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ドングリ魔法はまだ飛べない ~でも、3センチなら飛べるもん!~  作者: 大沙かんな


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01.転生と出会い

 木々の間を風のように走り抜ける。黒いポニーテールが跳ね、地面を蹴るたびに草花が優しく揺れた。


 その肩には、ドングリを抱っこした小さくて可愛い相棒。

 

「行くよ! りっぱに飛んで見せるんだから!」


 そして風に乗って、高く、青空の向こうへ!



 ――あ、これ夢だ。最近よく見る、楽しい夢。


 コツコツと窓を叩く小さな音で、飛鳥は目を開けた。


 真っ先に感じたのは、夢とは裏腹の、全身が鉛のように重い不自由さ。ここが、私を閉じ込める白い病室。


 今日はお正月、飛鳥の十五歳の誕生日。もう何年も誰も、大好きなお母さんさえお見舞いに来ない、たった一人で迎える寂しい誕生日だ。


 動かない体に鞭を打ってなんとか窓の外を見ると、雪がちらつく中、小さなリスが大きなドングリを抱きかかえてこちらを覗いていた。


 このリスが、起こしてくれたのだろうか。



 また食べたいな、お母さんの栗きんとん。


 元気になったら、お姫さまみたいに長く髪を伸ばしたい。夢で見た、あのポニーテールのように。


 小鳥さんみたいに空が飛べたらいいのに。そしたら今すぐに、お母さんのところに飛んで帰るのに。



 飛鳥の瞳に懐かしい背中が映った。待って……そう叫ぼうとしても声にならない。


 振り返ることもなく、雪の中へと消えていく。


 家族写真のフォトフレームがベッドの脇から滑り落ちる。


 ガラスが音もたてずに割れた。


 …………。


 ……。


「おぎゃああああ~~~~~~~っ!」


 辺境の山中にある小さな屋敷の一室に、大きな産声が響き渡った。


 あたふたと意味もなく歩き回っていた男衆も一斉に動きを止める。


「おお、産まれたぞ!」

「おめでとうございます、旦那様。元気な女の子ですよ。奥方様もご無事です」


 今まで男の子ばかりだったところに、待望の女の子だ。赤ん坊の元気な泣き声と共に、屋敷中に歓喜が広がる。




 飛鳥は旅立ったその日のうちに、別の世界の別の場所で、今度は男爵令嬢のキャナリーとして、再び生まれ落ちることになった。


 そして彼女の新しい希望に満ちた人生が幕を開ける。



 ~~~~~



 五歳の少女が、木々の間をまるで飛ぶように駆けていく。


 黒いポニーテールがぽんぽんとはずみ、それに合わせるように草の葉が揺れて、まるで鳥が通り過ぎたように風がそよぐ。眩しい木漏れ日が、彼女に微笑みかけるように一緒に揺れた。


 その姿は、まるであの時の夢のよう。


 少女はもちろんキャナリー。辺境の小国のさらに隅っこ、イナカモント男爵の末娘だ。


 貴族のご令嬢ではあるけれど、田舎男爵家なので村娘とほとんど変わりない。でもちょっとお転婆すぎるって、家族に笑われている。


「元気で自由に飛び回って欲しい、だからキャナリーと名付けたんだ」


 両親からはそう聞いている。今は元気なキャナリーだったが、生まれたてのころは体が弱くて、ちゃんと育つかどうかわからなかったのだ。


 それが今では走り回るのが大好きな少女に育った。それは森を駆け回っていると、いつも新しい発見があるからだ。


 一昨日には大きな真っ赤なキノコを見つけたし、昨日は黄色い小鳥が可愛い声で歌っている声を聞いた。今日はいったいどんなものが見つかるのか。


 それを考えるとキャナリーはワクワクして止まらない。



 キャナリーには日本で生活していた記憶がある。その頃は飛鳥という名前だったことも、ずっと病室で寝ていたことも、そしてお母さんに会いたかったことも覚えている。


 でもキャナリーは飛鳥時代のことは、できるだけ思い出さないようにしていた。思い出すと涙がこぼれてしまうし、一人暗いところで泣くのはもうたくさんだ。


 無理してでも笑顔でいれば元気になれるって、お医者さんに言われた通りになったしね。


 動かない手足、味気ない病院食。それに比べたら、自由に走り回れるのがどれだけ素晴らしいことか!


 何を食べてもおいしいし、この世界にはなんと、ピーマンがないのだ。天敵はニンジンだけ。ここはほとんど天国だった。



「ジロお兄ちゃん、もうすぐ魔法の学校に行っちゃうんだって……」


 昨夜の夕食を思い出し、森で立ち止まったキャナリーは、そっと独り言をつぶやいた。


「何としても素敵なプレゼントを見つけるぞ!」


 そして一人、両手をギュッと握りしめて気合を入れなおす。


