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健康診断で俺のチート能力が判明するまで

作者: nandemoE

ご覧いただきありがとうございます。

初めて短編に挑戦してみます。

1万5000文字程度なので、どうぞサクッとよろしくお願いします。


 俺の名前は沓名くずな親男(ちかお)40歳。


 ハゲでもデブでもないが彼女もいない。もちろんバキバキ童貞だ。


 ただ少し言わせてもらえば、働いているし、事務職だが収入だって悪くない。


 実家暮らしでもないし、長男でもない。家事は全部自分でできるし、性格だって穏やかで優しいほうだと思っている。おまけに無駄に健康体だ。


 だけど婚活市場では同年代の女性からすら見向きもされなかったような、いわゆる弱者男性だ。


 見た目だって普通にしているつもりだ。


 酒やギャンブル、タバコもしない。


 コミュニケーションだって仕事上で困ったことはない。


 だけど、いったい何が悪いのか。


 わからないままこの歳まで婚活を続けてきたけど、色々と酷い目にもあって、諦めた。


 今は毎日、職場と家の往復を惰性で続けている。


 いや、正直に言おう。


 何かに怯えるように、コソコソと日陰を歩くように、誰の目にもつかないように生きている。


 そんな毎日が変わるきっかけを待ちわびながら、そんな日はもうこないことを知っている。




「おうい、沓名クン。次は君の番だろう」


 課長の声が聞こえて、俺はパソコンの画面から視線を上げた。今日は職場の健康診断で、朝から職員が順番で検診を受けに席を離れていた。


「あ、はい。では行ってきます」


 俺は事前に配られていた問診票と採尿パックを持って席を立った。


「あと一人くらいなら行けるな。誰か仕事の手が空く人はいるか~?」


 課長がさらに職場全体に声をかける。


「香織、先に行きなよ」


「え~? あとでいいよ。美香が行ってよ」


「私、仕事のキリが悪いんだよね~」


 職場の若い女性陣からそんな声が聞こえてくる。


 わかってる。本当は俺がキモいから一緒に行きたくないんだろう?


 別に俺だって隣で順番待ちをしながら話しかけるつもりなんかないよ。


 所詮ここは生活費を稼ぐための職場であって、あんたらがいくら可愛く見えたところで仲良くなりたいだなんて思いもしないし、嫌われてたって思うところは何もない。


 だから俺は特に気にした様子も見せぬように淡々とその場を離れるだけのつもりだった。


 ところがその日、立ち上がった弾みか眩暈がして、俺は軽く職場の柱にぶつかった。


「お、おい沓名クン大丈夫かい? 検診前からそんな調子で」


 課長がそんな俺を見て心配そうに言う。だが俺もそんなに派手にぶつかったわけではない。


「はは、すみません。昨日ちょっと寝つきが悪かったものですから……」


「健康には気をつけてくれよ~?」


 俺はヘコヘコと頭を下げながら職場をあとにした。


「ぷっ! ねぇ見た? ダッサ」


「ホント、ドン臭いよね~」


「ザ・弱男って感じだよね~」


 職場の女性陣の声。俺に聞こえていないつもりなんだろうか。


「ちょっと君たち、悪口はやめてあげてよ。沓名クンだって仕事は頑張ってくれてるだろ?」


 課長の俺を擁護する声が聞こえる。女性陣からは一斉に「え~?」と声が上がる。


「ウチの部署も人手不足で大変なんだからさ。身体でも心でも、健康を崩されると本当に困るんだよ~……ほら、ただでさえ独身男性は歳を取るとみんな気が狂うって言うだろう?」


 課長にはさすがに悪気はないと思うんだけど聞こえている。


「あっは! 課長、それドストレートですよぉ」


「ホントホント。もう気が狂うの確定してるみたいじゃないですか」


「どうだろう? 最近眠れないって言ってるしさ……もう狂い始めてるんじゃない?」


 続く女性陣には悪意しか感じない。別にそれで凹むわけではないけれど。


「みんな頼むよ。もう少し大目に見てあげようよ~?」


 課長は擁護してくれているけど、本当のところはどうなんだろうか。


 だって、俺は何も悪いことはしていないのに、なんで大目に見てもらわなければいけないのか。いや、その前に、気が狂うとか、どうしてそんな言われ方をしなければならないのか。


 いっそ、相手の心が読めたらと思うことがある。


 そりゃあ、表面に出てくる言葉より酷いことを考えているのはわかっているけどさ。


 たぶん俺は、それでも傷つくようなことはないと思うんだ。


 俺はもう、何に対しても期待はしていないから。




 結局、俺は一人で検診会場に向かった。


 ウチの会社の健康診断は大きな会議室を会場にして行われる。受付で事前配布の採尿パックを提出して、身長・体重、血圧、視力、問診、採血、聴力検査の順番で会場を回ることになっている。


