第95話 前半戦終了【福原岬】
グラフリ4日目が終了した。
今は深夜2時。
私は会社にいた。
そしてこれからプロデューサーの大河内光弘さんから私達社内組VTuberマネージャーは食事に誘われている。
指定された居酒屋に向かうと上座に大河内さん、部下の男性スタッフ山井くん、そして社内組VTuberマネージャーが4名が座っていた。
「私が最後ですか?」
「いや、もう1人がまだだ」
私は0期生明日空姉妹のマネージャー鮫島の隣に座る。向かい席には0期生姫川ミウのマネージャー周防さん、2期生白狼閣リリィのマネージャー遠藤さん、完熟サラサのマネージャー三島さんが座っている。テーブルにはビールジョッキが人数分置かれていて、まだ誰も手をつけていなかった。
「あと1人は誰ですか?」
「泉た──こっちだ!」
大河内さんが私の後方に向けて声をかける。
後ろを振り向くと0期生星空みはりのマネジャー泉谷さんがこちらに向かっていた。
「すみません。遅れました」
「いや、福原も1分くらい前に着いたとこだ」
「失礼します」
泉谷さんが私の隣に座る。
店員がきて私達は生ビールを注文。
「私達だけだと少なくありませんか。というか一緒にここまで向かうのは駄目なんですか?」
どうせ皆、さっきまで会社にいたんだ。バラバラで来るより、一緒に行動すればいいような気がする。
「オーディション組にバレるだろ」
「もうバレてません?」
てか絶対バレてるだろう。
逆に向こうが変に気を遣ってる雰囲気があった。
「姫川ミウは明日には参加出来るんですよね?」
私は姫川ミウのマネージャー周防さんに聞く。
姫川ミウは新型コロナに感染のため体調を崩し、グラフリを初日から休んでいたが、今は体調が良くなったため明日からグラフリ参戦と本人がSNSで発表していた。
「ええ。本当にご迷惑をおかけしました」
「今回のコロナは喉だったんですよね?」
泉谷さんが周防さんに聞く。
前回のコロナが瞼が膨らむ症状で、今回は喉に激痛が走るタイプらしい。
「常に喉が痛く、さらに痰が張り付く感じだとか」
「痰が張り付く?」
痰が絡むなら分かるが張り付くとは?
「痰がなかなか取れないと思ってください」
「『カー、ペッ』でも取れないんですか?」
「……福原さんはそうやって痰を取るんですか?」
「違いますよ」
なぜか皆からの視線が痛いな。
しませんよ。そんな取り方。
「で、でも痰が取れないのは大変ですね」
泉谷さんがどこか空笑い気味に答える。
店員がやってきて、私と泉谷さんのテーブルにビールジョッキが置かれる。
皆はビールジョッキを持ち、大河内さんが音頭を取る。
「では、グラフリ前半戦お疲れ!」
『お疲れ様でーす』
皆はビールジョッキを掲げたあと飲み始める。
鮫島に至っては半分ほど飲んだ。
山井くんが店員を呼び、メニュー表を片手にあれこれと料理を注文する。
「からあげも」
鮫島がからあげを注文する。
「今回のグラフリは盛況だな。良かった良かった。皆のおかげだよ」
「でも、うちのオルタがBANされそうで怖いですね」
グラフリ4日目のイベント終盤で赤羽メメ・オルタがタクシーで大暴走。建物をおかいまなしで走りまわった。人もバンバン跳ねたり、轢いたり。
いくらなんでもタクシーで建物を壊せるわけがないので調べてみるとどうやらバグだったらしい。
「バグだから仕方がない」
大河内が笑いながら言う。
「バグでも人を跳ねたり轢いたりしたんですよ」
「大丈夫だ。オルタであって、メメではない」
オルタは正式な我が社のVTuberではない。プレイ時のアカウントもメメのもの。
「そろそろデビューさせないんですか?」
隣の鮫島が聞いてきた。
「デビュー……ねえ」
「大学生でもVTuberやってますよ。うちだって勝浦卍や銀羊カロも大学生ですし。それに音切コロンは高校生ですよ」
「本人はあまり乗り気ではないからね」
「勿体無いですよ。メメ本人より人気なんでしょ?」
「痛いところを言わないでよ」
正直、赤羽メメよりオルタの方が人気が高い。それはメメ役の宮下佳奈本人も知っている。それで一時期はメンタルもやられ、辞める寸前まで追いやられた。
「なんで人気なんでしょうね」
私はポツリと呟いた。
オルタ役の宮下千鶴は一般人。オタ用語もネット用語も知らない大学生。ゲームはハリカーが得意というだけで、他のゲームに関しては無頓着。
リスナーに媚びることもしないし、コメント読みも苦手。
「そりゃあ、運だよ。運」
大河内さんが答える。
テーブルに注文した料理やつまみが届き、皆はそれらを食しつつ、大河内さんの言葉を聞く。鮫島はさらに味噌鯖を注文した。
「まずは事故。その後のみはりとのコラボ。夏の上半期ハリカー大会。ライブでの歌唱と地震事故。キセキカナウとのコラボ。そしてこの前のWGEだ。これだけの活躍をしているんだからリスナーも注目するだろう」
「全体的に見ればそうでしょうけど、オルタの人気は最初の事故からですよ。初めから変に人気があったのは不思議ではありませんか?」
色々あって、そこから徐々に人気が出るなら分かるが、オルタは初めの事故から人気だった。
「普通は山があれば谷があるのだが、オルタは人気の波をキープしているのかな?」
大河内さんは首を傾げる。
「人気なんて誰にも分かりませんよ」
と、泉谷さんが言う。
「注目されるだけなら、何かを起こせばいい。けれど、注目イコール人気ではありませんからね。人気なんて誰も予想がつかないんですよ」
そして泉谷さんはビールをごくごくと飲む。
「星空みはりのマネージャーをやってるだけあって重みが違いますね」
山井くんが感心したように言う。
「星空みはりも……大変だったもんな」
大河内さんが昔を思い出して呟く。
「大変? すごく人気だったじゃないですか?」
「人気はな。当時はペイベックスではVTuber企画にはおよび腰だったんだよ。な?」
大河内さんが泉谷さんに投げかける。
「はい。私はデビュー時から星空みなりのマネージャーを務めていたわけではありませが、当時はスタッフとして関わっていました」
泉谷さんはここで一息ついた。
「あの頃はV業界を知らない人ばかりでしたので、何もかもが手探りでした。何が正解か不正解か分からずな突き進んで、嬉しいこともあれば痛いこともありました。そんな中、星空みはりは運よく人気を博してブレイクしました」
「星空みはりも人気の理由は不明だったんですか?」
山井くんが泉谷さんに尋ねる。
「ええ。さっぱり」
泉谷さんは肩を竦める。
「不正解と思ったことが、正解より数字を叩くし。これは受けると思ったものが、受けなかったりとめちゃくちゃでしたね」
「バズるって大変なんですね」
「一時的にバズりたいなら、バカをすればいい。けど、VTuberは人気であり続けなければいけない」
「要は人気の継続ってことよね」
ミウのマネージャー周防さんが纏める。
「人気の継続……ですか」
ピンとこない山井くんは難しい顔をする。
「若造のお前には理解はまだ早いということさ」
大河内さんが山井くんの背を叩く。
「それ、私達が年増と言いたいわけで?」
周防さんが半眼で大河内さんに問う。
「そうは言ってねえよ」
大河内さんは慌てるように否定して、ビールを飲む。




