17.いじめ
魔法学園に入学した転生少女キャナリーは、精霊リリスと共に波乱の初日を駆け抜けた。
個性豊かな仲間たちと出会い、自分たちだけの『深い色』のローブを纏って、準備は万端!
新章!
キャナリーを待つのは、一筋縄ではいかない学園生活と、さらに大きな驚きの予感!
校舎の屋上に赤と青、双子の旗がパタパタとたなびく
緑色のローブをひらひらさせながら、キャナリーは教室の扉を開けた。
「みんな、おはよ~」
「……ああ。おはよう」
ここのところ、ちらほらと控えめな声であいさつ返って来るようになってきている。
みんな、キャナリーたちに触発されて、ローブ染めに挑戦した人たちだ。
「おかげで私も色付きになったわ、ほら!」
職人さんがしっかり染めたものではないから、薄い色だったり、むらがあったり、くすんで茶色がかっていたりと、けっして鮮やかとはいえない。
それでも自分で染めたローブを着たみんなの顔は、とても晴れやかだった。
今でも染めずに残っているのは、学園長の生成りローブに憧れている人ぐらいじゃないだろうか。教室でも寮の食堂でも、生成りローブ姿は、もう一握りしか残っていない。
「おはよう、みんな! 今日も元気にいこう!」
アーシュラも赤いローブ姿で元気に教室に入ってきた。
彼女の声が以前より元気な感じに聞こえるのは、きっと気のせいじゃないはずだ。
まだたった少しだけど、それでも少しづつみんなが打ち解けあって、笑い声が響きあうように変わりつつある教室。
しかしこの状況を快く思っていない人たちもいる。
トルネディアーネア・ド・リドリール・マーリマクルウ侯爵令嬢。
輝くような金髪を二重螺旋の超ドリルにまとめ、鮮やかな赤、黄、青の縦三色に染めたローブを身にまとった、お嬢さまの中のお嬢さま。
「大声であいさつしあうなんて、まるで庶民のようね。わたくしにはついて行けそうにありませんわ」
騒がしい周囲に、少し嘆息する。
実際のところ、トルネディアーネア嬢は陽気に騒ぐ同級生たちのことを嫌がっていたわけではない。ただ自分とはあまり関係ないものと思っていただけだ。
「さすがトルネさま!」
「素晴らしいトルネさま!」
「みんなの憧れトルネさま!」
しかし彼女の応援団、というか取り巻きたちの反応は、残念ながら彼女の思いとは少しずれていた。
「あの野蛮人たち、どうしてくれようかしら」
「たかが属国の田舎娘がいい気になって、どうにも腹立たしいわよね」
「礼儀も何もなっていないわ。でもトルネさまが何もおっしゃらないもの、私たちが何かするわけにはいかないでしょう?」
「だけどトルネさまは……、深くため息をつかれたのよ?」
「なんですって?」
「まあ、それは大変!」
「このままでは置いておけませんわね」
「しっかり懲らしめて、何が正しいのかを教えて差し上げねば」
「ええ、少しは痛い目を見て頂かないと」
大きな声であいさつするのは野蛮人。高位者のそばに控えて、挨拶を待つのが当然の礼儀。
そんなものは王都近辺で貴族子女の初等教育を担当する、数人の家庭教師たちが広めた話だ。今のところ、そんな風習はこの国全土には広がっていない。その作法は王都近郊の狭い範囲でしか通用しない。
しかしそれを正しいと学んだ者たちにとっては、それが正義となっていく。とりわけ高位の者がそれを正しいとすれば。
大多数の関係ない人々には、まったく迷惑な話だと言えなくもなかった。
この王国、特に中央では、しばらく戦争もなく平和が続いている。
それが原因なのかどうなのか、自由気ままな空気は次第に失われ、やれしきたりだ、マナーだと、細かなことで他者を阻害し、序列を作ろうとすることが増えた。
それは春の青葉をむさぼるイモムシ。
華やかに成熟していく社会の影。
しかしそれは未来を育むゆりかごでもあるのだ。成長に伴う痛み、そう言葉にすれば簡単だけど、この王都でもそれは始まっていた。
キ~ンコ~ン♪
午前中の授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。
「……むぐぐ。今日もできなかった……」
「毎日ちょっとづつ、練習を積み重ねるしかないんじゃないでしょうか」
その日の魔法の授業でも、キャナリーの呪文はうまく成功しなかった。
ショミンダはほぼ成功するようになってきているし、アーシュラだって、「メン!メン!メン!」の力尽くな詠唱で、時々成功させているというのに。
「晩ご飯の後で、寮のお部屋でも練習してるんだけどなあ」
「考えるのは後にして、食堂に行こう。まずは食事だ!」
「そうだね。ちょっとお手洗いに行ってくるから、先に行っといて!」
「そこの貴女、ちょっとお待ちなさい!」
お手洗いに急ぐキャナリーの前に、トルネディアーネア嬢の取り巻き三人衆が現れ、その道を塞いだ。
「あの、私お手洗いに……」
「ごちゃごちゃ言ってないで、話をお聞きなさい!」
腕をドン!と突き出し、キャナリーを突き飛ばそうとする三人衆。
「ほへ?」
キャナリーはそれをひらりっと避ける。
ドン! ひらりっ! ドン! ひらりっ! ドン! ひらりっ!