 その後、会社の外に駐車された検診車両でレントゲンや心電図を撮って終了となる。


 俺はまず、受付を済ませてから検診会場をひと通り見回した。


 それぞれの検診ブースで何人かの他部署の社員が検査を受けていた。


「お。採血してくれる女の子、メチャクチャ可愛いな」


 俺はボソッと小声で漏らしてしまった。採血ブースの何席かのうちに一人だけすごく美人の女の子がいたのだ。どうせ採血されるならオバチャンよりも若い子に採血されたい。


「うっわ。眼底検査の男はチャラすぎるだろ。大丈夫なのか、あれで」


 さらにその先のブースに目をやれば、ほぼ金髪の若い男が舐めた口調で検査をしている。


 最近の若いモンは、なんて言えば俺も老人の仲間入りか。それでもいいと思ってはいるけど。


 そんなふうに考えながら俺は淡々と身長、体重、血圧を測り終えた。


「身長、体重に変わりなし。血圧も良好。そりゃ一人暮らしで健康も意識してるからなぁ」


 自慢ではないけれど、俺は料理には自信があって、そのせいか健康状態も歳のわりに良い。


 課長には独身男性は気が狂うなんて言われたけれど、たぶん結婚したって俺の一人暮らしとそうクオリティ自体は変わらないとさえ思うのだ。


 むしろ、他人に自分の時間を割くことがないぶん精神面ではいくぶんかはラクであるとさえ思えているくらいだ。


 だから俺は嫌な思いを我慢してまで結婚をするのを諦めたし、今では覚悟も定まった。


 何が楽しいというわけではないけれど、生活面では、たしかに俺は満足をしているのだ。


「次は視力検査か……どうせ変わらず、右が0.8、左が0.9くらいだろうな」


 俺は少しぼんやりしながら待ち、やがて順番になってから検査機の前に座った。


 Cの字が角度を変えながら徐々に小さくなるよう並んで表示されている。


「はい、では左目から測りますね~。左上から順番にお願いしま~す」


 検査員のオバチャンの言葉に特に反応をするわけでもなく俺は視線の先に集中した。


「上、右、左、下、右、左……」


 俺はそこで違和感を覚えた。7番目、即ち0.7に相当する文字がぼやけて見えるのだ。


 ただし、文字が見えないわけではなく、8番目の文字は読める。


「どうしました?」


「いや……その隣の文字は上って見えるんですけど……」


「あ、ならその前は見えるように言ってもらえばいいですよ」


「それが、魔方陣に見えるんです……」


 円の中に星マークが書かれて見えるのだ。


 もしかしたら俺も歳をとって老眼か? 視力が落ちてぼやけて見えるのかもしれない。


「あは。わかりました……じゃあ次は右目にいきましょう」


 オバチャンは少しの失笑を漏らしたものの大して気にした様子もなく表示を切り替えた。


「右、下、左、上、下、右……。魔方陣、下、右……上かな……」


 今日の視力は調子が良いらしい。1.0の文字までが見えるのだ。


 そしてより良く見える右目で見てハッキリとわかった。


 7番目の文字はどちらの方向にも口を開いていない。魔方陣だ。


「あはは。それはなんて言うか、邪眼的なやつですか? うちの息子も好きなんですよ」


 俺が検査機から顔を離すと、検査員のオバチャンは少し困ったような表情をしていた。


 はぁ!? なんだこの不細工なオバチャンは?


 息子? 不細工のくせに結婚してますアピールとかウゼェ。


「でも大丈夫ですよ。その先の文字はすべて正解でしたから」


「はぁ……ありがとうございまいた」


 俺は煮え切らない思いを抱えながら視力検査ブースをあとにした。


 俺、疲れてんのかな~……そういえば昨日見たアニメで魔方陣が出てたっけ……それの影響だろうな。それにしてもいいよな。俺もチート能力が欲しいよ。


 俺はさらにぼんやりしながら次の問診ブースで順番を待った。


 チート能力があったら何がいいかなぁ……。


 モンスターとかとは戦いたくないから異世界より現代で使える能力がいいなぁ……。


 そうなるとやっぱ邪眼かなぁ……。


 透明人間になるとかでもいいよな、悪いことし放題だもんな、覗きとか……。


 いや待て。覗きならやっぱ邪眼で足りるな……服が透けて見えればいいんだから……。


 それともお金が稼げる能力のほうが……? いや、今さら俺にお金があってもなぁ……。


 しかも邪眼の能力によってはお金稼ぎができるかもしれないぞ……?


「君、大丈夫かい?」


 不意に声をかけられて俺は我に返った。


 気がつけば白衣を着た医師と思われる男性が俺の目の前で軽く手を振っていた。


 どうやら俺は意識がぼんやりとしたまま医師の問診を受けていたらしい。


 俺と同じくらいの歳の男性で、その左手の薬指には指輪が光っている。


「あ! す、すみません。ちょっと最近、良く眠れてなくて……」


「大変だねぇ」


 その医師の言葉に俺は少しイラつきを覚えながらも軽く微笑む。


 なに? もしかして俺を哀れんでんの?


「眠れないのは問診票にも書いてあるよね。心療内科とかには通ってないの?」


「心療内科? いや、俺は別に病んでるつもりはないんですけど……」


「でも眠れていないんだろう?」


「そう……ですね……」


 ふと俺の脳裏を課長の言葉が過ぎる。


 独身男性は、みんな気が狂う。


 俺は自信のイラつきがさらに増加していくのを感じていた。


 なんだよコイツ。偉そうにタメ口聞きやがって……。結婚してんのがそんなに偉いのかよ。医者だからってそんなに偉いのかよ。なんで俺を弱者みたいな目で見てくんだよ!


