29.壮絶!野外実習
トルネ班も含めて、クラスのみんながあきらめて大きな荷物を抱えて出発していくのを、キャナリーは大きく積まれた荷物の陰から見送っていた。
「キャナリー、私たちもそろそろ準備を……あっ!」
何をしているのかと思えば、キャナリーはパンとチーズを思いっきり頬張っている。
「えへへ、お腹空いちゃった!」
「ズルいぞ、私も食べる!」
「あ~、私も食べます!」
誰か一人足りない、そんな気がしないでもない。いや、多分気のせいだろう。
キャナリーたちがそんなことを思いながら、みんなが去っていった方向をぼんやりと眺めていると、背中に大きな荷物を背負った一つの影がタッタッタッタと一定のリズムで足早に近づいてきた。
「はぁはぁ……、何をしているんだ、貴様らは! 気配がしないと思ったらまだこんなところにいるとは」
もちろん気のせいなわけがない。どうやら殿下、他のみんなと一緒に出発したものの、キャナリーたちを探して急いで戻って来たらしい。
「ん~、何って、早めの朝ごはん?」
「今日一日分の食料だぞ! 今食べてどうする!」
こいつ、何を言ってるんだ?と、きょとんとしているキャナリー。
殿下にしてみれば、お前の方こそ何をやってるんだ、と叫び出したい気持ちだ。
「……待て、なんだ? なにか香ばしいような匂いが……」
匂いのする方を見ると、アーシュラが脇に積まれてあった薪で焚火を始めていた。
ベーコンやチーズをナイフで分厚く切っては火で炙って、パンの上に乗せてかじりついている。
「あ~! アーシュラ! そんな分厚く切るなんて、いっけないんだ~!」
大人がいるところでやったら、間違いなく怒られるやつだ。
「私はこうして、こう!」
ショミンダはたしかに薄く切った。でも一枚だけじゃなくて数枚、それもチーズとハムを交互に挟んでいく。
「お~! すご~い! 特別製だね!」
キャナリーはどこで見つけてきたのか、パンの上にチーズやハムだけでなく、ゆで卵まで乗せている。
「お前ら~~! なんでしっかり食事をしているんだっ!」
「まだまだあるから大丈夫ですよ? 殿下も食べたら?」
そもそも多めに用意されていたのだろう。机の上にはパンもチーズもまだまだたくさんある。
「だ~か~ら~、もう出発の時間ではないかっ!」
焚火の火で焙られたベーコンが、パチンッと弾けた。
気づいたら運動場にはもう、クラスメイトどころか他のクラスの生徒だって一人もいない。すぐそばにクラス担任の学園長先生がいるだけだ。
さすがにもうそろそろ準備をしないといけない。
「まずはチーズ!」
「次にベーコンとハムだな」
「お魚の煮干し!」
荷物のバランスなど何も考えず、自分の好きなものを真っ先に詰め込む三人組。
「お前ら、そんなに食べ物ばかりを……、それに少しは考えてだな……」
実際に肩に担いでみればわかるけど、テントと毛布、これが非常に重たいのだ。それに皮の水筒だってある。食べ物はある程度、量を絞らないととてもじゃないけど持ち歩けない。
薪や鍋なんて持っていけないから、火を通さないといけない物、例えばベーコンや魚の干物なんかは避けるべきだ。
「ああ、もう、好きにしろ~~!」
殿下の忠告の声は、目の前の食べ物だけに集中する彼女たちには全く届いていなかった。
「パンも入れようよ!」
「でももう、あんまり余ってないぞ?」
「ある分、全部入れちゃいましょう~」
殿下はこの時、彼女たちの様子が少し引っかかった。
パン? まだたくさん余っているではないか。
「なぜお前たちは、パンを袋に詰めないのだ?」
ほへ? 殿下の指摘に不思議そうな顔をするキャナリーたち。
「ちゃんと入れてるよ?」
彼女たちが見せてくれたのは、かなり黒く灰色がかった焦げ茶色をしたパンだ。
「それはパンではなく、黒パンだろう? パンはこっちだぞ?」
「ああそれ、パンもどき……」
「殿下、それはあんまり美味しくない奴だぞ?」
「美味しくないというか……、あんまり味がしないですよね」
殿下が示したパン、小麦で作ったいわゆる「白パン」は、三人には全く相手にされていなかった。
「こっちの白いのがパン、貴族が食べる物だ! そっちのはパンじゃなくて黒パンだ!」
「えええ~、美味しい方を選べばいいのに!」
「王都の貴族って可哀想だな……」
「こんな不味いのしか食べられないのはちょっと……無理かな……」
相手にされないどころか、可哀想なヤツ扱いである。
三人と殿下とでは、どうやらそもそもの味覚や嗜好が大きく違っていた。
ちなみに寮や学園の食堂では、白パンと黒パン、好きな方を自由に選べるようになっている。キャナリーたち三人は、いつも黒パン派だ。
「まだカバンに隙間があるよ? パンもどきも入れちゃう?」
「そうだな、ちょっと妥協しようか」
「邪魔になったら魚や鳥の餌にすればいいですしね」
その上、下手をすると動物のエサ扱いであった。
「お前ら……ほんとうにそんな荷物で大丈夫なのか?」
そう言う殿下の荷物は、テントや毛布がきっちりと積まれ、食べ物はしっかり、しかし最小限に、そして水の入った皮の水筒という構成になっている。
殿下もさすがに、鍋や食器は持っていけない、そうあきらめているようだ。
「よっこいしょ、う~ん、重たい……」
殿下に言われてキャナリーたちも自分の荷物を担いでみたら、かなりの重さになっていた。
「もう少し食べて減らすか?」
「ええ、それが良いですね~、そうしましょう!」
「な、なんでそこで食事の続きが始まるんだぁぁぁぁっ!」
殿下の言葉に突っ込む者は誰もいない。
「ゆで卵! えへへ~、まだあるんだよね~!」
「いいなぁ。キャナリー、ちょっと分けてくれないか?」
「あっ、私も下さい~」
「うん、いいよ~」
こうして無事に荷物も軽くなり、どうやらやっと出発準備が整った。
「ううっ!」
「おい、どうした! まだ何か足りないのかっ?」
「お腹いっぱいすぎて、動けない~!」
キャナリー班、一体いつになったら出発できるのだろう……。
別腹だとデザートのオレンジまで食べ始めたキャナリーたち。
その姿を静かに眺める学園長の眼は、ただ優しいだけではない何かを秘めているようにも見えた。
壮絶な食欲!
大丈夫か? 本当に出発できるのか?
キャナリーたちはともかく、殿下は生き延びることができるのか?
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