15.呪文と魔法
~~中央学園新聞~~
《特報! 喋る精霊、あらわる!》
我らが中央魔法学園に喋るモモンガ、精霊リリスが現れたことが判明した。
新聞部の調べによると、精霊の契約者は新入生1-Aのカナリエ・イナカモント男爵令嬢。彼女はトアール伯国の……
《学園長の髪型の謎に迫る!》
……
《運勢》
火 恐れずに挑戦を
水 地道に頑張ろう
土 努力が報われないことも
風 風邪に注意!
~~~~~~~~~~
「うわ~~、掲示板に人がいっぱい集まってる!」
「なにかあったモモ?」
それは朝、寮から教室に向かう途中の出来事だった。
早朝、散歩のときには何も貼ってなかったのに、いったい何だろう?
キャナリーが近寄ろうとしたとき、横から声がかかった。
この声はアーシュラだ。その横にはショミンダもいる。
「おはよう! 新聞にキャナリーの事が書かれているぞ」
「え? 新聞って?」
「新聞部の壁新聞です。あそこに貼られていますよ」
どうやらあの人だかりは、その壁新聞が目当てのものらしい。人が多すぎて、背が低いキャナリーがいくら近づいても、その眼に入るのは人々の背中と頭だけだ。
「う~ん、見えないよぅ」
ぴょんぴょん何度も跳びまわって、ようやくキャナリーとリリスのことが書かれていることがわかった。
「わーい、しんぶんに載ったモモ!」
「あっ、リリス! し~! し~っ!」
キャナリーは喜んではしゃぐリリスを止めようとしたが、どうやらそれは少し遅かった。
こちらを振り向く集団、その目線はキャナリーの肩の上に集まっている。
「しゃべった! こいつがそうじゃないか?」
「精霊よ、可愛いわねえ」
「連れて帰っちゃいたい……いや、やらないってば!」
「に、逃げよう、リリス!」
「危ないモモ! 急ぐモモ!」
目立つのも困るが、騒ぎになるのはもっと困る。キャナリーとリリスは一目散にその場から逃げだした。
「すっかり有名人だな」
「もう、ぷんすかだよ!」
間違いなくジャネのしわざだ。
「リリスがいるんですから、新聞なんて無くったって有名になっていましたよ?」
「むう~」
でも言われてみたらそうかも知れない。
「みんな、おはよう! 今日もよろしく!」
「……おはよう~」
教室に入るとき、アーシュラは初日とまったく変わらず、元気に大きな声であいさつだ。キャナリーは少し控えめ。
「二人とも、折れませんねえ」
そのまま席につくと、昨日の授業で立ち去った三人の顔が見えた。
「おはよ~。あの三人、夕方にはもうすっかり反省してて、ごめんなさいして戻ってきたみたいよ」
「あ、ジャネ!」
キャナリーは壁新聞の文句をつけようと思ったけど、三人の話で先手を取られ、なんとなくうやむやにされてしまった。
しばらく雑談していると、本鈴の鐘がなり、エライ先生が教室に入ってきた。
相変わらず真っ黒な髪に真っ白な髭だ。手には何かの紙束を持っている。
「今日の授業は、呪文の練習じゃ。まずはこの魔法陣を一枚づつとって、後ろに回しなさい」
キャナリーも一枚手に取った。丸や三角、星型などの絵が組み合わさった、複雑な図形が描かれたその紙は、少し茶色がかっている。
そっと嗅いでみると、かすかに羊の匂いが残っている。
「この魔法陣を手に持って、例えば、メメメ……、メラ~♪」
エライ先生の魔法陣がピカ~~ッ!と明るく光った。
「……と、このように、光るというわけじゃな。火でも水でも、何の魔法でも良いぞ。水だと、そう、ザザザ……、ザバザバ~♫」
今度は先ほどよりもピカピカと明るく、さらにかなり長い間光っている。
「魔法を光に変えてくれる魔法陣になっておる。あまり強い魔法を使うと焼け焦げてしまうがの」
教室の中で魔法を使ったりすると、火事になったり、水浸しになってしまったり、大変なことになってしまう。それを防ぐのがこの魔法陣というわけだ。
「裏には、火、水、土、風の呪文が書いてある。自分の属性に合わせて呪文を唱え、魔法陣を光らせてみよ。それが今日の課題じゃ」
教室に「うお~っ!」と歓声が上がった。みんな、早く魔法を覚えて見たかったのだ。
ある男子が真っ先に大きな声で呪文を唱えだす。
「火の呪文! メメメメ……メメメ~♪」