「学校? それに魔法だって!」

「はははは、いくらトアール伯国が辺境だからって、学校くらいはあるよ」


 そう笑っていたジロお兄ちゃんがいなくなるのは寂しい。でも悪いけど、そんな思いは一気に吹き飛んでしまった。


 もう五歳だから、さすがにここが日本じゃないことも、前とは別の世界なこともわかっている。でもこの世界にも学校があるなんて、しかも魔法があるなんて。今まで気づいていなかったのだ。


 だってイナカモントは田舎過ぎて、同い年の友達すらいないのだ。私も大きくなったら学校にいって、魔法が使えるようになりたい。うん、絶対なろう。



「うわぁ~、とっても大きな木! あら、何かいる? リスかな?」


 とっても大きな木を見つけたので見上げると、何か小さな生き物が枝と枝の間をチョコチョコ走っている姿が見えた。多分リスだ。そのリスは大きな木から次の大きな木へと、ぴゅんぴゅん飛んで渡っていく。


「あ、待って!」


 夢中で追いかけているうちに、気がついたら道に迷ってしまっていた。どんどん薄暗くなる森に、不安で胸がドキドキしてくる。


「えええ……、ここ、どこ……?」


 さっきまで優しくさわさわと揺れていた枝々が、今はギシギシと威嚇してくる。その上、太陽の強い光だけを柔らかく遮ってくれていたのに、その温もりまで冷たく奪い取っていく。


 足元の道は草むらに変わり、どっちが家かもわからない。キャナリーはあまりに心細くて、ぶわっと涙があふれてくる。



 我慢できずにポロリッと一粒の涙がこぼれたその時、ひときわ強い風が大きな音を立てて森を吹き抜けた。


「きゃっ!」


 風と共に枝の上から小さな影がふわりと舞い降りてくる。


 暗かった森に一気に木漏れ日があふれて、まるでスポットライトのようだ。


 え? さっきの、リス?


「やっほー! 大丈夫モモ?」


 目の前に、キャナリーの小さな手からはみ出るくらいのリスがいた。なんだか目に不思議な(かがや)きがある。そして何より……喋ってる!


 もしかして、あの時のリスさん? だってあれは……。


「えっと……あなたは、だあれ?」


 キャナリーは恐る恐る尋ねてみた。


「う~ん……名前はないモモ」


 キャナリーは考え込んだ。リスに見えるけれど、なんだか普通のリスじゃない。このあいだ絵本で読んだ精霊さんなのかもしれない。


「じゃあ……リリスって呼ぶ!」

「リリス……? リスじゃないモモ!」


「え、でも……可愛いし、リリスでいいよね? きまり!」

「ち、違うモモ~! モモンガだモモ~!」


 軽い押し問答をしていると、その小さな生き物は素早くキャナリーの体をよじ登って、ふわ~んと宙に浮かぶようにキャナリーから飛び立った。


「わぁ、リリス、すごい……!」


 キャナリーは思わず拍手する。


「モモンガだモモ。飛べるモモ!」


 リリスはとても得意げだ。


「ねえ、リリス、もしよかったら、道案内してくれる?」

「うん! まかせるモモ!」


 拍手したことが良かったのか、リリスという名前を受け入れてくれたらしい。


 リリスは頬にためていた大きなドングリをプッと吐き出すと、キャナリーの肩にぴょんと飛び乗った。


 ほっぺが丸く膨らんでいたのは、そういう顔だからだと思っていた。いや、そうじゃない。そうだけど、そうじゃない。



「ドングリ! ものすごく大きい! こんなの見たことないよ! 貰ってもいい?」

「うん、あげるモモ。ドングリを見つけるのは得意モモ!」


 これをジロお兄ちゃんへの贈り物に……、いや、こんなに素敵なものはさすがに無理。それに何だかわからないけど、誰かに渡しちゃダメな気もする。


「うん、ジロお兄ちゃんにはいいや、また別のものを探そう!」


 キャナリーはお礼を言いながら、とても大きなドングリを大事そうにポケットに仕舞い込んだ。


 どういたしまして、と、リリスは得意満面だ。


「ありがとう、リリス! それじゃ、案内をお願いね!」

「こっちモモ!」

「うん、ありがとう!」


 キャナリーはリリスの案内で無事に森を抜け、イナカモントの屋敷までたどり着くことができた。


「ああ、リリスがいてくれてよかった! ほんとにありがとう!」


 ジロお兄ちゃんへプレゼントは見つからなかったけど、リリスと出会えたことはまだ小さなキャナリーにとって、とても大きな出来事になったのだ。



 それは世界の端っこで起こった小さな出会い。


 それがどれだけ大きなことだったのか、世界はまだ固唾(かたづ)を飲んで静かに見守っている


 そう、すぐにでも、いっせいに飛び出すのだ!


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