第9話 ジジイ
「こんにちは、ベラおばさん。祖父いる?」
何時ものようにアタシは裏口から入って挨拶する。
運河の港のそば、裏通りにある小さな飯屋だ。
「あら、トレイシー。今は出てるけど、店を開ける頃までには戻るんじゃないかしら」
ベラおばさんは答える。
「ちょっと待たせて下さい。あ、これ、お土産です。いつもお世話になっています」
アタシはベラおばさんに軽く頭を下げ、空耳屋の芋菓子を渡す。
ベラおばさんは、中年というか初老というか、そういう年齢の元美人だ。
いや、現役の美人と言ってもいいかな。
ここはベラおばさんの経営する飯屋である。
祖父はここを手伝っているというか、転がり込んだというか。
分かりやすく言うとヒモだ。
祖父のめんどうを見てもらっているので、アタシはベラおばさんには足を向けて眠れない。
小半時ほど経って、祖父が戻ってきた。
ただ待ってたわけじゃないよ。店の掃除を手伝ったからね。
「おう、トレイシーじゃないか。来てるのか」
「ベラおばさんに世話になってるお礼を言いに来たんだよ」
アタシの両親は、アタシが11歳の時に流行病であっけなく死んだ。
で、両親の代わりに育ててくれたのが母方の祖父である。
祖父が良い保護者だったかって?
ジーサンと、孫とは言え若い娘が仲が良いはずないでしょ。
ただ祖父は、冒険者としてのアタシ、偵察としてのアタシの師匠でもあるわけ。
祖父が良い師匠だったかって?
こっちは、まぁまぁかな。
「『輝ける闇』は街中で真っ昼間から大捕物やったらしいな」
祖父はまだ冒険者の情報に詳しいようだ。
「まあね。ロイメに住むハーフ種族の娘を誘拐したクソ野郎どもよ。十歳にもならない女の子達を誘拐してたのよ」
「なーんて酷い連中かしら!ボコボコにしないと!」
ベラおばさんがお茶を持ってきてくれた。
ジジイとアタシは一口づつ飲んだ。
「アジトにはどうやって侵入したんだ?」
祖父も元偵察だ。興味があるんだろう。
まぁ、いいか。隠してるわけじゃないし。
「集合住宅の隣の家から侵入した。魔術で壁に穴を開けた」
アタシは端的に答えた。
「そこがアジトだってどうやって調べたんだ?」
「タレコミっていうか、アジトから逃げてきた女の子がいたのよ」
「ほぉーお」
「三下どもはショボかったし、魔術師は睡眠しか使わないし、奥の手を使うまでもなかった。
はっきり言って弱かったよ」
「ふーん。で、壁に穴を開けた責任は誰が取るんだ?ロイメ市か?」
「建物自体ストーレイ家の所有なんだって。やれって言ったのはシオドアだよ」
「ストーレイ家か。金持ちだなぁ」
「そうだね」
これは同意する。
「あのストーレイ家の御曹司はなんで冒険者なんかやってるんだ?」
祖父が話題を変えた。
「実家の掟で一度は冒険者にならないといけないんだってさ。
特に当主になるなら絶対だって」
ストーレイ家は、ロイメの冒険者ギルドを作った初代ギルマスから始まる家だ。
「それは俺も聞いたことがあるさ。
でもストーレイ家の全員が、真剣に冒険者をやるわけでもないぞ」
「そうなの?」
「俺は御曹司の親父が冒険者をやっていた頃を覚えている。
二回ぐらい案内人を雇って第五層に行った後で引退したよ。冒険者だったのは半年ぐらいだ」
「へぇー」
初耳だわ。
「案内人にも、荷物運びにも、金払いは良かったし不満はないがな」
シオドアの親父の代とか何年前だろう。
「で、トレイシー。なぜ御曹司は本気で危険な冒険者をやってるんだ?」
ちょっと間を置いて、祖父が同じ話題を振ってきた。
「そんな詳しいことは知らないよ。
でも、シオは冒険者生活は好きだって言ってたよ」
アタシが言えるのはこれくらい。
うちのリーダーは冒険を楽しんでいると思うよ。
「ふーん」
祖父は何やら考え事をしている。
ベラおばさんが焼き饅頭を持ってきてくれた。
焼き饅頭の中には肉が入っている。この店の人気メニューだ。
アタシと祖父は、向かい合って焼き饅頭を食べる。
熱くて美味い。食べるのに忙しく、おしゃべりする余裕はない。
「で、トレイシー。お前はいつまで冒険者なんかやってるんだ?」
肉饅頭を片付けた祖父がいきなり口を開いた。
「いつまでって、アタシは五層デビューしたばかりだってば。冒険者として稼ぐのも名を挙げるのもこれからだよ」
祖父は楊枝で歯の隙間を掃除している。
「お前はストーレイ家の御曹司のパーティーにいるんだろーが。気合入れて取っ捕まえたらどうだ?
妾や愛人でも十分出世だ」
「はああぁアア!?」
「正妻の地位なんて高望みするとロクなことにならんぞ。ほどほどにな」
バン。
アタシはテーブルを叩くと立ち上がった。
ジジイを睨みつける。
「何をいってんのよ!
アタシとシオドアは同じパーティーに所属する冒険者仲間だって」
何言い出すのよ、クソジジイ!
「だいたい『パーティー内恋愛は原則するな。どうしてもやるなら、明日結婚の女神の前で誓を立てるつもりでやれ』
そう教えたのは祖父でしょうが」
何が狙うだ、何が妾だ!あああア!?
「何事にも例外はあらぁな。
ストーレイ家の御曹司の愛人なら十分狙う価値はある。
竜より、大物かもしれん」
祖父はのうのうと言いやがった。
アタシとジジイの視線が交錯する。
コイツ本気で行ってるの?マジで?
……。……!!
胸糞悪い。
アタシは鞄を肩に掛ける。
「ベラおばさん帰ります!
しばらく来ません。
何かあったら『冒険の唄』に伝言してください」
アタシはベラおばさんに別れの挨拶した。
ともかく、こんな胸糞悪い場所は退散するに限る。
アタシはとっとと小さな店を出た。
アタシは早足で歩く。
ごめん、途中でぶつかりそうになった人。
あー、むしゃくしゃする。
気分転換に買物に出たって言うのに、ストレス溜まるばっかりだよ!