「これ、『火の呪文』のところは読まずともよい。その次の行からじゃ」
「……はい」
赤くなっている男子にくすくす笑い声がする。
いや、そんなことをしている場合じゃない。みんなすぐに我に返って、呪文の練習を始めた。
「よし、私も! えっと、風の呪文は……っと」
キャナリーは魔法陣の紙を裏返すと、一番下に書かれている呪文を詠んでみることにした。
「ひゅ~ひゅ~ひゅ~……これ、むずかしい~~~!」
何だか発音が難しいし、こうして文字になって並んでいる所を見ると、風の呪文だけ他のものよりもかなり長い。
横に座っているアーシュラも、かなり苦戦しているようだ。
「めメ~メメめ~メ。メメメめ~……思ったより難しいな」
彼女は音痴だった。
「リズムがよくないのう。呪文はリズムと音程が大事じゃぞ。だがそれ以上に、何としても魔法が使いたい、その思いが何より重要じゃ」
「そうか、わかった! リズムと心、心技体! ここは剣の素振りの要領だ。メン!メン!メン!」
そして脳筋だった。
ショミンダはかなり様になっているけれど、なかなか光らない様子。
「ザザザザザザザザ、ざぶ~ん!」
「おしいのう、最後は、ザバ~♪じゃな」
(う~ん、自分だけの呪文を作るのは、簡単じゃなさそうですね……。)
何だか変なことを考えてそうだけど、今はそっとしておこう。
その向こうでは、ジャネも「めめめめめ~♪」と羊のように頑張っている。
「ひゅひゅひゆひゅひゆふふ、ふ~♪、う~ん、やっぱり駄目だ~」
見ているばかりでは、いつまでたっても上手くならない。キャナリーもそれはわかっているけれど、どうしても他の人が気になってしまう。
「誰か、他にも風の呪文の人はいないかな?」
そういえば、昨日の対決の時、殿下は魔法を使おうとしていた。ということは、殿下は魔法が使えるんじゃないか?
ちらっと殿下の方に顔を向けると、いつものようにしっかりと背筋を伸ばして、もくもくと呪文を練習する殿下の姿が目に入った。
「ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド……ふう、息が続かん」
全くわき目も降らず、一人で黙々、ドドドと何度も唱え続けている。
紙に書いてある呪文と比べて、何だか長すぎる気がした。
その時、キャナリーの視界の端っこで、何かがキラリッと光った。慌ててそっちに目を向けると、そこにはトルネディアーネア嬢、つまりドリルヘアーな信号機さんの姿。
「メメメメメメメメメメ、メラ~♪」
ピカッ!
「うむ。その調子じゃ!」
「さすがトルネさま!」
「素晴らしいトルネさま!」
「みんなの憧れトルネさま!」
さらに見回すと、信号機さんの他にも、たまに光ったり、光らなかったりする人が出てきている。
「なかなか良いのう。その意気じゃ」
エライ先生の褒める声も増えてきた。
これは非常にまずい。キャナリーは光らないどころか、まだ呪文がまともに読めていないのだ。
「ファ~、ヒ~ヒ~フ~……う~ん、なんか違うぅ~」
「おしいのう、精霊で魔力は強化されておるんじゃが、呪文がまだまだじゃのう」
気が付くと、エライ先生が目の前に立っている。
「あの……、どうしても呪文が難しくて……」
「風は自由気ままじゃから、呪文で固定されるのを嫌がるんじゃよ。それを飛び越えていくしかないのう」
ただ発音が難しいだけじゃなかったのか。
どちらにしても、風の呪文を頑張って練習するしかない。
よし、気合だ。なんだか鼻がムズムズするけど、ここは気合だ。
「がんばって~モモ!」
「うん、頑張るよ!」
リリスの応援を受けて、もう一度、呪文に挑戦する。
「ひゅ、ふわ、ふわ……」
「ふわ? なんじゃ?」
「フ、フ、フワックションッ!」
極大くしゃみで、手に持ってたはずの魔法陣が宙に舞った。
突然の風に、エライ先生は咄嗟に髪を押さえる。
「これ、使えるわ」その仕草を見て、口角をあげるジャネ。
「また風が……魔法か!」
「オリジナルの呪文……?」
アーシュラもショミンダも違う、これは大きいだけで、ただのくしゃみだ。
びっくりするほど大きなくしゃみで空に飛んだ魔法陣。
その場では誰も、学園長さえも気づかなかったけれど、それは一瞬だけ、そっと確かに光っていた。




