49.満月の夜に向かって
深夜。
満月にはまだ二日早い、少しだけ欠けた月が闇夜を明るく照らす。
その月明かりの中で、秋の冷たい風とともにうごめく、二人と一匹の影。
そう、その姿は間違いなく、キャナリーとリリス、そしてショミンダだ。
二人ともその顔を覆面で覆っており、表情をうかがい知ることはできない。
少し距離を置いて動き回る二人、その手には何やら器のような道具が見え隠れしている。
「怪盗ショミッタ、聞こえますか? こちら怪盗キャナッタ。どうぞ?」
「こちら怪盗ショミッタ、良く聞こえます。どうぞ!」
謎の器に小声で話しかける怪盗キャナッタ。そしてその器を耳に当てると、怪盗ショミッタの声が聞こえてくる。
「よし、通信機はちゃんと使えるみたい!」
「こんな簡単なもので、遠くの人と会話できるなんて……なんなんです、これは! まったく魔法っぽくないし!」
「えへへ~、秘密調査だから、がんばって作っちゃった!」
分厚めの紙で作った器に毛糸を巻き取りながら、怪盗キャナッタは満面の笑顔だ。
「笑いごとじゃないですよ! 大発明じゃないですか!」
この怪盗用通信機、もちろん正体はただの糸電話。
この世界のこの時代、もしかしたら誰かがもう見つけているかもしれない。だけど紙が高価なこともあって、子供の遊び道具にはなっていなかった。
「なんだか本物の秘密調査って感じがしてきましたね!」
「でしょ?」
「それで、どこを調査したらいいかな?」
「わかりません。まずは学園内を動き回ってみますか?」
「そうだね、そうしよう!」
今回の極秘任務は、闇夜の中で秘密特訓をしている者たちの偵察だ。
秘密特訓だけあって、どこで行われているのか誰にもわからない。それも含めて、これから明らかにしていかなければならない。
「まずは……運動場からかな?」
「いいですね、行ってみましょう!」
中央魔法学園には運動場はたくさんあるけれど、二人が最初に向かったのは第一運動場だ。
「誰もいないね」
「いませんね……」
「どうしよう、手分けして探す?」
「その方が早そうですね、そうしましょう」
別行動をするとなると、毛糸の長さが足りなくて、せっかくの通信機が使えない。
「怪盗の秘密道具、実はもう一つあるんだよね!」
「ええ! まだあるんですか!」
怪盗キャナッタが取り出したのは、寮の部屋に備え付けのペン、便せんが数枚、そして何かインクのようなものが入った小さな壺。なぜだか蝋燭までついている。
「怪盗用の特別なインクだよ! 火にあぶると文字が出てくるの」
「な、な、なんですか、それは! もしかして高価な物じゃないんですか?」
「ん~、そうでもないよ? ちょっとオレンジの汁を絞って薄めただけ!」
「うそですよね? たったそれだけで、そんなことが……?」
つまりこの怪盗用インク、ただの『あぶりだし』だ。
「それができちゃうんだよね~。見ててね? やってみるから」
怪盗キャナッタは便せんを一枚取り出すと、ペンにインクをたっぷりつけて何やら書き出す。
「ほら、何も書いてないみたいでしょ?」
「たしかに。わかりませんね……」
便せんを手渡された怪盗ショミッタは、それを蝋燭の火であぶってみた。
「あっ! なんだか文字が浮かんできましたよ? なになに? ひみつちょうさちゅう……、かいとうきゃなった……、本当に読めるようになってる!」
怪盗ショミッタは怪盗キャナッタが自作した怪盗用インク一式、それに蝋燭を受け取ると、丁寧に懐に仕舞い込む。
「何か見つけたら、この怪盗用インクでメモしておこう」
「もし敵に見つかったとしても、これで秘密はバレませんね!」
「えへへ、そういうこと!」
怪盗用通信機に怪盗用インク。これで極秘任務の準備は完全に整った。
怪盗キャナッタは数字の小さいほうから、怪盗ショミッタは数字の大きい方から運動場を偵察し、どこかで落ち合う。それだけ決めると、二人の怪盗は月明りだけを頼りに学園のなかを二手に別れる。
「リリス、まずは第二運動場だよ」
「見つからないように、こっそり行くモモ!」
物影に隠れて辺りを見回し、誰も見ていない隙をうかがうようにして、また次の物影に走る。
「誰にも見られなかったかな?」
「大丈夫、誰もいないモモ!」
物影から物影へ、少し遠回りをしながらも、確実に身を隠しながら第二運動場を目指す怪盗。
「痛いっ! ……あ、しまった」
「いがぐりモモ。栗の木は危険モモ……」
怪盗キャナッタは、思わず大きな声を出してしまった。
この季節、あちこちに茶色く実ったいがぐりが落ちている。これに当たるととても痛い。
「そうだね、栗の木は避けて行こう」
学園ではほとんど拾う人はいないので、キャナリーは毎朝の散歩のときについでに拾っている。おかげで栗の木の場所はだいたい頭に入っているのだ。
さらに迂回して目的地を目指す。
「……ここだよ」
木々の間から目的地に視線を送る。ここで誰かが特訓を……
月明りにあかあかと照らされた第二運動場、そこには全く人影は見えなかった。
「誰もいないモモ……」
もしかして、どこかに隠れているんだろうか?
軽く周囲を一周してみても、やはりどこにも人の姿はない。
怪盗キャナッタは便せんを取り出し、怪盗インクで何やら書き始めた。
一方、怪盗ショミッタはというと、大胆にも学園内の通りをそのまま小走りに進んでいた。
それでもずっとしっかり集中しなければ、なぜか見逃してしまいそうになる。
怪盗ショミッタ、またの名をショミンダ・サーモンネ。彼女は気配を消すのが驚くほど得意だった。
「ここにも誰もいませんか……」
見えないインクでさっとメモすると、また次の場所に気配を殺して移動する。もしかしたら彼女こそ、本物の怪盗なのではなかろうか。
次は第五運動場。半分をはるかに過ぎたのに、怪盗キャナッタとはまだ合流できていない。
「何も起こっていなければいいんですが……」
明るく輝いていたはずの月を、真っ黒な雲が横切っていく。
怪盗ショミッタは不安な心を押し殺しながら、次の目的地へと足早に立ち去った。




