第46話 大学
豆田と美菜と共に社会学Bの講義が行われる中央校舎に向かっていると瀬戸さんに出会した。
「あれ? 1人? 天野さんは?」
この時間はいつも天野さんと一緒のはず。
「さあ?」
返事をした瀬戸さんはどこか表情が暗かった。
それに少しげっそりしているような。
「何かあった?」
「あったというか……うん、あった。交歓祭のことでね。……これも全部あいつのせいよ」
そう言って、瀬戸さんは眉根を寄せる。
「こうかんさい? プレゼント交換するパーティー?」
「違うよ。交歓祭は相手と仲良くするお祭のこと」
「へえ」
「もしかして知らない?」
瀬戸さんが不思議そうな顔をして私に聞く。
「……初耳だけど」
私は豆田や美菜にも目で問うが、2人とも首を横に振る。
「えーとね、今年はコロナで文化祭をしないでしょ? だからここの文系と理系が一緒に文化祭の代わりとして交歓祭を行うの」
「もしかしてウチの大学でやるの?」
瀬戸さんは頷き、
「そうだよ。ここのキャンパスでね。開催は次の日曜日」
「すぐなんだ。全然知らなかった」
次の日曜日ということはWGEの日か。正確にはアメリカと時差があるからWGEが始まるのは深夜。そして予定ではハリカー・エキシビションマッチは翌朝の9時となっている。
「で、その交歓祭に天野が屋台をするって言い出したのよ。で、あれやこれやと忙しいからと私が代理として話し合いとか打ち合わせに参加させられたの」
途中から瀬戸さんが恨みがましい声を出す。
「大変だね」
「あいつ、ちょっと話し合いをするだけとか簡単とか言ってたくせに、めちゃくちゃ連絡が多いし、こっちを立てればあっちがとか。本当に煩わしい」
「ご苦労様で」
と、そこで前から島村涼子が現れた。
島村涼子。ペイベックスVTuber4期生の銀羊カロの魂。
同じ大学だが、彼女は理系のため文系キャンパスに普段いない。
その彼女が今いる。
真っ直ぐと私達のもとに向かってきている。
ということは私か、それとも美菜に用があるのか。
「あっ、おはよう」
私が挨拶すると、涼子は私に気づいて一瞬驚いたが、すぐに会釈で返答してきた。
(ん? 私ではない。ということは美菜?)
しかし、涼子が声をかけたのは美菜ではなく──瀬戸さんだった。
「あの、天野さんのとこの瀬戸真里亞さんですよね?」
涼子が緊張気味の声を出す。涼子の目的は瀬戸さんだったようだ。
「はい。そうですが」
「私、島村涼子と言います」
「ああ! 島村さんね。どうもです」
「ええと、交歓祭の件で少しお話しいいですか?」
「え? ええ。いいですよ」
涼子も交歓祭に関わっていて、その件で文系キャンパスに訪れていたのか。
「それじゃあ、私達、先に行ってるね」
私達は瀬戸さんを残して中央校舎に向かった。
◯
社会学Bが行われる教室に入ると、いつもの席に天野さんが先に着席していた。
「おはよう。さっき、そこで瀬戸さんいたよ」
「そう。……で、なんで一緒でないの?」
「途中で理系キャンパスの子がやってきて、それで交歓祭のことで話し合いを始めたので……」
「そっか」
「そっかじゃないわよ!」
後方からの怒声で私は驚き、振り向く。
声の主は瀬戸さんだった。
ドスドスとこっちへ向かってきて、瀬戸さんは天野さんに、
「あんた、面倒なことになったわよ」
「面倒?」
「交歓祭の件よ」
「何かあったの?」
「ありすぎ! さっきも理系の子がわざわざこっちに来て、設営の件で話に来たわよ」
「ふうん。……あ、そうだ。これ持ってきたわよ」
思い出したように天野さんはバッグから分厚い文庫本を取り出した。そしてそれを私に差し向ける。
「それは?」
「アーサーマッケンの短編集よ。貸すって言ったでしょ」
そういえば前にそんなくだりがあった。
本当に持ってくるとは。
「あ、うん。ありがとう」
私は手に取り、ページをパラパラと捲る。
「……うわ」
文字ばっかだった。しかもページ数が600ページ超。
「読むの大変よ」
「天野、話を逸らすな。交歓祭の件、どうするの? 当日の昼から夕方の担当!」
「人手が足りないのか」
天野さんは困ったような声を出して目を瞑る。
なんか嫌な予感がした。
そしてそれは的中した。
「そうだ。ねえ、手伝ってくれない?」
天野さんが私に笑みを向ける。
(もしかして小説を貸してくれるわけも、このためでは?)
「駄目よ」
拒否の言葉を発したのは私ではなく、瀬戸さんだった。
「なんであんたが言うのよ」
「宮下さんは関係ないでしょ?」
「交歓祭よ。文系と理系の祭。関係ないわけではないでしょ?」
「でも……だからってね」
「手伝ってくれる?」
天野さんが私に聞く。
「次の日曜日はバイトがあるから、急に言われても」
こんなことを言うと豆田に「バイトしてた?」なんて突っ込まれそうだけど、ここは致し方ない。
「どんなバイト?」
「どんなって、ええと……サービス業」
「それ何時から」
「夜から準備で……」
なぜか深く聞いてくる。
「夜って、ホステスではないんだし」
しかし、実際にVTuberはオタク相手のネットキャバ嬢なんて揶揄されているけど。
「本当にホステス?」
「違うよ。でも、夜の仕事」
「サービス業だって、夜の仕事あるでしょ? 居酒屋とかカラオケとか」
瀬戸さんが援護してくれる。
「あのさ、なんなら私がやろうか?」
と、豆田が手を挙げて発言した。
「えっ!?」
「私、その時間は暇だし」
「私も手伝おうか?」
なんと美菜まで手伝うと言ってきた。
「皆、手伝ってくれるのね」
「皆でなく、宮下さんは無理って話でしょ?」
「でも夜なら昼は大丈夫なんでしょ?」
「う、うん」
「なら手伝おうよ。皆が手伝うのに自分一人だけ手伝わないのは不義理でしょ?」




