07.赤と青の星の下で
魔力試験と女神さまへの儀式が無事に終わり、村はそのまま村祭りの準備へと移っていた。
大きな水晶玉は片づけられて、その代わりに広場の真ん中では大きな丸太が井桁に組まれていく。
村人たちの楽しそうなはしゃぎ声。
キャナリーは広場のすみっこに座りこんで、準備を手伝うこともなく、ただぼんやりと村の人たちの姿を眺めていた。
従姉妹の二人がこちらに駆け寄ろうとして、おばさんに止められているのが目にとまった。おばさんはゆっくりと首を振り、二人の肩を抱きながら村人たちの方に戻っていく。
ありがたいな。悪いとは思うけれど、今は誰とも話をする気になれない。
太陽はどんどんと傾いて、山のかげに吸い込まれていく。そして反対の山からは赤と青にきらめく双子の女神星が顔を出した。
村人たちがそれぞれ、ごちそうを持って広場に集まって来る。パンおばさんなんか、ひときわ大きいパンを抱えて大変そうだ。
明るい笑い声。おどける人々。つまみ食いしようとして手をはたかれる少年、村人たちのすべてが笑顔。
でもキャナリーは、あつあつのパンの温もりも、香ばしいスープの香りも、何も感じ取れないでいる。
ずっとぼんやり、まるで一人でテレビでも見ているかのように、楽し気な村の様子を眺めているだけだ。
「やはり精霊の……」
「……特別な精霊の力が……」
そんな声も周囲から漏れ聞こえてくる。でもキャナリーは耳にフタをする。もしもこの魔力がリリスのせいだったとしたら……。
そんなことを考えてしまう自分が嫌だ。もしもリリスがいなければ、こんなことにならなかったなんて、少しでも思ってしまう自分が嫌だ。
リリスは寂しそうにキャナリーを見つめている。いつもはおしゃべりなくせに、今は何もしゃべろうとはしない。キャナリーも何も話さない。話せない。
もしも今、何かを言葉にしてしまうと、それが現実になる、取り返しがつかなくなる、本当に何もかもが終わってしまう……。
キャナリーの魔力。それは特大の風の魔力。
風の魔力は火や水、それに土に比べてまったく人気が無い。他の魔力のように何ができるわけでもない、ただ風が吹くだけのハズレ魔力、村の人たちはそう言っている。
火や水の大切さは言わずもがな、そして土は麦を育てる。けれど風は、好き勝手に暴れ、病魔を呼び、ただ命をさらっていくだけなのだ。
でもそんなことは問題ではなかった。
問題だったのは特大の方。
魔力がある子は町の魔法学校に行って、魔法使いになれる。でもこれは普通の魔力だった場合の話だ。特大の魔力となれば話はまったく変わって来る。
試験の後、神官のお爺さんや国の偉い人、そしてお父さんにも説明されたのだ。
強い魔力がある子供は、十日もあれば帰って来られる町の魔法学校ではなく、もっとはるかに遠いところ、中央とか王都とか呼ばれる場所にある魔法学園に行かなければならないのだと。
それが決まりなのだと……。
遥かかなたの魔法学園行きは、この国でもたった五年に一人ぐらい。この村では一度も出たことが無い。これは誰も予想すらしていなかった出来事だった。
「あの、お父さん、お休み、とか、は……?」
次兄は夏や冬のお休みにはいつも帰省していた。今日だってちゃんと帰って来ている。いくら遠くだといっても、お休みの時にはきっと……。
「キャナリー、夏には二ヶ月、冬には四ヶ月ほどのお休みはあるよ。でもね、片道で普通は二ヶ月弱、急いでも一ヶ月以上かかる。それぐらい、はるか遠くの学校なんだよ」
つまり夏には帰れない。だけど冬になれば……。
「このあたりは冬には雪で完全に閉ざされてしまうからね、帰りたくても、帰れないんだ」
つまり、学校に行くとこの村には二度と戻れない。
父の辛そうな顔が、それが真実だとはっきりと告げていた。
お兄ちゃんたちにも、お父さんにも、そして何よりお母さんにも、もう二度と会えなくなる……。
「こんなのって……あんまりだよ……」
こんなことなら、魔力なんていらなかった。魔法使いになんてなりたくなかった。
こんなことなら、お父さんやお母さん、お兄ちゃたちみんなと一緒にはちみつを舐めながら、羊の世話をしていたかった。
こんなことなら……。
今にも泣き出しそうな顔でこちらを見つめるリリス。
「こんなことなら……出会わなかったほうが良かったモモ?」
それは言葉ではなかった。ただその瞳がはっきりそう語っている。
