39.新しい呪文
登場した女性はアネアーネ・トアール姫。アーネ姫の一つ上の姉だった。
ジロ兄と同じで、普段はトアールの学校で学んでいるのだけど、どうやら妹のアーネ姫が夏休みにも帰って来ないことを聞きつけて、心配になって駆けつけてきたらしい。
「それで……貴女がイナカモント家の、風のキャナリーね?」
「は、はいぃっ!」
名前を呼ばれてキャナリーの背筋が、まるで生き返ったかのようにピンッと伸びた。
同時に彼女の膝の上に抱かれたポワポワたちの背筋もピンッと伸びる。いつの間にか子犬たちは四匹同時に抱くのが難しいほど大きくなっていて、転げ落ちないように頑張って踏ん張っている。
ギロッと睨みつける姉姫の瞳力に、キャナリーは知らず知らずのうちに冷や汗をかいていた。
「そうね……それではキャナリー、命令よっ!」
「はいっ!」
姉姫の命令という言葉に、しっかりと身構えるキャナリー。
「これから貴女はアーネのことを『お姉ちゃん』と呼びなさい。しっかり申しつけましたからね?」
「は……、いや……それは……」
「お姉さま、さすがに横暴すぎます……」
「あら、アーネ。まさかこの私を差し置いて、お姉さまと呼ばせるつもりなの?」
「いえ、そういうことでは……」
「ならば問題ないわね。それとキャナリー、私のことはもちろん『お姉さま』ですからね。間違えないように」
「ふえええ~~……」
「それじゃ練習よ! アーネお姉ちゃん。はい、言ってみて!」
「アーネ……おひ、おねえちゃん……」
「まだ硬いわね、もう一回、はいっ!」
「アーネ……おねえちゃん……」
これではまるで新しい呪文だ……。
「そろそろ良いわ、合格にしておきましょう」
しっかり何度もなんども練習させられた末、キャナリーはやっと合格を認められた。
「あの……、これで風の呪文が使えるように……なる?」
「何を言ってるの? 使えるようになるわけないでしょ?」
「えええ~~、それじゃなんで?」
「決まってるじゃない、私の趣味よ!」
姉姫は、ただの横暴な姉だった。
「それで、この婆のことはいつ紹介してくれるのかい?」
「あらら、ごめんなさい、ソヨ婆さま。完全に忘れていたわ!」
嵐のような勢いのアネアーネ姫に隠れて目立たなかったけれど、その横には確かに小柄な老婆がちょこんと座っていた。
優しそうな目をした老婆だ。暖炉の前でショールをはおって編み物をしているような、そんな雰囲気を感じさせる。
「アーネ姫、お前さまに呼ばれたとかで来てみたんじゃが……それでその子が例の風かい?」
「あの……、私がお呼びしたわけでは……」
「おや? 違うのかい?」
「なによアーネ、風の呪文で困っているって伝えてきたのは貴女でしょ?」
「たしかにそうですけど……でもさすがにソヨ婆さまをお呼びするのは……」
「なんだい? この婆じゃ不満なのかい?」
「いや、そうじゃなくてですね……」
アネアーネ姫と連れ立って現れたお婆さん、本名はソヨ・キャゼル。
ただの優しい田舎の老婆のように見えるけれど、その正体はトアール伯国どころかルミナール王国でも一、二を争うほどの風の大魔法使いであった。
さらに言うとこのソヨ婆さま、トアールの魔法学校の校長先生でもある。
アーネ姫の感覚からすれば、ちょっとした夏の特訓程度で、はるか遠い地元から呼び出していいような人物ではない。
「エライ=ヒカールの小僧が教え切らんというからには、この婆が出るのも悪くはないじゃろうに……。それとも次の風の魔法使いをお呼びなさるかい?」
「……ソヨ婆さまの次となると……お父さまってことになるわね」
姫さまたちの父親、それはつまりトアール伯爵その人である。
まあ、呼べば喜んでやってきそうではあるけれど、さすがにそれはやめておいたほうがいいだろう、多分。
「あの、ソヨ婆?さま……。私、呪文ができるように……なるの?」
キャナリーは恐る恐る聞いてみる。
中央魔法学園の学園長、あのエライ先生を小僧呼びするようなお婆さんである。この人に教えてもらえば、もしかしたら呪文が使えるようになるかもしれない。
「ん~、わからんっ!」
「ふえええ~!」
にべも無かった。
「まあ、まずはやってみるのが良ろしい。もちろんできないことはたくさんあるけれど、やらずにできることもないじゃろ?」
頼りになるのかならないのか、よくわからないようなソヨ婆さまのその言葉。
ただその優しい瞳を見ていると、キャナリーはもしかしたらできるんじゃないか、いやできる!
なんだかそんな確信めいたものを感じていた。
新しい呪文、それは、アーネおねえちゃん!
そしてリリスはこのままポワポワたちに居場所を奪われてしまうのか!
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