり、枝に尻尾を巻きつけるとひょいとぶら下がった。
おおっ!
そして、レヴィは尻尾でぶら下がったまま身体を揺らす。
「こんな感じナリ」
すごい。さすが樹上生活の民。これは木登りのプロだ。
「トレイシーさんは、なんで今日は片足を出してるナリカ?はじめて会った時はそうじゃなかったナリ」
レヴィが木にぶら下がりながら、顔をこちらに向けた。
アタシは革製のズボンの片足を切って、右足は生足出している。
冒険者トレーシーのいつものスタイルだ。
「そりゃ目立つためだよ。お洒落だよ!」
言っておくけど、ダンジョンに潜る時や、危険のある仕事をする時は、普通のズボンをはくからね。
もちろんレヴィを助けた時も普通のスボンだった。
「おしゃれ?」
レヴィの目がクルっと動く。
「そうだよ。ゴブリン族はいろんな物で身体を飾ったりしないの?」
「しますナリ。鳥の羽や骨のビーズで身体を飾りますナリ」
「それと同じだよ」
「飾りを増やすんじゃなくて、布の面積を減らすナリカ?」
「《《そうだよ》》!」
レヴィは半分ぐらいは納得したようだ。
そして、アタシの右の生足をまじまじと見ている。
もしかして人間族の足が珍しい?
「まぁ、昔はいつも普通のズボンをはいてたんだよ。でもダンジョンに潜った時にズボンの膝下をダメにしたんだ」
アタシはボソボソ話しだした。
尻尾、触らせてもらったし。
本当はズボンだけじゃなく、足も大怪我をした。
酸を吐くスライムにやられた。
中級治癒術師をかけてもらったが、さらに特級エリクサーも飲んだ。
あの時の痛みは忘れられない。
「新しいズボンをお店で注文したんだけど、でき上がるまで古いズボンをそのままはいてた。
それがなんか人目を引いて目立って、けっこういいかなーって思って、さらに短く切っちゃった」
今履いているズボンは、右足だけ太腿の付け根あたりで切ってある。
「ふぅぅん?」
レヴィはぶら下がるのをやめて、木の枝に座る。
「あとさ、面白いんだけどさ、こういう格好してる方がナンパに合わないんだよね」
こういう強烈なファッションをしてると、男連中にはヤバめな女に見えるらしい。
ヤバめな女。おおいにけっこうだよ。
「ナンパ?」
レヴィが緑の目をさらに大きくした。
「男が女に声をかけて誘うみたいなヤツ」
はたしてゴブリン族にナンパはあるんだろうか。
「分かりましたナリネ。ゴブリン族にもありますナリ。
ロイメにはたくさんヒトがいますね。あんなにたくさんの男から声をかけられたら、若い女のヒトは大変ナリヨネ」
全員から誘われる、のか?
ゴブリン族のナンパってそうなるのか?
「えーと、ロイメだと好みのタイプとか、付き合えそうとか、そういう基準で選んでから声をかけるよ。
これは男も女も同じだよ」
「ソウナリカ。考えてみれば、全員に声をかけてたら、時間が足りないナリヨネ」
うーん。感覚にだいぶズレがある。
「ねぇレヴィ、ゴブリン族の集落ってどれくらいの人数がいるの?」
アタシは聞いてみた。
レヴィは少し考えた後で答える。
「レヴィの村は100人に少し足りないぐらいナリネ」
100人か。100人しかいない世界。
多分子供から年寄りまでで100人だよね。
半分男で半分女として、同世代の男は何人いるの?
10人か20人か、そのくらいかな?
「ねぇレヴィ、ゴブリン族は結婚というか、結婚の神に誓いを立てたりしないの?」
ちょっと不躾だったかな?
アタシは考えなしに質問しちゃうことがある。
「しますナリヨ」
「ヒトが少ないから、相手を探すのが大変だったりする?」
「……、そういうこともありますナリヨネ」
レヴィは少し時間を置いてから答えた。
ふと思ったけど、レヴィから見て異種族のロイメの住人はどういう存在なんだろうね。
関係ない他人?
それとも、同じヒト族として結婚や恋愛の対象になる相手?