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第4話 怒り【瀬戸真里亞】

 私、瀬戸真里亞は阪口翔吾を絶対に許さない。


 絶対にだ!


 なぜなら──。


「リアタイで見たかったー!」


 そう赤羽メメのオルタ化という事故イベントをリアタイで視聴できなかったことが悔やんでも悔やみきれない。それが私の怒りであった。


「あーいーつー! クソがー!」


 私は枕にパンチを繰り出す。何回か殴った後、持ち上げて布団にぶつける。


「うらぁ!」


 赤羽メメのオルタ化は無料動画チャンネルで録画配信もされているのでいつでも視聴は可能。


 しかし、いつでも見れるとはいえ、推しの動画にはなるべくリアタイで見たいというのがファン──いや信者というもの。


 それをあのヤリモク見え見えのクソ野郎のせいで!


「一世一代の大イベント逃してしまったじゃないの!」


 ファンたるものリアタイでコメントを残し、そしてSNSなどで呟き、トレンド入りさせるのが務めである。


 赤羽メメのオルタ化は無事トレンド入りしたが、そこに私が関われなかったことが悔やまれる。


「ぐがぁー!」


 私はもう一度、枕をベッドの布団に叩きつける。


「あーまーのー!」


 阪口が一番憎いが、次に天野に対しても腹が立つ。

 その天野とは大学に入ってからの友達。


 周りは私達のグループを瀬戸グループなんて言うけど私が中心ではないのだ。

 どちらかというと中心は天野心だ。


 私が強く拒否したり、嘘を付くと余計な邪魔をする。


 しかも本人は自分は善意だといわんばかりに!

 こっちが悪いみたいに!


 今回もどうせこっちが強く拒否したり、嘘を付くと邪魔をしてきたに違いない。


 現にあいつらは誘いを拒否をしなかった。


 しろよ。クズが。


 それを後で「私、本当は嫌だったの」なんて可愛い子ぶりやがって。ふざけるな。


 嫌なら嫌と言えよ。本音は嫌ではなかったんだろ。あいつらに誘われて内心は優越感に浸ってたんだろ。「私モテるわ」みたいに。


 ウッゼー!


 私は枕を持ち上げて、ベッドの布団に叩きつける。


「フー、フー、フー」


 心を落ち着かせよう。

 そうだ。もう一度、赤羽メメの動画を見よう。

 私はスマホで動画を視聴し始める。


 動画が始まってからの数分の挙動不審感が生々しく、見ているこっちにも不安と心配が混ざってくるものがある。


「一体誰なんだろう。やっぱ本物の姉かな?」


 ネットでも本物九割といったところで私と同じように本物と感じているらしい。


 その後のゲーム実況も素人そのもの。


 ゲーム実況というものは視聴者に対して語りかけること、ゲーム内容と今の自分の心境を伝えることをしなくてはならない。


 さらにVTuberはキャラ付けや声もアニメ声で演じるのが普通。


 だけどこの赤羽メメ・オルタはキャラもなく地声でただゲームプレイをしているだけ。

 しかもゲームプレイが下手くそ。


 だけど──それがより本物感を出している。


 事故を演出というものは業界では珍しくはない。それらは「やらせ」と呼ばれるもの。その「やらせ」なるものは売れない者ほどよくやる行動の一つだが、赤羽メメのような変哲のないVTuberが実行するとは考え難い。


「やらせ」はその分、演技や演出に力がかかる。

 赤羽メメに演出力があるとは思えない。あればさんざん他のVTuberに実況されつくされた手垢濡れのスーパーハリオを選ぶとは思えにくい。それに偽物の姉を用意することもまた難しいはず。


 だけどだ。赤羽メメは大手ペイベックスに所属しているから事務所が全面協力するなら難しくもないはず。


「う〜ん。どっちだ?」


 と唸っていると猫の鳴き声が。そして赤羽メメ・オルタが何か呟いた。


 少し戻って、音量を大にする。


『……あ、……め……ぁ』


 ううん?

 イヤホンをセットして、もう一度戻り再生。


『……あ、まめだ』


「まめだ? 青豆だ? あ、豆だ?」


 う〜ん。どれだ? 青豆というか、驚きの「あ」だと思う。なら「あ、豆だ」が正解?

 ネット掲示板でも少し調べてみると、私と同じように気付いて書き込んでいる人がちらほらいる。


 レスでの話し合いの結果、飼い猫の豆が近づいた説が濃厚と片付けられていた。


 しかし、赤羽メメが猫を飼っているとは聞いていない。だが、姉がいるとも言っていない。ならば猫を飼っていてもおかしくはない。


 そしてこの赤羽メメ・オルタなる姉はレポート作成でパソコンを借りようとしたと告げていた。

 ということは大学生だろうか?


 レポート提出が間近の大学生の姉。そして猫の豆。

 その二つの単語が頭に残る。


  ◯


 翌日の昼、私は大学の食堂で昼食を食べ終えて返却口に空の皿とコップを返却し、友達グループの席へと戻ろうとしたところで島田君に呼び止められた。


「何?」

 と問うが、なぜ呼び止められたのかは分かっている。


「今度の日曜……暇?」


 やっぱデートの誘いか。自分で言うのもなんだが、よくこういう場面で誘われる。


「暇じゃないわ」

「そっか」

「もういい?」

「お、おう」


 島田君はとぼとぼと歩き去る。


 そこで小さい女の子が島田君に声をかける。


「何……って、豆田か。なんだよ?」


 てっきり私に呼び止められたと勘違いし、笑みを向けるが呼び止めたのが違う子と知るとテンションを下げた。


 その態度はその子に失礼じゃ……ん? 豆田?