あの春の日に出会ってから、ずっと一緒だったリリス。一緒に野山を駆け回ったリリス。辛いときはいつも慰めてくれたリリス。ちゃんと布をかけてあげても、いつも朝になるとお腹を出して寝ていたリリス。夜中にこっそり抜け出して、ドングリを集めてくれたリリス……。
もしかしたら生まれる前から、ずっと一緒にいてくれている、ふとそんな気までしてくる、私の大切な相棒……。
キャナリーはリリスの鼻を軽くコツンと小突くと、寂しく微笑んだ。
「リリスのいない人生なんて、考えられないよ」
キャナリーもまた、それを言葉にはしない。その代わりに、リリスの小さな体をしっかりと抱き寄せた。
日は完全に沈み、赤と青の双子星が天高く駆け上がっていく。
広場の中央の丸太に火が点けられ、丸々一頭の子羊が火にかけられる。
その大きな焚火を取り囲むように、村の人たちが輪になって踊っている。
ジロ兄が、火の魔法で花火を空に上げて、周りの人々に拍手喝采されている。
外に持ち出され、並べられた机の上には、たくさんのごちそうが並んでいる。ごちそうの中には、あの栗きんとんも。
あれはいつの事だっただろう、たしかまだリリスと出会う前の話だ。
栗きんとんを食べて、あまりのおいしさに、もっとたくさん食べたいって泣いたことがあった。
タロお兄ちゃんとジロお兄ちゃんが笑いながら、自分の分を差し出してくれて、サブロお兄ちゃんは半泣きになりながら、それでも自分の分を半分、食べろって言って渡してくれた。
それでもまだ食べ足りなくて、その日はわんわん泣きながら寝たんだったな。そして次の朝、枕元に栗きんとんが二つ、置いてあったんだ。
お母さんは「精霊さんが来て、置いて行ってくれたのかも?」なんて言ってたけど、後から考えたら分かる、あれはお父さんとお母さんの分だった。
いっぺんに食べたらお腹が痛くなるかもって、わざわざ取っておいて、起きたらすぐに食べられるようにって、すぐそばに置いてくれたんだ。
広場にピューっと吹き込んできた冷たい風に、キャナリーは思わず首をすくめ、リリスを抱きしめる。
広場の真ん中であかあかと燃えている炎。その暖かみをキャナリーはまるで感じることができなかった。
いたたまれなくなったキャナリーは、そっと立ち上がり、たった一人お祭り広場を離れた。背中から聞こえてくる陽気な歌声は、どんどん遠くなっていく。
気づいたらキャナリーは裏の大きなクルミの木の下に立っていた。黙ってその根元に座り込んで、顔を膝に埋める。
「キャナリー、そんなところでどうしたの?」
「あっ、お、お母さん?」
後ろから優しく声を掛けられ振り返ると、そこには柔らかな毛布を手にした母の姿があった。
「早くしないと栗団子、ぜんぶ無くなっちゃうわよ?」
「お母さん……」
暖かな毛布をキャナリーの肩にかけながら、母はキャナリーの横に腰かける。
「貴女は生まれてすぐは元気だったけど、すぐに大きな病気にかかってね。もうこれはだめかもしれない。そんな状態がしばらく続いていたのよ。覚えてないだろうけどね」
「うん……」
生まれ変わってすぐのことだ。その時のことはなんとなく記憶にあるけれど、病弱だったことなんて全く覚えがない。
「それがなんとか持ち直して大きくなって。でも病気がちだったからか、我がままを言うことも無くてね、それが初めて大泣きして暴れたのが、栗団子のことだったかな。今でもハチミツ半分も食べちゃってるし、あの頃から食い意地が張っていたんでしょうね」
うわ、バレてた……。それにあのことも覚えてくれたんだ……。
「でも、なんだかそれが嬉しくてね。そんな貴女が立派に育って、この村を、それどころかこの国を代表して、中央の魔法学園に行く。お母さんね、こんなに嬉しかったことは今までにないよ?」
「お母さん……。うぐっ」
キャナリーの瞳が涙に溢れそうになる。
そんなキャナリーを母は優しく抱き寄せた。
「ほら、見てごらん。女神さまたちがこっちを見てくれているわ」
母にうながされて、その腕の中から空を仰ぐと、赤と青の女神星がまるで宝石のようにきらめいている。
「この村でも、町でも、はるか遠いところでも、女神さまたちはずっと見てくれているわ。どこに行っても、どれだけ離れてもずっとキャナリーの事を見てくれているの」
「お母さん……お母さんっ!」
キャナリーは泣いた。まるで生まれたての赤ん坊のように声を上げて泣いた。
そんなキャナリーをしっかり抱いたまま、母はずっと双子星を見つめていた。
翌朝、キャナリーの枕元には、栗きんとんが五つと半分、そして大きなドングリが、仲良く並んで置かれていた。




