46.栗きんとん対決!
それにしてもこの大量の栗、いったいどうするべきか。
「どうやって食べましょうか。焼く? それとも茹でる?」
「そりゃ、パンに入れてだな……」
「パン……誰が焼きますの?」
トルネ嬢の言葉にみんなが周囲を見回す。
パンの焼き方なんか、誰も知らなかった。
「栗きんとんにしよう!」
「栗……きんとん? なんだそれは、聞いたことが無いぞ?」
栗きんとん、そんな言葉はこの世には無い。キャナリーが異世界から持ち込んだ言葉だ。
「あのね、栗を茹でてつぶして、それでハチミツと混ぜて食べるの! すっごくおいしいんだよ!」
「よくわかりませんけど、栗団子、でしょうか?」
「おいしいのは良いけど、キャナリー、作り方はわかるのか?」
「うん、お母さんが作り方を書いて送ってくれたんだ~」
キャナリーが懐から取り出したのは、手紙の一部と思しき紙の束。
「ほう、そこそこ簡単そうだな、やってみるか」
「次こそ、勝負ですわ!」
何をどうすれば勝利になるのかわからないが、こうして急遽、第二ラウンド、栗きんとん対決が行われることになった。
勝負は明日のお昼、場所は学園食堂の台所、それだけ決めて、一同は栗のかごを背負っていったん解散した。
「えええ~~売ってない~~~っ?」
翌日の午前中、キャナリーたちは学園の購買で愕然としていた。
栗きんとんを作るためにどうしても必要な材料、ハチミツが手に入らないのだ。
学園の購買には色々なものが売っているので、キャナリーたちは当然ながらハチミツも売っているだろうと思っていた。
しかし、そんな学園生活に無縁なものは置いていない。置いているわけがない。
「弱ったな、町の中まで買いに行く時間は無いし」
「食堂の倉庫からくすねましょうか」
「怪盗キャナッタ、久しぶりの出番だね!」
「そうだな、やるか!」
やる気になったのも束の間、遠くの方から購買に向かってくる大きな丸い影。
それは丸っこい体に金きらきんのローブ、そしてその上にかぼちゃのような頭を乗せた男。
「おお、これは皆さんお揃いで! このデブリス・デブラン、お目にかかれて望外の幸せですぞ! 何かお困りのごようすですが、いったいどうなされたのですかな?」
それは思った通り、一年B組の伯爵令息、デブリスだ。腕に何か大きな包みを抱えている。
「えっと……」
「私めが察するところ、ハチミツが手に入らなかったのではありませんかな? いえなに、このデブリス・デブランの手にかかれば!」
こちらから何かを言い出す暇もなく、デブリスが一人でまくしたてる。
「このハチミツをお使いくだされ」
デブリスは手に持っていた包みから、大きな壺を取り出した。
「ご一緒させていただくなど、とんでもないですぞ。それに礼には及びませんぞ! デブラン伯爵家の男子として、当然のことをしているだけですからして!」
そしてハチミツの壺をキャナリーに手渡すと、来た時と同様に嵐のように去っていった。
「もらっちゃった……」
「毎度毎度、どうやって聞きつけて来るんだろうな」
「中央魔法学園の七不思議ですね……」
キャナリーたちがハチミツの壺を持って食堂に行ってみると、もう殿下とトルネたちは準備を整え終わっていた。
「まったく、遅いですわよ! いったい何をぐずぐずなさっていたのかしら。もしかして勝負を恐れて逃げ出したのかと思いましたわよ」
「えへへ~、ごめんね~」
キャナリーは懐から栗きんとんのレシピを取り出して、みんなの前に広げた。
これは彼女の母親の書いたオリジナルのものではなく、キャナリーがそれを写し取ったもの。元の手紙はとても大切なので、部屋に置いてきてある。
「う……む……、これは……、なかなか独特の文字だな」
ところどころ、右にくるっと回るところが左に回っていたりする。独特の文字というか、はっきり言ってキャナリーは字が下手くそだった。
「でも、絵がありますから、だいたい意味はわかりますよね……たぶん」
「このタコの化け物みたいなのは何だ?」
「えっと、それは栗だよ!」
「おい、お前! なぜ栗に足が生えているんだ!」
「えへへ! その方が可愛いから!」
本当に『栗きんとん』は完成するのか? キャナリーを除いた全員の背中に冷や汗が流れる。
「まずは栗の周りをぐるっと一周切るんだよ」
「斬るのか? それなら私に任せろ!」
「待って、アーシュラ! そこは剣じゃなくて包丁で……」
止める暇もなく、いくつかの栗がスパンッ!と真っ二つになる。
そして見る見るうちに粉々に……
「なかなかに豪快な手並みだな。それでいいのか?」
「いや、待って殿下。これは違います……」
硬い殻も渋皮も何もかも、すべてが粉砕された栗。こうなったらもう仕分けするだけで大変だ。
どうやらアーシュラは戦力外らしい。
台所の隅っこで三角座りしているアーシュラを除く全員で、なんとかかんとかすべての栗の周囲に切れ込みを入れることができた。
「つぎはどうしますの?」
六本の手足を自由に使って作業を進めているトルネ嬢が、涼しい顔をして二重螺旋ドリルの金髪を扇ぎながら尋ねてくる。六本の手足たちはへとへとだ。
「ちょっとだけ茹でて、熱い間に皮をむいて」
「よし来た! 任せろ!」
作業が変わって復活したアーシュラが再参戦する。
茹でた栗を熱いうちに、むくべし! むくべし!
