13.最初の授業
ピュピュピュッ チュルルルチュル~♪
ピュチチュッ チュッカララララッ♪
キャナリーはうるさいぐらいの小鳥たちの合唱で目が覚めた。
窓を開けると、春の暖かい風が部屋いっぱいに吹き込んでくる。
目を軽く閉じて、思いっきり深呼吸。
「……あれ?」
森の香りが……しない?
ああ、そうだった。ここはもう村じゃないんだ。
ちょっと寝ぼけていた自分に苦笑しながら、キャナリーはパッパと着替えを済ませる。
「おはようモモ!」
「おはよう、リリス!」
肩の上にぴょこんと飛び乗ったリリスをそのままに、キャナリーはローブを羽織った。
「うわわわわ~~、ひどいモモ~!」
巻き込まれてもがきながら、ローブの隙間から顔を出して文句を言ってくる。
「ありゃりゃ、ごめんね!」
まだ新しい環境に慣れないながらも、こうして二人の一日は始まった。
寮から外に出てみると、まだ朝日は顔を出したばかり。それでも深い山に囲まれていた村とは違い、周りはかなり明るく、陽の光はおだやかであたたかい。
朝食の時間までは、まだかなり間がある。
「リリス、お散歩に行こっか?」
「うん、森に行きたいモモ!」
学園の敷地はとても広い。大きな運動場がいくつもあるばかりではなく、森というほどではないかもしれないけれど、大きな木がたくさん生えている場所もいくつかある……らしい。
「えっと、森は……っと」
昨日、説明会でもらったばかりの地図を出す。
「う~ん、どこだろ?」
森らしい場所はあるのだけど、そこに行くにはどうすればいいのか。そもそもここはどこなのか。キャナリーにはよく分からない。
「森は得意だモモ! 案内するモモ!」
「そうだね、行こうか!」
キャナリーは地図を丁寧にしまいこんで、リリスの案内で満開の桜並木の中を駆けだした。
……迷った。
いや、もちろん森には無事についたのだ。リリスの案内は完璧だったと言って良い。
でもさんざん駆けまわったりして遊んだ後、そろそろ帰ろうと思ったら寮の場所がわからない。
「ごめんモモ……」
どうやら人の匂いが多すぎて、リリスにも、どっちに行ったらいいのかよく分からなくなったらしい。
このままだと朝食抜きになってしまう。それに最初の授業からいきなり遅刻だ。
初日は入学式と説明会、それに自己紹介だけで終わったけれど、今日、二日目からはしっかり授業が始まるのだ。
「う~ん、たぶん……こっちかな?」
キャナリーは、だてに子供の頃から森の中を走り回っていたわけじゃない。森の中で迷うなんて、もうとっくの昔に慣れっこになっている。
朝日の光とカンを頼りに、キャナリーはうっそうと茂った森の中を走りだした。
走っていると、かなり開けた場所にたどり着いた。
「お、大きい……すごいな」
「ドングリの王様……モモ……」
その場所の真ん中には、びっくりするほど太くて、枝を四方八方に広げた一本の大木が、で~~ん!と座っている。
こんな大きな木は、村の近くでも見たことはない。
キャナリーは思いっきり両腕を広げて抱きついてみたけれど、その太さにはまったく足りない。もしも十人ぐらいで手を繋いだら一周できるだろうか。
いや、できないかもしれない。それほどまでに太い。
極太の大木だ。
それにゴツゴツしてる割に、何だか暖かい感じ。
木の根元から上を見上げても、たくさん生えている太い枝が邪魔して、どれくらいの高さがあるのかまったく見えない。
「王様……たしかにドングリの王様の木だね」
キャナリーには何の木なのか分からなかったけれど、リリスがそう言うならドングリの木なのだろう。
「うわわ、いけない、寮に戻るんだった!」
ドングリの巨木に圧倒されていたのも束の間、キャナリーは急いでいたことを思い出して、ふたたび森の中を走りだした。
おそらく、ここには何度も来ることになる……。
キャナリーはなんとなく、そんな予感めいたものを感じていた。
寮に駆け込んで黒パンをいくつか手に取り、全速力で教室に向かったキャナリーは、なんとか予鈴の鐘が聞こえる前に教室に滑り込むことに成功した。
「はぁはぁ……間に合った?」
「遅いぞ、キャナリー。もうみんな、とっくに移動を始めているぞ?」
「へ? 移動?」
「今日の授業は第三運動場だって言われていたでしょう?」
キャナリーは全く聞いていなかったんだけど、どうやら昨日、エライ先生から、そんな話があったようだ。
キャナリーのことを待っていたらしい、アーシュラ、それにショミンダは少しあきれ顔だ。
慌ててカバンを置いて、とっくに準備が終わっていた二人と一緒に教室を出た。