「一度、専門の先生に診てもらったほうがいいんじゃないのかなぁ?」


 俺は医師の落ち着いた声を聞いて再び我に返る。


 おそらく医師は、俺をけなそうとなんて思っていなかったのだと冷静に思い至ったのだ。


 集団検診で一日に何人も問診しているであろう医師が、そのなかの一人に過ぎない俺をなんの理由があって貶そうと言うのだろうか。


 そう、冷静になりさえすれば俺はちゃんと状況を認識できるのだ。


 狂ってなどいない。


 これは常日頃から思っていることだけれども、たしかに俺はここ最近、自分のなかの攻撃性のような感情が強くなってきているとも感じていた。


 それはたぶん、俺を評価しない社会への恨みだとか、自分勝手な要求ばかりしてきた婚活女性への怒りだとか、そういったものの積み重ねが俺の攻撃性を研いでいるのだと思う。


 事実、俺のような男性が人を傷つけたりしてニュースになることも増えてきた。


 たぶん、こうやって様々なところから弱者男性にかかる圧によって、俺たちは狂っていくんだろう。


 でも、俺は大丈夫だ。


 なぜなら、そんな自分を客観的に認識できているから。


 きっと、この調子でこれからも上手くコントロールできるはずなんだ。


 心に悪いことは考えないようにしたほうがいい。


 逆にいいことを考えるんだ。


 独身男性だって幸せになれない訳じゃない。きっと探せば俺の周りにだっていいことはたくさん転がっているはずなんだ。


 小さなことだっていい。いいことを探すんだ。


 気分を上げていくんだ。


 そう思いながら問診ブースを出たときだった。




 問診ブースを出ると俺の目にあの採血ブースの可愛い女の子が飛び込んできた。


 いや、なんならむしろ目が合った。そしてその女の子は俺に対して軽く口角を上げて見せたのだ。


 そうだ! 問診ブースが終われば次は採血だったぁ!


 俺のテンションは一気に高まった。


 うおおおおおっ! 近くで見るとメッチャ可愛いな、さらに可愛いっ!


 ってか、胸でっけぇ! うわ名札! 麦生(むにゅう)さんね。いやてか麦生ちゃんね!


 うわ俺ゼッテェこの子に採血してもらいたい、そうじゃなきゃ死ぬ。隣のオバチャンに当たったら死ぬ。


 えっと、今待ってるのが5人だから……順番的に一人、誰か先に譲れば……? いやダメだ、人間は策を弄せば弄すほど自滅の道を辿るんだ。俺は正々堂々と麦生ちゃんの前まで辿り着くっ! 幸運を掴み取ってみせるっ!


 俺は目を血走らせ、鼻息を荒げて採血ブースの順番待ち用のイスに腰を落とした。


 その結果……


 キッタアアァァァーーーッ! 麦生ちゃんゲェェェッッットォォォッ!


 俺は内心で雄叫びを上げながら、それでもそれを表情には出さずに淡々と麦生ちゃんに受診票を手渡す。


「よろしくお願いします」


 わかってる。本当は麦生ちゃんだって俺のことなんか他人中の他人だ。ここで何かが始まるわけでもないし、印象に残してもらえるはずもない。


 だけどキモいと思われないように、普通の男性に見えるように……。


「はーい。念のためフルネームを教えてくださーい」


「沓名親男です」


 必要以上のことは喋ってはいけない。話しかけたらキモいオヤジになるから。


 それでもいい。俺だって変な期待をするような気の狂い方はしていないから。


 可愛い子は見ているだけで癒されるから、それだけでいいんだ……。


「はーい。それじゃあここに腕を置いて、親指を握るようにグーにしてくださーい」


 グーにするとか言いかた可愛いかよっ!


「ちょっとキツく縛りますね~」


 ゴムのチューブのようなもので俺の上腕三等筋はキツく縛られるが、なぜか心地いい。


 それよりむしろ麦生ちゃんのゴム手袋越しの手が俺に一瞬触れていくのがたまらない。


「アルコール消毒でかぶれたりとかしますか~?」


「いえ、大丈夫です」


 俺は可能な限りクールな声を発し、それを聞いた麦生ちゃんは事務的に俺の腕にアルコール消毒を施していく。


 事務的。本当に素晴らしいことだ。


 普段なら俺みたいな弱者男性は麦生ちゃんのような超絶可愛い女の子には見向きもされないのだろう。それどころか職場の女性陣のように俺を悪く言うに違いない。


 でも麦生ちゃんは今お仕事で俺の腕に触れている。


 事務的だけど、絶対に悪口を言わないのだ。


 だったら俺は、全ての女性とは事務的に話ができればそれでいい。


 他人の距離感だっていいから、可愛い子と触れ合えるなら俺はそれだけで十分だ!


「はーい。じゃあ、ちょっとチクッてしますねー」


 そして俺の腕に刺される注射針。


 フォオオオオオオオッッッーーーーーーッ!