「え? ひどくないその対応は?」


 豆田と呼ばれた小さい子もジト目で相手に文句を言う。


「ごめん、ごめん。で、何?」

「レポート提出した?」

「ああ、まだだ」


 レポート!?


 この時、私の頭の中で豆田とレポートが合体して、赤羽メメとくっつく。


 まさか!?


「早くしなさいよ。千鶴は終わらせたらしいわよ」

「まじか。分かった。早く済ませる」

「ねえ、ちょっと」


 私は何も考えず、呼び止めた。


「何? 瀬戸?」


 島田君がにっこりと振り返る。


「あなたじゃない」

「……そう」


 明るくなった彼の顔が一瞬で暗くなる。そして彼はその場を離れた。


「豆田さんだったかな? ちょっといいかな?」

「え? 私?」


 小さい女の子は自身を指差し不思議そうな顔をする。


「ちょっと聞きたいことがあってね」


  ◯


 私達は近くの席に移動。


「話って?」

「ええとね……」


 やっば。なんて聞けばいいんだろう? 勢いで呼び止めちゃったから困った。


 VTuber赤羽メメの姉を知っているかなんて聞けないし。


 それによく考えると本当に繋がりがあるとは考えられなかった。


 ただの偶然という線だってあるだろう。それに猫の豆という可能性がある。というかそっちかもしれない。


「ごめーん。……って、ええ!?」


 女性が一人近づいてきて、豆田に声をかけ、そばにいる私に気づいて驚く。


「ええと、瀬戸さんだっけ?」

「あなたは……」


 誰だっけ? 顔は覚えているけど名前が出てこない。


「宮下です。宮下千鶴です」


 千鶴……さっき名前が出てた子ね。宮下千鶴ね。……ああ、前に天野が話題にしてたような?


「二人が一緒って珍しいよね。私、お邪魔かな?」

「気にしないで座って、座って」


 豆田さんが宮下さんに座るように促す。


 宮下さんはテーブルにトレイを置き、豆田さんの隣の席に座る。そして小声で、


「で、瀬戸さんと何の話?」

「知らない。今、呼ばれたとこ」

「ごめんね。ちょっと豆田さんに聞きたいことがあってね」

「聞きたいこと……ですか?」


 豆田さんが訝しげな顔をする。


「そんなに大層な話ではないから」

「……はあ」

「でね、ええと、レポートって言ってたけど、何のレポート?」

「文芸論Bのレポートですけど。それが何か?」

「ほら、最近、異様にレポートを提出させる教授やら講師がいるでしょ?」

「そうなんですか? まあ、多いなとは感じますが」

「まだ5月の半ばでしょ? それなのにレポートを提出しろってひどくない?」

「ひどいです」


 答えたのは宮下さんで、うんうんと頷いている。


「でしょ? この前までリモート講義が多かったせいか、レポート提出は当たり前みたいな講師が今でも多くてね。で、総会の方に苦情がきてるらしいのよ」

「総会って文化祭の?」


 まあ、総会といえば文化祭を仕切ってる組織っていうイメージが強いよね。私も関わるまでそういうイメージだったもの。


「その総会にもレポートの話がきててね。苦情とまではいかないけど、多くて大変って声がね」


 と、そこで猫の鳴き声が聞こえた。


「あっ、私だ」

「そのメッセージ音、止めなさいよ。つい猫を探しちゃうじゃない」


 豆田さんが苦言を述べる。


「結構気に入ってたのに」


 猫に豆田。


 その時、私の頭では点と点が結ばれたのだ。


(これって?)


「瀬戸さん?」

「え?」


 宮下さんに呼ばれて我に返る。


「いや、すごい顔してたから」

「な、なんでもないわ」


 もしかして……もしかして? え? まじで? まじ?


「で、レポートがなんでした?」

「えっ、あ、ええと……」


 なんだったかしら? 何の話をしていた?

 急に赤羽メメ・オルタが頭いっぱいに支配して過去の会話が思い出せない。


(あわわわわ!)


「最近レポートが多いって話よ。あんただって困ってるでしょ?」


 豆田さんが宮下さんに説明する。


「ああ、うん。そう。レポートね。困ってる、困ってる」


 宮下さんはうんうんと頷く。


「待って。でも……そんなに困ってはない……かな?」

「え?」


 急な手のひら返しで私は驚く。


「レポートもそんなに難しくないし」


 宮下さんは目を逸らしつつ言う。


「そ、そうなんだ。……他にアカハラみたいなのはない?」


 私は繋ぎとしてアカハラを挙げた。


「アカハラ?」

「アカデミックハラスメント」

「ないないないない」


 宮下さんは手を振って盛大に否定する。


(ん?)


「本当に?」

「うんうん」


  ◯


 天野達の席に戻るとすぐに「ねえ、宮下と何の話をしてたの?」と天野に聞かれた。


「レポートの件」

「レポート?」

「最近レポートが多いなって話」


 そこでこの話は終わりにしたかったけど、


「文芸論Bだっけ。多いよね。ね、助けてあげたら?」


 天野が善意の笑みを向ける。しかし、こいつがこういう笑みをしているときは裏があるもんだ。


 どうせ宮下さんを出汁だしにして、面倒な主張したいだけだろう。


 そして厄介になったらすぐに押し付けて逃げるのだ。

 この場合は私も巻き込まれそうだ。


「問題ないらしいよ」

「そんなことないって! 宮下って、事勿れ主義だからね。我慢してるのよ」


 すごくぐいぐい来る。


「宮下さんと知り合いなの?」

「高校が()()()()()()()


 ならあんたが助けてあげなさいよと言おうとしたところで天野は違う話題をグループに振った。

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