第78話 グラフリ1日目『自由行動』
屋敷の内装は純白でさらにワンフロア一つ一つが高く、そして広かった。
ギャング8人がうろうろしても余りあるスペース。
オーシャンビューもあり、かなりの物件。
「すげえな。まじ豪邸じゃん。メテオ、一体何百人の人間を殺したんだ?」
「おいカフス、人をなんだと思ってんだよ。これは運営から支給されただけだ」
「卍とサラサいないけど、どうする?」
ミカエル先輩がメテオに問う。
「あの2人は後で私の方から説明しておくわ。さ、皆、集まって。指針を話すよ」
メテオに呼ばれて私達は広いリビングに集まる。
そして皆が集まったことを確認したメテオが上座で指針を話し始める。
「今日はイベント開始まで自由行動とします。銀行強盗しても良し。カジノに行っても良し。お店に行って良しとします。イベントは22時以降に発生しますので」
「そのイベント内容はなんなの?」
ミカエル先輩が問う。
イベントはその日によって決まるため、一プレイヤーには知らされていない。
「車の窃盗です。たくさんの車を盗んで船に積む」
「船? 船を運転するの?」
「いや、車を船に積むだけだから船は運転はしない」
「今日は楽ね」
「2人1組で行動するように」
「2人1組!?」、「だ、誰と?」、「どうしよう?」
なぜか皆がそわそわし始める。誰と組もうか考えあぐねているようだ。
「班はこっちで決めといたから」
その言葉に皆はほっとしたようだ。
そしてメテオが班の組み合わせを言い、その結果、私はミカエルと組むこととなった。
「意外な組み合わせね。同期とかで組まされると思ったけど、基準は何?」
ミカエル先輩がメテオに班決めの基準を問う。
「ルーレット」
「なんだよ。運任せか」
カフスがアバターにやれやれといったジェスチャーをさせる。
「うるさいな。お前ならちゃんと決められるのか?」
「運ではないが適当に決める」
「……何偉そうに言ってんだよ」
「それでメテオ、窃盗の具体的な活動は? 船のポイントとか狙いの車とか」
ネネカがイベントの詳細を聞く。
「私とサラサがキャリアカー役。どこでもいいんで車を集めたら呼んで。そしたらキャリアカーで向かうから」
キャリアカーとは車を載せて運ぶ車のこと。
「なるほど2人1組なのも警察に見つかっても被害を少なくさせるためね」
「ネネカは物分かりがよくて助かる」
「でも、キャリアカーってかなり大型だけど運転はできるの?」
「練習したからね。まあ最悪、ポリに追いかけられたら、ブルドーザーの如く暴れ回るよ」
メテオは豪快に笑う。
それが比喩表現ではなく、本当にやりそうなので皆は反応に困る。
「どの班がどのエリアを狙うかはあとで指示を出すから。ええと、全員連絡先は交換済みだっけ?」
「あ、私まだ」、「交換してない」、「初ログインなので」と大勢のペーメンはここで連絡先を交換。
「グループチャットも見ておいてね。あと分かってるとは思うけど、警察にはグループチャットを見せることはないように」
◯
さて、イベント開始までまだ時間はある。
メテオはそれまで自由行動と言っていた。
それなら街を少し散策してみようかな。
「オルタはどこかに行く予定ある?」
ミカエル先輩が尋ねてきた。
「いえ、特に。プレイヤーのお店にでもお伺いしてみようかなと」
フジがスナック店をやるから来てねと言っていた。
「私も。なら行ってみよう」
同じ班ということもあり、一緒に向かうことにした。
屋敷を出て、駐車場に向かい、車に乗る。
「確か中央のエリア4000番台に店を構えているらしいわ」
「4000番台ですね。えーと、ここらへんにお店が集中してますね」
舞台であるペイシルベニアの中央にある4000番台エリアにはお店が建ち並んでいる。
その中でスナック、バーガー店、修理屋、病院が集中しているところがある。
「うん。そこね。まずどこから行く?」
「フジがスナック店を経営しているので、そちらに行きませんか?」
「よし。まずはスナック店よ」
◯
スナック店はデカデカとした看板のおかげですぐに場所が分かった。
車を停めて、スナック店の前まで向かう。
「開いてますかね?」
