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ドングリ魔法はまだ飛べない ~でも、3センチなら飛べるもん!~  作者: 大沙かんな
第五章 野外実習篇(一年生前期)

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30.発進!野外実習

 遅れに遅れたものの、キャナリー班もついに学園を出発した。完全に一番後ろ、それどころか大きく引き離されて、前には誰一人として学園生の姿は見当たらない。


「お前ら、本当にそんな身軽で大丈夫なのか?」


「ん~、荷物はけっこう重たいよ?」

「パンはいいけど、チーズはずっしり重いな」

「煮干しやベーコンはかさばりますよね」


「いや、食べ物の種類の話じゃなくてだな……毛布はなくていいのか?」


「ん~、夏だし……毛布も水筒も要らないよね!」

「ああ、冬じゃないからな。しっかりローブも着ているし、テントも無しで良いんじゃないか?」

「空も晴れてますから何とかなりますよ、たぶん!」

「森なら大丈夫だモモ!」


 宮廷育ちの第三王子殿下には理解できなかったが、彼女らは貴族と言っても辺境育ちの野生児たちである。殿下とは根本的な常識も経験も、何もかもが違っている。


 特に雪山出身のキャナリーとアーシュラは、悪い言い方をするならば、夏の平地をかなり甘く見ていた。



「しかし分からんな……冬の山ならそこら中が雪だろう? ならば水筒など無くても、いくらでも何とかなるのではないのか?」


 水筒は冬は必要だけど、夏は要らない。その理屈が殿下には理解できない。


「雪なんか食べたら、死神に連れていかれちゃうよ?」

「うむ。冬は水筒を肌身離さず持った方がいい。雪を沸かすにしても薪は見つからないからな」

「夏なら小川も井戸もあるもんね!」


 もしも冬の雪山で喉が渇いたからと雪を口に入れたりしたら、それこそ一気に体温を持っていかれて凍死してしまう。


 それにこの辺りには川もあれば井戸もある。人家など無い辺境を旅するのならともかく、野外実習では王都近辺を散策するだけなのだから、言われてみればその通りだった。


 テントだって最悪の場合、近くの人家の軒を借りるか、神殿に逃げ込めば何とかなるのだ。


 もしかしたらこの三人、阿呆に見えるのは見た目だけで、非常に豊富な経験に裏打ちされた、なにか深い考えに基づいて行動しているのかもしれない。


 殿下はそんな錯覚さえ感じ始めていた。



 ~~~~~



 キャナリー班がお腹いっぱいで出発した頃、他の生徒たちはお腹を空かせ、重い荷物を抱えて足を引きずるようにして歩いていた。その姿はまるで古代の奴隷のようだ。


 そんな中、トルネ班だけは足元軽快である。なんのことはない、荷物のほとんどを馬車に積んだまま出発したからだ。


「トルネさま、本当によろしいのでしょうか?」

「お~~ほっほっほっほ! 何も問題などございませんわ~! 貴族令嬢たるもの、重たい荷物を運ぶなどあり得ないのですわ~!」


 非常に豪奢な扇で口元を隠しながら、高笑いを続けるトルネ嬢。


「わたくしの馬車を引く馬、月面宙返り(ムーンサルト)号はずっと小さなころからわたくしが可愛がってきた名馬。わたくしが呼びさえすれば、どこへだって駆けつけてくれるのですわ」


「しかし呼ぶと言ってもどうやって……」

「お~~ほっほっほっほっ! そこに抜かりはございませんことよ~! この笛の音を聞けば、飛ぶように駆けつけてくるのですわ~~!」


 トルネ嬢はさっととんがり帽子を取ると、その中に手を突っ込んでチェスの(ナイト)のような形の白銀の笛を取り出した。


 そして静かに笛を構える。


 ピクルピ~♪

 ……来ない。


 ピクルピ~♪ ピクルピ~♪

 ……まだ来ない。


「おかしいですわね、どうしたというのかしら?」


 ピクルピ~♪ ピクルピ~♪ ピクルピ~♪

 ……やっぱり来ない。


 馬車はおろか、月面宙返り(ムーンサルト)号の気配すら感じられない。


「トルネさま……もしかしたら遠すぎて聞こえないのでは?」


 トルネ班、荷物なしが確定した瞬間であった。



 ~~~~~



 今回の野外実習の目的地であるモンモリヨンの森は、王都の北西に広がっている大きな森である。


 なぜこんなに大きな森が王都のすぐそばにあるのか。それは王侯貴族が自分たちの狩りのためだけに整備しているからに他ならない。


 今回はそんな一般人立ち入り禁止の森を、魔法学園の遠足のために貸し出してもらっているのだ。


 庶民のことなど考えず、王侯貴族が自分たちだけのために作った狩場、そしてその狩場に向かう道。その道は当然一本道で、他の道と交わることはなく、まず迷うことなどあり得ない。


 しかしどんなに完ぺきに見えることにだって例外はある。


 キャナリー班は迷った。



「おかしいなぁ、ちゃんと地図通りに来たはずなんだけど……」

「どれどれ……、うん、確かに地図通りだ」


 森を目指していたはずなのに、なぜかキャナリーたちの目の前には大きな川が流れていた。


 川幅はとても広く、近くには橋が架かっている様子もない。


「泳いで渡るのかな?」

「渡し舟があるかもしれませんよ」


「待て!ちょっと見せてみろ!」


 キャナリーが持っていた地図を、殿下が奪い取るようにしてのぞき込む。


『森 ―― 学園』


 そこに記されていたのは、目的地の森と、出発地点の学園、そしてその二点を結ぶ一本の道。ただそれだけ。


「なんだ、この地図はっ! もっとまともな物はないのかっ!」


 先生から班長たちに配られた地図には、数枚のアタリが混ぜてあったのだ。そしてそのアタリ地図は、どうやら一番アタリの班に配布されてしまったようである。


 キャナリー班、絶体絶命のピンチ!


 果たして彼らは無事に目的地、モンモリヨンの森にたどり着くことはできるのか!



 ~~~~~



「テントは班に一つで良い。これに気づいた班は半数も無かったようじゃの?」

「半数どころか、可哀そうに、八割ぐらいの生徒がテント背負っていますよ……」

「水袋も律儀に抱えていましたね」


 さすがに鍋や食器を持って行った班は少なかったようだが、学園長が仕込んだテントと水袋の罠には、多くの学園生が引っかかっていた。


 テントだけでなく、水の入った皮袋だって班に一つあれば十分だし、あまりに重たいようなら皮袋の中の水は減らしたっていい。


 たぶん誰だって冷静に考えればそう判断するに違いない。今頃はなぜそうしなかったのかを後悔しながら、ヒーヒー言いながら無駄に重たい荷物を運んでいる事だろう。


「硬直した考えに捕らわれているようではいかんからのう。まあ中には柔軟な者たちもおったが、はてさて、どうなることやら」


 もちろん想定していた荷物量はあるけれど、別に決まりがあるわけではなく、正解があるわけでもない。


 荷物をほとんど持たずに出ていったトルネ班、いきなり食事をはじめたキャナリー班。この先、彼らはその柔軟な思考で、どのように道を切り開いてくれるのだろう。


「まったく楽しみな事じゃ。おっほっほっほ……」


「大変です、学園長! キャナリー班、完全に行方不明です!」

「……ぶほっ!」



 完全監視体制をやすやすと突破して迷子になって見せたキャナリー班。彼女たちは殿下を拉致して一体どこに消えたのだろうか……


キャナリー班、やっと出発したと思ったら、どこに消えてしまったのか!

殿下はまだ息をしているのか!?


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