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ドングリ魔法はまだ飛べない ~でも、3センチなら飛べるもん!~  作者: 大沙かんな
第ニ章 旅立ち篇 (九歳)

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08.旅立ち

 魔力試験と村祭りの後、完全に雪に封印されていたイナカモントの村は、春の光を浴びて再び目覚めようとしていた。


 春が近づいているとはいえ、村はまだ真っ白だ。森の木々も、そして遠くの山々もまだ真っ白なまま。


 真っ白な世界の中で、暖かく吹き抜ける風と、風が運んできてくれた青空だけが、春の訪れを感じさせている。



 その日キャナリーは、朝日と共に目覚めた。


 いつもと違う部屋、いつもと違うベッド。いつもと少しだけ違う朝の風景。


 でも枕元には、いつもと同じようにお腹を出して、大の字になって寝ているリリスの姿があった。


 キャナリーはベッドに腰かけると、いつもと違う毛布を抱きしめる。ゆっくりと息を吸うと、母の優しい香りが胸いっぱいに広がった。


 母はもうとっくに起きだして、朝の用意をしているだろう。


「そろそろ行くモモ!」


 さっきまで寝ていたはずのリリスがいつの間にか起きていて、いつものようにキャナリーの肩にちょこんと乗っかった。


「ん~、あとちょっとだけ!」


 キャナリーはしばらくそうしていたが、やっと名残惜しそうに毛布を手放すと、ぱっと着替えを済ませて家族の待つ食堂へとあわただしく出ていった。



「おはよう、キャナリー。今日はとってもお寝坊さんだったわね」

「えへへへ……。おはよう、お母さん」


 もうみんな食事を終わらせた後らしく、食堂に残っていたのは母だけだ。


 いつもよりゆっくり時間をかけて朝食をとる。これがこの家で食べる最後のご飯だ。


「荷物の用意は大丈夫よね?」

「うん、昨日ちゃんと済ませたよ」


 着替えがいっぱい詰まった大きなかばんを手に取ると、なんだか用意した時と違う感じがした。


 少し開けてみると、中には見たことがない包みが入っている。触ってみるとまだかなり暖かい。


「貴女の好きな栗団子。入れておいたから、途中で食べなさい」

「うん、ありがとう、お母さん。あのね……」


 キャナリーは少しだけ恥ずかしそうに口ごもる。そっと口にしたのは別れ際の最後のお願い。


 母は笑って頷くと、しっかりとキャナリーの手を暖かく握りしめ、二人で手を繋いで屋敷の玄関を出る。


 キャナリーが魔法学園に向けて旅立つ、それがいつもと少し違う、その日の朝の風景だった。



 家を出ると、屋根の上から顔を覗かせた、裏の大きなクルミの木が、風もないのにワサワサと揺れた。大きな雪のかたまりがボタボタと落ちる。


「じゃあ、行ってくるね!」


 キャナリーはクルミの木に向かって大きく手を振ると、母の手を引っ張って村の広場へと向かった。



 キャナリーがゆっくりしている間に、彼女を乗せる予定の荷馬車はすっかり用意を整えて、小さな神殿の前に並んでいた。


 その見送りのために、大勢の村人たちが広場に集まっている。


 その中には父やタロ兄の姿も見える。腰をさすっている白ひげの神官おじいちゃんの姿もだ。


「頼んだぞ、無事に閣下のところに届けてくれよ」

「ああ、兄者、分かっている。任せておけ」


 荷馬車にたくさん積めこまれたチーズ、羊毛や羊皮、それにライ麦の袋は、この国に税として納めるとても大切なものだ。


 奥の方には、はちみつが入った小さな壺も、割れたり倒れたりしないように丁寧に積まれているはずだ。


 キャナリーはその馬車隊の隅っこに乗せてもらって、遠い町まで一緒に連れて行ってもらうことになっている。


 町から先は別の馬車。ジロ兄が先行して、用意してくれる手はずだ。



 しっかり繋いでいた母の手を放し、キャナリーは大きなカバンを抱えて馬車に駆け寄る。もちろんその肩には相棒のリリスがちょこんと座っている。


「おはよう、おじさん! よろしくお願いします!」

「ああ、おはよう。まだ出発には少し間があるから、ゆっくりしてなさい」


 おじさんがこの荷馬車隊の隊長だ。


 数台の荷馬車の周りには、馬車と一緒に旅する隊員たち、そしてその見送りの家族が集まっていた。


 おじさんのところには、おばさん、従姉妹の姉妹、そしておばさんの腕には、この冬生まれたばかりの小さな赤ちゃんが抱かれている。


「ちょっとごめんなさいね、通しておくれ」

「あ、パンおばさん!」


 集まっている村人を掻き分けるようにしながら、一人の女性が荷馬車に近づいてきた。手にはたくさんパンが入った大きなかごを下げている。


「まだ焼きたてだから。みんなで食べるんだよ」


