19.天敵
「おい、あのうわさ。怪盗が出たって話、聞いたか?」
「ああ。被害者はワイロー男爵家って話だよな?」
「現場にはカードが一枚残ってたって、それ本当なのか?」
「それ、俺も聞いたぞ。どうやら本当のことらしいな」
ここ数日で突如、王都に広まったうわさ話。
とある貴族の家に泥棒が入り、その犯行声明カードが残されていたという。
その差出人の名前、それが怪盗ガゼッタ。
――――――
ワイロー男爵閣下。
貴殿が受けとられた賄賂の中から、銅貨一枚、たしかにいただきました。
怪盗ガゼッタ
――――――
風のウワサか、ガセネタなのか。
現場の金庫の中には、そのような一枚のカードが残されていたという。
いったいどこまでが真実かわからない、そんなまるで見てきたような話が、うわさとして広い王都を駆け巡っていた。
怪盗ガゼッタのうわさは、ここ中央魔法学園にも広がって、どこにいってもその話でもちきりだ。
「怪盗だなんて、まったく何者のしわざなんでしょうねえ」
「盗んだ物も、銅貨一枚だけという話だ。騎士を目指す者としては許しがたいが、ただの泥棒ではあるまい」
「もしかしたら、正義の味方なのかもしれませんよ」
「だとしたら騎士団に入って、悪人を正しく裁いて欲しいものだが……」
「ほへ~」
食堂でお昼ご飯を食べながら、キャナリーたちもその怪盗の話に興じていた。
いや、興じていたのはアーシュラとショミンダだけで、キャナリーはほとんど話を聞いていない。
彼女の両眼は、シチューの中に浮かぶ赤いもの、ただそれだけに注がれている。
「ほへぇ……」
食べ進めば食べ進むほど、キャナリーの目の前にあるシチューの赤味が増えていく。
ちらっちらっと、アーシュラやショミンダのお皿のほうに目をやってみると、どうやらキャナリーだけじゃない。二人のお皿も最初に比べて赤味が増えているようだ。
「ん? キャナリー、どうかしたか?」
「さっきから、ちょっと様子がおかしいですけど?」
二人の手に持つスプーンの上、そこには赤いものは乗っていない。
そう、赤いものはずっとお皿の中。一口食べるごとに、お皿の中には赤いものだけが残っていく。
「アーシュラもショミンダも嫌いなんだ……」
お皿の中の赤いもの。それはニンジン。
キャナリーにとっては、前世からの天敵だ。
「いや、食べられないわけじゃないんだぞ? 騎士たる者、食べ物の好き嫌いなどは……」
アーシュラは自分のお皿の中のニンジンを、一気にすくって全部まとめて口に放り込む。
「んぐっ、んぐっ……」
目を白黒させながらも、ほとんど噛まずに飲み込んでいく。
その横ではショミンダが、チャンス到来とばかりに、自分のニンジンをひょいひょいアーシュラのお皿に手早く移している。しかしニンジンに気を取られている彼女はそれに全く気付かない。
「ほらな? ちゃんと食べ……られ……て……? え? な、なんでぇ~~~っ!」
しっかり全部飲み込んだはずのニンジンは、食べる前よりも少しばかり増えていた。
「ニンジンなんてあるから、世界が平和にならないんだよ!」
「確かにニンジンは厳しい。それは認めるぞ」
「正義のために退治すべきだよ!」
「う~む、それはさすがに……いや、もしかしたら……」
ニンジンをちょっとづつ減らしながら力いっぱい語るキャナリーと、勢いに押されて同意しそうになるアーシュラ。
こんなときにストッパーになりそうなショミンダは、なぜか今はとても静かだ。
ふと見ると、いってらっしゃいしたはずのニンジンが全部まとめて帰って来て、ちょっと涙目になって固まっていた。
ピーマンとニンジン、それがキャナリーの前世での二大ボス。
この世界、なぜかピーマンは存在しないようなので、もはや敵はニンジンのみ。
「あ~あ、食堂のニンジン、怪盗ガゼッタが盗んでくればいいのになぁ……」
「……それ、行けるかもしれません!」
「え? 怪盗ガゼッタにお願いできるの?」
「いえ、そうじゃないですけど……怪盗ガゼッタが盗んだことにして、私たちで隠してしまったらどうでしょう?」
「たしかに……それなら……」
キャナリーがまじめに聞いている隙に、今度は自分のニンジンをキャナリーのお皿にひょいひょい入れていくショミンダ。
「ま、待て、ショミンダ! それはさすがに騎士として見逃せない……」
「それなら、アーシュラがニンジンを退治してくれたらいいじゃないですか!」
「そうだよ! 正義の騎士ならニンジン退治だよ!」
「やめたほうがいいモモ……」
リリスの忠告の声は、すでに聞こえていない。
