25.おこづかい大作戦
ほの暖かい魔法ランプの灯りが、寮の自室をぼんやりと照らしている。
『……お船の上に王様のドングリよりおっきな扇子が立っててびっくり。ポワンシェの子犬も無事保護できて良かった。でもお母さんを見つけてあげなくちゃ』
「うん、これで全部書けたかな」
キャナリーはペンを置くと、手をコキコキとほぐすように動かした。
家族の住むイナカモントの村への手紙。書き終わった便せんを封筒に入れるでもなく、机の引き出しに仕舞い込む。
引き出しの中には同じような手紙が、送られることなく束になっている。
中央魔法学園。
王国内で最強の魔力を持つ子供たちが集められたこの学校は、授業料だけでなく、ローブなどの衣服から食事、さらには便せんやペンまでも、すべて王国からの支給で無料だ。
ただし、帰省の時の交通費などは自分で支払う必要がある。手紙の料金もそうだった。
「手紙だけでも何とかしたいよね」
夏や冬の長期休暇にも家には帰れない。そのことはもうキャナリーもあきらめている。
なにしろ片道一ヶ月以上かかるのだ。二ヶ月間しかない夏休みではどうやっても往復できない。冬休みは四ヶ月あるけれど、山奥の実家は雪に閉ざされてしまうので、どうしようもない。
あまりにも遠いので、手紙を送るだけでも一苦労。なにしろ一年のうち、春夏秋の三回しか便がない。
次の便は夏。それまでには手紙代をなんとかしないと。
「ぜんぜん足りないよね……」
村だと、川できれいな石を拾ったら、行商のおじさんが甘い飴玉かお金と交換してくれたのだ。中には赤や黄色の大きくて宝石みたいな飴玉もあって、それと交換するにはお金をいっぱい貯めなくちゃいけない。
「けっこう貯めたんだけどな……」
かなり普通の飴玉と交換しちゃったけど、あの時もしも我慢してたら手紙は送れたんだろうか。
こぶたの財布を振ってみると、ちゃりんちゃりんと軽い音がする。
お母さんから教えてもらいながら一緒に刺繍した財布だ。リリスにしたつもりなのに、なぜかこぶたになってしまった。
「まだ寝ないモモ?」
「うん、もう寝るよ~」
森から戻って来たのだろう、ドングリを抱えて窓枠にちょこんと座ったリリスにおやすみなさいのあいさつをすると、キャナリーはベッドにもぐりこんだ。
ドングリで手紙が送れないかな……。
その夜、キャナリーはなんだかとても寂しくて懐かしい夢を見た。
「おこづかい? 急にどうしたんだ?」
「たくさんはないですけど、それなりには……」
「ふえぇ~、お金持ちだぁ」
同じような男爵家だしアーシュラやショミンダも似たようなもの、勝手にそう思って翌朝学校で聞いてみたら、なんとまったく勝負になってなかった。
彼女たちのおこづかいには帰省の時の旅費も入ってるなんて、キャナリーは全然気づいてない。
「そういえば、事務室でアルバイトを紹介してくれるそうよ?」
「アルバイト! ジャネ、それほんと?」
そうだ、泣きついたって何も始まらない。しっかり頑張らないと!
「この時期になってしまうと、残念ながら、もう良い仕事は残ってないですよ」
事務室のお姉さんが言うには、四月の初め頃にはもうほとんどの仕事が埋まってしまうらしい。
「あまりお勧めできませんが、少しマシなのはこれぐらいでしょうか……」
「パン屋さんの売り子のお手伝い? やります! やらせてくださいっ!」
さっそく向かったのは学園からほど近い、町のパン屋さん。
「ペット連れで仕事か、いい気なものだな。まあいい、やれるならやってみな」
「はい、がんばります!」
仕事自体は単純で、焼き上がったパンをお店に並べるのと、パンの代金をお客さんからもらうこと。
「ほら、焼き上がったぞ! グズグズするな、すぐ運べ!」
「はーい」
まだ湯気が立ちのぼるアツアツのパンが山もりになったお盆を受け取り、てててっと小走りで店先に戻る。
どんっ!
「あ、すまん」
「ふええっ!」
小柄なキャナリーが見えなかったのか、お客さんがぶつかってくる。
よろけるキャナリー。そして空飛ぶお盆!
「うわわわわ~っ!」
必死のファインプレーで、なんとかパンは落とさずに済んだ。
ほっとしたのも束の間、また別のお客さんがぶつかってくる。
どん! 「よっ!」 空中のパンをうまくキャッチ!
どん! 「はっ!」 またキャッチ!
どん! 「ほっ!」 今度もキャッチ!
