42.夏の終わり
ソヨ婆さまがトアールへ旅立ったあとも、キャナリーの特訓はそのまま続いていた。
「リリス、行くよ! 今日こそバッチリ飛んじゃうんだから!」
「勢いつけていくモモ!」
「ひゅ~ひゅ~……、と~うっ!」
ずど~~んっ!
「ど、どうだった?」
「新記録モモ! 三センチも飛距離が伸びたモモ!」
「おお~、やったねっ!」
横から見ている分には、最初のころと何も変わっていないように見えるけど、本人たちからすれば少しづつ記録が向上しているらしい。
ポワンシェの子犬たちもキャンキャンお祝いと喜びの声を上げて、着地点に駆け寄って来る。
「かなり大きくなったね~」
子犬たちは毎日元気にすくすく成長して、夏休みが始まった頃と比べたら三倍近くになっている。もうローブの裾をまくるぐらいでは運びきれない大きさだ。
こうしてこの子たちと毎日一緒に特訓できるのもあと少しの間だけ。
来週には夏休みも終わり、キャナリーたちは学園の寮に戻ることになっている。
「よ~し、もう一回挑戦!」
「がんばるモモ!」
キャンキャンッ!
一段と元気な鳴き声が広い庭に響いた。
子犬たちとの魔法の修行が続く中、夏休みもそろそろ終わりが近づいてきていた。
「キャナリー、今日は魔法屋で仕事の日ですよ」
「あ、はい、お姫さま!」
「……お姫さま? 私の呼び方はそれで良かったのかしら?」
「むぐぐ……姫……お姉ちゃんさま……」
「なんだか頭痛が痛いみたいな呼び名ですけど、まあいいでしょう」
アーネ姫が馬車の用意を命じたが、姫の従兄で騎士隊長のガルドから待ったがかかった。
「アーネ姫、どうも最近、王都ルミナリスの治安が悪化しているというウワサがあるんだ。出かけるならしっかり騎士の護衛をつけるから、少し準備に時間をくれないか?」
「ええ、もちろんお願いします。それにしても治安の悪化ですか」
「盗賊が出たとか、町中に狼の群れが出たとか。狼の群れではなくて狼男だった、なんて話もあるようだ」
「狼男……なんとも物騒な話ですね」
「ほんとにいるのかなぁ?」
「わかんないモモ……」
そんなものはただのうわさ、実際には何の危険も無いのかもしれない。
「だが警戒するに越したことはないだろう」
「そうですね。しばらくは護衛をお願いできますか?」
「ああ、任せてくれ」
油断は禁物だ。トアール屋敷では状況が落ち着くまでの間、護衛無しでの外出は控えることに決まった。
「それじゃあ馬車の護衛につく騎士は……」
キャンキャン! キャォ~~ンッ!
まるで立候補するかのように鳴き声を上げるポワンシェの子犬たち。その瞳はなんだかやる気に満ちあふれている。
周囲の犬たちは熊と戦うような超大型の狩猟犬ばかりだけれど、同じように真っ白でモコモコしているので、自分たちもそうなんだと勘違いしているんだろう。
「いや、お前たちでは……」
ワンワオ~ンッ! キャンキャンッ!
「そんなにやる気を出されても……」
バフゥ……
まるで「しかたないなぁ」とでも言うように、マダム・ピレリュンヌがのっそりと立ち上がった。
こうなったらもう止めるのは難しい。
「わかった! お前たち、それにマダムも、しっかりと二人の護衛を頼むぞ!」
任せて!とでも言うように、ポワンシェたちが短く吠える。
こうして馬車の中にはアーネ姫とミケ、キャナリーとリリス、そして護衛の四匹のポワンシェ、さらにその護衛のマダムが乗り込むことになった。
馬車の外にはガルド隊長と二騎の騎士が、そのまた護衛の任につく。
「よし、出発だ!」
ガルドの掛け声に合わせて、馬車は山鳶の紋章旗をはためかせながら、トアール屋敷を後にした。
魔法屋での魔力補充の仕事は無事に終了して、やはり過剰な心配だったかと思っていたその帰り道のこと。
「なんだか騎士さんが多い?」
「確かに少し物々しいですね」
「何かあったかもしれん。周囲に注意しろ」
ガルド騎士隊長の指示が飛ぶ。
その時、耳をつんざくような警笛の音が飛び込んできた。
キャンッ!