三人は、指定された第三運動場に向かう。遅れているので少しだけ早足だ。
キャナリーは行儀が悪いことに、両手に持ったパンを交互に齧っている。
「もぐもぐ。そういえばジャネは?」
「何か用事があるとか言って、先に行ったぞ」
「多分、新聞部の……秘密取材……でしょうか?」
「へえ~、なんだか楽しそうだね!」
「確かにな。もしも倶楽部に入るとしたら、私なら騎士部、だな」
「私は、魚釣り部……ですかね」
「私は……、そうだなぁ、ドングリ部?」
騎士部や魚釣り部なら、もしかしたらありそうな感じがないこともない。しかし残念ながら、魔法学園には三つとも存在しなかった。
「運動場に集合なんて、いったい何をするんでしょうね?」
ショミンダが思っていた疑問を軽く口にする。
「駆け回るなら森の中のほうがいいのに、何だろう?」
「当然、運動だな。騎士としての訓練かもしれんぞ」
「……たぶん、違うと思います」
「そうか? 運動ではないとすると、何だろうな」
いや、そっちじゃなくて……という言葉をショミンダは飲み込んで、別の言葉を選ぶ。
「花見、いえ、桜の鑑賞会、でしょうか?」
キャナリーは、ほへ? と意味がわかっていないような顔。
アーシュラは、ふむ……と一声洩らして、何かを考え込むような様子。
だめだ、こいつら。会話がちっとも成り立ちやがらない……です。
三人はその後も下らない話をしながら、つい先ほどキャナリーが駆け戻ってきた真っ白な桜並木を、少し早足で歩いていく。
「第三運動場って結構遠いですね……」
「う~ん、いったいどこにあるのかなぁ」
「ちょっと待て! 私はキャナリーについてきたんだが?」
「えええ~~~! 私はアーシュラが自信ありそうだったから、それで!」
「私は二人について歩いてました……」
三人はきっちり迷子になっていた。
「……リリス、わかる?」
「うんどうじょう……って何モモ?」
「あうう、そうだ、地図! ……教室に置いてきた……」
頼みの綱も切れていた……。
キ~ンコ~ン♪
そして無情にも本鈴の鐘の音が聞こえてくる……。
この三人と一匹、いったいどこに向かうつもりだったのだろう。
もう完全に遅刻だ。しかしこのままズル休みするわけにはいかない。
「こうなったら仕方ない。手分けして探すか?」
「そうですね、それしか無さそうです……」
「うわ~~ん、置いてかないでよ~~」
ここで別れたら、絶対に運動場にはたどり着けない!
キャナリーは必死に二人のローブの裾を掴んで、必死に引きとめる。
「待て! いいから落ち着け、キャナリー!」
「そうですよ、もしもこのままズル休みになってしまったら、学園をクビになってしまうかも……」
クビ! そんなことになってしまったら、寮だって追い出されるし、家にも帰れないし、もう路頭に迷うしか……!
「だめだめ~! ぜったい離さないもん~っ!」
これはまずい。キャナリーはこのまま三人まとめて自爆する気だ。何とかしてこの場を離れないといけない。
でもキャナリーが絶対離さないという勢いで、ローブをしっかり掴んでいる。
「そうですよ、ローブを脱げばいいじゃないですかっ!」
「ショミンダも落ち着け! 学園内ではローブを着る校則、破ると首になるかもしれんぞ!」
「そんなこと言って、アーシュラだって脱ごうとしてるじゃない、ずるいですよ!」
「いや、違う! これは騎士として必要なんだ!」
もちろん校則がそんなに厳しいわけがない。ローブを着ていないぐらいなら、ちょっと怒られて終わりだ。
「いいか、二人とも。大丈夫、私に良い考えがある!」
「アーシュラ、それは本当ですか!」
「学園をクビになったら、みんなで騎士になればいいではないか!」
「そんなことでいいのなら、実家に帰って漁師になりますよぅ!」
アーシュラの名案は何の解決にもなっていなかった。
「どうでもいいけど……三人とも、そんなところで何を騒いでるの?」
「うわ~ん。ジャネ、たすけて~!」
突然のジャネの登場に、しっかり掴んでいた両手を離して、キャナリーは飛びついた。
「いや、我々は道に迷ってだな……第三運動場がいったいどこにあるのか……」
アーシュラの言葉に、ジャネはあきれたような顔で答える。
「何を言ってるんだか。それなら目の前にあるでしょ?
ここがその第三運動場よ」
桜並木で少し隠れてはいたものの、ジャネが指さしたところには、『第三運動場』と書かれた看板がしっかりと立てられていた。
最初の授業……始まらなかった!