「お~、すげ~! パチパチパチ!」
「えへへ~、どうも~」
しかし最後は相手が悪かった。
腰をかがめてパンを並べ始めたキャナリーの後ろから、おそらく面白がってわざと、力いっぱい突き倒す性悪の客が。
ドォ~ンッ!
「うぎゃぁ~!」
さすがのキャナリーもこれにはたまらず、パンの棚に頭から突っ込んでしまった。
「ふぇぇぇ~……」
何事かと、あわてて出てくるパン屋の主人。
目の前には倒れた棚、飛び散らかったパン、そしてその真ん中で座り込むキャナリーの姿。
「遊んでるなら、出ていけ~~~!」
キャナリーは何も反論する暇がないまま、ポイッと摘まみ出されてしまった。
「……こんな川、きれいな石なんてないもん」
「ドングリも無いモモ……」
一人と一匹、ぽつんと寂しく橋のたもとで三角座りしていると、一台の豪華な馬車が通りかかった。
その馬車が掲げてる旗は、青い空、そして山の上を舞うトンビ。故郷トアールの山鳶!
「キャナリー! そんなところでいったい何を!」
「おひめさまぁ~~ふえええ~~~ん」
慌てて馬車を飛び降りてきたトアール伯国のアーネ姫に、キャナリーは「どうして」とか「なぜここに」なんて質問することなど忘れて、ただ泣きついてしまった。
「ふええ、お姫さま~」
「いつまでも泣いてないで。何があったのか理由をおっしゃいなさい」
アーネ姫はキャナリーを無理やり馬車に引きずり込むと、キャナリーを自分の横に座らせて軽く抱き寄せた。
トラネコの精霊ミケも、てしてしとキャナリーの頭を軽く叩くように撫でる。
「あぁ、あぁ……」
「ああ、何?」
「アルバイトがみつからないよ~ぅ!」
「そういうことはもっと早くおっしゃい」
「ごめんなさい……」
アーネ姫はキュッと強めにキャナリーを抱きしめる。
違う学園になってしまったけど、自分はお姉ちゃん。困りごとがあったら、キャナリーの方からきっと教えてくれる。すごく心配ではあったけれど、そう思い込んで放っておいた自分が悪かった。
もしもあの素敵なお姉さまたちだったらどうしただろうか。彼女のことを放っておいただろうか。
「いいのよ。駄目な『お姉ちゃん』だったわね」
アーネ姫とキャナリーの乗った馬車は一軒の立派な商店の前に止まった。
「お姫さま、どうなされました? 何かお忘れ物でも?」
「ええ、大変な物を忘れていたわ。店主を呼んでくださるかしら?」
呼べと言っておきながら、アーネ姫はキャナリーを引っ張ってそのまま店の奥に入っていく。
「あの……、お姫さま?」
「心配いらないわ。ここは我らがトアール伯国直営の魔法屋。私たちトアールの魔法使いのための場所よ」
「姫様、まかりこしましてございます」
「じい、この子の世話をなさい」
「風の深緑のローブ……、イナカモント男爵のご令嬢でございましたか。しばらくはご自由に、とうかがっておったかのように思い違いしておりましたが……」
「事情が変わりました。しっかりと間違いのないように。お願いできますね?」
「しかと、かしこまりました」
背筋がピンと伸びた、この立派なおじいさんが店主なんだろうか。二人の会話はキャナリーにはなんの話なのかよく分からない。
さらに連れていかれた奥には、大きな丸い水晶玉が並んでいた。
「あのこれ、魔力試験の……」
「そうね、それと似たような物よ。手を触れてみて」
言われたとおりにおそるおそる手を出す。
あれ? 光らない?
「これは試験のとは違って光るんじゃなく、魔力を貯めておく水晶よ」
少し時間がたつと、真っ暗だった水晶がキラキラと輝きだした。
「すごい……こんなすぐに……」
次の水晶、その次の水晶と、たちまちのうちに部屋中の水晶が満たされていく。
「ほへ~……」
「キャナリー、これが貴方の仕事よ?」
「えええ? でも光るまで触ってただけ……」
「ふふ、魔法使いには魔法使いとしての仕事があるの。こうして溜めた魔力が、魔法の道具を動かす力になるのよ」
「これが……仕事……?」
仕事が終わったキャナリーには、手紙が何通か出せるほどの大金が支払われた。
目を白黒させるキャナリーだったが、彼女は理解していない。実際の金額はそれ以上の大金で、残りは彼女の財産として積み立てられることを。
例のパン屋のその後だが、しばらくしてつぶれたらしい。貴族って怖い……。
キャナリーはそんなことは露知らず、ただ手紙を送れる幸せだけに思いを馳せていた。




