40.本当の意味
まずは復習。ということで、ソヨ婆さまに風の呪文を披露してもらうことになった。
「それじゃあ、ついておいで。風の魔法はせせこましい部屋に閉じ込められるのを嫌がるからね」
キャナリーたちは全員、庭に出ていくソヨ婆さまのあとに続く。
ポワンシェの子犬たちまで一緒なので、マダム・ピレリュンヌも保護者としてついてきている。
「この辺りでいいだろうね」
ソヨ婆さまは庭の片隅に置かれたベンチに腰掛けると、例の魔法陣の紙を取り出す。
「それじゃあいくから、良く見ておきなさい。ヒュ~、ヒュ~、ヒュ~、ヒュヒュヒュ……ヒヨヒヨヒヨ~♪」
ゆっくりと呪文を唱え始めると、その呪文はどんどん速くなっていき、まるで鳥の鳴き声のようなトリルへと変わっていく。
「ツピ~♪ チュルルル~ピッ♪ ヒュ~ルルルルヒュピ~♪」
「これ……呪文?」
ソヨ婆さまの手元を見ても、魔法陣は光っていない。
魔法じゃないのかな?
ソヨ婆さまはそのまま鳥の鳴き声のような詠唱を続ける。
ピュピュピュッ チュルルルチュル~♪
すると小鳥たちが寄って来て、一緒にハミングを始めた。
ピュチチュッ チュッカララララッ♪
ピルルル~ ルピッルピッ♪
小鳥たちの姿はどんどん増えてくる。
そよ風がさらさらと吹いて、木々の枝葉をざわざわと揺らす。
やっぱり魔法? でも魔法陣が光っている様子はどこにもない。
「ええ? ど、どういうこと?」
キャナリーの疑問の声に、ソヨ婆さまはニコッと笑う。
すでに彼女の呪文の詠唱は止まっている。でも小鳥の歌声もそよ風も止まらない。
そして、ソヨ婆さまがその手に持った魔法陣の紙を掲げると、赤、青、黄、色とりどりの輝きでキラキラと輝き始めた。
「……す、すごい」
まったく意味はわからない。でも今までみた魔法の呪文とはまるっきり違う、そのことだけはキャナリーにもよく理解ができた。
「私にもできるようになるかな……」
「まあ、やってごらんなさいな」
ソヨ婆さまから魔法陣を受け取ると、キャナリーも呪文を唱える。
「ひゆ~ぅ、ひゆ~ぅ……」
魔法陣は何も反応しないし、もちろん風だって吹かない。集まっていた小鳥たちはバサバサとどこかに飛び去ってしまった。
「そうだねぇ。なかなか素晴らしいねぇ、とても清々しいよ」
「えっと……それじゃぁ!」
よくわからないけど、もしかしたらかなり良い感じなのかな!
「ああ、素晴らしいほどにダメだね」
ガーン…………。
キャナリーの呪文はどうしようもなくダメだったらしい。
「あの、私、呪文の才能は……?」
「うむ、まるで無いね……」
キャナリーは目の前が真っ暗になった。そのまま倒れそうになるのを、アーネ姫が後ろからそっと支える。
「ああ、これこれ、年寄りの話は最後までちゃんと聞くもんだよ? それは悪いことじゃない、むしろとっても良いことさ!」
若い者はせっかちでいけないねぇ、なんて小言を言っているのを、アーネ姫たちは「もう、ソヨ婆さまはこれだから……」などと、苦笑しながら聞いている。
「これほどまで風の魔力に愛されているなぞ、この婆もこの年になって初めて見るわ」
「あの、それってどういうこと?」
「いいかい、よくお聞き? 風の魔法というのはね、才能があればあるほど、呪文の詠唱はできないものなんだよ」
才能があるほど呪文が使えない? まったく意味がわからない。
このお婆さん、いい加減なことをいってキャナリーをからかっているんだろうか? いや、そんな風には見えない。
「冗談でも何でもなく、風は自由気まま、それが事実さね。風の魔力は呪文で縛られるのを嫌がるからね、風に愛されれば愛されるほど、呪文がうまく唱えられなくなるのさ」
もしかしたらそれは魔力による抵抗、と言い換えても良いのかもしれない。非常に強力な風の魔力が強い抵抗になって、呪文の詠唱がうまくできなくなるのだ。
たとえば、水の中で素早く動こうとしても、水の抵抗が邪魔してうまく動けなくなるのと同じように。
しかしキャナリーはソヨ婆さまの言葉の端々に、それだけではない『何か』を感じ取っていた。
「この婆のように呪文が唱えられるのは、つまり魔法の才能がないということよ。カッカッカ!」
大口を開けてカラカラと笑うソヨ婆さま。
「……それじゃ、私には呪文は無理なの?」
「そこは、ほれ、逆に考えることよな」
逆? それはどういうことだろう?
「呪文で風の魔力を従えるのではなく、風の魔力が喜ぶように呪文を唱える。意味はわかるかの?」
キャナリーはブンブンとかぶりを振る。
「風の魔力の声を聴く……と言ってもようわからんか……。そうよな、風ともっと仲良くなれば、自然と頭の中に呪文が浮かんで、さらさらと唱えられるようになる」
「仲良くなるって、どうすれば……」
「知らんっ!」
「えええ~~~っ!」
「ソヨ婆さまっ! そこで放り出すのはちょっと鬼畜すぎるわ!」
アーネ姫たち姉妹も抗議の声を上げる。
「人と同じだよ? 相手の嫌がることをしない、相手の喜ぶことをする、でもそうしたからといって仲良くなれるとは限らん。そうだろう?」
まずは風の魔力を感じること、そして風の魔力と遊ぶこと。
どうやら呪文の特訓どころの話じゃない、乗り越えるべきハードルが上がったようだ。それも激しく。
「少しづつでいいから、呪文の練習はちゃんと続けるんだよ?」
風の魔力を感じながら毎日続ける事、そして部屋の中じゃなくて外で練習すること。それが重要なのだそうだ。
「風の魔力を感じろって……そんなこと言われても……」
だけどそれがソヨ婆さまの言う、はじめの第一歩。
キャナリーには何のことだかさっぱりわからない。いったいどこから手をつければいいのやら……
「キャナリーや。さきほど呪文を唱えるとき、何を考えておった?」
「それは、ピカピカって光って欲しいって……」
「まずはそれを止めて見ようかね?」
「えええ~っ?」
「風が吹いてほしいとか、魔法が使いたいとか、そんなことは思わなくて良いんだよ。ただ風が大好き、一緒に風に吹かれていたい、そう思うだけで充分なんだよ」
たしかエライ先生は魔法の授業で「何としても魔法が使いたい、その思いが何より重要」と言っていた。でもソヨ婆さまの教えはそれとは違っている。
「もしも風と友達なれたら、一緒にやりたいことは何だい?」
「空を飛びたいっ!」
即答だ。
「よし、いい答えだ。それなら一緒に飛びたい、そう強く思いながら呪文を唱えてみな。いいかい? 一人で飛ぼうとしちゃいけない。風と一緒にだよ?」
キャナリーは大きく頷くと、魔法陣を握りしめて呪文を唱え始める。
「ひゅ~ひゅ~……、あれ? ちょっと唱えやすい?」
今までとほとんど違いは無かったけれど、本当にほんのちょっとだけ、呪文が流れていくような感じがする。
まだ魔法陣は光らない。
だけどそれは間違いなくキャナリーが魔法使いになるための「はじめの第一歩」だった。
説明回になってしまいました。
ぽわぽわ成分が足りないぞ!作者しっかりしろ!
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