50.遅すぎた手
いやな胸騒ぎを抑えつつ、怪盗ショミッタは第五運動場に向かう。
「やっぱりいない……」
そこには秘密特訓をしている学園生どころか、怪盗キャナッタの姿さえ見えなかった。
やはり何かあったのでは……。
怪盗ショミッタは辺りを注意深く見渡す。
すると遠くの林の陰に妖しく輝く、二つの小さな光に目が留まった。それはこちらを射通すような鋭い視線。
「……やはり!」
怪盗ショミッタは完全に気配を殺し、その視線を避けて後ろに回り込む。
「ていっ!」
「痛いっ!」
怪盗ショミッタは、容赦なくそこに潜んでいた者の頭にチョップを食らわせた。
「……遅いですよ、怪盗キャナッタ」
怪盗キャナッタは痛そうに頭を撫でながら、それでも反論することも無く、人差し指を立てて何かを押すような不思議なジェスチャーをする。
あれはどういう意味だろう、もしかして何かを見つけたのかもしれない。
怪盗キャナッタから手渡された通信機の一方を手に取り、怪盗ショミッタは彼女から少し距離を取る。
「……それで……何か見つかりましたか?」
「駄目だった! 誰もいなかったよ」
怪盗キャナッタ、ただ糸電話の通信機が使いたかっただけだった。
「でもおかしいよね、誰もいないなんて。何かあったのかな?」
「もしかしたら……私たちは重大な勘違いをしていたのかもしれません……」
「何かわかったの? 名探偵ショミソン博士!」
「今は深夜。時間が遅すぎて、みんな秘密特訓を終えて寝ているのかも!」
なんということだろう。そう、二人の怪盗の秘密捜査は遅すぎたのだ!
二人は新たに生み出した技、必殺怪盗走りを駆使して、溢れる思いを胸に秘め、アーシュラの待つ小さな広場に走った。
そこではアーシュラが深夜の特訓を続けているはずだ。
「くか~」
寝てた。
「決死の覚悟で情報を集めてたのに!」
「アーシュラはもういいです、さっさと蝋燭であぶりましょう!」
こうなるともう、二人の溢れる思いは止めようがない。
「……ん? ま、待て待て! 私を置いて二人だけで美味しいもの食べようとしてるだろ!」
野生の勘で目覚めたアーシュラがそろい、三人は額を合わせて秘密メモの確認を始めた。
火であぶると、何も書いていないはずの紙に、だんだんと文字が浮き出てくる。
いじょうなし、いじょうなし、だれもいない、リスがいた……
「なんという不思議な……本物の怪盗みたいだな」
「えへへ! すごいでしょ!」
「私も参加したいところだけど、特訓が……」
「大丈夫ですよ、任せてください」
「明日こそ、ちゃんと情報を掴んじゃうもんね!」
「がんばるモモ!」
~~~~~
情報集めに失敗した怪盗団。翌日は深夜ではなく、夕食後、日が沈んですぐに活動を開始した。
東の空にはほぼ真ん丸の月が、そして赤と青の双子の女神星が輝いている。
「今夜はもう一つ、新兵器があるよ」
「まだあるんですか! どんな道具なんですか! 世界が吹っ飛んじゃったりしないですよね!」
「次のはね、道具じゃないよ。リリス、お願いできる?」
「大丈夫モモ! みんな、集まれ~!」
暗闇の中、キラキラ光る二つの小さな目が、どこからともなくたくさん集まってくる。
それは学園の森で暮らすリスやネズミ。リリスのお友達たちだ。
「ふむふむ、分かったモモ! みんな、ありがとモモ!」
これが怪盗キャナッタの言う新兵器。つまりお友達の情報を集めて、秘密特訓が行われているだろう、おおよその場所を掴む作戦だ。
「これはまた……本物の怪盗みたいですね……」
「でしょでしょ? すごいでしょ!」
「えっへんモモ!」
「で、どこに行けばいいんですか?」
「まず……台所に新しいチーズがあるモモ!」
リリスのお友達たち。どうやら秘密特訓にはあまり興味が無かった。
それ以外にもドングリが多い場所など、山のような無関係な情報の中が寄せられてくる。それでもなんとか秘密の特訓場所をいくつか絞り込むことに成功した。
「手分けしますか?」
「一緒に行こうよ!」
一緒じゃなとやっぱりつまらない。
「そうですね、一緒に行きましょう」
最初の場所は学園の外れ、ぼろぼろになって壊れかかった古い倉庫。
「こんなところで特訓が?」
「でも何か秘密はありそうだよ!」
「それはそれとして、潜入するには怪盗リリッタの眼が目立ちすぎるんですよね……」
「お留守番はいやモモ!」
ちょっと困ったけれど、こんな時のための通信機。
怪盗ショミッタが気配を消して先行、怪盗キャナッタとリリッタは通信機をもって後に続く。
「こちら怪盗キャナッタ。どんな様子? どうぞ」
「こちら怪盗ショミッタ。誰かが中にいます……妖しい実験……かも。もうちょっと奥に進みます。どうぞ」
暗い倉庫、ほこりの匂いが充満している中に灯る赤いランプ。その灯りに浮かぶ不健康そうな青白い顔……。
その表情は長髪に隠されていて良く見えない。
「僕の……魔法の……研究が……ぐへへへ……」
妖しい薬品の匂いが倉庫の外まで漂ってくる。
「これ以上踏み込むのは危険です、どうぞ!」
「すぐに引き返して! どうぞ!」
すぐに戻ってきた怪盗ショミッタ、ちょっと顔色が悪い。
「何があったの?」
「怪しい魔法の研究をしてました……あれは多分同じA組の、ニュマとかいう奴です」
「どうしよう?」
「とりあえず、秘密の手紙を書きましょう」
見えないインクでキャナリーがしっかり報告書を書く。
――にゅま まほう きけん
次の場所は第三運動場だ。先ほどと同じように、怪盗ショミッタが通信機を持って先行、怪盗キャナッタが後に続く。
ほぼ満月の月明りの中、まるでどこかの音楽室の壁にかけられた肖像画のような、横ロールになった亜麻色の髪をした一人の学園生の姿がそこにあった。
顔の両側にある横ロールを両手で引っ張っては放して、ビヨンビヨンと伸び縮みさせている。
「トルネなんて目じゃない、ボクこそが本物のバネだ!」
ビヨンッ、ビヨンッ!
虚空を見つめて一心不乱に続けるその姿、これぞまさに秘密特訓だ。
「また同じA組の、今度はクルルです、どうぞ」
通信機からの音声を受けて、怪盗キャナッタが報告書を書く。
――くるくる まほう びよんびよん
よし、これで情報はかなり集まった。
怪盗キャナッタが通信機を耳から口に移して、怪盗ショミッタに戻ってくるように伝えようとしたまさにその時、二人の怪盗の間に一陣の風が吹き抜けた。
「……っ!」
二人は思わず声を上げそうになる。
その『風』は通信機の間に張られた毛糸を引きちぎると、ちぎれた毛糸をそのままたなびかせて、月夜の中を走り去っていく。
「……なんですか、あれは」
「わかんない、見えなかった……」
まさか、狼男……。
二人の怪盗の新たな使命、それはきっとこの先にある。




