06.輝きの少女
転生したキャナリーは、精霊リリスと共に、走れる喜びをかみしめながら村の日々を駆けまわる。
小さな冒険と出会いを重ねるうちに、彼女の胸には“もっと知りたい”風が吹き始めた。
新章!
キャナリーを待つのは……変わりゆく毎日と、未来へ続く風のはじまり!
四年の月日が流れ、キャナリーは九歳になった。
ずっと毎日よく遊び、よく遊び、よく遊び……元気によく遊び回ってすくすく成長し、身長だって、四年前と比べれば三十センチぐらい、頭ひとつ分は高くなっている。
たった三十センチ。でも背伸びをするだけで棚の奥のハチミツ壺が見える高さ。もちろん見つけたけど食べたりはしていない、ちょっと味見をしただけ。半分ほどになっちゃったけど、多分ばれてない……はず。
今日は三年に一度の魔力試験の日。キャナリーが魔力を測ってもらう大切な日だ。
「サブロお兄ちゃんは、魔力なしだったんだよね……」
三年前の魔力試験では、サブロ兄は魔力無しという結果に終わっている。
残念な結果ではあったけれど、次兄のように魔力がある、つまり町の魔法学校に行けるのは、三年ごとの試験で一人か、多くても二人。時には一人もいないこともあるぐらい珍しいことなのだ。
「魔力……私にもあったらいいんだけどな」
「きっと大丈夫モモ!」
リリスのことだし、きっとただの安請け合い。だけど、その言葉ですっと自然に気持ちが軽くなった。
キャナリーは気合を入れるように、自分の頬を両手でパチンと叩く。
「よし、行こうか!」
「出発だモモ!」
昨日まで降っていた雪はすっかりやんで、この季節には珍しく、空には明るい太陽が輝き、そして青空がいっぱいに広がっている。
裏の大きなクルミの木は、太い枝に白い雪を少しだけ積もらせて、あったかいチーズをのせたパンみたい。
たぶん、いやきっと、「ごちそうを用意して待ってるよ!」そう言ってくれているんだ。
「待っててね!」
キャナリーはクルミの木に向かって大きく手を振ると、白い息を吐きながら、急いで村の広場へと向かった。広場の前の小さな神殿。そこが今日の魔力試験の会場だ。
「遅いわよ、キャナリー。もしかして寝坊?」
「ち、違うよぅ!」
慌てて否定するキャナリーをイモーティが軽く抱き寄せる。
「大丈夫。心配しなくても、無ければ無いで、良い物なのよ?」
この従姉は三年前の試験で、サブロ兄と同じく魔力無し判定されている。
「うん、ありがと。……それに、ハチミツだって食べ放題だしね!」
「ふふ、そういうこと!」
広場にはすでに、いったいどこに隠れていたんだろうというぐらい、多くの子供たちが集まっていた。もちろん大人たちの姿もたくさんある。
中には一度も見かけたことが無い人も多い。今日のこの日のために、近くの小さな村々から何日もかけて人が集まってきているのだ。
「そろそろ始まるわよ」
「うん、わかった!」
神殿の前に大きな丸い水晶玉が運ばれてくる。神官のおじいちゃんが腕を大きく空に掲げて、何かのお祈りのようなものを唱え始めた。
その横には父、イナカモント男爵。反対側には立派な服を来た初めて見るおじさん。たぶん町からやって来た偉い人だ。
「赤と青の女神しゃまの~、ふがふが~~、しょんな若きふがふが~~~!」
真っ白な髭で顔いっぱい包まれた神官のおじいちゃんの声は、たぶん女神さまへの祈りなんだろうけど、よく聞き取れない。
それでもキャナリーは周りの大人たちに合わせて、あわてて俯いて女神さまへの感謝の祈りの言葉をつぶやいた。
「女神さま、お願いします。どうか私に魔力を……」
そしてもちろん、その願いを。
そうしてしばらく祈りをささげた後、ついに魔力試験が始まった。
子供たちがしっかり一列に並んで、一人づつ水晶玉に触れていく。
キラッ!
子供たちが触れるたびに、水晶玉はささやかな光を返してくれる。
でもこれは、魔力がほとんどないという証拠。魔力無しという結果に終わった子供たちは、残念そうな顔をしながら村人の輪の中に帰っていく。
何十人もの子供たちが挑戦したけれど、みんなささやかに光るだけだ。もしかしたらこのまま、全員魔力なしで終わってしまうんじゃないだろうか。
キャナリーの順番は一番最後。誰かが水晶に向かうたびにドキドキして、キラッと光るたびにまたドキドキする。緊張のあまり手が汗ばんでくる。
「……ちょっとは落ち着くモモ」
リリスが耳元でささやくけれど、そんなこと言われたって! とても落ち着いてなんかいられない。
次の少年が水晶の前へと進む。緊張のあまりガチガチに固まっているようで、手と足が一緒に出そうになっている。
その少年がおっかなびっくり水晶に手を伸ばす。
ピカピカッ!
