11.クラス分け
馬車は静かに王都の中に入っていく。
長い隊列は王都に入るまで。もう周囲にいるのはトアールから来た馬車だけだ。
ずっと続く石畳の道、二階建てどころか五階建てはありそうなほど背の高い建物が並ぶ大通り、そして行き交う人、人、人、人の群れ。
キャナリーはきっと目を輝かせてはしゃぎまわっていただろう。もしも何も無ければ。
「全部、石ばっかり……、ドングリの木どころか草も無いなんて……」
あまりの絶望にキャナリーは気が遠くなりそうになる。
「お姫さま、馬車を止めて。私ドングリを探さないと! リリスを助けないと!」
無理やりにでも馬車の扉を開けて駆けだしそうなキャナリーを、アーネ姫は止めた。
「キャナリー、落ち着いて。今、中央公園に向かっているわ。あそこにはたしか、大きなドングリが落ちていたはず。もしかしたら、まだそれが残っているかも知れない」
馬車はあふれるほどの人に阻まれて、なかなか進まない。
ここ、王都ルミナリスは巨大な都市だ。人口だけでもトアールの町の百倍はあってもおかしくない。
辺境の山国であるトアール伯国の住人を全部集めたとしても、その人数にはまったく届かない。それほど多くのひとが、ここには住んでいるのだ。
「リリス……」
ぐったりして元気のないリリスを前に、キャナリーは気が焦るばかりで何もできない。
いったいどうしてこんなことに……。
間違いない、キャナリーのせいだ。
キャナリーが自分の事ばかり考えていたからだ。
こんなもの、何が相棒なものか!
こらえていた涙が、キャナリーの瞳から一斉にあふれ出た。
「キャナリー、深呼吸しなさい」
「でも……」
「いいから! いま力を使い果たしてどうするの!」
アーネ姫の声は今までで一番厳しかった。
「このあと絶対に貴女の全力が必要になる時がくる。その時まで力は温存しなさい! 助けられるものも助けられなくなるわよ」
キャナリーは止まらない涙を何度も何度も両袖でぬぐい、馬車の天井を睨みつける。
お姫さまの言う通りだ、やるしかない!
「キャナリー、そろそろ中央公園よ」
キャナリーはその言葉を聞き終わる前に扉を開け放ち、リリスをしっかり胸に抱いて、まだ走っている馬車から転げ落ちるように飛び出した。
その後ろには申し合わせたかのように、数人の護衛がついていく。
派手な格好をした大道芸人、たくさんの露店、そしてそこに集まる人々。
キャナリーの行く手をさえぎろうとする黒い悪魔たち。それを避けながらキャナリーは全力で駆けた。
「あそこに林がある! あそこに行けば!」
そこには、もう春だというのに、まるで栗のように丸々と太ったドングリのような木の実が、まだあちこちに転がっている。
「あった! これなら!」
なぜか以前にこれと同じような夢を見た気がする。たしかそのときはドングリで助かって……。あれは……そう、正夢だ! これできっと助かるにちがいない!
キャナリーはそう信じて、木の実を拾ってリリスに差し出す。
「どう? これで大丈夫?」
リリスは木の実をかじって……しかしそれを吐き出してしまった。
「ドングリじゃないモモ、苦くて食べられないモモ……」
その木の実の正体はマロニエ。リスや小鳥どころか、虫さえも食べようとしない、猛毒の実。
喜んで集めた木の実が、キャナリーの手からポトリ、ポトリと落ちて地面に転がった。
戻ってきたキャナリーの憔悴しきった様子を見て、アーネ姫はすべてを察した。
「まだ終わったわけじゃないわ。近くの森を探しましょう。まずはトアールの王都屋敷に行くわよ」
トアール屋敷に到着すると、キャナリーは元気のないリリスを抱いて、ゆっくりと馬車を降りた。
立派なお城のような建物だ。しかしキャナリーはそちらではなく、建物の裏の方に目を向ける。
「……森の匂いが……する?」
「ええ、庭の先に栗の林があるから……でも、収穫は秋まで待たないと……」
アーネ姫の返事を最後まで聞かずに、キャナリーは走り出した。
キャナリーの腕の中で、リリスがピクッと震える。
「……ドングリ? ドングリの匂いモモっ!」
「わかるの? リリス!」
「お友達がくるモモ!」
リリスが言い終わらないうちに、数匹のリスが駆け寄って来る。
大きなドングリを持って。
キャナリーはリスたちの前でペタンと地面にへたり込んだ。
~~~~~
数日後、キャナリーはふたたびアーネ姫と同じ馬車に乗り込んだ。魔法学園で一年生のクラス分けが発表されるのだ。
実は魔法学園は、東、西、南、北、中央と五つもある。トアールは西の端なので、キャナリーたちは西魔法学園に行くことになる。
「西は西の人だとしたら、中央は中央の人が行くところ?」