 俺のテンションは最高潮に達していた。




「お次はアチラの眼底検査でーす!」


 麦生ちゃんとの至福の時間は一瞬で終わりを告げられてしまった。


 麦生ちゃんが手を指し示す方向にいるのは眼底検査ブース。


 そこにはあの金髪のチャラい男が待っている。


 それだけでもダルいのに、俺はとんでもないことに気づいてしまった。


 眼底検査ブースを指して教えてくれた麦生ちゃんとチャラ男が目を合わせ、チャラ男が軽く手を上げて合図をしたのだ。


 もしかしてプライベートでも仲が良いとか言うのだろうか。


 ゆ、許せん……!


 俺の中に再び火が灯るのを感じていた。


 だがそんな俺も頭を振るってすぐに冷静さを取り戻す。


 そりゃあ麦生ちゃんとチャラ男は同じ職場だし挨拶もするよ……そもそも、俺が麦生ちゃんのなんだって話だよな。わかってる。身の程はわかっておりますよ。


 俺はただ、麦生ちゃんに採血してもらって少し幸せになれた。それだけでいいんだ。


 事務的に検診を受けるだけならオバチャンでもチャラ男でも同じだ。


 ただ今日、麦生ちゃんに採血してもらったことが幸運なことだったんだ。


 俺はそう自分の心を整えながらチャラ男に受診票を手渡した。


「あいー。名前オナシャス」


「……沓名親男です」


 あれ? 良く見ればコイツ、すげーピアスの穴が開いてンな……マジでチャラ男じゃねーか。いや待てよ? お前、まさかそんなチャラい態度で麦生ちゃんにチョッカイかけてんじゃねーだろうな?


「ハイジャソコスワッテ」


 抑えようと思っても俺の中の衝動が暴れ出しそうになる。


 はいはい。どうせこういう上辺だけの男がモテるんでしょうねぇ!


 どうせ俺みたいな優しいだけの男は見向きもされませんとも! 知ってるよ!


 あーコイツぶっ殺してやりてぇ! テメェらみてぇなクソイケメンがいるから俺たちに女が回ってこねぇんだろうがぁ! 好き放題食い散らかしやがって!


 この国の少子化はテメェらのせいじゃねーのかよ!


 死ね!


 まずはお前らが責任取って死ね! いや俺が殺すね!


 30歳まで童貞貫いた俺にはお前を魔法で殺す権利があるね。


 いや、もう童貞のまま40過ぎたけどさ……とにかく死刑!


 あー、もうどうせケンカでも俺より強いですって言うんだろ? じゃあもういっそ俺にチート能力くれよ! 俺みたいな弱男はもう生きてたって意味ねーからさ。命と引き換えでもいいから最後にクソどもを皆殺しにできるチート能力をくれよ!


 邪眼っ! 邪眼でこいつを殺すっ!


 腕力も体格も関係ねー、視界に入れただけでチャラ男が息絶える邪眼でよぉ!


「邪眼・デスサイズ」


 えっ!?


 邪眼!? 何、言ってんだ、このチャラ男……。


 俺は男の意味不明な言葉に一気に心の熱が冷めていくのを感じていた。


「いや、だから。しゃがんでくださいっス。眼底検査。撮るんで」


「あっ! 眼底検査ね……」


「ダイジョブすか?」


 俺はようやく理解した。


 聞き間違えたのだ。


 しゃがんでくださいっス、と、邪眼デスサイズ。


 そんなバカな聞き間違いがあるだろうか?


 俺、もしかして本当に病んでるんじゃなかろうな……?


 いや違う。これはきっとチャラ男のしたったらずな舐めた口調がそう聞こえさせたのだろう。


「早く邪眼デスサイズ」


 あーはいはい。眼底検査は台に顎を乗せて額をくっつけて……。


 俺は言われたとおりに眼底検査を終えた。


「あいー。じゃ次は聴力検査っスねー」


 俺は次の聴力検査に導かれた。


 大丈夫だろうか。


 なんか今日の俺、浮き沈みが激しい気がするけど、本当に大丈夫だろうか。




 聴力検査のブースに行くとなぜか先ほど視力検査のところにいたオバチャンがいた。


 ほかの検査員がいないところを見ると、何かトラブルでも生じているのだろうか。


 まぁそれほど待つことなく順番がきたから文句もなく俺は席についた。


 聴力検査はヘッドホンを装着して、高音と低音の二種類が聞き取れるかを右耳と左耳でそれぞれ別に検査をする。聞こえている間、与えられた装置のボタンを押し続けることになる。