「基本24時間営業らしいわよ。ゲーム内の時間基準で営業時間を決めると面倒でしょ」
「確かに」
ゲーム内では15分毎に1時間が経つ。そうなるとスナックの営業時間も短くなってしまう。
ミカエル先輩はドアを開けて店内へと入る。
「やってるかしら?」
するとカウンターから「やってるわよー」とマダムらしきふくよかな体型の女性が返答する。
「フジ!? すごいアバターだね」
「あら、オルタ、ちゃんと来てくれたんだ。嬉しいわー」
マダム口調でフジが喜びの声を出す。
そのフジのアバターは雲のようなもこもこの金髪に肩と胸元を大きく露出させた赤のドレス。両耳には真珠のイヤリング。首元は両耳のイヤリングと同じ真珠のネックレス。そして指には緑や赤、黄色などの大きい宝石の指輪を嵌めている。
何よりすごいのが体型だ。
ふくよかと表現したけど、実際はデブ。
贅肉が多く、二重顎ならぬ三重顎。首はその三重顎のたるみで消え、肩幅が広く、二の腕が太い。
カウンターとひらひらとしたドレスのせいで分からないが、お腹の方ももっとすごいのだろう。
「スナックのママだからね。遊ばなきゃあ。オルタは堅いわね」
フジは私のアバターを見て言う。
やはりもっと遊びを取り入れるべきだったか。
「でも、ま、それはそれでカッコいいからいいんじゃない」
「そう?」
「スマート、スマート。カッコイイわ」
「それよりこのお店は何を提供してくれるの? スナックだからお酒?」
ミカエル先輩がフジに聞く。
「ええ。お酒とつまみよ。つまみはピスタチオ。あとは愚痴を聞くし、占いもするわよ」
「占い? フジ、そんなことできるの?」
「私ではなく、あっちの姉妹がね」
フジがアバターで店の奥を指差す。
そこには占いのコーナーがあり、明日空姉妹のアバターが椅子に座っている。
机が2つ横に並び、右の机は紫の座布団が置かれ、その上には大きな水晶玉が鎮座している。左の机には何も置かれていないが手相の紙が机の上に貼られている。
2人とも紫のベールを頭からかけているのでどちらか判別できない。
現在はポリスの詩子が手相を見てもらっている。
「あいつ、仕事サボって何やってるのよ」
「違いますよ、先輩。サボってません。ここがどういう店なのかを検査しているんです」
こちらの声が聞こえてたのか詩子が振りむかずに答えた。
「で、どうなの? 占いは当たるの?」
ミカエル先輩はお店のママ役のフジに聞く。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦」
「へえ、そうなの」
よく分からないという返事をするミカエル先輩。
要は当たらなくても致し方ないという意味のはず。
「とりま、お酒ちょうだい」
「私はジュースで」
「ゲームだからお酒を注文しても大丈夫よ」
「そうだね。では、私もお酒を」
お酒を注文すると、よくわからないピンク色のカクテルが提供された。
「100ドルよ」
普通に考えたらぼったくりだが、ここはゲーム。しかもギャングが蔓延る街。100ドルが普通である。
「そういえばWGEのハリカー・エキシビションマッチ観たわよ」
フジがWGEの話題を振ってきた。
「それ、私も観た。すごかったじゃない。1位じゃん」
「先輩、ありがとうございます。1位といっても同率でしたけど」
「いやいや、それでもすごかったわよ」
「日本代表として恥じぬよう頑張りました」
「ミュートはあれだったけどね」
「それは忘れてください」
ミュート忘れてブチギレ放送は今でも思い出すだけで辛い。
「時期的にWGEは辞退するのかなと思ったけど、参戦出来て良かったわ」
「他にも色々と詰め込んでたため大変でした」
本当は辞退したいという気持ちはあったが、今回の大型コラボは社内組が奮発して建てたものゆえ、断り難かった。
「講習にいなかったから、辞退と思ったわよ」
と、フジが言う。
「遅れてだけど、講習は受けたよ。ついこの前まで座学と実習を受けたばっかだよ」
「だから練習配信はしなかったのね」
「そこまでは間に合わなかった。講習は受けたけど練習はしておくべきだったかな?」
「地理に慣れるだけだから、練習配信してなくても問題ないわよ」
