36.孤独の夏休み
魔法学園に進学した転生少女キャナリーは、個性豊かな同級生たちとの毎日にてんてこまい。
その上、予想もしない『特大の風の魔力』の暴走――おかげで彼女とリリスの絆は一段と深まった。
新章!
キャナリーを待つのは、嵐のような「自称・姉」と、驚きの魔法修行!
まだ朝日が昇って間もないというのに、キャナリーはリリスに引っ張られるようにして、学園の森に向かって飛び出した。
「遅~~いっ! 早く行くモモ!」
「あわわ~、待ってよ、リリス!」
キャナリーが入院していたのはたった数日だ。それなのに、二人で森を駆けるのはなんだかとっても久しぶりな感じがする。
リリスはキャナリーの肩から飛び降りると、パパッと近くの木に駆け登り、ぴゅ~んぴゅ~んと枝から枝へ、風のように跳び渡っていく。
「一番モモ!」
「ふぅ……、二着……、はぁはぁ」
キャナリーは息を整えて、目の前の大木を見上げた。とんでもなく太くて、たくさんの枝が生えたドングリの王様の木だ。
こうして下から眺めていると、枝がいっぱいというよりは、太い木の幹から子供の木がいっぱい生えて、さらにそこから孫の木がいっぱい生えているように見えなくもない。
「いつ見てもおっきいねぇ……」
「ドングリの王様モモ。当然モモ!」
この王様の木から、今までどれだけたくさんのドングリが巣立ってきたのだろう。そしてこれからもどれだけ多くのドングリが旅立っていくのだろう。
ぺたっと抱きついて、デコボコの幹に耳を当ててみる。
時おり森に吹く風に合わせて、ぼこ~ん、ぼこ~ん、と低くて小さな音が聞こえてくるような気がした。
「他のドングリの木とお話でもしてるのかな?」
「きっとドングリが生まれてくる音モモ!」
「……え? 生まれてくる?」
王様の木の枝の先……よく見ると、緑色をした小さなドングリの赤ちゃんが、いっぱいにめばえ始めていた。
「みんな、おはよ~!」
「おはよう、キャナリー。今朝は遅いな」
「入院が長引くことになったんじゃないかと、心配してたんですよ?」
「えへへへ、ごめんね。森でドングリ見てまわってたら遅くなっちゃった!」
「まあ、おそらくそんなことだろうと思ってたけどなっ!」
ドングリの観察をしていたというのは嘘では無かったけれど、それじゃあそれが本当かと言われたら、実はそうでもない。
野外実習も何とか無事に終わって、もうすぐ夏休み。
少し落ち着きがなく浮かれたような雰囲気が漂う教室に、キャナリーはあまり長居したくなかったのだ。
「夏休み、たった二ヶ月しかないのに、実家に帰って戻って来るだけで二十日もかかっちゃうんですよね……」
「それぐらいなら、まだましだろう? 私の実家は南の山脈だからな。帰るだけで二十日だぞ? 往復したらその倍だ。今からもうお尻が痛いよ……」
「それでも、やっぱり帰りますよね?」
「まあな。家族も待っているし……」
そう、教室中で交わされるこんな会話。
できればこれを避けたかったけれど、なかなかそうもいかない。
「キャナリーのところも遠そうだな」
「たしか、西の山脈でしたよね?」
「うん、遠いよ~。もうほんと、お尻が痛いよね! 帰りは最後、山道で揺れるから余計にきついかもっ!」
「うわぁ、嫌なことを想像させるなよ……」
「うちは海沿いで良かったです……」
「えへへっ、でも楽しみだねっ!」
楽しそうに家族や地元の話をするみんなの前では、キャナリーはどうしても本当のことは言えなかった。
片道一ヶ月以上、往復すると二ヶ月以上かかる実家。帰りたくても帰れない、そんなイナカモントの村のことは。
~~~~~
夏休みの初日、学園の中には朝早くから大量の馬車が集まって、大変な混雑になっていた。
馬車の旅は絶対に安全だといえるものではない。もちろん山賊や盗賊に襲われることだってあるし、そうでなくても熊や狼のような猛獣に出会うことだってある。