 だからその装置は押すボタンが1つだけ付いている無駄のない装置なのだ。


 だが今年、俺に与えられたその装置は明らかに今までとは違っていた。


「あの……このボタン、なんで”イエス”と”ノー”の2つがあるんですか?」


「はい?」


 オバチャンは怪訝そうな顔をして俺を覗きこんできた。


「いや、ボタンは1つしかないですよ?」


 そんなバカな。明らかにボタンが2つ付いているのにオバチャンは気づいていないのか。


「いや、ちゃんと見てくださいよ。イエスとノーってありますよね?」


 俺はそう言ってオバチャンに装置を見せた。


「え……? いや……ちゃんと1つですけど……?」


「そんなバカな!?」


「前の人もそんなことは言ってませんでしたよ?」


「じゃあイタズラで取り替えて行ったんだ」


 俺が言うとオバチャンは少し困惑した。


「あの、そういうのはもういいんで。とりあえず、まずは聴力を測っちゃいましょうか」


 オバチャンは明らかに面倒な客をあしらおうとしている態度だった。


「で、でもこれ、聞こえてもどっちを押せばいいんですか?」


「どっちでもいいです。押せば聞こえてるのはわかりますから」


「はぁ……」


 俺はいまひとつ納得できない思いがあったが、あまり変な目で見られるのも嫌だった。


 オバチャンは俺を気の狂った奴を見るような目で見ていたのだ。


 ところが俺は冷静だから自分がどう見られているのかも客観的に認識できている。


 本当はオバチャンが俺の話を取り合う気がないだけだが、俺は仕方なくそれに付き合うことにした。


「あの、じゃあこのボタンで押しますけど。もしそれで検査に異常が出るようならもう一度良く装置を確認してくださいね?」


 玩具の装置でボタンを押していない判定をされても困るからそれだけは言わせてもらう。


「わかりましたー。じゃあ測りますねー」


 オバチャンはすごく適当な言い方をして手元のパソコン画面に視線を落とした。


 ヘッドホン自体は毎年同じようなものだから音声は正常に聞こえるのだろう。少し音が小さくて聞こえ難いが「ピ・ピ・ピ・ピ・ピ」と電子音が聞こえるのはもう何年も同じ検査を受け続けている俺にはわかっている。


 最悪ボタンが反応しなくても手を上げたりすれば聞こえていることは伝わるだろう。


 そう考えて俺はその小さな音を聞き逃すまいと耳に意識を集中させた。


 だがそのあと、俺は耳を疑うことになる。


 聞こえてきたのはこんな音だった。


「チ・カ・ラ・ガ・ホ・シ・イ・カ……」


「えっ!?」


 俺はボタンを押すのも忘れて思わず声を漏らしてしまった。


「どうしました? 聞こえませんか?」


 オバチャンが心配そうな顔で俺を見てくる。


 困惑するのは俺だ。


「いや、その前に。今年からなんか検査の方法が変わりました?」


「変わらないですよ」


「でも、今たしかにチカラガホシイカって……」


 オバチャンは本当に困惑したような表情で俺を見て言った。


「あの。とにかくなんでもいいんで、何か聞こえたらボタンを押してください」


「はい……どっちのボタンでもいいんですよね?」


「もうなんでもいいです」


 オバチャンは呆れたような顔で言って、もう俺の顔を見ようともしなかった。


 そして再び聞こえてくる電子音。


「チ・カ・ラ・ガ・ホ・シ・イ・カ……」


「欲しいに決まってんだろ?」


 俺は淡々とイエスのボタンを押した。


「はい、じゃあ次は左耳ですねー」


 オバチャンは淡々と続ける。


「チ・カ・ラ・ハ・イ・ラ・ン・カ・ネ……」


 力は要らんかね? 俺は一瞬どっちか迷ったがとりあえずイエスのボタンを押した。


「はい終わりです、次は外に出てレントゲンです。……ちょっと失礼しますね」


 そう言ってオバチャンは俺に受診票を返すと、急いでどこかに駆けて行ってしまった。


 どこかと思ってしばらくオバチャンを見ていると、どうも問診をしてくれた医師のブースに向かったようだった。


 あれ? もしかして俺、頭のおかしい人だと思われてるのか……?


 またしても脳裏を過ぎる課長の言葉。


「独身男性はみんな気が狂うのか……?」


 俺は少し怖くなってもう一度良く聴力検査の装置を見てみた。


「あれ……? なんで? さっきまでたしかにボタンが2つあったのに……」


 おかしい。そんなはずはない。たしかに聞こえたんだ。


 チカラガホシイカ……って。


 あぁなるほど。


 常人が易々と手に入れていい能力じゃないから、何者かが不思議な力で俺にだけわかるように語りかけてきたということか。


 それならすべて説明がつく。


 なるほど……今までの検査で起こった異変はその前兆だったという訳か。


 そうか。


 とうとう俺は力に目覚めてしまったということか……。


 俺は手に持った聴力検査の装置をテーブルの上に戻し、自分の両手を見つめた。


「気のせいか……? 右目が、疼く……。いや? 心なしか、左目も疼く……」


 たぶん感覚からして俺に目覚めた能力は邪眼なのだろう。


 いったいどんな能力なのだろう。


「ステータスオープン」


 もしや邪眼所有者特有のステータスウインドウが開き、能力の説明が読めるのではないかと期待してみたがそうはならなかった。


「あの……ステータスとは、いったい……?」


 そのとき、俺の背後からそんな声が聞こえた。


 ぬ! 俺に気配を悟られず背後に回るとは何奴!?