キャナリーはなぜか食べても食べても減らないニンジンの相手が忙しすぎて、話を聞く余裕がなかった。
その日の夜、みんなが寝静まった頃。
学園食堂の調理室に、どこからともなく現れた三つの影。
怪盗キャナッタ、怪盗アシュッタ、怪盗ショミッタ、三人の怪盗たちである。
三人とも、しっかり覆面はしているが、着ているローブはいつものまま。なんとも間の抜けた怪盗たちであった。
「怪盗キャナッタ、ここで間違いないんだな?」
「うん、アーシュラ。ジャネにしっかり確認したから間違いないよ!」
「だめだぞ、キャナリー。そこは怪盗アシュッタと呼んでくれ」
「あ、そうだった。ごめんね、アーシュラ……、じゃない、怪盗アシュッタ!」
「……怪盗ガゼッタに罪を押し付けるって話はどこにいったんでしょう」
まあ、いろいろあるけれど、そんな話はもう影も形も残っていなかった。
真っ暗で人気のない調理室に、魔法ランプの明かりだけが揺れる。
「敵はどこだ?」
「こっちじゃないみたいですね……」
「あ、この辺りかも……」
そこにあったのは麻袋に詰められた、小麦粉の山。
「敵は近いぞ!」
「う~ん、こっちはチーズだよ!」
「この先はソーセージみたいです……」
最初に思っていたよりもはるかにたくさんの袋、袋、袋。
さらにその向こうには大きな箱の山。
おいしそうなチーズの匂いにつまみ食いしたくなったけど、何とか我慢。今はそんなことをしている場合じゃないのだ。
「……こっちは豆だ」
「麻袋はほとんど見たはずなのに、敵がいないんですが……」
「袋じゃないのかな?」
「もしかして、こっちの箱か……あっ!」
怪盗アシュッタの魔法ランプに照らされていたのは、大きな木箱、そしてその中に並んだ赤い野菜だった。
「見つけたの? うわっ、おっきい!」
「これはちょっと箱が大きすぎて、運び出せそうにありませんね」
目標の敵は確かに発見した。しかしその箱は、三人の手で運び出すには大きすぎた。
学園生全員を賄うだけの食材である。考えてみれば当然の話だった。
彼らは世間を騒がす怪盗である。こんなところで引き下がるわけにはいかない。
「持ち出せないとなると……、どうする?」
「箱を隠しちゃう、っていうのはどうかな?」
「あ! それはいいかもしれません! なんだか怪盗ガゼッタっぽいです!」
「ぐぐぐ、なんて重さだ……」
「うぎゅ~~、重たいぃ~~!」
「がんばって! 怪盗アシュッタ! キャナッタ!」
奥にあった木箱を引きずり出して、代わりにニンジンの箱を押しこむ。
結構たいへんな作業になったが、ニンジンの箱を奥に押し込んで、代わりに奥にあった箱を前に持ってくることに成功した。
「壁に犯行カードも貼ったし、これで完璧だ!」
「これで誰がどう見ても、怪盗のしわざだね!」
「コックさんへ
にんじん、ごちそうさまでした
怪とうキャナッタ、アシュッタ、ショミッタ」
翌日のお昼ご飯、シチューの中には赤い野菜の姿はなかった。
「作戦は完全に成功ですね」
「よし、敵は殲滅した!」
「怪盗の勝利だね!」
シチューの中には赤い野菜の姿はなかったが、その代わりに緑色の野菜が……。
「ぴ、ピーマン! なんで? なんで! ないと思ってたのに!」
それは、キャナリーこの世界にはないと信じていたピーマンの姿だった。
「うええええ~。また討伐するしか……」
「いや、これならなんとかいけるぞ?」
「おいしいですよ?」
キャナリーに味方はいなかった。
そしてしばらくの間、ニンジンの代わりに毎日がピーマンになったのである。
がちょーん。
食堂のメニューがニンジンからピーマンに変わったのは、べつに怪盗のしわざでもなんでもなく、実を言うと元々の予定に過ぎなかった。
「こんな可愛い手紙を貰っちゃった以上、頑張らないとね!」
それ以降、食堂の調理師さんたちは、ニンジンのメニューを増やそうとハリキリまくることになる。
調理室の壁には、「コックさんへ。にんじん、ごちそうさまでした」と書かれたカードが、長い間ずっと、色が変わってもずっと、大切に貼られたままだった。
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「あの三人、いったいどこにいるんですの~~~~~!」
その夜、どこかのお嬢様の叫び声が、誰もいない深夜の学園に響きわたっていた。
怪盗キャナッタたちの完全犯罪!
そして最後に登場した謎のお嬢さま、その正体は一体誰なんでしょうか!
キャナリーの活躍を応援して下さる皆さま、是非とも評価をよろしくお願いいたします!




