第58話 深山水月という女【福原岬】
私はオルタのマネージャーとして宮下さんと一緒に通信研究室での諸注意を聞いた。
諸注意というからには室内での触ってはいけないボタンや機器。エラーが発した際の対応かと考えていたが、彼らの言う諸注意は通信の際に宮下さんが着用する特殊な機器の説明と諸注意であった。
やはりきな臭かった。
通信するだけでいいはずなのに、どうして特殊な機器を身につけていなければいけないのか。
諸注意が終わった後、私は宮下さんを先に応接室へと向かってもらい、女性研究員を捕まえて空き部屋に入る。
彼女は私の高校時代の級友で、名は深山水月。
まさかここで再開するとは思わなかった。もう会うことはないだろうと別れたはずなのに。
「どうしたんだい? 昔の話に花を咲かせたいのかい?」
「その喋り方相変わらずね」
深山水月は女性らしくない変わった口調を使う。
「この喋り方は家のせいだよ」
なんでも代々深山家は家を継承する者には独特な口調を叩き込むとか。
「まあ、どう喋ろうが勝手だし。ただ、今回の件について教えなさいよ」
「どうもこうもWGEのイベントにうちの量子コンピューターを使うという話ではないか」
「だからなんでゲームイベントに量子コンピューターを使うのかという話」
「決まってるだろ? 通信環境のためさ」
「それなら普通の通信環境でいいじゃないの。テラサイズのデータを送るわけ?」
必要なのはハリカーでのドライビングデータだ。それだけなら光通信で問題ない。
それをわざわざ大容量データを瞬時に送れる量子コンピューターを使うのだからおかしい。
「確かチート疑惑があるらしいね」
「デマね」
それはオルタのイニシャルカーブやドリフトのミニターボで追尾ロケットを回避するテクニックがチートではないかと一部では疑われている。
「我々なら彼女のテクニックが本物だと科学的に証明することもできる」
「出来るも何もチートプレイは違法プログラムの使用でしょ。メーカーが用意した物なら証明になるはずよ」
「そうだね。君達が手を加えていないものならチート疑惑は消えるだろう。けど、それでチート疑惑は完全に晴れるのか?」
「なによ? それじゃあ、WGEスタッフ全員もグルと言いたいわけ」
これではまるで地球上全てのスロッチでハリカーをプレイしてチートでないと証明しないといけないということになる。
「悪魔の証明ね」
「だが、我々が彼女の思考、反応速度を分析して、科学的に公表すればチート疑惑もなくなるだろう」
「分析? 何を企んでるの? 思考とか反応速度を調べるとか怪しすぎ」
「そんなに怪しいかい? ただの脳波チェックと思えばいいだけだよ」
「ゲームイベントに量子コンピューターと深山家が絡んでいて、それをただの脳波チェックで済むとでも?」
深山家はインフラから文房具まで様々な事業に手を出している巨大コンツェルン。しかも内閣、司法、行政に深山家が深く関わっているとか。
そんな深山家が最先端の量子通信実用研究所と関わりを持ち、何もないはおかしい。
「変なこと企んでいるんじゃないでしょうね?」
「一研究員が何を企むかね?」
水月はやれやれみたいなポーズをとる。
「というか研究員ではないでしょ? コンツェルンの令嬢が研究員を装うのはどういう意味よ?」
「進路について君に話したことはあったかな?」
「なくても深山の令嬢ならインフラかIT部門の重役職じゃない」
「まあ実際はそっちなんだけどね」
「なら──」
口元は微笑んだまま、水月は目を細める。
「どうしても聞きたいなら教えるけど、そこからさきは……分かるよね?」
「……やっぱいいわ」
もうこれ絶対にやばい話だろう。関わらない方が身のためだ。だからここで深く聞くのはやめた。
「けど、一つだけ」
「何かな?」
「危険はないのよね?」
「ないよ」
水月は即答した。はっきりと、そしてどこか意志が強く。
「分かった。信じるわ」
◯
応接室はメーカー、ペイベックス、宮下さん用に3つ用意され、私は宮下さんがいる応接室に入った。
宮下さんは借りてきた猫のごとく、じっとソファに座っていた。
「緊張しているんですか?」
「いえ、何もすることなくて」
そういえばスマホは回収されていたんだ。
「テレビは見ないの?」
「それがあまり面白そうなのがなくて」
私はリモコンでテレビを点けて、ザッピングをして番組を確認する。
「……確かに」
老人向けの家庭の医学、東大生が難題に挑戦するクイズ番組、年配が好みそうな刑事ドラマ、フィギュアスケートの大会、芸人の下町リポート番組。
昨今若者のテレビ離れが深刻と言われているが、それはこういう番組編成だからではないだろうか。
「あの女性研究員とは知り合いなんですか?」
「ええ。高校時代の級友です。さほど親しくはなかったのですが……まあ、色々とありまして」
当時のことはそっと胸に隠しておきたいこと。
あの頃は若かった。
いや、今も若い。
うん。
ただ、あの頃は今とは違う無鉄砲なエネルギッシュがあった。
「まさかの再会ですね」
宮下さんが喜ばしそうに言う。
「……そうですね」
私は苦笑いで答える。
実際は会いたくはなかった。もう会うことはないと思っていたのに、どうしてこんな再会があるのだろうか。




