第11話 スタジオ練習
今日はペイベックスのスタジオで歌唱練習です。
「はい。ドー」
歌の先生はピアノのドの鍵盤を押す。『ド』の音が部屋に響く。
私はその音に合わせて発声する。
「ドー」
「次はレー」
「レー」
今は私と先生の2人だけ。
先程からずっと先生が押した鍵盤と同じ音を発声させられている。
なんか単調な作業でつまらなかった。
「次はミね」
「ミー」
「……ううん。もう一回」
「ミー」
「やはりミが怪しいね」
単調のくせになぜか難しい。
しかもどう違うのかよく分からない。
「初めからド」
「ドー」
◯
「次は一通りやってみよう。一つずつゆっくりとね」
先生が鍵盤をリズムよく叩く。
「ドーレーミーファーソーラーシードー」
「次は逆に」
今度は逆に鍵盤を鳴らす。
「ドーシーラーソーファーミーレードー」
「はい、オッケー」
これって何の練習なの?
これで本当に歌が上手くなるの?
「今、これって何の練習って思ったよね?」
(やべ! 顔に出た?)
「貴女は顔に出やすいわね」
先生が苦笑する。
◯
「ちょっと休憩しようか」
「はい」
私は床に座り、ペットボトルのキャップを開け、ミネラルウォーターを飲む。
(ふぅ〜)
でも……次のライブ配信まで上手《じょうず》になれるかな?
今の私はダメダメクラス。
福原さんは出来次第で参加させるかどうかを決めるって言ってたけど。
ライブ配信は合宿後すぐと言っていた。
到底間に合うとは思えないのだが。
そして1番の心配事は不参加になったらフェスのチケットはどうなるのかということ。
富士フェスは合宿参加で貰えるから問題ないけど、諏訪フェスはどうなるんだろう。
ライブ不参加になったからお預けですになったりしないだろうか。
今度、そこのところはっきり聞いておこう。
歌うことでいっぱいいっぱいとはいえ、なんであの時に聞かなかったんだろう。
「宮下さん、休憩終了。練習再開しましょうか」
「あ、はい」
私は立ち上がり、尻を叩く。
◯
「音をきちんと認識すれば歌も上手くなれるわよ」
「そうなんですか」
「試しにこれを口で言ってみて」
先生に紙を渡された。
それは私が休憩中に先生が書いていたものだった。
そしてその紙にはカタカナで書かれたドレミの音が書いてあった。
「えっと、シララミ、シララミ、ソー、ソ、ララー。……あっ、これって関西キッズの『ガラスの乙女』ですか?」
「正解。だから、音をちゃんと理解できたら歌えるの。そうすれば音程も上手くなれるわ」
◯
「次は腹式呼吸の練習をしましょう」
「はい」
先生は私のお腹に手を置き、
「息を吸って。お腹を膨らましてね」
私は言われた通りにお腹を膨らませる。
「次は吐いて。お腹は凹ませてね。ゆっくりでいいからね。大事なのはきちんとお腹を意識すること」
私はゆっくりとお腹を凹ませて息を吐く。
「はい。もう一回、吸って」
……深呼吸になってない?
「ちゃんと意識する!」
「は……ゲホッ!」
返事をしようとしたらむせてしまった。
「返事はいいから。もう一回」
その後、数回呼吸をした。
「次は吐く同時に発声してみましょう。『アー』でいいからね。はい、吸って……吐いて」
「アー」
「……もう一回やってみようか」
また息を吸い、お腹を膨らませ、そして吐くと同時に発声する」
「アー」
「……んん? ちょっと仰向けになってみようか」
先生がマットを引き、
「ここに寝転んで」
「はい」
私は仰向けになる。
天井のライトが目に入る。
「膝を曲げて」
「はい」
そして先生はお腹に手を当て、
「はい。吸って」
仰向けになったまま息を吸う。
「吐いて」
「アー」
「いいよ。そんな感じ」
「もう一回やってみよう」
◯
「これがビブラートなんですか?」
休憩で私は先生に聞いた。
「ん?」
「お腹でビブラートを出すって聞いて」
「そうね」
なぜか先生はおかしそうな顔をする。
「腹式呼吸はなにもビブラートためだけのものではないの。歌として基本的な技術なのよ。ロングトーンとかね」
「そうなんですか」
「ビブラートも大事だけど、そういう小手先の技術より、きちんとした発声をしましょう」
「はい」
「声は良いのだから」
「声は良いのですか?」
私は鸚鵡返しで聞いた。
「そうよ。あとは基礎をきちんとして、それから上達していきましょう」
「分かりました。で、どれくらい上手くなれますか?」
その質問に先生は私から目を逸らし、
「……えっと、普通はボイトレとか始めたら一年は……経たないと……」
「来週に合宿があって、その後すぐにライブ配信らしいのですけど、間に合います?」
「決定権は福原さんですから。どうでしょうね?」
先生は空笑いした。
「あっ! VTuberの方ですごく音痴の方がいらっしゃるので、気を病まないでください」
「でも竹原さんが……」
「あの人は妥協しない方ですからね」




