12.入学
病弱な少女から転生したキャナリーは、精霊リリスと共に『特大の風の魔力』を示してしまった。
涙の夜を越えて、彼女は魔法学園に進むことを決意する。
新章!
キャナリーを待つのは、新しい街、新しい出会い、そして初めての試練!
今日は中央魔法学園の初日。
広い中央学園では、春の陽気の中で、真っ白な桜の花がいたるところで咲き誇っている。
すでに入学式は無事終わって、キャナリーはクラスごとの説明会のために、自分の教室に向かっている所だ。
入学式自体には、特にいうべきことは……無かった……
……というか、キャナリーと同じ生成りのローブ姿の学園生がたくさん集まる中で、一部の学生のローブがド派手だったことぐらいだ。
特に青、黄、赤の信号機みたいな縦三色のローブは強烈だったな……。
まあ、今は関係ないからどうでもいいか。
今、すぐ目の前を歩いているけど。
「1-A」と書かれた教室に入っていったけど……。
「……帰ってもいいかな?」
「……どうやって帰るモモ?」
それもそうだった。
教室の中からは楽しそうにおしゃべりしている声が聞こえてくる。まだみんな揃ってないのか、その声は少しまばらだ。
キャナリーは覚悟を決めて、教室のドアを開ける。
「みんな、おはよ~!」
そしてみんなに元気にあいさつした。アーネ姫も「最初の挨拶が肝心」って言ってたしね。
一瞬、静まり返る教室。
キャナリーに集まる視線。
しかし数瞬のうちにはそれも終わり、みんなはまた雑談へと戻っていく。
「ありゃりゃ? 何か変だった?」
「……よくわからないモモ」
信号機さんも、特には反応がないようだ。そもそもこちらを見てさえいない。
よく分からないけど、空いてるところに適当に座るキャナリー。
すると、一人の学園生がキャナリーに近寄ってきた。
灰色の髪にキャナリーと同じ生成りのローブを着て、あまり印象に残らない感じの少女だ。
「貴女、いきなり挨拶なんて面白いわね! あ、私はジャネ・カラワバン。新聞部に所属してるわ」
「よろしく、ジャネ。私はキャナリー・イナカモント。それで、こっちが精霊のリリス」
「よろしくモモ!」
「へええ~。その子がうわさの話をする精霊か~。うん、これはさっそく学園新聞のネタになるわ! みんなびっくりするわよ?」
ジャネがリリスに驚かないので事情を聞いてみると、寮の初日にいろいろあったことを、しっかり聞きおよんでいたそうだ。
そういった地道な取材も、新聞部の活動の一環らしい。
それにしても、あいさつするのが面白いって、いったいどういうことだろう?
その時、教室の前の扉がバタンと開いた。
「おはよう、みんな! これからよろしく!」
キャナリーよりもはるかに大きく、そして元気モリモリな挨拶!
ふたたび止まる雑談。
「……お、おはよう、こちらこそよろしく……」
かなり控えめな声であいさつを返すキャナリー。
「ぷぷぷっ」
そんな様子にジャネは噴き出してしまった。
キャナリーの学園生活は、思い描いていたのとは少し違う、よく分からない状況で幕を開けた。
大声の挨拶の主、アーシュラ・スフォルツァーテと名乗った少女は、すらっと背が高く、真っ赤な赤毛をショートカットにして、とても活発な印象だ。
「私は騎士を目指しているからな。いつも大声であいさつするように心がけているんだが……。まさかそういう文化が無いとはな」
「ほへ~、騎士! カッコいいなぁ」
騎士と言われて、キャナリーは王都まで護衛してくれたお姫さまの従兄の姿を思い出す。
そんな人を王子さまと間違えたという話をしていると、ジャネが口を挟んだ。
「王子と言えば、ほら、あそこに第三王子殿下がいらっしゃるわよ?」
ジャネに言われて目を向けると、そこにはしっかり背筋を伸ばして前を向いて座っている同級生の姿がある。
その周囲にはだれもいない、というか、みんながそばに近づくのを避けている素振りさえある。
王子と聞いてもキャナリーは驚かない。いや、かなり驚いてはいるんだけど、それがあまり面に出ていない。
王都に来てから、いやもうそれ以前に、地元のイナカモントの村を出てからずっと驚きのしっぱなしで、完全に振り切れてしまった感があった。
「王子さまはびっくりだけど、私は騎士の方が驚きです。だってここ、魔法学園なんだから……」
「うわわっ!」
誰もいないと思っていたところから声がしたので、キャナリーは思わず声を上げてしまった。アーシュラもしっかり驚いている。
「ショミンダ、気配消しすぎだよ~」
ジャネの様子を見ると、どうやら最初からそこにいたらしい。
ずっと無視してたみたいで悪いことをした。キャナリーもアーシュラも素直にあやまる。
「ごめんなさい、気づかなかった……」
「済まなかった!」
「大丈夫、わざと小さくなっていたから。ショミンダ・サーモンネ……です」
「わざとって、もしかして我々が不快だったか? だとしたらそれも謝罪したいが」
「ううん、そうじゃなくて。元々は平民で男爵さまの養子になったから、初対面の貴族の人がちょっと怖かっただけです」
ショミンダがいうには、魔法学園入りが決まったので、その将来性を見込まれて、男爵家に養子に迎え入れられることになったらしい。
「平民から貴族なんて、大出世よね」
「だけど家族のみんなとも会えなくなったし、良い事ってあまりないんですよ?」
『家族と会えない』、その言葉がキャナリーの涙腺を直撃した。
「うううぅ、家族と会えなくなるなんて、辛かったよね、うわ~~ん!」
「いや、大丈夫ですから。そんなに泣かなくて大丈夫ですから……」
ショミンダがあたふたしているが、彼女はなにも悪くない。
肩のリリスがキャナリーの頭をぺしぺし叩いて慰める。
「大丈夫だモモ。あとでドングリあげるモモ」
「せ、精霊が会話っ?」
アーシュラが絶句する。
まったくもって落ち着きがない四人であった。
キ~ンコ~ン♪
遠くから鐘の音が鳴り、教室の扉が開いた。
入ってきたのは、あれ? たしか入学式であいさつしていた……?
