第10話 出稽古
次の日、アタシは『冒険の唄』に向かったけど、まだイライラは治っていなかった。
ゴブリン族関係で『輝ける闇』はしばらく動けないかもしれない。
日雇いでもしようか。
アタシは体を動かしてストレスを発散するタイプだ。
『冒険の唄』の女将さん、良いバイト紹介してくれないかなぁ。
「おや、トレイシー遅かったじゃないか」
機嫌悪くやって来たアタシにヘンニが言った。
「今日は出稽古の日だよ!」
スザナが声をかけてくる。
おお、そうだった。イライラで忘れていた。
とりあえず、体を動かすことはできそう。不幸中の幸い!
冒険者クランにはだいたい訓練場がある。暇な冒険者同士が試合をしたり、弓や投石の練習したりしている。
『冒険の唄』にも訓練場はある。
だけど、ウチの連中だと弱くてヘンニの相手にならないんだよね。
シオドアやスザナでも厳しいんだわ。
そんなわけでヘンニは強者がいる別のクランに出稽古に行く。
オマケでアタシ達も付いて行く。
今回のメンバーは、ヘンニ、スザナ。半分見学でアタシ、完全見学でネリー。
シオドアは来てない。
ゴブリン族のレヴィ関係で忙しいんだって。
行き先は『青き階段』という不景気な名前のクランだ。名前は不景気だけど、仕事は景気がいいみたい。
『青き階段』ってどんな意味だって?
まあそのえーと、ロイメでは死出の旅って意味になるのよ。
『青き階段』の訓練場はうちより広い。設備もいい。
「トレイシーちゃーん!」
昨日聞いた声が聞こえてきた。
例のギャビンは、『青き階段』所属なんだよねぇ。
「トレイシーちゃん、今度の夏の祭りに……」
「行かない」
アタシは最後まで聞かずに切って捨てた。
あ、最初に言っておくけど、ギャビンは強者には入らないから。
『青き階段』の訓練場の主はドワーフの武術教官だ。髭面で、もちろん男。ヘンニとタメを張る強さだ。
他に強いのは、ハーフのアキツシマトロール族の三つ子とか、トロール族の若いのとか、あと大柄な人間族が何人か。
みんな男ね。
昔からダンジョンに女を連れて行くと縁起が良いと言われているし、ロイメには女の冒険者はそこそこいる。
でも治癒術師か魔術師が多い。他には弓士。たまにアタシみたいな偵察。
前衛に女が二人もいる『輝ける闇』がちょっと変なのだ。
向こうでスザナが、三つ子の真ん中のナガヤ・コジロウとかいう槍使いと話し込んでるのが見える。
スザナは、まぁー幸せそうな笑顔である。
多分というか「ほぼ確実に」スザナはコジロウという男に惚れてるよね。
(これアタシだけの意見じゃないから。ヘンニや『青き階段』の受付嬢も同じ意見たから)
ちなみにアキツシマトロールというのは、大陸東方の群島であるアキツシマ系のトロール族である。
えっ、説明になってない?
えーと、『アキツシマトロール族は大陸トロール族より一回り小柄で、漁業中心で暮らしている。気質は大陸トロール族より少し温厚だと言われる』かな。
ネリーの受け売り。
スザナとコジロウ、身長は二人とも同じぐらい。筋肉の盛り上がりも大差ない。
見かけはお似合いに見える。
今のところ、出稽古の時におしゃべりする以上の関係ではないらしい。
これ、スザナは本気でも、向こうはどうなのかなぁ。
えっ、アタシはどうだって?三つ子の他の男とかどうですかって?
受付嬢さんなんですか、いきなり!
