第56話 交歓祭④
んん?
どうしてこうなった?
佐久間と共にスーパーへベビーカステラの材料を買いに行ったのに私達は今、カラオケ店にいる。
そして今、彼は流行りのJ-POPを歌っている。
豆田達とは連絡を取ろうにもなぜか電波が悪いのか連絡が取れない。
確か材料を買いにスーパーへ向かっていると彼に三田村君から『倉庫に在庫があった』というメールが届いた。
では、帰ろうとしたところで彼が急にしゃがみ込み苦しみ始め、「実は俺、てんかん持ちなんだ」と言い始めたのだ。
救急車でも呼ぼうかと問うと彼は「いや、ちょっと薬飲んで休めば大丈夫」と言い、なぜかカラオケ店に移動。
さらにドリンク一杯無料だからという理由でドリンクを勝手に注文した。しかもカシスオレンジ。
「私、未成年なんだけど」と言うと、「俺も未成年だけど、平気平気。宮下さんは真面目だなー」
「いやいや、私達、仕事中だよ」と言っても、彼は聞く耳を持たず。
彼が歌っている間、私はトイレに向かう。外なら電波が届くだろうと思ったけど、電波は相変わらず悪く、電話もメールも無理だった。
戻ると彼は歌い終わり、寛いでいた。
「もうだいぶ平気ね。そろそろ出よっか」
「まあまあ、せっかくドリンク頼んだから飲みなよ」
「でも、私は──ん?」
テーブルには別のドリンクが入ったコップがあった。
「アイスコーヒー。アルコールが無理って言うからさ、注文したよ」
いちいち注文するなよと心の中で毒づきつつ、仕方ないとアイスコーヒーのコップに口をつけようとした時だ。
「待ったーーー!」
なんと涼子が部屋に入ってきた。それと複数の人もどたどたと入ってくる。
「うおっ! 涼子? え? どうしたの?」
「千鶴、それ飲んではダメ」
「えっ!?」
「それにはクスリが入ってるの」
「おいおい、言いがかりはやめろよ」
佐久間は涼子を睨む。
「テメェのことはたっぷりと調べて知っているんだよ。よくもまあ、うちの模擬店に忍び込んだな」
涼子は怯むことなく、佐久間に啖呵を切る。
「なんのことだよ」
「お? シラを切るきか? 三田村、飲め」
後ろの人達から三田村君が押されて前に出てくる。
「ほら」
「……」
三田村君は佐久間に視線を向けるが、佐久間は口を閉ざすのみ。
「飲みな」
そこへ──。
「あー、お客さん、周りのお客さんに迷惑ですよー」
2人の店員が部屋に入ってきた。
1人はここへ通してくれた店員。あの時は優しい顔つきだったが、今は眉を八の字にさせ、目を尖らせて、口端は歪んでいる。態度が悪いというか、人が変わったみたいだ。
そして後ろにはスキンヘッドの強面の店員。
店員が現れたことに部屋の空気がおかしくなった。
学生間のトラブルから、なんかアングラなトラブルになったような。
数ではこちらが上だけど、それでも圧倒的な凄みがある。
「迷惑を受けているのこっちなんですよ」
涼子は臆することなく答える。だけど拳を強く握っている。
「もしかしてうちのドリンクに何か問題でも?」
「そこにいるバカがドリンクに何か入れた可能性がありましてね」
すると店員は三田村君が持つドリンクを取って、それを逆さまにして中身を全部こぼした。
「これは失礼。こぼしてしまいました」
店員は悪魔のような笑みを浮かべる。
「……」
涼子は一息つき、
「なるほど。やはりそういうことなのね」
「他のお客さんの迷惑になりますので別室に来てもらえませんか?」
「お客はいないようだけど?」
「いますよ」
「あら。どうしたのかしら?」
ここでまた新たな声が。
(ええっ!? 福原さん!?)
なんと福原さんが現れた。
「なんだおばさん?」
「あん? おばさんだ? お姉さんの間違いだろ、テメェ?」
福原さんは急にスイッチが入り、ドスの効いた声を出す。顔つきもやばい。
それにちょっと意表を突かれたのか、一瞬、店員は怪訝な顔をする。けどすぐに、
「なんだ? こいつらの知り合いか?」
「そうよ。ヘルプの電話があってね。ただ、こっちもか弱い女性だからね。5分して連絡がなかったら、通報しろと仲間に保険をかけさせてもらってる」
「あん?」
福原さんが言ったことははったりか? それとも本当なのか?
2人は睨み合う。
「おたくら前にも色々とやらかしたらしいじゃないの? 金……というか脅迫で黙らせたらしいけど、さすがにまたトラブルがあれば警察も色々と動くでしょうね。あなた達の後ろ盾の……カントン包茎? 違った。なんだったかしら? えーと、カントン暴風族? そちらの方にも迷惑をかけるのでは?」
店員は舌打ちをした後、
「他のお客さんに迷惑なのでお引き取りを」
福原さんはにっこり笑い、
「皆、帰るよ」
そして佐久間を残して私達は部屋を出た。
◯
「ぷっはー。マジびびった。やべー店員が出てきた時はどうなるかと思ったよ」
カラオケ店を出るや、涼子は胸に手をやって答えた。
「マジやばかったすよね」
「半グレ絡みって忘れてました」
「数だとこっちが上なんですけど、どうなるのかわかりませんでしたね」
男達も各々と答える。
「あの、どうして皆が? というか福原さんも」
「あいつが佐久間じゃないわよ」
「えっ?」
「佐久間は自分です。あいつの本名は阪口です。色々と悪い噂のあるゴミクズです」
「そうなの!?」
「すみません」
三田村君が腰を曲げて、謝罪した。
「あいつに脅迫されてたんです」
「こいつにはあとで強く言っておくんで」
本物の佐久間が三田村君の頭を押さえながら、頭を下げる。
「それで福原さんはどうして?」
「島村さんから連絡を受けてね。で、ここらへんで大学生と繋がりのある半グレの犯罪現場を調べてたら、ここがヒットしたの」
「私、かなりやばかった?」
「ええ。今頃、薬で寝かされ、カメラを回された上で犯されていたでしょうね。そしてその後は録画をネタに大人有りのパパ活をやらされる羽目になってたでしょうね」
「それは大変だ」
冗談ではないくらいやばかったのか。
「宮下さん!」
瀬戸さんと美菜がこちらに駆けつけてきた。
「瀬戸さん、それに美菜も」
「そちらの方にもしもの時のために待機って言われてたの」
どうやら福原さんが言っていた保険は本当のことのようだった。
◯
その後、私は大学に無事戻ってきた。
「無事でよかった」
豆田がほっとしたように言う。
「ヤリチンに捕まったと聞いた時は焦った」
種咲はとんでもないこと言う。けど、あながち間違ってはいない。
「ごめん。皆、心配させて」
私は皆に向けて頭を下げる。
「もういいわよ。さ、交替まであと僅かだから、しっかりやるよ」




