04.栗拾い
青く透き通った空の下、となりの山の頂きが、明るい朝日をあびて紅葉を真っ赤に燃やしていた。
山の中腹は金色に輝き、ふもとには緑がいっぱいに広がっている。
もうすっかり秋の色だ。
「キャナリー、今日はサブロお兄ちゃんも一緒に、栗拾いに行きましょうか」
家族みんなで朝食をとった後、いつものように飛び出そうとしたキャナリーの足が、母の一言でピタっと止まった。
「栗? 栗きんとん!」
「そうね、村祭りになったら一緒にお団子を作りましょうね」
キャナリーが栗きんとんと呼ぶのは、母特製の栗をゆでてつぶしたあと、ハチミツを混ぜこんだ甘くておいしい栗団子。年に一度、村祭りの時だけの特別のごちそうだ。
前世でもそうだったけど、生まれ変わった今でも、キャナリーにとってそれは至高の食べ物。みんなは栗団子と呼ぶけれど、キャナリーにはずっと栗きんとんだ。
「栗~くりくり~栗きんと~ん♪」
ウキウキしながら出かける準備をしていると、父がタロ兄に声をかけた。
「この時期、熊が出ると危ない。お前がついていきなさい」
「ええ? 俺? 今日は熊罠の仕掛けが……」
「良いから行きなさい」
有無を言わさぬその言葉に、タロ兄はやれやれと用意していた罠を片付け始めた。
(熊なんか出るわけないだろ?)
キャナリーと一緒か。去年は母と二人だけの栗拾いだった。もちろん護衛なんて無しだ。ちらっとキャナリーの顔を見ると、何も考えてない顔で、にこにこ楽しそうに鼻唄を歌っている。
栗拾いといっても、そんなに遠くまで出かける必要はない。屋敷の裏の大きなクルミの木、そしてそのすぐ先がもう栗林だ。
この栗林は一応、イナカモント家のものということになっている。そして今は一家専用の期間。大きくてツヤツヤな栗を拾い放題だ。
もうしばらくすると村からも栗拾いの人が集まってくるが、まだ村人たちの姿は見えないし、取り合いの必要もない。
三人とも、帽子、皮の手袋、厚手の服に丈夫な靴。手には木の熊手、背中にはかご。
「むわ~、暑いよ~?」
これじゃ、いがぐりっていうよりも、ミノムシだ。
「ねえ、お母さん、私、栗きんとんが食べたい!」
「ええ、たくさんとれたら作りましょうね」
「え、いいの? やったぁ!」
「これ、走らないの! 転ぶと大怪我するからね!」
走りだそうとするキャナリーの首根っこを母がとっさに捕まえた。
「むぎゅぅ!」
この時期、トゲトゲのいがぐりがたくさん落ちているので、転ぶと大怪我、下手をすると失明することだってある。ミノムシ装備もまた、母の愛だった。
もう一度しっかり注意を受けたキャナリーとサブロ兄は、緑のいがぐりがたくさん実った栗林の中を注意深く進んでいく。
二人はいがぐりを集める係、その中から栗を取り出すのは母の係だ。
ぽとんっ。
「あうわ~~、痛いモモ~!」
いがぐりが上から降って来て、リリスの頭にポンっと当たって跳ねた。
「う~ん、リリスはここに入る?」
「そうするモモ!」
頭を抱えているリリスを、キャナリーは厚手の服の胸元にかばうように抱き入れた。
「あんまり落ちてないな」
「うん、緑のは、いっぱい実ってるけど」
まだ少し時期が早いのか、栗の木はたくさんのいがぐりをつけているけれど、地面に落ちたいがぐりは少なかった。
栗拾いでは、木に実ったいがぐりを取るのではなく、しっかり茶色に熟して、地面に落ちたものを拾い集めるのだ。
「もっとたくさんないかなぁ……」
「あっちにもっといっぱいあるモモ!」
「え、ほんと?」
「ドングリだけじゃなくて、栗を見つけるのも得意中の得意モモ!」
「じゃ、行ってみよう!」
「おい、ちょっと待てよ! 母さんたちとはぐれるぞ?」
リリスが案内したところには、びっくりするほどたくさんの栗が落ちていた。
「うわぁ、いっぱい落ちてる!」
「ほんとに見つけるの得意なんだな……」
たくさん落ちているいがぐりをサブロ兄が熊手で集め、それをキャナリーが拾ってどんどんかごにいれていく。
あっという間にかごが一ついっぱいになった。
「向こうにもまだまだいっぱいあるモモ!」
「うん、行こう!」
「おい、いったん母さんの所に戻って……ああ、もう!」
キャナリーはサブロ兄の言葉ぐらいでは止まらない。さらに林の奥へと突進していく。
そんなキャナリーの足が突然止まった。
やっと追いついたサブロ兄は不思議そうに声をかける。
「ん? どうした? 栗なんて落ちてないだろ……う……」
「あ、ああ、ああ……」
キャナリーが震えながら指さした方向、そこには……
ブヒーーーーッ!