「フジはスナックのママ以外に何かするの?」
「さあ、どうかしら?」
「オルタ、占いが空いたから、ちょっと行ってくるよ」
ミカエル先輩が奥の占いコーナーへと動く。
すれ違いに詩子が占いを終えて、カウンターへやってきた。
「ママ、お酒ちょうだーい」
「あらぁ、あまりいいことなかったようね」
「仕事運、恋愛運、健康運がダメで、金運は良好だって」
「お金が入るだけ良かったじゃないの」
「でもさ、おみくじも末小吉でさー」
「おみくじ! そういうのもあるんですか?」
「そうなのよ。オルタ、聞いて。あの水晶玉って実はおみくじなのよ。手を突っ込んで紙を引くの」
詩子はおみくじの内容を読み始める。
「人間関係は空気を読むこと。失せ物は見つからず。行動は慎重に。勉学はこつこつと励み、間食を控えて、日光を浴びよ。旅は西へ」
「結構本格的ですね」
吉凶だけでなく、何をどうすべきかきちんと書かれている。
「おみくじは外に専用の松があるから枝に結ぶようにね。店の前だからすぐ分かるわ」
「はーい」
詩子はお店を出て、おみくじを松の枝に結びに行く。
「スナックなのに色々やっているんだね」
「そうよー。ただ酒を提供するだけではつまらないからね。カラオケとかもあるわよ」
「えっ、すごーい」
「ただし諸般の事情によりアカペラ」
「それカラオケじゃないよ」
「なんなら私が鼻歌をするわ」
「いらなーい」
と、ここでミカエル先輩が占いから戻ってきた。
「あっ、ミカエル先輩、どうでした?」
「微妙ね。あと、おみくじやった。あの水晶玉、おみくじだった」
「そうらしいですね。詩子さんから聞きました。今、詩子さん、外にある松の枝におみくじを結びに行きましたよ」
「それでおみくじはどうだったの?」
フジがおみくじの結果を聞く。
「吉だった。最悪」
ミカエル先輩が沈んだ声で言う。
「なんでですか? 吉は良い方ですよ?」
と、私は言う。
普通に考えて喜ばしい結果のはず。
「吉って、凶の一歩前でしょ?」
「いやいや違いますよ。大吉、吉、中吉、小吉の順ですから2番目に良いやつですよ」
「えっ? そうなの?」
ミカエル先輩はフジにも顔を向けて問う。
「そうよ。吉は2番目よ。凶の一歩手前は末小吉よ」
「なーんだ。そうなんだ」
結果が良かったものだと知って、ミカエル先輩は明るい声になる。
「内容もさ、良い感じだからさ、なんかおかしいなーと思ってたのよね」
「内容はどうなんですか?」
と、私は尋ねた。
「心身共に良好。邪気は一切を寄せ付けず。失せ物は見つかる。努めて頑張れば成就あり。摂生を怠らず、健康を大事にすれば尚のことよし。旅は北東」
「悪いことはないという感じですね」
「よし。それじゃあ、松の枝にこれを結びに行くわ。外よね?」
「ええ。お店の前よ」
ミカエル先輩が外に出るとすれ違いに詩子が店に戻ってきた。
「オルタも占いをしてきたら?」
と、フジに勧められたので、
「そうだね。試しにやってみるよ」
私は奥の占いコーナーに向かった。
「いらっしゃーい」
私から見て左側の女性が声を出す。
頭上のネーム表記を見ると明日空ソレイユと記されていた。
「手を出して」
「はい……あの、ゲームのアバターなんで手相なんてないのでは?」
線というかシワ一つもないまっさらな手。
「大丈夫」
ソレイユは虫眼鏡を使って、私のアバターの手のひらを見る。
「大変素晴らしい手相よ。マスカケ線があり、運命線も長く、相当な豪運ね」
「マスカケ線?」
「天下取りの線よ。相当な豪運ってことよ」
「それは嬉しいです」
「ただ、恋愛と子宝は悪いわ。金運はそこそこね。……手相は以上よ」
「あの、手相がないのにどうやって分かるんですか?」
私は手を戻して、ソレイユに尋ねる。
「秘密よ」
「実は使った虫眼鏡って特別性でね。使うと手相結果が出るの」
隣のルナがタネを明かしてくれた。
「もうルナー!」
「次はこっちね。さ、水晶玉に念じなさい。占ってあげるわ」
「……おみくじだって聞いているんだけど」
「何よ。つまなんないわね。まあ、いいわ、さっさと手を突っ込みなさい」
「突っ込むって、どうやって」
