23.迷子のワンコ
「真実はドングリだけが知っている!」
翌朝になって再結集した探偵団の仲間たちの前で、キャナリーことキャナソン博士は指をシュピッと突き立てた。
もう最初からノリノリである。
なりきりどころか、もう人格ごと入れ替わって、もとの本人の方がオマケぐらいの勢いだ。
「お~ほっほっほっほ! ケチなドングリなど、わたくしが真実ごと吹き飛ばしてさしあげますわ!」
「ほへ?」
「そんな馬鹿ヅラをしているのも今のうちですわよ? このわたくしの新兵器、超スーパー・ウルトラ・ゴールデン・スーパー扇の威力を思い知りなさい!」
…………。
「ほへ?」
「あの……名探偵トルネキュール・ホームソー、その超ス……すごい扇はいったいどこに?」
トルネのトレードマーク、金髪超二重ドリルも、縦三色ローブも健在だ。
それに昨夜はヘニョンと曲がっていたゴージャスなとんがり帽子も、しっかり復活してピン!と空に向かって高々と伸びている。
しかし彼女の手には、昨夜の巨大扇の姿は影も形もない。
「それはもちろん、この……あれ? あの子たちは……?」
何かの異常に気付いて振り返ったトルネの二重ドリルが、驚きのあまりビョーンと伸びた。後ろにはいつもの三人娘の姿がどこにもない。
「待ってください、トルネさま~!」
「ひどいです、トルネさま~!」
「置いてかないで、トルネさま~!」
かなり遠くに、何かを抱えて土煙を上げて走って来る三人の姿があった。
「…………、ふぅ……。お待たせしましたわね。それでは行きますわよ、バサっ!」
「よいしょ!」「ふんしょ!」「どっこいしょ!」
トルネの掛け声に合わせて、三人娘が抱えていた荷物を地面に立てて、何か作業をし始める。
それは人の背丈ほどもある巨大な金ピカの柱……いや、違う、扇だ!
三人の作業に合わせて金ピカの柱は左右に大きく開き、扇としての本来の姿を現した。
扇の面には見事な双子の女神さまの絵が描かれている。ここがもしも日本なら、屏風に間違われていたかもしれない。それほどまでに素晴らしい一品だった。
「……すごい…………」
「お~ほっほっほ! いくらでも称えなさい、すべて許可いたしますわ! だけどお気をつけあそばせ? この扇のひとあおぎまでに、すべてお済ませなさることね!」
トルネは、それ!とばかりに合図を送る。
…………。
……。
何も起こらない。
「……これはいったいどういうことですの?」
「トルネさま~、無理です~!」
「トルネさま~、重たすぎて動かせません~!」
「トルネさま~、立ってるだけで厳しいです~!」
超ウルトラ・スーパー・ミラクル・ハイーパー・スーパー扇、そのとんでもない弱点が発覚した瞬間だった。
超……すごい扇が三人娘の手で片づけられていく。
「確かに素晴らしい扇だったな。あれなら騎士になるための鍛錬に良さそうだ」
「イノシシどころか、クマと戦えそうだったよね!」
「ドングリより大きかったモモ」
「でも、釣り竿には使えなさそうでしたよ……?」
「何に使えるのかは置いといて、すごいのはすごかったね」
どうやら探偵団の中では、その性能はどちらかというと高く評価されたようだ。
「この程度だと思ってもらっては困りますわ。この名探偵トルネキュール・ホームソー、まだまだ奥の手はございますのよ?」
汗だくになって戻ってきた三人娘に、トルネの次の指示が飛んだ。
まさか、超……すごい扇よりすごい扇があるとでもいうのか? それは本当に扇なのか? 探偵団に緊張が走る。
しばらくしてやってきたのは八頭立ての金ピカでゴツい荷馬車だった。
「ほほほ、本物の素晴らしさを皆さまのその眼に焼き付けてさしあげますわ! そ~れ!」
「しばらく!」「お待ち……」「ください!」
トンテン、カンキン、コンキンカン!
