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4ページ目:脱出!天魔の王

 わたしが王を務める魔族領には古くから伝わるお伽噺がある。

 それは一般的には、このように知らしめられたものじゃった。

 

 

          ――*――

 それは数百年も前の事。

 分断されたこの大陸が、ひとつだった頃の物語。


 “天魔の王”と名乗るひとりの男が、世界統一を旗印に全大陸の王にその名の返上を求めた。

 『この世界に、俺様以外の王はいらねえ』と。


 男は言う。 

 『俺様はこの無限の魔力をもちいて、“天魔の民”をいくらでも生み出すことができる。無駄な、ブザマな抵抗はやめて、さっさと従うべきだろう』


 それに対して“大陸の王たち”は共存を求めた。

 『種族は違えど同じ“人”同士、無益な争いより、世界の発展を望まないか』と。


 しかし“天魔の王”――その男は“人”と称される事を何よりも嫌った。

 『神に“特別な力”を与えられた“特別な俺様”を、そんなチンケなモンと一緒にすんじゃねぇ』


 相反する思想は衝突する。

 男は“天魔の民”をもちいて大陸の王たちそれぞれに攻撃をしかける。

 しかし“大陸の王たち”はまた、それを軽々と退けるだけの力を持っていた。


 そして痺れを切らした“天魔の王”がその腰をあげた時、“大陸の王たち”はいちがんとなって世界を守り抜いたのだ。


 ――“天魔の王”。


 その男は異空間へと姿をくらます直前、その膨大な魔力と未知の魔法をもちいて、この世界を空間ごと分断した。


 それはまるで、大陸が、異種族が再びひとつとなる事を恐れるように。

          ――*――


「⋯⋯⋯と、これは少年らの知るお伽噺と相違ないな?」


 ゆっくりとマブタをもち上げながら、マオちゃんが俺とヒョンキチの顔を交互に見た。

 ヒョンキチがシャンプーハットのうえでシャンプーを洗い流しながら、こっちに顔を向ける。


「そうだな、その話ならオレもそら(・・)でいえるぜ?」


「うん」


 俺もだ。

 記憶がある歳ごろには子守唄がわりに聞いてたし、字が読めるようになってからも絵本で何度も読んだから。


 まあ、俺が読んでたお伽話はもっとやわらかい語り部口調だったけど。

 

 だけど、だからこそ今でも信じらんない。

 あの男が、お伽噺に出てくるその男だって事が。


「それで? どうしてマオちゃんはそんなヤツに狙われてるんだ?それになんで、この世界が分断されたってのが事実だってわかるんだよ?」


「うむ、順を追って話そうか。

 まずは、わたしが今朝方に“天魔の王”の怒りをかった経緯からじゃが⋯⋯その前に」


 ――わたしのスキルについて話しておく必要があるのじゃな、とマオちゃんは思い出したように呟く。


 スキル⋯⋯ヒョンキチが使ってた“透明化”みたく、この世界の人々が誰でもひとつは持つ特別な能力のことだ。

 

 だいたい、7歳〜10歳前後でその能力に目覚めることが多くて、覚醒とともに頭の中に“スキルの名前”が流れる。


 ただ、それがどんな効果を持つのかはわかんないから、スキルが覚醒してから使いこなせるまでに長い年月をかける人も少なくはないらしい。


 そんでもちろん、俺もスキルを持ってる。ひとつだけ。

 お恥ずかしいことに、使いこなせてるとは言えないけど。

  

 まあ、今はマオちゃんのスキルを聞く時間だから。

 正直、めっちゃくちゃワクワクしてるし。

 だって現役の魔王様のスキルだよ?


 そんなの、気にならないわけないじゃんかあーー!


「まずわたしは大きくわけて3つのスキルを持つのじゃ」


「みっつ!?3つも持ってるの!?」


「マジかよ!?すげぇ、すげえよマオちゃん!」


 さっすが魔王様だあ⋯!