「モーションで突っ込むってあるでしょ。それをするだけでいいわよ。そしておみくじの結果を言いなさい。私がアドバイスしてあげるから」
おみくじで他人からアドバイスっておかしいような。
でも、突っ込んではいけない気がするので、今は言われた通りに水晶玉に右手を突き出す。
そして手を戻すと、その手には畳められたおみくじが握られていた。
「さあ、開いて」
畳められたおみくじを開くと1番上には小吉と書かれていた。
「結果は?」
「小吉でした」
「微妙ね。どんなことが書かれているの?」
「ええと、食に気をつければ健康。拾い物あり。学業苦戦、気を抜くな。仕事は成功、出世あり、ただし人間関係に亀裂あり。旅はするな」
「おおまかに言えば、良いこともあれば、悪いこともあるってことね」
「まさに小吉だね」
「『食に気をつければ』と、あるから食中毒のことね。学業苦戦はテストね。大学生なんでしょ? 単位を落とさないように気をつけなさい。あとは仕事は成功。でも、人間関係に亀裂か。これはペーメンかリスナーの関係に注意ってことね」
「『旅はするな』は?」
「旅するな。家にいろってことね。良かったじゃないVTuberとして1番のことよ」
(雑だな)
「では、手相とおみくじから評価をさせていただきます」
ソレイユが占いのまとめを述べ始める。
「オルタには恋愛運はないけど豪運があり、仕事も成功。だけど相手から妬みや嫉みを持たれる。学業は単位を落としてしまう危険あり」
「確かに仕事は成功しているよね。WGEとか。妬みや嫉みはアンチのことね。気をつけなさい」
「はい。気をつけます」
「お代は300ドルね」
「300!?」
ここはゲーム世界でグラフリは基本料金が高い設定となっている……けど、占いで300ドルは結構ぼったくっている。まあ、ドリンク一杯が100ドルだし、普通なのかな?
「どうしたの?」
「いえ、払います」
◯
「さて、次はどこに向かう?」
スナックを出た後、車に乗り、ミカエル先輩が次の目的地を聞く。
「そうですねー。ちょっとお金が足りなくなったのでコンビニか銀行で強盗しません?」
「確かに結構、スナックでお金取られたわね。よし! 強盗よ!」
ミカエル先輩は意気込み始めた。
「では、近くのコンビニか銀行を探しましょう」
そして車で近くを周っているとコンビニを見つけて、私達は強盗に向かう。
「おら! 金だせ!」
「出すもん出しなさい!」
コンビニ強盗はスマートに進み、お金もたくさん得られた。
「ミカエル先輩、やりましたね。このお金でカジノに行きましょう」
簡単に金が入ったためか、私はちょっと舞い上がりました。
「そうね。カジノで遊ぼうかしら。あ、その前に一ついいかしら?」
「何ですか?」
「先輩呼びはいいから。ミカエルと呼んでちょうだい」
「分かりました」
◯
カジノはギャング拠点のあるリゾートエリアにあり、一見すると大きなリゾートホテルみたいだが、中に入ってフロントを通り過ぎて、観音開きのドアをくぐるとスロットやパチンコなどのジャラジャラとした音が耳に入る。
「カジノにパチンコってあるんですか?」
スロット台は聞いたことはあるが、カジノにパチンコ台があるのは初耳。
「さあ? 私、リアルのカジノなんて行ったことないから分かんないわ」
メテオがアバターを操作して肩を竦める。
「それでどうやって遊ぶんですか?」
「確かね。まずはお金をチップに変えるのよ。どこだったかしら? あっ、トビじゃない! 警察が遊んでていいの?」
ミカエルはスロットエリアでうろついていたポリス役の2期生花右京トビに声をかけた。
「遊んでないよ。仕事だよ。ここが健全なカジノかどうかを調べてたんだよ」
「ならなぜスロットを熱心に見てたのかしら? 当たり台でも探してた?」
「ち、違うし?」
「ま、いいわ。それよりチップって、どこで手に入れるの?」
「フロントに両替機があるから、そこでお金をチップに変えるんだよ」
「ありがとうね」
トビに礼を言った後、私達はフロントに戻り、両替機を見つけてお金をチップにした。
「さあ、行くよ、オルタ。まずは定番のルーレットがオススメよ」




