第8話 ギャビン
だいぶ見物人が集まってきたね。
アタシはなるべく剥き出しの生足がきれいに見えるように立った。
祖父曰く、こういう時に「ふてぶてしく」「図太く」「鈍感」なのがアタシの取り柄だ。
「ここでカツアゲするより、ダンジョンでスライム狩ればいいのに〜。
あ、怖くてスライムも狩れないとかァ?」
「あぁあ!?女のくせに好き勝手言いやがって」
男の声が低くなった。
男の一人がアタシの前に立つ。
「ヤダな、もう図星ィ??」
さて、どこを落としどころにするか。
観客もいるし、男二人としては女のアタシを痛めつけても得はないんだよね。
適当な所で引いてくれればよし。もしやるならアタシには奥の手がある。
でもアタシから手を出すのは悪手だ。
それと後ろを取られるのには注意しないとね。
観客もいい具合に集まったのだ。格好良くオチまで決めたい。
「あア、こっちが大人しくしてれば調子に乗りやがって!」
唸るような声をあげて、もう一人の男が近寄ってきた。
おぅ、やってやろうじゃない!
「お兄さーん!そこのお兄さ〜ん!」
アタシが主役の場面に第三者が割込んできた。
ちょっと!
「なんかさ~、向こうで美人が呼んでたっスよ〜。早く行ってやらないと振られちゃうっスよ〜」
この調子の良い声、知ってる。
男二人は顔を見合わせた。
あれれ、なんか正気に戻ってる?
「しょーがねーな。今日はここまでにしてやらー」
「俺達も美人を待たせるわけにはいかないんだ、脚出しお嬢ちゃん」
男二人は捨て台詞を遺して撤退した。
アタシと喧嘩して勝っても負けても得はないと思ったらしい。
まあ、正しいんだけど。
かくして『輝ける闇』のトレイシーの華麗なる舞台は尻切れトンボで終わった。
周りの観客は、残念さ半分ホッとした顔半分という感じで解散していく。
あー。
気合十分からいきなりの場面転換だ。
アタシは軽く虚脱して立っていた。
「トレイシーちゃーん!久しぶりッスねー!!」
声をかけられる。
さっきの調子の良い声だ。
そして、人の流れを避けながら、ヒョロっとした体つきの人間族の男が近づいてきた。黒髪で黒目であまり特徴のない顔立ち。
コイツの名前をギャビンという。
ギャビンは、別の冒険者クラン所属の冒険者だ。
ついでに偵察で同業者だったりする。
なんつーか、アタシに構ってくるんだよね。
同業者仲間の評判を聞くに悪い奴じゃないらしいけどさ。ちょいウザい。
えっ、どういう関係だって?
単なる知り合い立ってば。ホントそうだから。
「ありがと」
アタシはお礼を言った。
コイツがいなくてもなんとかなったと思ってるけど、まあ、一応ね。
礼儀は大事、評判は大事。
ギャビンはニカッと笑った。
「トレイシーちゃんは正義感あるっすねー」
ギャビンはアタシにお世辞を言った。
でも違うね。
アタシがやりたいのは人気取りであって、正義の味方じゃない。
「多少わね」
「あの二人は弱そうだけど、それでも男二人だし、あんまり危ない挑発しちゃためッスよ」
……。
うるさい。
説教するならアタシじゃなくて、あっちの男二人にしなさいよ。
今回は、揉め事解決の一番美味しい所を取られた。
助けてもらって感謝というより、ちょっとムカついているんだわ。
「そうね、気をつけるわ。じゃあね」
アタシは早々に立ち去ることにした。
この場所にもこの男にも用はない。
「なぁなぁ、トレイシーちゃーん、今度の夏のお祭り、いっしょに行かねッスか?」
ギャビンはアタシを追いかけてきた。
なんでそういう話になるのよ。
今、アタシは晴れ舞台を邪魔されて機嫌が悪いの。
「『輝ける闇』はそんな暇じゃないの。じゃあね」
アタシは早足で歩き出す。
「じゃあ、今度、食事とかどうッス?」
しつこい。
ちょっと蹴っ飛ばしてやりたくなってきた。
だけど、ギャビンはあの二人よりだいぶ強いし、大義名分もない。ここは我慢か。
「今日は、むかし世話になった人に挨拶に行く大事な用事があるのよ。
アタシは忙しいの。ついて来ないで」
アタシは振り返って、はっきり言ってやった。
これで通じなければ、ホントに蹴っ飛ばしてやろうかしら。
「分かったッスよ、トレイシーちゃん。でも、お祭りのこと考えといてね」
ギャビンはアタシの態度から空気を読んだようで、去って行った。
フン。
……世話になった人に挨拶か。
今日は買物の日でそっちの予定はなかったけど。
しゃーない。
会いに行くか。ジジイに。
祖父の住んでる所まではちょっと歩く。
でも、冒険者で偵察のアタシにとっては大した距離じゃない。
途中で空耳屋で芋菓子も買って、土産に持って行くか。
本日の夕方にあと1話更新予定です。