えーと、あの三人は強いし、いい男だと思うけど、ずっとロイメにいるとは思えないんです。
アタシは、ほら、ロイメっ娘だから。
試合前にドワーフ教官が仕切るキツイ準備運動がある。
ネリーは完全に見学だけど、アタシはいっしょに準備運動をやる。きつー。
さて、いよいよ試合だ。
初戦はスザナvs三つ子の末っ子ナガヤ・コサブロウ。
賭け屋がアタシの所まで回ってきたけど、今回はパス。
スザナは実の所、試合ではあんまり強くない。実際の冒険の時の方が強い。
性格が優しいからかなぁ。
相手を呑むぐらいの気合でやった方がいいとアタシは思うけど、スザナはそういうのが苦手っぽい。
訓練場の中央で試合が始まった。
得物は、スザナは盾と剣、相手は短い槍だ。
槍使いのコサブロウは、槍を素早く繰り出す。スザナは盾で防ぐが……、ダメだ、動きが硬い。
たぶんスザナは盾が壊れるのを恐れている。そりゃ試合で盾を壊したらもったいないけど……、うーん。
コサブロウは素早くスザナの右側に移動し、槍と片手剣で打ち合い、……三合目でスザナは剣を落とした。
「勝者、ナガヤ・コサブロウ」
次の試合は、若いトロール族の男と人間族の男だ。ふーん。
「人間の男に100ゴールド」
アタシは胴元に銅貨を渡す。
「1.5倍だな」
見た感じトロール族の男は相手を呑んでかかっている。ただし、アタシに言わせれば駄目な呑み方である。
自信というより、過信が見える。
得物は二人とも剣だ。
カキン、ガン。刃を潰した剣で打ち合う。
試合は長かったが、主導権は終始、人間族の男が握っていた。
ハイ、1.5倍。儲けは50ゴールドだけど。
お菓子でも買って帰ろうかな。
三戦目は本日のメインイベント。
ヘンニvs三つ子の長男ナガヤ・コイチロウ。
「ヘンニに500ゴールド」
「1.7倍だな」
前に見たことがあるが、相手のコイチロウは強い。ヘンニが勝てるかは分からない。
でも、ここは張る。
500ゴールドは、むかし祖父と約束したアタシが賭け事をする時の上限だ。
得物はヘンニは短めの槍、コイチロウも同じく。
ヘンニが槍を使うのは珍しい。
体格はヘンニが一回り大きい。
だが、相手のコイチロウも人間族なら大男である。
コイチロウは、ロイメではあまり見ないアキツシマ風の装束を付けている。
あのナガヤの三つ子は着てる服も鎧も高級品だ。アキツシマの地元じゃ金持ちなんだろうとアタシは踏んでいる。
「はじめ!」
最初に打って出たのはコイチロウだった。
ヘンニは軽く後退しながら槍で受け流す。
ヘンニは巨体だが、動きは遅くない。
ヘンニとコイチロウは、互いに槍で突きを繰り出すが、決め手に欠ける。
いつの間にか訓練場が静かになった。皆、固唾をのんで見守っている。
大きく動いたのはヘンニだった。踏み込んで押し合いに持ち込もうとする。
押し合いになれば、体重と体格に勝るヘンニが有利だ。
が。
ヘンニの動きは読まれていた。
バンッ。
コイチロウの槍はヘンニの腕を強く打つ。
ヘンニの手から槍が落ちた。
「勝者、ナガヤ・コイチロウ」
『輝ける闇』は二連敗となった。
あーもう、シオが来なかったのが悪いのよ!
「今回はこちらの完勝だな」
賭けの配当を配っている男がアタシに声をかけてきた。
あー、悔しい!
「奥の手ありでいいなら、アタシが試合に出るんだけどね」
売り言葉に買い言葉、半分負け惜しみでアタシは言い返した。
「奥の手とは何だ?」
アタシに反応したのは、今日まだ試合をしていない、三つ子の真ん中でスザナの想い人のコジロウだ。
「まあ、魔術なんだけど、ちょっとスキルっぽい奴よ」
アタシは答える。
『青き階段』の武術試合のルールは攻撃魔術は禁止だ。これはロイメの武術の試合としてはごく普通。
で、アタシの奥の手は攻撃魔術に入っちゃう。
単純な肉弾戦で強者に勝てると思うほど自惚れちゃいない。
「トレイシー殿と言ったな」
コジロウが確認してきた。
「そうよ」
アタシの名前、よく覚えていたね。
「もし良ければ一勝負お願いできないか。俺は攻撃魔術を使う戦士と、ぜひ戦ってみたいとずっと思っていた」