少年が手に触れた瞬間、水晶が赤く眩ゆく輝いて、消えた。
「や、やったぁ! 火だ!」
赤い光は火の魔力の証拠。この国で一番人気のある魔力だ。
赤い火の魔力と青い水の魔力は、双子の女神の象徴だ。特に赤は狩り、そして火山の女神として、この山間の村々ではとても大切にされているのだ。
周囲からは羨ましさからの大きなため息。それに続いて、がやがやとざわめく声が聞こえてくる。
拍手の音が最初はまばらにパチパチと、どこか遠慮するように、そしてそれがだんだん増えて、集まった村人全員からの盛大な拍手へと広がっていく
この瞬間、新しく火の魔法使いが生まれたのだ。
少年ははにかみながら、まるでスキップするように祝福の渦へと戻っていく。
「みなしゃん、ご静粛に」
神官爺さんの言葉で、ざわついていた広場は再び静まり返った。
またしばらくささやかな光が続く。
どんどんキャナリーの順番が近づいてくる。
魔力持ちは多くても二人。この言葉がキャナリーの肩に重くのしかかる。もしも二人目が出てしまったら、もう今回は……
お願い、もう光らないで! 思わずそんな言葉が口から出そうになってしまうが、それを必死に飲み込んだ。
一人、また一人と魔力なしの判定が続く。
そしてキャナリーの五人前の少女が水晶に触れたその時!
ピカピカッ!
再び水晶は眩い光を解き放つ。今度は黄色、土の魔力だ。
火や水ほどではないが、土は畑にもつながるため、人気がある魔力だ。
赤の少年と同じような拍手喝采を浴びて、少女は真っ赤なほっぺたをさらに赤くしながら、元の場所へと戻っていく。
これで今年は二人、魔力のある者が出てしまった。
もうチャンスはない。そう沈み込みそうになったキャナリーの肩に、ふと暖かい手がかけられた。
「大丈夫だ、キャナリー」
サブロ兄だ。いつの間にかキャナリーのすぐ隣に、サブロ兄が立っていた。
「お前ならいける。思い切っていけ!」
「うん、わかった!」
兄の力強い言葉に元気をもらい、キャナリーは一歩一歩しっかりした足取りで前に進む。
そして水晶にゆっくりと手を差し伸べた。
怖い。
ギュッと目を瞑り、えいっとばかりに手を突き出す。
同時に閉じているはずのまぶたが、まるで激しい炎のように真っ赤に光った。
「うわっ! なんだっ!」
「目がっ! 目がぁっ!」
「こんな……こんなことって……」
手を引っ込めて、おそるおそる目を開いたキャナリーの目の前には、水晶玉がいまだ光を失わずに緑色に輝き続けている。
徐々に光を失っていく水晶玉。
何が起こったのかよくわからないまま、それを見つめるキャナリー。
村の人々は拍手をすることも忘れ、ただただ、なりいきを見守っている。
「こんなに強い光……わしゃぁ……初めてじゃ……」
まだ淡く輝く水晶玉を見つめ続ける神官のお爺さん。その言葉がこの時だけははっきりと聞き取れた。
それはこの村どころか、この国でだって見る事ができない、それほどまでに強くまぶしい光だった。
状況がよく分かっておらず、きょとんとしたままのキャナリー。そしてなぜか厳しい顔をしている父。
この二人を置き去りにして、まるで急に世界が動き出したかのように、広場に歓喜の渦が爆発した。盛大な拍手、神への感謝の言葉、そして大喜びの村人たち。
緑は風、特大の風の魔力。
女神の象徴である火や水のように、暮らしを支える力ではない。土のように豊かな収穫を約束してくれるわけでもない。
ただ空気をかき回し、埃を舞わせ、せっかく積んだライ麦を散らかすだけの、この村にはちっとも役に立たない風。
会話ができる精霊を連れた少女の、あまりに巨大で、あまりに無価値な、新たなる力。
それはキャナリーが町の魔法学校を越えて、はるか遠い王国の魔法学園に行くことになった――つまり、この温かな村から追放されることになった瞬間であった。