い、猪!
突撃されたら無事ではすまない。
猪に出会ったら、ゆっくりそっとその場を離れるように、二人とも両親からはそうしっかり教え込まれている。
その突進を受ければ、大人だって命を落とすことがある。子供なんてひとたまりもない。そう何度も繰り返し教えられているのだ。
サブロ兄の足が大きくブルブルと震えているのがキャナリーにも分かった。
「キャナリー、あの大きな松ぼっくり、お前にやるよ。大切にしてくれよな……」
普通の二倍はあるかという松ぼっくり、それはサブロ兄の大切な宝物。
なんでくれるなんていうの? ねえ、なんでなの?
震えの止まった足でゆっくりとキャナリーの前に出るサブロ兄。
その姿をキャナリーは見つめていた。
その手にあるのはただの熊手。とてもじゃないけど武器になんてなりっこない。
「……だめ、死んじゃう……死んじゃうよ……」
いやだ、そんなのは。
でも何もできない。キャナリーにできるのは、ただ見つめることだけだ。
涙がぽろぽろと零れ落ちる。
助けて……誰か、助けて……。
ブモォ~
その時、猪の横合いから巨大な黒い影が躍り出たかと思うと、一瞬にして猪が吹き飛ぶ。
もしかして、熊!
猪を圧倒したその黒い影は、こちらに顔を向けて笑っている。
「タロ兄!」
「タロお兄ちゃんっ!」
「悪い、ちょっと遅くなったか。大丈夫だったか?」
タロ兄の登場で、猪はこちらに向かってくることはなく、さっとお尻を向けると、ぱっぱと逃げ去っていく。
「ん? どうした、二人とも?」
腰が抜けて立てない。
母が慌てたように遅れて駆けつけ、座り込んでいるサブロ兄を思いっきり、ほんとうに力いっぱい抱きしめた。
「おばかっ! 貴方はもう、ほんとに、もう!」
サブロ兄の頬に、熱い母の涙がまるで滝のように激しくつたってくる。
母はしっかりとサブロ兄を抱きしめた後、茫然として座り込んでいるキャナリーも招き寄せ、改めて二人をしっかり抱きとめた。
「うわ~ん、ごめんなさい~」
「……母さん、ごめん」
結局、栗はあまり拾うことはできず、キャナリーのかごは空っぽのまま、その日の栗拾いは終了した。
集めたいがぐりを割って、みんなで中の栗を取り出す。
「よく頑張ったな」
泣いてしまって恥ずかしそうな顔をするサブロ兄。そんな彼にタロ兄がビッと親指を立てて見せる。
「大したことしてないし……」
「って、赤くなってるくせに。もしかしてまた泣いてる?」
「な、泣いてないし!」
「まあ、母さん泣かせたから、ちょっとだけ減点な」
「うるさい! つぎは満点とってやる」
「ああ、栗きんとん……」
サブロ兄が無事だったことは本当に嬉しい。でも栗きんとんが駄目になったのは悲しかった。
空っぽのかごを見つめ続けるキャナリーの頭を、リリスが背伸びをしながら撫でてくれる。
その翌朝、空っぽだったはずのキャナリーのかごは、大きくてツヤツヤの栗でいっぱいになっていた。
かごの中にはリリスが、やり遂げた感いっぱいで丸くなって眠っている。
そしてその頬には、大きな栗がいっぱい詰まっていた。




