31.激流!野外実習
船は大きく帆を膨らませながら、まるで飛ぶように水を切って進んでいた。
「おお~、速い~~!」
「漁船は初めてだけど、こんなに速度が出るものなんだな」
「帆がパンパンに張ってますからね~」
大きな川でその行く手を阻まれていたキャナリー班は、丁度その場に居合わせた漁船に拾ってもらい、川を北へ向かってぐんぐん下っていく。
今では貴族の養子になっているけれど、ショミンダは漁民だ。漁船との交渉などお手の物である。
「おい、班長。これで本当に目的地に向かっているんだろうな?」
「ほへ?」
殿下に追及されたが、キャナリーは当然、この船がどこに向かっているのかなんて把握しているわけがない。
そもそも能天気な彼女のことだ。下手をすればこのまま海まで行って、さらには地球の裏側まで行こう、なんて言いだしたとしても全く不思議ではなかった。
「たしか目的地は北西の森ですし、今は太陽を背にして進んでいますから、間違いなく近づいていますよ」
「このまま到着したとしても、おかしくはないな!」
一応漁師の皆さんにも確認はしたのだけれど、目的地であるモンモリヨンの森、残念ながらこの地名を知っている人が一人もいなかった。
この船の漁師さんたちが世間知らずということじゃない。
モンモリヨンの森は王侯貴族専用の狩猟場で、庶民は一切立ち入り禁止になっている。そのため近所に住んでいるのでもなければ、誰も森に近づこうとせず、その名前はあまり知られていなかった。
そんなわけで、漁師さんたちは『森』というキーワードだけでキャナリーたちを運んでくれているのだけど、それが目的地に近づいているのか、それとも遠ざかっているのかなんて、誰一人としてわかっちゃいなかった。
「お嬢ちゃんたち、そろそろこの辺りだよ」
「ありがとう、おじさん!」
ショミンダは自分の袋から黒パンと白パンを取り出して、目の前に並べる。
「お礼です! どっちでも好きな方を選んでくださいねっ!」
「おお、これは有り難いねぇ、どっちでも良いのかい?」
「うん、いいよ!」
「それじゃお言葉に甘えて、こっちの白い方をいただくかな」
黒パンを守れた喜びに、三人の顔がほころぶ。
「おい、ちょ……」
漁船が出発する前に殿下が何かを言いたそうにしていたが、キャナリーたちは全く相手にしていない。
在庫が少ない黒パンではなく、余っている白パンを選んでくれてラッキーぐらいに思っている。ただ、ショミンダだけが「これは使えそう!」と何かを企んだような顔をしていた。
キャナリー班の一行が船を降りた辺りは、畑や草原が広がる農村地帯だった。少し小高くなっている丘に登って眺めると、遠くで羊たちがもっさりと草を食んでいるのがよく見えた。
「はぁはぁ……、森など、どこにも、無いではないか!」
さっさと丘を駆け上った三人を追いかけて、大きな荷物を背負ってえっちらおっちら、汗をふきふき追いかけてきた殿下が、大きく不満の声を上げた。
「ねえねえ、みんなはどっちに行ったらいいと思う?」
「よくわからんが……多数決で決めるのはどうだ?」
「それじゃあみんなで、せ~のっ!で、好きな方向を指さしましょう!」
「任せるモモ!」
「「「せ~のっ!」」」
しゅぴっ!
きれいに方向が四つに分かれた。
「これじゃあ、どっちに行ったらいいのか分かりませんね……」
「……動けない、ってことは……、もしかしたらここが目的地!」
「そんなわけがあるかっ! どうでも良いが腹が減った。そろそろ食事にしようか」
「待つモモ! なんだか甘い匂いが漂ってくるモモ!」
リリスが指さした方向には数軒の民家があり、垣根には遠眼に白い花が咲いているのが見える。
「あ! あれ、ちゅーちゅーの花?」
「おお! シュシュか!」
「行ってみましょう!」
そう、あれはおそらくスイカズラの蜜花だ。
殿下を完全に放り出して、急いで丘を駆け下りる三人と一匹。
「ちょ、ちょっとまて、お前ら~~っ!」
「はぁ、はぁ……、休……憩……、」
殿下はもう息も絶え絶えだ。
「殿下は体が弱いな。もう少し鍛えた方が良いぞ?」
「ちょっと荷物を分けて持とうよ?」
「まったく世話が焼けますね~」
こうして殿下は、食料と水袋を三人に持ってもらうことになった。
女の子に手伝ってもらうなど、かなりの屈辱だったけれど、殿下はもう他にどうしようもないところまで追いつめられていた。
~~~~~
一方、いきなり出発直後に荷物が無くなったトルネ班は、目的地に向かって軽快に街道を歩いていた。
荷物がほとんど無いとはいえ、お腹はぺこぺこで実はかなり厳しい状況だ。頭の金髪ドリルもどことなく元気がない。
しかし優雅に泳ぐ白鳥が、実は水面下では必死に足を動かしているように、侯爵令嬢たるもの、つらいなどとは絶対に表に出してはいけないのだ!
「他のクラスの方たちでしょうか? 行き倒れている人がたくさんいらっしゃいますわね……声をかけてみましょう」
「「「はい、トルネさま!」」」
どうやらあまりの荷物の重たさに動けなくなっていたらしい。
「わたくしどもは身軽。少しなら持ってさしあげてもよろしくてよ?」
なんということだ。まさに天使か!
トルネ班は行き倒れになっていた学園生たちから大いに感謝されると同時に、分け持った荷物でいつの間にかしっかりと、四人分の食料やテント、毛布などの確保に成功していた。
「お~ほっほっほっほ! 貴族令嬢として、人助けは当然のことですわ~~!」
さすが上級貴族の令嬢、恐るべき底力だった。
~~~~~
キャナリー班は、その後もあっちにふらふら、こっちにふらふら、進んだと思ったら引き返し、引き返したと思ったらまた別の方向へと、まったく節操がない旅を続けていた。
時にはそこらの小川で適当に水を汲み、時には井戸で分けてもらう。
時には馬車に乗せてもらい、時には手伝って馬車を押す。
たすけてもらったお礼や、出会った記念に白パンを配り、その代わりに何かの団子や野菜を貰ったりして、どんどん食料が豊かになっていた。
もちろん殿下の白パンはどんどん消えて無くなっていく……。
「あ、あそこ! みんないるよ!」
かなり日が傾き、空が茜色に染まり始めるころ、キャナリー班はなんという偶然のなせるわざか、初日の目的地、モンモリヨンの森にたどり着いていた。
「……もう、一歩も動けん……」
到着と同時に倒れ込む殿下。せっかく頑張って持ってきたテントを張る気力も体力もまったく残っていなかった。
他の学園生たちも似たようなもので、完全に体力を使い果たして倒れ込んでいる。実はほとんどみんな、途中で脱落して馬車に拾われていたりする。
キャナリーたちはちゃっかり、先生たちが乗ってきた馬車の片隅で、三人まとめて丸まって眠った。
「まったく、こやつらは……どこから入って来たんじゃ、風邪をひくぞい?」
目ざとく彼女たちを見つけた学園長が、優しく毛布をかけてくれている。
……と同時に、馬車の利用でしっかり減点されていた。
「明日は、そうじゃな……もう少し『簡単』にするかのう……」
学園長の眼がキラっと光った。
なんとか無事に到着!
しかしそんなキャナリーたちに学園長の魔の手が迫る!
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