それまでキャナリーやアーネ姫の膝の上に寝転がって撫でられていた子犬たちが、ほとんど跳び上がるよう起きあがる。マダムはピクッと耳を動かしただけで、そのまま寝そべったままだ。
「やはり何か出たようだな。馬車を守れ、警戒を解くな!」
「了解!」
少し馬車の速度が上がった。
少し不安な感じはあったものの、馬車は事件に巻き込まれることはなく、無事にトアール屋敷に戻ってきた。
馬車が大きな門をくぐると、重厚な鉄の門扉がガシャンっと大きな音を立ててしっかりと閉じられる。
「ふう~、緊張した~」
「お疲れさま、何事も無くて良かったわ」
「そりゃ、しっかり守ってくれたもんね?」
キャンッ!
「修行の続きモモ!」
「よ~し、今度こそ飛んじゃうよ!」
キャナリーはいつもの木に登るまえに、ふとその一帯を見回した。
特に何かを感じたわけじゃない。ただの……偶然……
……あれ、何か動いた?
結構大きいものだった気がする。もしかしたら猪かも?
キャナリーは木に登るのをやめて、もう一度、気になる方向に目を向ける。
ガサガサッ……
やはり何かが……
草むらで光る一対の眼!
いる!
キャンッ! キャンッキャンッ!
キャナリーが叫び声をあげるよりも早く、ポワンシェの子犬たちが、まるでキャナリーを守るかのように素早く前に飛び出した。
そして未知の敵に対して、一切ひるむことなく一斉に吠えかかる。
ガウッ!
子犬たちの声を受けて、横合いからピレリウス三世が草むらの中に飛び込んだ。
目の前に潜んでいた何かは、あわててパッと跳んだかと思うと、そのまま煙のように消えてしまった。
見間違い? 目の錯覚?
確かにそこには何かがいた気がしたのに。
「チビども、よくやった! 三世、もう追わなくていい、戻れ!」
ガルド隊長が遅れてやってきた時には、もうその何者かの姿はどこにもなく、その痕跡さえも残っていなかった。
「そうだ、キャナリー嬢、殊勲の騎士たちに名前をつけてやったらどうだ?」
「ほへ? 私が?」
「武功を上げた者には名誉を与える、それも貴族の務めだろう?」
ガルド隊長の言葉に、アーネ姫も頷いている。
名前と言われてもどうしよう、やっぱり強そうな名前がいいよね、カムゾウとか!
くぅぅ~ん……。
どうやら気に入らないらしい。
えっと、それじゃあ三銃士のお話の名前を取って……って、四匹いるから足りないか。いや、三銃士ってなぜか四人いたはず! ……そもそも三銃士の名前覚えてなかった……。
「そうだ、アンポワン、デュポワン、トリポワン、カトリポワン、これでどう?」
きゃんきゃんっ!
よかった、どうやら四匹とも気に入ってくれたようだ。
夏休みが終わり、学園の寮に戻る日の朝。
もしかしたら駄々をこねられて別れづらくなるんじゃないかと思っていたけれど、四匹の小さな騎士たちはしっかり門の前に整列して、胸をはってキャナリーの馬車を見送る。
その後ろにはマダム・ピレリュンヌとピレリウス三世たちの姿もあった。
「しっかりお屋敷を守ってね!」
ワオォ~~ンッ!
「こっちのことは任せてモモ!」
子犬たちの見送りに、ずっと手を振り続けるキャナリーとリリス。
小さな騎士たちはそんなキャナリーが見えなくなっても、馬車が影も形も見えなくなっても、ずっとずっと胸を張って、そのあとを見送り続けていた。
これで夏休みは終了、次回からは新学期!
子犬たちともしばしのお別れです。
このままずっと子犬たちと戯れていたいんですが……駄目でしょうか……
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