41.風の声
呪文の詠唱は良い感じになりつつあったけれど、やはり風が吹くことは無かったし、魔法陣が光ることも無かった。
「良いかい? 風が吹かないからって焦ることはないよ? 風は必ず一緒に遊んでくれるようになる。必ずのう」
呪文の練習を続けるキャナリーに、そうソヨ婆さまが断言する。
思い返してみれば、今までだって風が一緒に遊んでくれたことがあったように思う。
よし、もう一度、呪文をがんばろう! そう思って息を大きく吸い込んだ、その時……
ピリリリリ~ッ!
「うわわっ! つ、つばめ?」
空の上から小鳥がヒュイ~~ンと猛スピードで飛んできて、そのままキャナリーのすぐ目の前を通り過ぎていった。
ツバメみたいな見た目だけれど、黒じゃなくて焦げ茶色だ。
「精霊……モモ?」
「あれはこの婆の相棒、アマツバメの精霊クロエだよ。まったくイタズラ好きで困ったものさね」
空を飛び回るアマツバメ……時々キラッキラッときらめいて、たしかに精霊っぽい。
「……降りてこないの?」
「ああ、あの子はああして朝から晩まで、寝ても起きてもずっと飛んでいるのさ」
どれだけ飛ぶのが好きなんだろう。ご飯を食べる時も飛んでるし、夜になってもずっと、寝ながら飛んでるらしい。
これは負けてはいられない!
「もっと風と仲良くなるモモ!」
「うん、もっともっとだよっ!」
キャナリーだけじゃない。リリスの闘志にも火が付いた。
とはいえ相手は鳥の精霊。いくらやりたくても同じことはできっこない。
「思いっきり走り回れば、鳥みたいに風を感じるモモ!」
「それだっ!」
キャンキャン! キャンッ! キャッキャッ!
庭を思いっきり駆け回り始めたキャナリーとリリスを見て遊んでもらえると思ったのか、四匹のポワンシェの子犬たちも、その後について勢いよく走り始めた。
しかし……遅いっ!
勢いはあるんだけれど、体の大きさの差はどうしようもなかった……。
キャウ~~~ン……
置いていかれて悲しそうに泣き声をあげる子犬たち……。
「むう……っ」
仕方なくキャナリーは足を止めた。そして子犬たちを抱きかかえて……
「うう~~っ、四匹は無理~!」
一匹一匹は小さくて軽いけれど、それが四匹合わさるとかなりの重さだ。それに大きくなった子犬たちは四匹まとめて抱きかかえるのが難しい。
「リリス、どうしよう……」
「ローブのすそでくるんだらいけそうモモ!」
キャナリーはローブのすそをたくし上げて袋状にすると、その中にポイポイっと子犬たちを放り込む。
キャイッ! キャイッ! キャンキャンッ!
「ああ、暴れちゃだめ~!」
子犬たちは新しい遊びにはしゃぎまわって、ローブのすそからポロポロとこぼれ落ちてしまう。
拾っても拾っても、後から後からこぼれてしまうのでどうにもならない。
その様子を見るに見かねのか、マダム・ピレリュンヌがのそのそとやって来て、ポワポワな子犬が落ちそうになるたびに、さっと咥えてはローブの中に押し戻してくれる。
「マダム、ありがとう!」
これで全力で走れる!
キャナリーは「鳥になる!」とか叫びつつ、ヒュ~ヒュ~と呪文を唱えながら、四匹の子犬を抱えたうえにマダムを従えて庭を走り回り始めた。
肩の上は不安定なのか、リリスはキャナリーの頭にしっかりしがみついている。
「なんていえばいいのか……」
「鳥は鳥でも、あれじゃまるでダチョウね……」
「……前途多難じゃな」
「ふう~~、疲れたよぅ……」
しばらく走り回っていたけれど、キャナリーはへとへとになって座り込んでしまった。
「飛びたい気持ちは充分あると思うんだけどな……」
「たぶん勢いが足りないモモ!」
「勢い! そうだねっ!」
問題はどうやって勢いをつけるかだ。
地元の雪山なら、そりに乗って滑ったり丘を駆け下りたりすれば、かなりの勢いがつけられた。
しかしここは王都、しかも夏。そりも無ければ丘も無い。
さて、どうする?
ピリリリッ! ピリリリリ~♪
声のする方向を見上げると、アマツバメの精霊クロエが気持ちよさそうに縦横無尽に空を飛び回っている。
「むぐぐぐぐっ!」
「負けてられないモモ! 飛ぶモモっ!」
こうなったらやるしかない。
キャナリーは子犬たちをマダムに預けると、手ごろな大きさの木を選んでスルスルと上り始める。
「ちょっと待ちなさい、キャナリー! 何をするつもりなの!」
アーネ姫の制止など聞いちゃいない。キャナリーの頭の中は『飛ぶ』こと、もうそれだけでいっぱいだ。
まるで風のように素早く、あっという間にキャナリーは高い木の枝の上に立っていた。
「ひゅ~ひゅ~……」
ソヨ婆さまの教えを思い出して、風と一緒になって空を飛びたい、ただその事だけを思い描きながら呪文を唱える。
「……ひゅ~~っ!」
そして……飛んだっ!
どし~~~んっ!
無理だった。
精霊ミケが一声、「ニャァ……」と鳴いて首を振った。
ソヨ婆さまの監督の元、キャナリーの特訓は一週間ほど続いた。
毎日子犬たちを抱いてよく走り、そして毎日木から落ち、いまだに風の魔法は成功していないけど、勢いだけはよくなってきている。……らしい。
「大丈夫、方向性は間違っていないよ。もう少し見ていてやりたいんだけどね、もう帰らないといけない」
「ねえ、ソヨ婆さま。もう少しこちらにいましょうよ?」
「何を言ってるんだろうね、この子は。お前さんは学校があるだろう? サボっていると落第にするよ?」
ソヨ婆さまはトアールの魔法学校の校長先生。
アネアーネ姫にお願いされて、かなり無理して王都に出てきてくれたけれど、学校の夏休みが終わるまでに帰らなければならないのだ。
アネアーネ姫も魔法学校があるので帰らなければならないのは同じ。
「ほら、いいから行くよ!」
「ああ、待って待って、ソヨ婆さま! 忘れ物!忘れ物が!」
ソヨ婆さまがアネアーネ姫を馬車に無理やりひきずっていく。
「往生際が悪いよ!」
「嘘じゃない、本当に!手紙!手紙を!」
アネアーネ姫、どうやらイナカモント領から預かってきた手紙をキャナリーに渡すのを忘れていたらしい。
「あの……お姉さま?」
「はははは、誰にでも失敗はあるのよ!」
「ときどき精霊クロエに様子を見に来させるからね。安心おし」
「ああ、婆さま、痛い痛いって!」
ソヨ婆さま、そして無理やり詰め込まれたアネアーネ姫、二人を乗せた馬車は、すいすい飛び回るアマツバメを引き連れて、日暮れのトアール屋敷を去って……
「ああ、待って~~っ! 私の手紙を持って行って~~~っ!」
キャナリーは家族あての手紙の束を抱えて、本物の風になったかのように、必死になって馬車を追いかけていった。
「今までで一番の勢いモモ!」
馬車はキャナリーの手紙を受け取り、夕闇の中に消えていく。
西の空ではキャナリーの素晴らしい勢いを褒めたたえるように、赤と青の双子の女神星がキラキラと輝いていた。
やっと魔法のきっかけを掴んだキャナリー。
ここから怒涛の成長と行くのか?!
リリスとポワポワ、相棒の座をかけた戦いの結果はどうなるのか!
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