混雑は避けたいところだけれど、旅の安全を考えると、できるだけたくさん集まって一緒に移動する必要があるのだ。
「みんなどんどん出発していくモモ。見送りしなくていいモモ?」
「うん……。ここから見送ってるよ……」
馬車のひしめく中にいても邪魔になるだけ。キャナリーは混雑を避けて、朝も早くから学園の森にやってきていた。
王様のドングリの根元に座り込み、寮の食堂から持ってきたパンをかじる。
おそらく馬車が動き出したのだろう。遠くから馬のカッポカッポ歩く音がひきりなしに聞こえてくる。
「……よし、お昼寝しよ~っ!」
全く眠くはなかったけれど、キャナリーは腕を伸ばして、無理やりゴロンと横になった。
空を見上げる。
王様のドングリの枝、それと生い茂る緑の葉っぱが見えるだけだ。
目をつぶったところで眠くなるわけでもない。ただみんなが笑顔で家に帰っていく、そんな馬のいななきが、そして馬車の響きが伝わってくるのを強く感じるだけだった。
「そろそろ戻るモモ!」
リリスにうながされるままに森を出る。すでに太陽は大きく傾き、西の空を赤く照らしている。
朝の騒ぎが嘘だったかのように、学園内の小道にも運動場にも、どこにも馬車どころか人影一つない。ただそこら中にくっきりと残された轍と蹄の跡だけが、何があったのかを教えてくれていた。
「広いね……」
誰もいない寮の食堂は、ガランとしていてとても広かった。夏だというのにキャナリーはブルッと軽く身震いする。
キャナリーは静まり返る食堂を後にして、振り返りもせずに自室への階段を上がった。
「……大丈夫モモ?」
「ん~、思ってたよりも大丈夫かも……」
ぽふんっと、そのままベッドの上に体を投げ出す。
誰もいない学園、誰もいない寮、たぶん寂しくて、我慢できずに泣いちゃうだろう。そんな予感があったけれど、実際に一人になってみるとそうでもない気がする。
すっとリリスを抱き寄せる。
部屋の中を夜の闇と静寂が包み込んでいく。
何も見えない、何も聞こえない、ただリリスの温もりだけを頼りに、真っ黒な天井をずっとぼんやり眺めつづけていた。
バンッ!
突然大きな音を立てて扉が開けられ、部屋中が魔法ランプの明かりで眩しく照らし出された。
「こんなことだろうと思ったわ!」
「な? なに?!」
部屋の入り口に目を向けると……、そこには青いローブ姿のアーネ姫が、腰に両手を当てて仁王立ちしている。
「あ、あの……どうして……?」
「いいからまずは顔を洗ってきなさい! ひどい顔よ?」
「えっと、その……」
「早く荷物をまとめなさい。すぐに帰るわ!」
「ほへ? ど、どこに……」
トアールまでなら三週間ちょっと、お姫さまのお城までならたどり着けるだろう。でもイナカモントの村までは……
「何を寝ぼけてるの。私たちの家、王都のトアール屋敷に決まってるじゃないの!」
「ええ? えええ~?」
アーネ姫は、まだ事態がよくわかっていないキャナリーの首根っこを掴んで、そのまま引きずっていく。アーネ姫の精霊ミケがリリスを咥えて、ぷらんぷらんさせながらその後を追いかける。
「本当におバカなんだから、もう。こんなところで一人寂しく過ごしていいわけがないでしょうに……」
ああ、そうか、私は寂しかったのか……。
事態はまだよくわからないものの、アーネ姫の言葉でキャナリーはやっと自分が寂しかったことに気が付いた。
馬車に無理やり詰め込まれて運ばれていくキャナリー。
そんな彼女に、赤と青の双子の女神星が西の空からあたたかな光を投げかけていた。
突入してきたアーネ姫、王都トアール屋敷にはいったい何が待ち構えているのか!
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