 驚き振り返った俺の目の前に立っていたのは、先ほどのオバチャンが連れて来た問診ブースの医師だった。


 しまった! 聞かれたか……。


 俺は焦った。


 しかし冷静になって考えてみれば「ステータス」としか聞かれていない。


 まだ巻き返しはできるはずだ。


 そしてさらに思考を巡らせれば、俺のこの能力は隠しておいたほうがいいと気づく。


「あ、いえ。すみません。ちょっと昨日見たアニメのことを思い出してたら、つい……」


 俺は朗らかに微笑みながら常人を装って答えた。


 しかしそんな俺を見て、医師のうしろからオバチャンは訝しげな表情をしていた。


「そのぉ……先ほどの問診で聞きそびれてしまったのですが……」


 医師が俺の顔色を伺うようにおそるおそる聞いてくる。


「一人でいるときに、誰かの声が聞こえたり、変なものが見えたことはありませんか……?」


 なるほど。うしろのオバチャンが告げ口をしたということか。


 ふっ。そんなに簡単にボロを出すような凡人ではないんだよ、俺は。


「いいえ? 幻聴や幻覚の類は身に覚えがありませんね」


「ですが先ほど、検査の機器に何か不具合でもありませんでしたかね……?」


「すみません、ちょっとイタズラが過ぎましたね……」


 俺は後頭部を掻きながらヘコヘコと頭を下げて謝った。


 医師は呆れたようにため息をつき、力なく首を横に振った。


「そうですか……ですが寝不足のようですから、あとでちゃんと心療内科には行ってくださいね」


「はぁ……すみません」


「はい。じゃあ大丈夫ですよ。次は建物の外に出てレントゲンですね」


「はぁ……では、失礼します」


 俺は再び頭を下げて医師とオバチャンの前から踵を返した。


「大丈夫、統合失調症の類ではなさそうですね。ただのイタズラでしょう」


「人騒がせな人ですねぇ」


 背後から医師とオバチャンが小声で言葉を交わしているが、俺にはちゃんと聞こえていた。


 なんだと……?


 人を病人扱いしやがって!


 俺のなかにまたフツフツと怒りが込み上げてくるのを感じる。


 あ~……そういえばお前ら俺に結婚してるアピールをしてきやがったんだったな。


 バカにしやがって……今に見てろ……。


 ん? そういえば俺の邪眼、まだどんな効果があるのかわからないんだった。


 丁度いい……お前ら二人、記念すべき初の邪眼犠牲者にしてやるよ!


 邪眼だから証拠も残るわけはないんだが、俺は念のため少し二人から離れたところで勢い良く振り返った。


「くらえっ!」


 俺は両目をカッ! と見開いて、俺のうしろ姿を見ていた医師とオバチャンを睨みつけた。


「「ひぃっ!」」


 二人は俺の眼力の圧力に恐れ戦いていたが、もう遅い。


 さぁ、これからどんな状態異常が表れるのか見ものだな。


 俺は少し得意げな顔で二人を見ていたが、結果的に二人はあとずさっただけで何の効果も表れていないようだった。


「あれ?」


 俺は首を傾げた。


 もしかして失敗か?


 いや、ひょっとすると覚醒したばかりで力に慣れていないせいかもしれない。


 まぁいい。冷静に考えてみれば医師やオバチャンなど殺すほど恨んでいるわけではない。


 生かしておいても特に問題はないだろう。


「運が良かったな」


 俺は二人にそう言って次のレントゲン検査へと向かった。




 レントゲンは会社の駐車場に停められた移動レントゲン車の中で行われる。


 今年の夏は猛暑で連日のように暑い日が続いており、会社を一歩外に出ると猛烈な暑さが襲ってくる。


 俺はレントゲン車の簡易な階段を上って車内に入り、半袖のワイシャツをカゴに入れて撮影スペースに入った。


 そしてそんな慣れきった動作をしながら、またぼんやりと思考を巡らせていた。


「なんでさっきは邪眼が発動しなかったんだ……?」


 俺はひとりぼやいた。


 あれだけの兆候がありながら邪眼が発動しなかった理由がわからない。


 やはりまだ身体に力が馴染んでいないのかもしれない。


 まぁいい。


 別に手に入れた能力を失ったわけじゃないんだ。これからゆっくりと学んでいけばきっと使いこなせるだろう。


 なんといっても俺は選ばれた人間なのだから。


「両肩を機械の横に回して、顎を上に乗っけてください」


 俺が検査員の言うとおりにすると撮影室のドアは閉じられる。


「はい。じゃあ大きく息を吸って~……とめて~……」


 俺が指示に従って大きく息を吸い込んだときだった。


 ドゥクン……


 心臓が大きく脈打ったのだ。


「カハッ」


 俺は突然のことに少し咳き込んでしまった。


「はい、お疲れさまでした~。次は心電図で~す。身支度が整ったら隣の車両に移動してくださ~い」


 ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれ。


 何事もなかったかのように検査員が検査を終わりに仕掛けてくるけれど俺のほうは懸念が一つ残る形になってしまった。


 レントゲン撮影上、息を止めていなければならなかったのに咳き込んでしまったのだ。


「あの、すみません……ちょっと咳き込んじゃったんですけど……」


「あぁ、少しくらい大丈夫です~。ゆっくり支度をしてくださ~い」


 検査員とて多くの社員を捌かなければいけないのだ、さっさと終わらせてしまいたいのはわかる。だけど、さすがにそれは適当すぎやしないだろうか。


 俺の邪眼で、お前の息を止めてやろうか……?