「……はぁ、はぁ、あ、貴女という人は……」
「あ、お手洗いに行かなくっちゃ! ありがとう、また遊んでね!」
キャナリーは笑顔で両手を振りながら、たったかたーと走り去った。
「キャナリー、遅いですね」
「そうだな。ちょっと見て来るから、先に行っててくれ」
キャナリーを探しに来たアーシュラの前に、取り巻き三人衆が現れた。どこかで見た光景だ。
「貴女、少し生意気なのよ!」
「そうよ、剛爵だなんて変なウワサ話までわざわざ作って」
「おお、我が家の剛爵伝説を知っているのか!」
因縁をつけられているのに、アーシュラはなぜかニコニコ顔だ。
「なによ、馬鹿にしないでっ!」
アーシュラに向けて、腕をドン!と突き出す三人衆。
「とうっ!」
まるで空手のようにそれを受けるアーシュラ。
ドン! とうっ! ドン! とうっ! ドン! とうっ!
「よし、そろそろ食事だな。鍛錬の相手、感謝する!」
息切れする三人衆を後にして、アーシュラは悠々と歩き去った。
一人残されていたショミンダは、ちょっとした片づけものをしながら待っていたが、キャナリーもアーシュラも戻ってくる様子がない。
しかたないので一人で食堂に向かうと、取り巻き三人衆がその道を塞いだ。
三人衆がよく分からない言いがかりをつけて、ショミンダをドン!……と押そうとするが、ショミンダも黙ってはいなかった。
一歩、ずいっと前に出ながら、三人に微笑みかける。
「あら、いいんですか? いえ、やめろなんて、そんなことは言いませんけど」
「何よ、生意気な!」
ずいっ!
「本当にいいんですか?」
「な、何よ」
ずいっ! ずいっ!
「本当に?」
「な、なんなのよ~!」
取り巻き三人の話は、うやむやのうちに終わった。
「こいつら無理……」
「いやだ、もう~~!」
「トルネさま~、お助け下さい~!」
三人はトルネディアーネア嬢に泣きついた。
「みなさん、いったいどうなさったの?」
「実は、かくかくしかじか、なんです~」
話を聞いてみると、どうやら「いじめ」のようだ。
そのうちの一人など、両腕が真っ赤に腫れている。よっぽどひどい目にあったらしい。
あつれきもあるだろうし、もめごとだってあるだろう。ある程度は本人同士で何とかしてもらわなければいけない。
しかし、いじめとなると話は別だ。絶対に放ってはおけない。
「例の三人、ですか……」
地方辺境出身のため、ほとんど中央の権力が届かない、少々やっかいな相手だ。
ショミンダとかいう平民上がりの男爵令嬢は、実家の力もほとんどない。放っておいても問題はないだろう。
キャナリーという娘、精霊つきだが、本人の魔法はまったく大したことはない。イナカモントなんて家名も聞いたことがないが、トアール伯国の出身者らしい。
あそこは西の国境のかなめ、鉄の団結、勇猛果敢な山岳兵。なにかあったら旗を押し立てて攻めて来るような、まるで常軌を逸した集団だ。少しは気を付けるべきか。
一番の問題はアーシュラ。スフォルツァーテ家といえば、誰もが知る剛爵。尚武の家で、国王の信頼も非常に厚い。
女だてらに騎士を目指すなどと嘯いているが、どうやらそれなりに鍛えているようだ。
さて、どうしてくれようか。
金髪の令嬢の瞳に、静かな怒りの火が灯る。




