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ドングリ魔法はまだ飛べない ~でも、3センチなら飛べるもん!~  作者: 大沙かんな
第四章 旋風篇 (一年生前期)

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19.天敵

「おい、あのうわさ。怪盗が出たって話、聞いたか?」

「ああ。被害者はワイロー男爵家って話だよな?」


「現場にはカードが一枚残ってたって、それ本当なのか?」

「それ、俺も聞いたぞ。どうやら本当のことらしいな」


 ここ数日で突如、王都に広まったうわさ話。


 とある貴族の家に泥棒が入り、その犯行声明カードが残されていたという。


 その差出人の名前、それが怪盗ガゼッタ。


 ――――――


ワイロー男爵閣下。


貴殿が受けとられた賄賂の中から、銅貨一枚、たしかにいただきました。


怪盗ガゼッタ


 ――――――


 風のウワサか、ガセネタなのか。


 現場の金庫の中には、そのような一枚のカードが残されていたという。


 いったいどこまでが真実かわからない、そんなまるで見てきたような話が、うわさとして広い王都を駆け巡っていた。



 怪盗ガゼッタのうわさは、ここ中央魔法学園にも広がって、どこにいってもその話でもちきりだ。


「怪盗だなんて、まったく何者のしわざなんでしょうねえ」

「盗んだ物も、銅貨一枚だけという話だ。騎士を目指す者としては許しがたいが、ただの泥棒ではあるまい」


「もしかしたら、正義の味方なのかもしれませんよ」

「だとしたら騎士団に入って、悪人を正しく裁いて欲しいものだが……」


「ほへ~」


 食堂でお昼ご飯を食べながら、キャナリーたちもその怪盗の話に興じていた。


 いや、興じていたのはアーシュラとショミンダだけで、キャナリーはほとんど話を聞いていない。


 彼女の両眼は、シチューの中に浮かぶ赤いもの、ただそれだけに注がれている。



「ほへぇ……」


 食べ進めば食べ進むほど、キャナリーの目の前にあるシチューの赤味が増えていく。


 ちらっちらっと、アーシュラやショミンダのお皿のほうに目をやってみると、どうやらキャナリーだけじゃない。二人のお皿も最初に比べて赤味が増えているようだ。


「ん? キャナリー、どうかしたか?」

「さっきから、ちょっと様子がおかしいですけど?」


 二人の手に持つスプーンの上、そこには赤いものは乗っていない。


 そう、赤いものはずっとお皿の中。一口食べるごとに、お皿の中には赤いものだけが残っていく。


「アーシュラもショミンダも嫌いなんだ……」


 お皿の中の赤いもの。それはニンジン。


 キャナリーにとっては、前世からの天敵だ。



「いや、食べられないわけじゃないんだぞ? 騎士たる者、食べ物の好き嫌いなどは……」


 アーシュラは自分のお皿の中のニンジンを、一気にすくって全部まとめて口に放り込む。


「んぐっ、んぐっ……」


 目を白黒させながらも、ほとんど噛まずに飲み込んでいく。


 その横ではショミンダが、チャンス到来とばかりに、自分のニンジンをひょいひょいアーシュラのお皿に手早く移している。しかしニンジンに気を取られている彼女はそれに全く気付かない。