「いいえ、中央だけはちょっと違うの。でも……、そうね、そこは気にしなくていいわ」
馬車は街の中心を抜け、大きな建物がまばらに立っている所に入っていく。ところどころに植えられた木が白い花をつけ、奥の方には緑の大きな林まである。
「ようこそ、キャナリー。ここはもう西魔法学園よ」
「ふわ~~」
これからここで生活することになるのか。今はお姫さまが一緒だけど、今日からは寮生活。知らない人たちと暮らしていくことになる。
「心配しなくても大丈夫。同じ地区出身の人は同じ寮に入ることになるから」
「ドングリもあるモモ!」
「私は末っ子だから、妹ができたみたいで嬉しいわ。これからもよろしくね!」
「はい! よろしくおねがいします!」
アーネ姫の膝の上で、ミケが「ニャッ!」と鳴いた。
馬車を下りたキャナリーは、妹ができたとニコニコ顔のアーネ姫に連れられて、大きな掲示板の前にやって来ていた。
周囲には二人と同じように、先輩らしい魔法使いみたいなローブを着た人に手を繫がれて、キョロキョロしている子供たちの姿が見える。
ローブには、華やかな赤や青、黄色のものもあれば、生成りのものもあった。
そういえば、今日はアーネ姫もドレスではなく、透き通るような青のローブを着ている。
「あの、お姫さま。みんなローブを着てるんですけど……」
「ああ、これね。学園生はみんな、ローブを着る決まりなのよ。自分の属性の色に染めるのが流行ね」
アーネ姫はちょっと自分の青いローブの裾を摘まんでみせる。
「えええ~~~、どうしよう、私そんなもの持ってない……」
「大丈夫、学園から支給されるから。染めたりするのは自分でやらないと駄目だけど。それもしっかり相談にのるから、心配しないでね?」
掲示板にはたくさんの名前がクラスごとに貼りだされていた。
「えっと、えっと……、イナカモントは……っと」
う~ん、名前がたくさんありすぎて、なかなか見つからない。
キャナリーはもう一度最初から、何一つ見逃さないように、丁寧に見直していく。
「1年A組、1年B組、1年C組……」
やっぱりない。
「……おかしいわ、そんなはずは……」
アーネ姫の方を見上げると、書かれた名前を順番に小声で読み上げながら、必死に探している。
「……まさか不合格……」
「あり得ません! 魔法学校の合格は魔力だけで決まるのよ? 素行が悪くて退学になることはあっても、ここまで来て不合格はあり得ないわ!」
それじゃ一体……。
キャナリーの頭に、あのふがふが言っている神官のおじいちゃんの顔が浮かんできた。まさかあのおじいちゃん、キャナリーの名前を書き忘れたのでは……。
どうしよう、学園に入れないとなると、家に帰るしかない。でもどうやって家に帰ればいいのか……。
さっきまで横にいてくれたアーネ姫も、いつの間にかどこかに行ってしまった。
本当の妹みたいだと言ってくれたけど、それは魔法学園があっての話。もしもキャナリーが不合格なら、もう関係なんてどこにもない。
自分の名前が書かれているはずだった大きな掲示板の前で、キャナリーは途方に暮れてしまった。
「あ、あ、あ、あっ!」
物思いに沈んでいたキャナリーの手が、突然強く引っ張られた。そこには激しく動転したアーネ姫の顔。キャナリーは何が起こったのかわからず、ポカンと口を開けて、彼女に強く引っ張られていく。
「あった、あったのよ! 中央! 中央A組!」
引っ張って行かれたところには、他の学園のクラス分けが小さく貼りだされていた。
その一番端っこ。中央魔法学園一年A組。そこにキャナリーの名前が書かれていた。
「中央! 中央だなんて! ああ、女神さま! なんて、なんて素晴らしいのかしら!」
中央1―A。
この果てしなく広い王国で、その年のトップ二十人だけが選ばれる最上級のクラス。
小国トアールで初めての快挙。
「ああ、キャナリー、貴女は我らがトアールの誇り、私の自慢の妹よ!」
ぽろぽろ涙を流して喜ぶアーネ姫の姿に、その時のキャナリーはただ、おろおろすることしかできなかった。
それからは一気に慌ただしくなった。
中央魔法学園に移動しての入学手続き。ローブなど備品の受け取り。そして入寮。
校舎の屋上に掲げられた中央学園の赤と青、双子の旗が、春風にたなびく。
その旗の下で、真新しい、ちょっとぶかぶかの生成りのローブを着せられて、まるでてるてる坊主のような姿のキャナリー。
しかし彼女は、まだ知らない。
中央学園一年A組が、想像をはるかに超えた『とんでもない』クラスであることを。
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