 いや落ち着け……こんな検査員の一人や二人、力を使うまでもないだろう。


 さっきからそうだが、俺も少し寛容にならなければいけないな。


 こういうところですぐにカッとなったりするから独身男性は気が狂うなんて言われるんだ。


 俺は狂ってない。狂ってないんだ。


 俺は自分にそう言い聞かせて脱いだ上着を着直し、身支度を整えた。


 そこで重大な事実に気づいた。


 待てよ? 今、たしかに心臓が「ドゥクン」って言ったよな?


 これ、もしかして時間差で能力が覚醒したのではないだろうか?


「あのー、すみません」


 俺は検査員に声をかけた。


「はいなんでしょう? 何か気になることでもありました?」


「さっき撮影中に心臓がドゥクンって言ったんですけど……あれ、トゥクンだったかな」


「あはっ、それくらいなら影響はありませんよ」


「でも何か目覚めちゃったら……」


「えっ?」


「あ、いえ。なんでもありません……」


 やばい。うっかり力のことを喋ってしまうところだった。


 俺は少しの動揺を隠しながら早くその場を離れようと焦っていた。


 だからだろうか。レントゲン車を出るときにその階段を踏み外して車外の地面に転倒してしまった。


「痛ってぇ!」


 転んだ拍子に打ち付けた俺の手のひらと肘からは鮮やかに赤い血液が滲み出す。


「だっ、大丈夫ですか!?」


 物音を聞いてレントゲン車の中からは先ほどの検査員が俺の元へと駆け寄る。


「あーくそぅ。痛ぇ……くない。あれ? なんで? 痛くない」


 それは不思議な感覚だった。


 転んで全身を打ったときには痛かった気がしたのだ。


 しかしそれはあくまで思い込みによる痛みだったのかもしれない。


「えっ? 大丈夫ですか? どこか打ちませんでした?」


 検査員が俺を心配そうに見て言った。


「は、はぁ……転んで全身を打ったんですけど……」


 もしかして力の覚醒とともに俺の肉体も強化されているんじゃ……。


「こんなに血が出てるのに、全然どこも痛くないんですよ」


 俺は検査員に擦りむいた手のひらの肘を見せた。


「えっ!? あの、どこも血は出てないですけど……」


 検査員は不思議そうに首を傾げて言った。


「えっ!?」


 そんなバカな!? 俺はさっきたしかに血が滲んだ自分の手を見たんだぞ!?


 そう思って自分でも見てみたが、検査員の言うとおり俺はどこも怪我をしていなかった。


「ウソだろ……こんな一瞬で傷が治っただと……?」


 気がつけば俺はそう口走っていた。


 自分の能力が少し恐ろしくなっていたのだ。


「気のせいで良かったですねぇ」


「いや違う。俺はたしかに傷口を見た。だからだ! ……治癒の邪眼が発動したんだ」


「ええっと……今日はちょっと暑いですからね~……ボーっとしますよねぇ~……」


「なんてこった……とうとう俺は本当の力に目覚めちまった……」


「た、大変だ……頭でも打っちゃいましたかね~……?」


 俺に対する心配が徐々に疑惑へと移ろいでいく検査員。


「大丈夫! どこも痛くないんですよ! こんな段差から転げ落ちたんだから、少なくとも痛みは感じるはずですよね!?」


「は、はぁ……」


「たしかに少しは肉体も強化されたかもしれない……でもこれは、再生能力なんてチャチなもんじゃないぞ……?」


「や、やばい。どうしよう……」


 検査員が慌てだしたときだった。


「あ! いたいた! 何やってるんですか、またあなたは~!」


 会社から出てきて俺たちの方に駆け寄ってくるのは、あの問診ブースの医師だった。


「あ、須郷すごう先生! 実はこの人、階段から転んで頭打ったみたいで~……」


 あ、こら検査員。何勝手なことを言ってるんだ。


「さっきから一瞬で傷を治したとか、邪眼とか、わけのわからないことを言ってるんです!」


 俺は大丈夫だと言っただろ。しかも頭は打ってねぇ!


 まぁいい。


 俺は今、力に目覚めてとても気分がいいんだ。


 世界でもこんな能力を持った人間はたぶん俺しかいないぜ?


 おうおう医師さんよぅ。俺が治癒の邪眼を持ったからにはお前、存在理由がねぇなぁ?


 本当なら覚醒したこの邪眼で消してやってもいいんだが、俺は矮小な存在を苛めるほど器の小さな男じゃねぇんだ。


 良かったなぁ? 俺が気の狂った男じゃなくてよぉ?