「熱いっ!」 しくしくしく……。
「うおっ? これはたまらんぞ!」
「ちゃんと茹で上がってるか、ちょっと味見を……まだ足りないみたい」
「もぐもぐ、確かに固いな」
「茹でながら皮むきを続けましょう」
「茹でたら、潰すんだよ」
味見をしながら次の作業を指示するキャナリー。
「もぐもぐ。潰すのか? もったいないんじゃないのか?」
「まあ、やってみましょう、もぐもぐ。駄目ならまた拾ってくればいいんですよ」
「次はざるをひっくり返して……裏から押し込む!」
いわゆる裏ごしだ。
「これ……何の意味がありますの?」
「よくわからんな。何か宗教的な儀式かもしれん」
ざるの網目が大きすぎて、栗は何の抵抗も受けずに下に落ちていく。
「最後は温めたハチミツと混ぜて!」
「ハチミツですか。私の実家だと……たしか少し塩を入れてました」
「我が家はどうだったか……よくわからん、両方入れてみるか」
「どっちなんだ? 割合は? それではわからんぞ?」
割合も何もわからない。ここは味見でなんとかするしかない。もぐもぐ。
「で、できた~!」
最後は団子にして完成だ!
茹でるのが足りなくて固い部分や、まだ大きなかたまりがゴロゴロ入っている。その上ハチミツがしっかり混ざっていない。
それでもなんとか栗きんとんらしきものが出来上がり、甘い湯気を上げる金色のかたまりがみんなの前に並んでいた。
「なんと言えばよろしいのかしら……少なくありません?」
あれだけ栗があったのに、完成した栗きんとんは一人に一つだけ。
「大丈夫だぞ、もうお腹いっぱいで味見する必要はないしな!」
「アーシュラのは味見じゃなくて、パクパク食べていたじゃありませんか」
「まったく、これだから庶民は……」
そうは言うトルネ嬢だって結構食べていた。
「味の調整は必須だからな、そこは認めるしかあるまい」
よく見ると殿下の口ももぐもぐ動いている。
ちょっとしか出来上がらなかったけれど、キャナリーはニコニコ顔だ。
イナカモント村の冬祭りの時だけの特別なごちそう。それがみんなの前に並んでいるのだから。
「さっそく食べてみよう!」
アーシュラが自分の栗きんとんを口に入れる。
「なんだか、少ししょっぱいぞ」
「そうか? 俺のは充分甘いが……」
「私はちょうどいい具合になりましたよ」
見た目も何もかも良くなかったけれど、しっかり味見をしたせいでおいしく食べられるようになっていた。
「それで……貴女は食べませんの?」
自分の分を口に運びながら、トルネ嬢はキャナリーに質問する。
「えへへ! もう、おなかいっぱい!」
「一番つまみ食いしてたのは、やっぱりキャナリー、貴女でしたか……」
そんなキャナリーの前で、リリスも満足そうに丸くなったお腹をさすっている。
学園食堂の台所を出るころには、辺りはすっかり暗くなり、西の空を赤い光が名残惜しそうに照らしていた。
寮の部屋に戻り、キャナリーは故郷への手紙を書く。
引き出しを開けると、そこには束になった手紙。夏休みのあの日手渡された、毎晩何度も読み返している、いっぱいシミのついた手紙の束。
キャナリーは少し考えてそれを取り出すと、栗きんとんの側に置いた。
「お母さんも、一緒に食べよ?」
キャナリーは不恰好な栗きんとんを、ほんのちょっとだけ削り取って口の中に放り込んだ。
とても甘い、それでいてちょっとしょっぱい味が口いっぱいに広がる。
「美味しい、って言ってくれたらいいな」
村祭りの栗きんとん、一緒に作りながら楽しそうに笑う仲間たち。それを優しく見守ってくれるお母さん。
一口ごとにしょっぱくなっていく栗きんとん。
夜空に輝く赤と青の双子星、その向こうで母が笑っているのが、キャナリーには見えたような気がした。