「う、う、うむ。

 うち二つはその、魔王の血筋に代々見られる、いわばストロベリー家の家系スキルなのじゃがあ⋯。

 

 これからの話に関わってくるのはわたし個人のスキル⋯⋯いわば個有スキル。


 “テレポ”」


「てれ?」


「ぽ?」



 ⋯⋯うう、真剣な顔つきに対して、あまりに気の抜ける名称だったから、俺とヒョンキチの頭に浮かんだハテナマークがそのまま口をついてでた。


 それがおかしかったのか、真剣味を深めていたマオちゃんの表情に笑顔が戻る。


「まったく、愛らしい少年らじゃのぅ」その切れ長でおっきい目が細くなった。


「そうじゃ、“テレポ”じゃ。可愛らしい名じゃろう?


 しかし、これは瞬間移動を可能にするスキルで、異なるふたつの効果を持つ。


 わたしが足跡を残した場所に⋯⋯行ったことのある任意の場所への瞬間移動を可能にする“テレポ”と、


 行き先は不明なまま、どこかへと瞬間移動する“ランダムテレポ”。


 そのふたつじゃ」


「「らんだむ、てれぽ⋯⋯!」」


 すごい、四文字なのに。

 たった四文字増えただけなのに、ぐっとカッコよさがましたぞ⋯!


「これは憶測になるが、

 どうやら“ランダム・テレポ”はこの世界であれば(・・・・・・・・)障壁のたぐいをものともせず、どこへでも飛べるらしい」


 えっと、結界とかをすり抜けられる、ってことかな?


「そしてわたしはその能力を持って⋯⋯“天魔の王”の住む空間へと、この身を飛ばしたのじゃ」


 あの男が住む空間――!?

 それって、それってお伽噺の通りだと、


「この大陸から分断された世界のそのどこか、もしくは異空間、というわけじゃな」


「え⋯⋯なあよぉデン、オレら冒険よりもすげぇ大冒険してねぇか?」


「う、うん、なんか、歴史の分岐点に立ち会ってるような⋯」


 シャンプーハットを頭からはずしながら、ヒョンキチが衝撃を受けたような顔を俺に向けて、俺は湯船から2度頷いて自然と天井を見上げる。


 ほんとうに。この世界の秘密に触れてるような。

 こんな日が来るなんて、妄想はしたけど夢にも思わなかった。


 マオちゃんが湯船のふちに両手を乗せて、俺の足の横までそのスラリとした足を伸ばすと、ゆっくりと息をはきだす。

 

「さて、本題に戻そうか。ここからがわたしが“天魔の王”から怨みをかった理由となるのじゃが⋯」


 言葉を止め、申し訳なさそうに頬をかいたマオちゃんは、「すまぬ、笑わんときいておくれ」と乾いた笑みを見せながら言って、話を始めた。



          ――*――

 ⋯⋯それは今朝の、少年らと出会うちょっと前のことじゃ。

 わたしは日課である、魔王城からの脱出を試みていた。


「くッ、塔の下には警備兵が15名、塔の屋根には監視兵が6名、わたしの、魔王のプライペートルームの扉の前には⋯⋯――“魔王軍が精鋭”たちが勢ぞろいじゃとぅ⋯⋯!?」



 くうう、父上め、本格的にわたしの邪魔をしたいようだな⋯!

 わたしとて、魔王の仕事をサボるつもりはもうとうないというのに。

 この家系スキルは、膨大な魔力が流れる魔族領には必要不可欠じゃと理解しておる。


 ただ少し、日々の息抜きくらいは⋯⋯毎日魔王として玉座に居続けるのは疲れるのじゃ。

 少し、ほんの少し、ほんの2日くらい、放浪の旅に出ても罰は当たらん、そうじゃろう⋯?


 毎週7日のうち、2日くらいはよいじゃろうよ!

 そして日々の半分を魔王城の外で過ごしてもよいじゃろうよ!


 とゆーかそもそも、お父様だって同じスキルを持っておるのだから早々に引退せんと玉座に座ってればよいではないかーーーー!


 ⋯⋯との毎度同じく至る結論に、脱出に向けて次の一手を打って出る事にした。


「“テレポ”」


 魔王のわたしはスキルを発動した。

 しかし不思議な力でかき消された。


「――何ィ!? まさか、お父様⋯!わたしのテレポを無効化する結界魔法を完成させたのじゃ⋯!?」


 わたしの腹心であるお喋りメイドのミータとキータから、情報が上がってきてはいたが⋯まさか、本当に実現させるとは⋯!

