55.一次予選
その翌日。学園からも学園対抗戦の日程と、剣術の部の廃止が正式に通達された。
時計の針はもう後戻りはしない。ただ戦いに向けて突っ走るだけだ。
魔術の部の競技内容も正式に発表された。こちらは例年通り的当て。
最初の予選、つまり一次予選は特に単純だ。魔法を一発だけ撃って、離れた場所にある人間の胸程度の高さの的に当てられるかどうか。たったそれだけ。
四つの属性が公平なルールのように見えるけど、実際には全く違う。
空に浮かびやすい火は一番簡単で、次に水。重たい土は難しい。風は簡単なはずだけど、なぜか審判の判定が厳しい。
風は目に見えないので、ちゃんと当たったと認められるには、それこそ的ごとなぎ倒さなければいけないのだ。
はるか昔、魔法学園がまだ五つに分かれていない頃、すべての的を風で粉砕して烈風と呼ばれた魔女がいたという話だけど、今ではもうただの伝説に過ぎない。
対抗戦の一次予選まであと一週間ほどになり、魔法の授業はすべて的当ての練習になった。
クラスメイト達もみんな苦戦しているようだったけれど、一番厳しいのはどう見てもキャナリー。これまで呪文の詠唱に一度も成功していない。
「勢い! もっと勢いだよね!」
「その通りモモ!」
まったく成功の見込みはないのに、それでもキャナリーは絶対にあきらめない。
そしてついに、対抗戦の一次予選の日がやって来た。
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一次予選は第一運動場で行われる。その観客席には一年生や教師だけでなく、上級生たちの姿もあった。
一年D組から始まって、C組、B組が終わり、そして最後のA組もすでにかなりの人数が挑戦を終えていた。でも、これまでの所は一次予選を突破できたものは一人もいない。
一年生での一次予選突破、それはある意味、世代を代表する天才の代名詞でもあるのだ。
「ニュマエル、失格!」
「クルル、失格!」
「カミオン、失格!」
的に当たるどころか魔法が的に向かっていくことも無く、さらに生徒たちが次々に失格していく。
失格して騒いでいる生徒もいるようだが、誰からも相手にされることは無い。ただ強制的に退場させられるだけだ。
「次は殿下だね!」
「かなり期待できるな」
第三王子殿下は土の魔力と少し地味ではあるけれど、かなり真面目で努力家だ。
土での的当ては難易度が高いことはわかっている。しかしもしかしたら、一年生初の一次予選突破を見せてくれるかもしれない。
殿下が背筋を伸ばして前をしっかり見ながら、開始位置へとしっかりした足取りで歩いていく。
開始位置の近くに引かれた白線、それを踏み越えると失格だ。
「ドドド……、ドゴ~♪」
安定した詠唱で、もちろん呪文は成功。土の魔法が的に向かって一直線に、地響きのような鈍い音を立てながら地面を走る。
「おお……」
声にならないような声が観客席を包む。
もしかして、当たるのか?