「ほらな? ちゃんと食べ……られ……て……? え? な、なんでぇ~~~っ!」


 しっかり全部飲み込んだはずのニンジンは、食べる前よりも少しばかり増えていた。



「ニンジンなんてあるから、世界が平和にならないんだよ!」

「確かにニンジンは厳しい。それは認めるぞ」


「正義のために退治すべきだよ!」

「う~む、それはさすがに……いや、もしかしたら……」


 ニンジンをちょっとづつ減らしながら力いっぱい語るキャナリーと、勢いに押されて同意しそうになるアーシュラ。


 こんなときにストッパーになりそうなショミンダは、なぜか今はとても静かだ。


 ふと見ると、いってらっしゃいしたはずのニンジンが全部まとめて帰って来て、ちょっと涙目になって固まっていた。



 ピーマンとニンジン、それがキャナリーの前世での二大ボス。


 この世界、なぜかピーマンは存在しないようなので、もはや敵はニンジンのみ。


「あ~あ、食堂のニンジン、怪盗ガゼッタが盗んでくればいいのになぁ……」


「……それ、行けるかもしれません!」

「え? 怪盗ガゼッタにお願いできるの?」


「いえ、そうじゃないですけど……怪盗ガゼッタが盗んだことにして、私たちで隠してしまったらどうでしょう?」

「たしかに……それなら……」


 キャナリーがまじめに聞いている隙に、今度は自分のニンジンをキャナリーのお皿にひょいひょい入れていくショミンダ。


「ま、待て、ショミンダ! それはさすがに騎士として見逃せない……」

「それなら、アーシュラがニンジンを退治してくれたらいいじゃないですか!」

「そうだよ! 正義の騎士ならニンジン退治だよ!」


「やめたほうがいいモモ……」


 リリスの忠告の声は、すでに聞こえていない。


 キャナリーはなぜか食べても食べても減らないニンジンの相手が忙しすぎて、話を聞く余裕がなかった。



 その日の夜、みんなが寝静まった頃。


 学園食堂の調理室に、どこからともなく現れた三つの影。


 怪盗キャナッタ、怪盗アシュッタ、怪盗ショミッタ、三人の怪盗たちである。


 三人とも、しっかり覆面はしているが、着ているローブはいつものまま。なんとも間の抜けた怪盗たちであった。


「怪盗キャナッタ、ここで間違いないんだな?」

「うん、アーシュラ。ジャネにしっかり確認したから間違いないよ!」


「だめだぞ、キャナリー。そこは怪盗アシュッタと呼んでくれ」

「あ、そうだった。ごめんね、アーシュラ……、じゃない、怪盗アシュッタ!」


「……怪盗ガゼッタに罪を押し付けるって話はどこにいったんでしょう」


 まあ、いろいろあるけれど、そんな話はもう影も形も残っていなかった。



 真っ暗で人気のない調理室に、魔法ランプの明かりだけが揺れる。


「敵はどこだ?」

「こっちじゃないみたいですね……」


「あ、この辺りかも……」


 そこにあったのは麻袋に詰められた、小麦粉の山。


「敵は近いぞ!」


「う~ん、こっちはチーズだよ!」

「この先はソーセージみたいです……」


 最初に思っていたよりもはるかにたくさんの袋、袋、袋。


 さらにその向こうには大きな箱の山。


 おいしそうなチーズの匂いにつまみ食いしたくなったけど、何とか我慢。今はそんなことをしている場合じゃないのだ。


「……こっちは豆だ」

「麻袋はほとんど見たはずなのに、敵がいないんですが……」


「袋じゃないのかな?」

「もしかして、こっちの箱か……あっ!」


 怪盗アシュッタの魔法ランプに照らされていたのは、大きな木箱、そしてその中に並んだ赤い野菜だった。


「見つけたの? うわっ、おっきい!」

「これはちょっと箱が大きすぎて、運び出せそうにありませんね」


 目標の敵は確かに発見した。しかしその箱は、三人の手で運び出すには大きすぎた。


 学園生全員を(まかな)うだけの食材である。考えてみれば当然の話だった。



 彼らは世間を騒がす怪盗である。こんなところで引き下がるわけにはいかない。


「持ち出せないとなると……、どうする?」

「箱を隠しちゃう、っていうのはどうかな?」

「あ! それはいいかもしれません! なんだか怪盗ガゼッタっぽいです!」


「ぐぐぐ、なんて重さだ……」

「うぎゅ~~、重たいぃ~~!」

「がんばって! 怪盗アシュッタ! キャナッタ!」


 奥にあった木箱を引きずり出して、代わりにニンジンの箱を押しこむ。


 結構たいへんな作業になったが、ニンジンの箱を奥に押し込んで、代わりに奥にあった箱を前に持ってくることに成功した。


「壁に犯行カードも貼ったし、これで完璧だ!」

「これで誰がどう見ても、怪盗のしわざだね!」



「コックさんへ


にんじん、ごちそうさまでした


怪とうキャナッタ、アシュッタ、ショミッタ」



 翌日のお昼ご飯、シチューの中には赤い野菜の姿はなかった。


「作戦は完全に成功ですね」

「よし、敵は殲滅した!」

「怪盗の勝利だね!」


 シチューの中には赤い野菜の姿はなかったが、その代わりに緑色の野菜が……。


「ぴ、ピーマン! なんで? なんで! ないと思ってたのに!」


 それは、キャナリーこの世界にはないと信じていたピーマンの姿だった。


「うええええ~。また討伐するしか……」


「いや、これならなんとかいけるぞ?」

「おいしいですよ?」


 キャナリーに味方はいなかった。


 そしてしばらくの間、ニンジンの代わりに毎日がピーマンになったのである。


 がちょーん。




 食堂のメニューがニンジンからピーマンに変わったのは、べつに怪盗のしわざでもなんでもなく、実を言うと元々の予定に過ぎなかった。


「こんな可愛い手紙を貰っちゃった以上、頑張らないとね!」


 それ以降、食堂の調理師さんたちは、ニンジンのメニューを増やそうとハリキリまくることになる。


 調理室の壁には、「コックさんへ。にんじん、ごちそうさまでした」と書かれたカードが、長い間ずっと、色が変わってもずっと、大切に貼られたままだった。



 ~~~~~



「あの三人、いったいどこにいるんですの~~~~~!」


 その夜、どこかのお嬢様の叫び声が、誰もいない深夜の学園に響きわたっていた。


怪盗キャナッタたちの完全犯罪!

そして最後に登場した謎のお嬢さま、その正体は一体誰なんでしょうか!


キャナリーの活躍を応援して下さる皆さま、是非とも評価をよろしくお願いいたします!

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