「おはよう。それではみな、席に着きなさい」
その言葉にキャナリーも含め、みんなが慌てて席に座る。
「よし、全員そろっているようじゃな。わしがこのクラスの担任を務める、エライ=ヒカール・”キャトル”・ド・ルミナールじゃ。この学園の学園長でもある。よろしくのう」
間違いない。学園長先生だ。
「学園長は火水土風、四属性すべてを持つ、ルミナールの光とまで言われた大魔法使いよ」
ジャネが横から小声で教えてくれる。
かなりの年に見えるけど、髪の毛はまだ不自然なほどに黒々としている。でも、なぜ口周りのヒゲは真っ白なんだろう……。
この学園で一番偉い人なのに、なぜか着ているローブはキャナリーたちと同じく、まったく染められていない生成りのままだ。
色々な注意事項や説明の後は、クラスのみんなの自己紹介だ。
みんなが順番に、一度立ち上がって名前と、そして何か一言を付け加える形だ。
他のみんなに混じって、ジャネ、そしてショミンダと自己紹介が続く。そして次はアーシュラの番。
「アーシュラ・スフォルツァーテ、騎士志望だ。みんな、よろしくたのむ!」
ずっと静かだったのに、なぜかアーシュラの時だけ、ちょっと周囲がざわついた。
次は、たしか王子さまだ。
「この国の第三王子だ。好きに呼べ」
王子さまは本当にそれだけ言うと、すぐに元通り、背筋を伸ばして席に座ってしまった。
え? それだけ? 名前とか無いの?
あ、みんな知ってるのかな? 王子さまだし。
アーシュラの時よりもざわついていたが、それもすぐに収まる。
また何人か続き、次は例の『信号機』さん。
縦三色ローブのインパクトが強すぎて気づかなかったけど、髪型だってものすごい。
きらきらの金髪をぐるぐるにカールして、ドリルというよりもう二重螺旋で超ドリル。まさに絵本の中のお嬢さま、いやそれをさらに強化した感じだ。
「トルネディアーネア・ド・リドリール・マーリマクルウ。
ご存知のとおり侯爵家よ。
属性はこのローブでお察しになって?」
名前もまた、いっぱいついててすごかった。
たしかローブは自分の属性の色に染めるんだったよね。ということは三つも属性があるってこと?
「さすがトルネさま!」
「素晴らしいトルネさま!」
「みんなの憧れトルネさま!」
その上、応援団もすごい。
王子さまの時よりさらにざわつきが大きく、それもなかなか収まらなかったが、エライ先生の一声でやっと静かになる。
最後はキャナリーの番だ。みんなが大注目だった『信号機』さん、トルネディアーネア嬢の後だと少しやりにくい。
「えっと……、キャナリー・イナカモント、男爵家で属性は風です。それと、この子は精霊のリリス。みんな、よろしく!」
「リリスだモモ。よろしくモモ!」
教室が驚きの声で爆発した。
寮へ戻る道のこと、
ジャネにアーシュラ、それにショミンダ。他にも多くの個性的なクラスメイトたち。
「魔法学園、とんでもない人たちがいっぱいだったよね!」
「ほんとにそうモモ!」
いや、お前が言うな。そう突っ込める人は、残念ながらそこにはいなかった。
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「キャナリー・イナカモント、面白い奴だったな」
寮の食堂でぱっぱと夕食を取って部屋に戻ったアーシュラは、あのホケ~としたアホ顔を思い出して笑みがこぼれた。
「騎士を目指す私をかっこいい、だなんて……ふふふ」
何も考えずに言ったのはわかっている。
でもそれは、彼女が今まで誰からも聞いたことがなかった初めての言葉。
「本当に面白い奴だ……」
明日、もう一度声をかけよう。そして……
その夜アーシュラは、久しぶりに楽しい夢が見られる、そう思って寝床に潜り込んだ。
まさか朝になるまで阿呆顔が頭に浮かんでくるなど思わないままに。