 

(これは完全に詰み、というヤツではないか)


 むむぅ⋯⋯、わたしは広い自室内を、顎に手を置きながらグルグルと練り歩く。


 わたしの髪色に近いピンク色のシーツが引かれたベッドを横ギリ、特大サイズの画面を持つ魔導テレビを横切り、化粧台を横ギ⋯⋯ろうとしてその角に小指をぶつけて体が跳ね上がった、その時じゃ――!


「ランダムテレポ⋯⋯そうじゃ、確かわたしにはもうひとつのスキルがあったはずじゃ」


 わたしは自らに秘められた能力に、落雷を受けるほど驚愕した。

 5歳の時にスキルが覚醒してから、使用を禁じられる事15年⋯⋯⋯正直、すっかり忘れておった。


「あれはお父様の目算だと、一種の賭けに近い能力じゃったはず⋯」


 つまり、上手く飛べばどこかの大地に、下手を打てば水中や、火山の溶岩の中、という可能性もありえると。


「うむむ⋯⋯さすがに溶岩は耐え切れる自信はないのじゃあ」


 とはいえ、わたしは何かと運がよい。

 それに、火山を含め、魔族領に危険な場所など指で数えられるほど。


 ここはひとつ⋯、


「うむ、モノは試し。やってみるのじゃ。


 “ランダム・テレポ”」

 


 その名を口にした瞬間、視界が一変し、わたしは宙に放り出された。


「なッ、ここは⋯!?」

 

 薄暗い空間。目の前にはボンヤリと照らす大きなシャンデリア、横に目を向ければ縦に長く伸びるガラス窓⋯⋯、

 その先には、夜が広がっているようじゃった。


 わたしは肩に力を込めると、落下する流れにのって体を回転する。


 まず視界に流れ込むのは金色のラインのはしる巨大な漆黒の扉。

 その足元から赤い絨毯が伸び、その先には、背もたれがそびえ立つように高く伸びた“黄金の玉座”がある。


 そして完全に体が下を向いた時、わたしはその“黄金の玉座”に座る“誰か”を認識し、その真上にいることを知った。

 


 そう。つまり、わたしはその“誰か”に向かって一直線に落下しているのだ⋯!


「にゃんでじゃぁ――ッ!?わたしは運がよかったのではないのじゃあ!?」


 あまりの困惑に言葉を噛んだ。

 このまま落ちれば大惨事、しかし、その声に反応して、玉座の“誰か”が上を向いた。


 その手には、お父様たちがワインを嗜む時に使用する持ち手が細長いグラスが握られている。


『――ッ!? 何故ここに、大陸の、侵入者がァ――』


 男だ。その男の目は赤く光っている。

 そして大陸じゃと?いや、そのような場合ではない!


「――そこを、よけるのじゃぁぁぁぁぁあ!」


 わたしがそう言うと、男は クックック、と乾いた笑い声をもらす。

 いやカッコつけておる状況ではないじゃろうがぁぁぁあ――!


『女、この俺様を“天魔の王”と知っての狼藉か⋯?この玉座、奪えるモノなら奪ってブハァァァ――ッ!』


 男がズシリ、と深く腰掛けたまま足を組み、余裕綽々と言った時、わたしは男の頭に着地したのじゃった。

 お腹から、ずどんと。それはもう、魔力で身体強化した腹筋で踏み潰すように。


 わたしは思った。

 ほらみるのじゃ。よけぬからこうなる、と。


『ナ⋯⋯、マヤカシの⋯陽動のタグイじゃなかったのカ⋯』


 どうやら男は、わたしが動揺を誘った――フェイントのたぐいをしかけたのだと勘違いしたようじゃった。


 いやじゃから、わたしは、その場を離れるよう要請したはずなのじゃが。


 とはいえ確かにそのような魔法は実在する。

 幻覚や、実体を持たぬ分身体を作り出す魔法じゃ。

 

 しかし通常の者であればとっさにそのような考えには至らぬはずじゃが⋯⋯、この男は常日頃から狙われる身にあるのじゃろうか?