 手渡されたかごからは、湯気がいっぱい立っていて、抱えると暖かいパンの香りが漂ってくる。


「気を付けて行くんだよ」

「ありがとう、パンおばさん!」



 一緒に駆け回って遊んだ子供たち、村のおばさんたち、みんなとそれぞれ挨拶をかわしていく。


「そろそろ出発だ」


 隊長のおじさんの声が辺りに響いた。


 タロ兄が近寄って、笑顔で握りしめた手を突き出してくる。


「え? なに?」

「いいから、お前もぐーを出せ」


 キャナリーが言われた通りに手を握って前に出すと、タロ兄は自分のこぶしをちょこんと、キャナリーのこぶしにぶつけた。


「しっかり頑張って来いよ!」

「うん、ありがとう、お兄ちゃん!」


 キャナリーが父の方に目を移すと、黙って怖い顔をして、直立不動で空を睨みつけている。いや、よく見ると目にいっぱい涙がたまって……それはあっけなく、まるで滝のように流れ落ちていく。


 母がその腕を取りながら、優しく頷いている。



 おじさんの合図で、荷馬車がゆっくりと動き出す。


「みんな! 行ってくるね! みんな元気でね!」

「ああ、行ってらっしゃい!」


 その上から大きく手を振るキャナリー。それに応えて大きく手を振り返す村人たち。


 いつまでも直立不動で泣いている父、その横で笑顔で手を振る母。それを笑って見ながら、ゲンコツを突き上げるタロ兄。


「みんな~! みんな~! 元気で~!」


 キャナリーはいつまでも手を振り続ける。村の人たちが見えなくなるまで。そして村の人たちが見えなくなった後でも。ずっとずっと手を振り続けていた。


 その朝、サブロ兄は、なぜか最後まで見送りには来なかった。



「キャナリーお嬢ちゃん、まだ寒いから、羊毛のところに入っておきな」

「うん、ありがとう!」


 御者をつとめる村のおじさんに言われるとおり、キャナリーは羊毛が詰め込まれた袋の隙間に潜り込んだ。


 麻の袋はごわごわしているけれど、中身のおかげでポカポカしてとても暖かい。


 キャナリーを乗せた荷馬車の一隊は、冷たく澄んだ青空の下、村を離れて山道の中をどんどん進んで行く。


 まだ白い雪道が、馬のひづめとわだち、そして荷馬車の重みで、茶色に変えられていく。


 初めてリリスと出会った森も、家族で栗拾いをした林も、羊たちと走り回った草原も、いまはもうはるか後ろに過ぎ去った。


 馬車は林を抜けて、みんなと一緒にソリ遊びをした二つの丘に差し掛かかる。ここもすぐに通り過ぎてしまうだろう。


 もう帰れない。もう戻れない。


 キャナリーはこぼれ落ちそうになる涙をぐっとこらえて、まだ雪が残る二つの丘をぐっと食い入るように見つめた。


 しっかり目に焼き付けるように。何があっても絶対忘れないように。



 ふと気づくと、白い丘の上に小柄な人影が映った。ちょっと無骨で、まるで万歳をするように両手を上に伸ばした、そんな人影。


「え……? 何……?」


 丘の上にはサブロ兄がいた。万歳というには手が曲がっていて丸くなっている。


「何? 両手で……Uの字?」


 そしてUの字を作ったまま、体が腰のところで左に曲がる。


「え? え? 変な踊り?」


 と思ったらすぐ、Uの字を掲げたまま、その体が右に曲がった。


「え? やっぱり変な踊り? 何なの?」


 Uの字はそのままに、彼の体は腰から右に、くの字に曲がったまま止まっている。その態勢がよっぽどつらいのか、ちょっとぷるぷる震えているのが遠目でもよく分かる。


 あ、わかった! これCだ!


 一度そうとわかれば、はっきりとわかる。それはキャナリーの頭文字、Cの文字だった。


 よし、そうとわかれば、Sだ。サブロ兄の頭文字、Sを返そう。


 そう思いついて、キャナリーは体をぐにゃぐにゃとくねらせてみたけれど、どうやってもうまくSの字が作れない。


「ああ、もう!」


 いろいろ頑張ってみたけど、やっぱり無理。


「ぷぷぷっ、変な踊りモモ!」


 遠くでサブロ兄も腹をかかえて笑っている。


 プリプリ怒りそうになっていたキャナリーだったけれど、そんなリリスやサブロ兄の姿を見ていると、なんだか可笑しくなってきて、自然と笑みがこぼれる。


「サブロお兄ちゃん、いってきまーす!」


 キャナリーは結局Sはあきらめて、笑い転げるサブロ兄に向かって満面の笑顔で手を振った。



 荷馬車の一行はひたすら町へと向かって進む。


 キャナリーは後ろを振り返るのをやめて真っすぐに前を見すえる。


「リリス、行くよ!きっと飛んで見せるんだから!」

「一緒に飛ぶモモ!」


 見上げると、はるか遠くの空でトンビがゆっくりと輪を描いていた。


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