32.行くぞ!スタンプ・ラリー
さて、学園長のいう『簡単』、どうなることか……
翌日、野外実習二日目の朝。
清々しい空気が広がる、早朝のモンモリヨンの森。
元気いっぱいなのは、トルネ班やキャナリー班(殿下を除く)など、ごく一部の者だけ。それ以外はみんながみんな、朝から疲れ果てたような顔つきをしていた。
それは学園生だけじゃなく、教師たちも例外じゃない。
「今日の課題はどうしますか? 予定通りですとほとんどの生徒が参加不能になりそうですが……」
「う~む、まさかここまでの惨状になるとはのう……」
二日目の課題はスタンプ・ラリー。この森の景色を楽しみながら、十カ所のスタンプを集めてまわるというものだ。
ただしこれは普通のスタンプ・ラリーではない。学園長の手によって謎のすごろく要素が追加され、スタート地点に走って戻らされたり、重たい重りを背負わされたりと、かなりハードなものに魔改造されていた。
スタンプの場所も巧妙に隠されていて、謎を解かないとたどり着けない仕様だ。
「全部やめようかの」
「ぜ、全部ですか?」
教師たちがうろたえ始める。
「十ヶ所も回れんじゃろう? 半分の五ヶ所、いや、三ヶ所にするかの?」
「いや……五カ所で……」
「追加仕様なし、全員地図を持って出発、ゴールにたどり着いたらオヤツあり、これなら生徒たちも立ち上がる力が湧くじゃろう?」
「それはそうですが……」
まるでゾンビのように虚ろな目をした生徒たちを前にして、二日目の課題はあっさり大幅に『簡単』にされることになったのである。
「生徒諸君、それでは野外実習・二日目じゃ。森の中で適当にスタンプを五個以上集めるように……」
せっかく考えた仕掛けを自らの手で全部廃止にすることになって、学園長の眼も生徒たち同様、ゾンビのように虚ろになりそうだった。
「あと言い忘れておったが……ゴールした者には『おやつ』があるぞぃ」
「う、お?」
「おお! うぉおおおおおおお~~っ!」
まるで死んでいるかのような顔をしていた生徒たちが、「おやつ」の一言で一気に息を吹き返した。
それだけでなく、暖かい朝食の準備が始まるにつれて、顔にしっかり血の気が戻りはじめる。
教師たちの手によって数カ所で焚火が点火されて、干し肉を茹でてもどしたスープの香りがあたりに漂い始める。そしてチーズやパンを炙った香ばしい香りもそれに混ざり始めた。
「……はっ? 俺は今まで何を……?」
気を失っていた殿下も、その匂いで無事に再起動を果たした。
確か……、そうだ、今日から野外実習が始まるんだった。頑張らなければ!
「ねえねえ、どこから回る?」
「地図を見ると、スタンプは十カ所あるな」
「どうやら、このうちの五カ所で良いってことみたいですね」
「おい、お前ら。どうせなら全部回ってみないか?」
「ほへ? 十個全部?」
「それはいいな、やってみるか!」
「そうですね、挑戦してみる価値はありそうですよ?」
殿下は彼女らと同じようにチーズとハムをとても分厚く切ると、軽く火で焙って白パンの上に乗せた。
彼女ら三人はというと、なぜか白パンではなく、喜んで黒パンを選んでいるようだ。
「おい、貴様ら……」 殿下は何か言いかけたが、途中で口をつぐむ。なぜだかわからないけれど、それを口にすると悪い事が起こりそうな予感がしたのだ。
何かを話しかける代わりに、もう一度チーズを大きく切り取って、口の中に放り込む。
「まず真ん中から行ってみよう!」
「中央突破! 騎士としては当然だな!」
「端っこからちょっとづつ、姑息に行くのも良いものですけどね~」
普通に考えると、全部回るのなら端っこから順番に行ったほうが効率が良さそうだ。だが、こいつらはいくらそれを指摘したところで、喜んで中央に突撃していくだろう。
今日が初めて一緒の班行動だったけれど、殿下にはなぜかそんな確信があった。
「この辺りだと思ったのに、見つからないね~」
「もう少し奥の方かも知れん」
始める前は簡単な課題だと思っていたけれど、実際はまったくそんなことはなく、キャナリー班はまだ一つもスタンプを見つけ出せていない。
「お~~っほっほっほっほ! これで三つ目ですわ~~~~っ!」
左の奥の方からトルネ嬢の発見報告の声が響いてくる。
「ぐぬぬぬっ……」
「負けてられないな!」
「頑張りましょう!」
「おい、もしかしたら、アレじゃないのか?」
殿下が指さした方向に目を向けると、少し離れた先の木の枝に何かがぶら下がっている。
「スタンプかも!」
「行ってみましょう」
近づいてみると、ぶら下がっていたのはスタンプではなく、誰かの靴の片方だった。
「なんでこんなところに靴が……」
「誰か困ってるかも知れないし、持って行ってあげた方がいいよね」
「取って持って行くにも、ちょっと高くて届かないぞ」
「リリス、頼める?」
「わかったモモ!」
リリスが素早く木に登り、枝に引っかかった靴を下に落とす。落ちた靴の中から、ころころと木でできた何かが転がり落ちた。
「あれ? これスタンプじゃないかな?」
間違いない。キャナリー班、最初のスタンプだ。
四人ともしっかりスタンプを押すと、もう一度靴の中に仕舞ってリリスに頼んでまた木の枝に戻しておく。
このスタンプ・ラリー、開始直前にかなり難易度が下げられたけれど、それでもまだまだ簡単とは言い難いようである。
「よし、またあったぞ」
「これで三つ目ですね!」
最初の発見で勢いに乗ったのか、キャナリー班はそれから二つ目、三つ目のスタンプを立てつづけに発見することに成功した。
時刻はそろそろお昼になろうという頃合いだ。早くも五つのスタンプを発見しておやつにありついた子供たちもチラホラ出てきている。
また、一つも見つからないのでとっととあきらめて、鬼ごっこやかくれんぼなど、別の遊びに興じている班も少なからずある。
「俺は昼休憩を取るが、お前らはどうする? このまま続けるのか?」
殿下はこの野生児たちの付き合い方を、少しづつ掴みつつあった。
要は付いていくでもなく、付き従わせるでもない。自分が何をしたいのかをしっかり宣言したうえで、自分は自分で好き勝手に振る舞う、このことである。
「そういえばお腹すいたね~」
「何を食べる? 貰ったキャベツと干し肉でシチューでも作る?」
「漁師さんたちに貰った干物もありますよ~」
いくら好き勝手に振る舞っても、この三人ほどひどい事にはならないだろう。なるわけがない。
「もちろん全部回るよね?」
「当然ですよ! あと七つも残ってるし、午後はがんばらないといけませんね」
「お前ら、その前にしっかり食べて休憩だぞ」
軽やかな足取りで出発地点へと戻る四人と一匹。
まだ頑張っている子供たち。あきらめて遊んでいる子供たち。
ヒュンッ!
「危ないモモっ!」
「え?」
突然リリスがキャナリーの目の前に飛び出した。
真っ赤に飛び散るドングリ色の毛。
目の前で地面に落ち、そのまま横たわる相棒。
その横に落ちた一本の矢。
森が息を止めた。
明日は、3話まとめて一気に公開!