しかしその魔法は的のはるか下を通過して、むなしく地面を走り去っていった。
「第三王子殿下、失格!」
そう、的は人の胸の高さ。地面を走るだけの魔法では当てることはできないのだ。
その次に現れたのは、縦三色のローブに金髪の二重螺旋の超ドリル。もちろんトルネ嬢だ。
「トルネさま~!」「がんばって~」
いつもの三人娘だけでなく、他のクラスや上級生たちからも応援の声が上がる。
トルネ嬢は扇を振って観客たちに挨拶すると、パシッとそれを閉じて離れた的に向けた。
「お~ほっほっほ、行きますわよ! メラ~♪ザバ~♪ドゴ~♪」
…………。
その火水土、三属性の魔法三連射に息を飲む観客たち。
「トルネリアーネア、失格! 魔法は一発だけ、ルールを聞いとらんのか~~~!」
「お~ほっほっほ! この競技では、わたくしの器量は測り切れないのですわ~!」
三連射での失格だったけれど、その前に、そもそも魔法は一発も当たっていなかった。
次は新聞部のジャネの番だ。
「と~う♪」
軽い呪文と共に、彼女の手から何かが飛ぶ。そしてそれはしっかりと的に当たって、茶色い跡を残した。
「おおお~~~っ!」
まさか天才の誕生かと、どよめく観客たち。
「ジャネ、失格! 物を投げるな、魔法を使え魔法を~~~っ!」
彼女が投げたのは、魔法でも何でもない、ただの泥団子だった。
次はショミンダ。
「ザザザ……ざっぱ~ん♪」
魔法は問題なく成功、しかしそれは的ではなく、すぐ近くに立っていた審判である学園長を直撃した。
「わ、わしに何の恨みがあるんじゃ!」
頭から水をかぶってずぶぬれになった学園長の叫び声が響く。
「ショミンダ、失格! 失格じゃ!」
「は~ちょっとすっきりしました! ざば~♪」
剣術の部を廃止されたことへの逆恨みも、これで少しは晴れたようである。
ショミンダは自分の頭に魔法の水をかぶると、そのままさっぱりとした表情で退場していった。
そしてついにキャナリーの出番がやって来た。もうほとんど一年生は残っていない。
ここまでまだ一人も予選通過をなしとげていない。その上、キャナリーはまだ一度もまともに呪文を成功したことが無い。
そんな自分にやれるのか? いや、弱気になっちゃいけない。やるしかないのだ。
それにキャナリーには一つの秘策がある。
きっと上手くいく。そう信じて白線からかなり離れた場所に立つと、軽く目を閉じた。
「リリス、行くよ!」
「勢いをつけるモモ!」
いつものように風のように走りだす。そう、あの的に向かって!
「カナリエ、失格! 線を踏み越えるなと言っただろうがぁぁああっ!」
学園長の叫びに、キャナリーも大声で返事をした。
「踏み越えて無いよ! ちゃんと線の無いところを通ったもん!」
確かにキャナリーの通ったところは白線の切れ目の向こう側。これこそキャナリーの秘策!
「そんなものが認められるか~~っ!」
もちろん認められなかった。
さらに失格者が続いて一人の合格者もいないまま、一年生最後の挑戦者の順番が回ってくる。
その挑戦者はアーシュラ。なぜか片手に木剣を握っている。その姿に周囲からは失笑とも何ともつかない声が漏れ聞こえてきた。
アーシュラは定位置に立つと、木剣を中段に構え、軽く目を閉じて集中する。
聞こえてくるのは、魔法勝負なのに剣を持つなんて、とかなんとか。それでもアーシュラは顔色一つ変えない。
目をカッと見開くと、木剣をさっと上段に構える。
その眼で見据えているのは、ただ正面の的のみ!
剣の先から魔法が出る? そんなことがあるわけがない。ただのお気楽発言以外の何物でもない。その上、一流騎士の剣を『ただの剣』扱いとはまったく恐れ入った。
だが、そこまで言うなら目指してやるとも。本物の『魔法騎士』というものをな!
「メェンッ!」
激しい気合を込めて木剣を一気に振り下ろす。
その剣は一瞬にして燃え上がり、炎が火の粉を散らしながらあたりを照らした。
そしてそのまま火は燃え広がって……
「あつっ! 熱いっ!」
あまりの熱さに、思わずアーシュラは木剣を手放してしまった。もちろん火の魔法は的に当たっていない、それどころか飛びもしていない。
「アーシュラ、失格!」 もちろん失格だ。
観客席がドッと爆笑に包まれる。
残念そうな表情を浮かべるキャナリーとショミンダ。
しかしアーシュラはしっかり胸を張って席に戻った。
しっかりと確かな手ごたえを握りしめて。
「ふむ、面白いかもしれんのう。やってみる価値はありそうじゃ」
そんな彼女の後姿に、学園長はイタズラを思いついた子供のような目を投げかけていた。
学園長、一体何を企んでいるんだ?(棒




