第32話 打ち合わせ【星空みはり】
VTuber星空みはりは0期生を除いて、他のVTuberとは顔合わせしないことになっている。
これは私がVTuberになった頃からの約束。
その頃はペイベックスでは誰もいないので、あくまで他の箱もしくは個人のVTuberとコラボしないという約束だった。
それが今ではペイベックスも多くのVTuberを生んだことで、ますます私の立ち場が姫様扱いなってきた。
そろそろペイベックス内なら身を明かしてもいいかなと考えていた。
けれど、そんな時に千鶴の妹である佳奈がVTuberデビューした。
決して佳奈の口が軽いとは思っていないが、千鶴にもバレる可能性があった。そのため私は身を隠すことを続けた。
スタッフにはこれまで通り、細心の注意を払ってもらい対応して貰うことになった。
さすがにスタッフも面倒だなと感じていると思われたが、意外にも他のVに秘密で動くということを楽しんでいるようだ。
「──では、このように」
マネージャーの泉谷さんが打ち合わせを締め括る。
ここは本社でもあまり使われていない会議室。
最近は千鶴が本社に出入りしているため、スケジュール調整は電話での対応となっているが、さすがに大型コラボ案件などは本社の会議室を使って、打ち合わせが行われている。
「はい。分かりました」
私はスマホのスケジュールアプリを閉じて答える。
「そうだ」
私が席を立とうとした時、泉谷さんが何かを思い出したようだ。
「なんですか?」
伝え忘れだろうか。
「みはりさんとは関係ないんですけど赤羽メメ・オルタが今月に開催されるロスのWGEハリカー・エキシビションマッチに参加することになったんですよ」
「は?」
つい間抜けな声が出てしまった。
それもそうだろう。
だって、今あの子はハリカーのプレイでチート疑惑をかけられ海外でプチ炎上中。
それがロスでハリカー。そりゃあ、間抜けな声も出すでしょうよ。
「どうして?」
「詳しくは知りませんが欠員が出たとか」
「欠員でどうしてオルタに? 夏のペイベックス上半期ハリカー大会で優勝したのは私だし。あの子は海外で炎上中ですよね」
「そう言われましても。私が知ってるのはそこまでで、詳しく知ってるのは海外営業一課の花塚部長でしょうかね」
そう言って泉谷さんは肩を竦める。
「海外営業?」
「はい。ご存知ですか?」
「ええ。花塚さんとはEN側の件やアメリカでのライブなどで少々面識があります」
ペイベックスにはアメリカにもVTuberがいて、EN勢と呼ばれている。そのEN勢のマネージャーとやり取りを担当しているのが海外営業一課。
昔はペイベックスのアーティストが海外ツアーやライブなどを海外営業一課担っていて、VTuberは現地海外支局が担当していた。
しかし、現地海外支局が本社の意向を無視して、自由に営業をしていたため、問題が度々発生。
それで現地海外支局の手綱を握る役目として海外営業一課が一任された。
「何か向こうでトラブルがあったのでしょうか?」
「そういう話は聞いてませんよ。きっと別の箱でトラブルがあり、こちらに案件がまわってきたのでは?」
「あれ? でも、WGEってもうすぐですよね?」
再来週あたりだったような。なら、あの子が選ばれたのは本当に偶然なのかな?
「ええ。ですから急遽決まって、てんやわんやだったそうですよ」
「えっ? 急遽?」
「はい。つい先日だそうで」
これはおかしい。
イベントとかのオファーは何ヶ月も前からくる。しかも今回はロスの一大イベント。再来週にイベントがあるからオファーだなんて。ありえなすぎ。
「何か裏がありそうですね」
◯
家に帰った私はEN勢に国際通話でも無料のアプリを使って通話をかける。
相手はローズ・アントワーズ。彼女はEN1期生で日本語が喋れる。
「もしもし」
『ハロー、何か用デスか?』
ふと向こうとこっちでは時間が違うということを思い出した。
「いきなりごめんね。時間大丈夫?」
『ダイジョーブですヨ』
「ええとね、用というか、そっちで最近何か問題あった?」
『オー、聞いてくだサーイ。便秘3日目デース』
「そういうのは聞いてない。そうじゃなくて、そっちのVTuber関係でトラブルあった? うちだけでなく他の箱でもいいから何かなかった?」
『んー? 何も起きてませんよ。平和デース』
「ならWGEで何か聞いてない?」
『WGE? ロスの? うーん? 私も参加しますが何も? そっちで何かアリましたか?』
「こっちの海外営業一課が動いていたから。うちのJPで誰か出る?」
JPとは日本のVTuberのことを指す。
『イイエー。うちの箱では誰も出ませんネー』