探偵団の目の前に、金色に輝く太い柱が一本、しっかりと立ちあがった。
「お~~ほっほっほっほ! これこそ我が奥の手、『ラ・レーヌ・扇ジェンヌ・おフランシス』ですわ~~!」
いったいどこから取り出したのか、大きく開いた豪華絢爛な扇で口元を隠しつつ大笑いするトルネ。
「これこそ究極の扇! ですのよ~~~!」
「すごいねえ……」
「でも、ドングリの木より小さいモモ……」
「ちい……さい?」
トルネの頬が一瞬ピクッとひきつる。
「これで『ラ・レーヌ・扇ジェンヌ・おフランシス』のすべてが分かったつもりになるなんて、おばかさんに過ぎますわよ~?」
「あ、あれは危険です!」「やめましょう、トルネさま!」
「や、る、の、よっ!」
「はいぃ!」
トンテン、カンキン、キンコンカン!
「ば、倍に伸びた……」
「お~ほっほっほ! これが『ラ・レーヌ・扇ジェンヌ・おフランシス』の秘密能力ですわ~~!」
「それでは行きますわよ、ばっさああ~っ!」
巨大扇が開くと、その面にはまるで本物のような花が咲きほこる草原が現れた。絵かと思ったら、何とぜんぶ刺繍だ。
巨大な布の全面に、びっしりとほどこされた刺繍。いったいどれだけの重さがあるんだ……。
「さ~あ、すべてを吹き飛ばしますわよ~、そ~れ~~!」
三人娘がロープを緩めて巨大扇を倒し、それをもう一度引っ張り上げる。
「まだまだ行きますわよ! そ~れ~~!」
「ああ、もう無理です!」
どっば~~んっ!
三人娘の一人が耐えきれなくなって手を離すと、もう一人も手を離してしまい、巨大扇は音を立てて倒れて……
「あ~~れ~~~~~っ!」
手を離し損ねた最後の一人が、その勢いで吹っ飛んでいく。
風は……いやもう、それどころじゃなかった。
「なかなかやりますわね……しかし、このトルネキュール・ホームソーを甘く見てはいけませんわよ?」
「まさか、まだあるのか?」
「えええ? さっきのが奥の手じゃなかったんですか!」
「お~ほっほっほっほ! 本当の奥の手というものは、最後まで隠しておくものですわ~!」
「トルネさま、あれは……」
奇跡的に助かった三人娘の一人が止めようとするが、それぐらいで止まるぐらいなら最初からこんなことにはなっていない。
「それではみなさん、ついていらっしゃい」
さっそうと歩くトルネに連れられて、一行は王都を流れる大河の川岸へと到着した。
「それでは、本日のクライマックス! 奥の手の中の奥の手、正真正銘の究極の扇、その名も『ラ・アンペラトリス・扇エール・ド・ベルサイユⅡ世』ですわ~!」
川の上流からやってくる大型船、その中央には、謎の極太の金の帆柱……まさか!
ぶわっさああ~~っ!
やっぱり扇!
「な、なんと!」
「おっきい……」
「ドングリの王様とどっちが大きいかわからないモモ……」
巨大扇船『ラ・アンペラトリス・扇エール・ド・ベルサイユⅡ世』は、堂々とみんなの前にやってくると、そのまま悠々と目の前を通り過ぎていく。
「お、お止まりなさ~~い!」
「風があると止まれませ~ん! お~ゆ~る~し~を~……」
操船のために乗船していた一人を乗せたまま、見る見るうちに小さくなっていった。
「……この勝負、引き分けですわね!」
ふぁさっと髪をかきあげ、立ち去るトルネ。
「トルネさま、まって~」「まだ後片付けが~!」
「あの、ノーラ探しはいつになったら……」
子犬の飼い主カイヌシーヌは、優雅に去っていくその姿をただ茫然と見送っていた。
犬探しまで、たどり着かなかった!