「も~勘弁してくださいよ~。ほら、最後は心電図でしょ? 私が付き添いますから一緒に行きましょうね?」


 そんな俺の慈悲深さも知らず、医師は俺の背中を支えるように押して心電図の車両のほうへと誘う。


 あ~はいはい。わかりましたよ、素直に従いますよ。


 気分が良くなった俺は医師に言われるがまま健康診断の最終検査、心電図の車両へと向かった。




 心電図の車両は奥に人が横になれる検査台が二つあって、二人が同時に検査を受けられる間取りになっている。


 しかし俺についてきた医師は心電図の担当検査員にこんなことを言っていた。


「あのね? 念のためなんだけど、次の人は一人だけで検査できないかな? ……いや、大丈夫だとは思うんだけど、万が一、暴れたりすると危ないからさ……」


 二人同時に検査を受ける間取りの使用上、検査台はカーテンで仕切られている。プライバシーに配慮してか、カーテンの重なり合う部分が多くて待合スペースからは何も見えないが、少なくとも俺のことを悪く言っていることだけはわかった。


 そして結局、俺は医師に付き添われながら周りの受診者がひと段落したところで一人で検査を受けることになった。


 まぁいい。


 どんな言われ方をしたところで気分の良くなった俺は気にもしない。


 この能力があれば俺はあとからいくらでもこの世界を無双できるのだから。


 そう思いながらカーテンを開けたとき、俺は目の前に広がる機材にギョッとしてしまった。


「か、改造台……? な、なんなんですかこれはっ!?」


 それは見慣れた心電図の検査台ではなかった。それはSF映画など良く見る機械を修理するドッグのような構造で、仰々しい三本爪のロボットアームなどがギラリと光っていた。


「あ~……やっぱりそうきちゃいましたか~……」


 医師は呆れながらも残念そうに言った。


「ま、まさか俺を改造するつもりですか……?」


「いや、ただ検査するだけですよ~。普通の心電図じゃないですか」


「これのどこが普通なんですか!? 騙されませんよ!? そ、そうか……さっきので俺の力に気づいてしまったんですね? だからここで解剖実験でもするつもりなんだっ!」


「そういうのもういいですから……ほら、さっさと横になってください」


 医師は改造台に押しつけるように俺の背を押した。


「や、やめろっ! これ以上すると、こ、殺すしかなくなりますよ……?」


「ハイハイ、そういうこと言っちゃダメですよ~?」


「くっ! やむを得ない。やられるくらいなら……邪眼・デスサイズ」


「はいはーい。この車の中は特殊能力が無効化されてますから力は発動しませんよ~」


「な、なにぃ!? 卑怯な……う、うわぁ~! や、やめ……」


 機械の装置によって弱体化させられた俺には押しつける医師の力に抗うことはできず、そのまま改造台の上へと倒され、手足の自由を封じられた。


「はい、じゃあ心電図をとりますからシャツを胸元まで上げますね~」


 検査員が恐ろしい笑顔で俺に言いながら俺のシャツを捲り上げる。


「大丈夫ですよ~? ただの心電図ですよ~?」


 検査員はそう言って実験体に取り付けるような装置をいくつか俺の身体に貼り付けた。


 まさかこれから電流か何かを流して俺を苦しめようとでもいうのだろうか。


「や、やめろぉ……」


「早く! 早くやっちゃって!」


 医師に押さえつけられて身動きのできない俺には抗う術がない。


「は~い。じゃあ身体の力を抜いてくださ~い」


 力を抜く!?


 力ってまさか、発動したばかりの俺の能力のことか!?


 やめろ! それだけはやめてくれっ!


 俺には、俺にはもうこの能力しかとりえがないんだ!


 これを奪われたら、俺は、俺はぁ~!


「はい、じゃあとりますね~」


「やめろおおぉぉぉぉっ!」


 そして、俺の意識はそこで途絶えた。




 次に俺が目覚めたとき、俺は会社の医務室のベッドだった。


 周りを見渡すと、そこには一人の女性の姿があった。


 それは採血ブースにいた綺麗な女性、麦生さんだった。


「あ、良かったぁ……気がついたぁ~」


 俺が目を覚ましたのを見て安堵したらしい。すごく可愛らしい笑顔を俺に見せてくれた。


「あれ……俺、どうしてここに……?」


「ビックリしましたよ……沓名さん、採血の途中で急に気を失っちゃって……もしかして血を見るのが苦手だったですか~?」


 そこで俺は理解した。


 そうか……あのときは俺のテンションがバカみたいに高くなって……それからあとは気絶してたってわけか、我ながら情けない。


 俺はひとりで自虐的に笑った。


 なんだよ邪眼て……アニメの見すぎかよ。


 そんなチート能力なんてあるわけないだろ。


 でも良かった……俺、狂ってたわけじゃなかったんだな……。


 麦生さんも初対面だから事務的に心配だけで、本当はこんなオッサンに呆れているんだろうなぁ……。


 そんなことを考えているうちに麦生さんの表情からこんな声が流れ込んで来る。


 ったく、私に触れられただけで舞い上がっちゃうとか、こいつ童貞かよ。


 ははは、そんなふうに思われたって俺は別に構わないよ。


 なにせ、自分の身の丈は良くわかってるからね。


 いつだって冷静になれる俺は、狂ってなんかないからね。




 ドゥクン……



お読みいただきありがとうございました。


本当にくだらね~と思っていらっしゃるかとは思いますが、短編は初めてでして……

しかも他の人の作品を読んだことすらないという無謀さです。

ご意見やご指導をいただけますと嬉しいです。


よろしくお願いします。

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