 そういえば先ほど、わずかに聞こえた気がする。


 この男が自らをあの、“天魔の王”と名乗る声が。


『喜べ⋯⋯女ァァァ、俺様は長き眠りより目覚めたばかりで機嫌がいい⋯』


 着地のそのあと、飛ぶようにその場を離れたわたしに、玉座の男はゆっくりと顔を上げてそう言った。


 これは、許して貰える雰囲気ではないじゃろうか――?


『クハッ、この“天魔の王”を足蹴にした褒美をくれてやろうではないか女ァ。

 その体に、“天魔の怒り”を染み込ませてクレよォォオオオオオオ』


 ――ぜんっ、ぜん違ったのじゃ!

 男はワイングラスをひゅ、っと床に投げ捨てると、その手を持ち上げながら真っ赤な目をさらに血走らせていたのじゃ!


「す、すまぬかった、故意ではないのじゃ⋯⋯⋯⋯“ランダム・テレポ”ォォォォォオ!」


 謝罪を告げる言葉とは裏腹、わたしの口は反射的にスキルの名を唱えていた。

 男の発するプレッシャーに気圧されていたのじゃろう。


 そしてその時、わたしは“黒”と“緑”の髪色をしたふたりの少年が肩を並べて歩くその頭上に、その身を飛ばしていた。

         ――*――


「⋯⋯と、これがこの騒動の発端、始まりの全貌じゃ」


 ちゃぷんっ、とお湯に鼻先を沈めて、お風呂の中で三角座りをしながら、マオちゃんは頬を真っ赤に染めて言った。


 あははっ、今度はマオちゃんがヒョンキチみたいにぶくぶくしてる。


 にしてもめっちゃデジャブを感じる内容だったなあ。特に、頭上から降ってくるあたり。


 それにあの“天魔の王”が意外にもイジりがいのありそうな性格だったのにも驚いたけど⋯⋯、

 思ったよりも、お転婆さんだったんだなあ、マオちゃんて。と俺はそっちが気になっちゃった。


 そして湯船の外からも、ヒョンキチのノンキな声が聞こえる。


「なるほどな〜。それでマオちゃんは、この世界が“分断された大陸の一部”だって確信したわけか〜」


 どこか、どこ吹く風といったようなその語調。

 正直、立て続けに神話のような存在がぐっと現実に近づいてきて、俺も、多分ヒョンキチもピンときてないんだろーね。

 頭が追いついてない気がする。


 だから創作の小説を読んだあとのような、『そんな世界があるんだな〜』って感じの感想しか浮かんでこないんだ。


 まあだからこそ、その物語の最後に俺とヒョンキチとの出会いが描かれてた事が、めちゃっくちゃ嬉しかったりもするんだけど⋯!


「うむ⋯、それも確かにあるのじゃが。そっちはまた少し、話が異なるのじゃ」


「⋯⋯とゆーと?」


「これもまた確認になるのじゃが、少年らは“見えない壁”のことは知っておるな?」


「「それはもちろん知ってる⋯⋯というか、村の裏山にあるからね⋯⋯?」」


「――なんとッ! そうか、この村はこの大陸の最南端にあたるのじゃったな⋯!」


 あっそうか、マオちゃんにはこの村の事をちょっとだけ説明したけど、そこまで詳細には話してなかったっけ。

 なんせ疲れてたし、村に戻る道中は誰もあまり喋りたがらなかったから。


「ん? とゆーことはマオちゃん、あの壁が、分断された証拠だってことか?」


「そうじゃ、な。ここまで話したのだから隠し事はなしか。じつはじゃな、魔王城には人間領と繋がるであろう“見える壁”が――」


 と、マオちゃんがたたみかけるように説明を始めようとしたその時、


「ちょっとあんたらー?お昼ご飯ができたわよー?

 そろそろ出ないとふやけちゃうわよ」

 

 脱衣所のドアが開いた音がして、ヒョンママの声がする。


「まったくもう、あんたらはまた脱ぎ散らかしてぇ」


 ――誰がこれを洗濯すると思ってんの、とブツブツと文句が続く。

 そして目をパチクリしてちょっとだけ固まったあと、マオちゃんは静かに息をもらすように言う。


「⋯⋯この話は、またあとにしよう」


「「りょーかいぃぃ」」


 そーして俺たちはヒョンキチを先頭に、長い長いお風呂タイムを終えるのだった。


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