1ページ目:降る!魔王様と雷
『女⋯⋯この世界に存在することを許されると思うな』
俺たちの見上げる先には、上半身がむき出しのムキムキ細マッチョがひとり。雲の隙間に、堂々と立ってる。下には真っ黒でタイトな赤いファー付きのズボン。
背中には黒と白が対になった羽色の大きな翼が。切れ長な目はかっと血走らせて開かれ、その小さな美顔は怒りで歪んでる。
男が何かを叫ぶと、空から数えきれないほどの雷の雨が降ってきた。
その光景を、首根っこを掴まれて引きづられるような体勢で、「あ、あっ、ああーーーーッ!冒険は望んだけどォ、でばなからクライマックスぅぅぅぅぅ!?」と見ながら、俺はつい15分ほど前のことを思い出していた。
――*――
「デン、ヒョンキチ、都会に出ても忘れるんじゃないわよ!あなたたちの帰る場所はいつでも、そう!いつでもここにあるんだからあ!」
と、ひとりの女性が声を枯らすここは魔族領の最南端の辺境地にある田舎村。
拍手喝采で俺たちの背中を押してくれる村人たちの最前線で、『アッパレ♡我が息子たち』と大きく書かれた旗を持ったあの人は涙をふりしきる。
村人たちはその姿にあてられ手を叩くスピードを速め、エールを強める。そしてそんな中、俺の横で肩を並べて歩く相棒は地面を見つめて言った。
「デン⋯⋯お前のカーチャン、相変わらずイタッ、あいやそのよ。ハートて⋯」
「言うな、言うなよヒョンキチぃ、その先は⋯。俺、“もう冒険を終えて余生は部屋でこもろかな”、ってくらいには心が折れかけてるんだから」
「⋯すまん」
視界の端でヒョンキチがさらに深く視線を落とすのが見える。
ううう、感動とは真反対の意味で涙がこぼれそうだ⋯。
泣くな忘れろ俺⋯!そうだ。忘れよう、忘れよう、忘れよう、これは俺の冒険の記録からはなかったことにしよう!
よし。
俺、デンと、同い年で10歳のヒョンキチは今日、村をでて冒険の旅にでた。
始まりはこれだった。
俺たちの大好きなお伽噺の冒頭、
【――それは数百年も前の事、分断されたこの大陸が、ひとつだった頃の物語】って一節。
もしそれが本当なら、その謎を俺たちふたりが解き明かしたら!そしたらもう、俺たちは物語の英雄みたく世界中から崇められるんじゃあっ⋯!?
そーなるとそれはもう、『ウッハウハのガッポガポじゃねえかあ――ッ!』なんてヒョンキチが言い出したのがきっかけだった。
だけどまあ、それがどこでどう行き違ったのか。
『オラたちが村から、都会に留学する子らがあらわれたっぺぇー!』と村人たちの間でポンコツ伝言ゲームが始まって⋯。
訂正するのも面倒だから放置してると、『デンとヒョンキチが、魔都の魔法学園に飛び級入学するべさあッ!』と話がこんもりと盛り上がり、結果、このような大掛かりなお見送りイベントが発生したわけでして⋯。
ヒョンキチと俺のかーさんから、『あなたたちふたりは村の、わたしたちの誇りだわあ!』と抱きしめられた時はせりあがる血反吐を飲み込む思いだったよ⋯。
そんでそれは今もまたそう。
俺とヒョンキチは背後からの声が聞こえなくなってもまだ、無言で大草原の草の根を数えて歩く。
足並みはいっこくも早く村から離れようと、自然と早歩きになる。
変わり映えのしない風景だ。
俺たちの膝上くらいまで生い茂った緑色の草が、そよ風に吹かれて、いっせいにその首をゆらゆらと揺らす。
まるで勉強中につい居眠りしちゃった時みたいに。
実際、この世界がお伽噺のような謎をかかえているのかはわかんないけど、この大自然しかない田舎を離れることは、俺らふたりにとってはとっても魅力的な大冒険なんだ。
⋯⋯そうだよね、せっかく一歩目を踏み出したんだから、ちゃんと前を向いて歩こう。
俺たちの冒険はまだまだ、始まったばかりなんだから!
と、そう思ってた時期が俺にもありましたっけ。
「――そこをよけるのじゃぁぁぁぁぁあ!」
「「へっ?」」その声は、頭上から聞こえた。
「わたし、落ちる、そこをどけぇぇぇぇえ!」
「「う?うわぁぁぁぁぁぁぁあ――ッ!?」」
村を出て15分。肩を並べて頭上を見上げた俺ら2人に覆い被さるようにして、ひとりの美人なおねーさんが空から降ってきた。
柔らかい。
倒れ込んだ俺の後頭部をふかふかの大地が受け止める。そして俺の顔は、それとは比べ物にならないほどのふくよかな感触を受ける。
柔らかい。
――てそれよりも何が起きた!?
もが、もが、と息ができないままジタバタと手足を動かしてると、顔を包むその感触がなくなる。
「ぶ、無事か、怪我はないか少年ら!?」
「うへへ〜あいや大丈夫ですぅ!」とヒョンキチの声。
「いててて、だけど怪我は⋯ないみたい!おねーさんこそ大丈夫??」と俺は起き上がりながら答える。
すると。「――あわわわっ」と、俺たちにまたがりながら、両手を俺にも負けないほど上下していたおねーさんは草原にぺたんと膝を曲げて尻もちつくと、大きく息を吐き出す。
「よかった⋯。わたしは問題ない。この程度の衝撃は慣れっこじゃ、なんせ城から脱出する時はいつも塔の窓から」
そこまでいって、口もとを両手で隠すおねーさん。しーーっと口に指をあてると、「今のはその、立場上聞いてはならんことじゃ⋯⋯だから、秘密で、な?」と首をこてんと可愛らしくかたむける。
それを見るとほぼ同時、ヒョンキチが「ぶっはあ――ッ!」と幸せそうな叫び声をあげてぶっ倒れた。
が、俺はそれに一瞥をくれながら立ち上がると、おろおろするおねーさんに手を差し出す。
「俺はデンで、あっちの変なのが相棒のヒョンキチね!
おねーさんはなんてゆーの?」
「わたしはマオ⋯」
後ろから「――誰が変なのだっ!」と悪態をつく声がきこえるけどそれよりも。おねーさんは言葉を途中でとめると、戸惑ったように頬をかく。
塔に、マオ?
マオちゃんって名前なのかな。
いや、年齢的にもマオさんって呼ぶべきか?
多分、都会のお金持ちのお嬢さんっぽいし⋯。
だけどなんとゆーか、さんって感じじゃ⋯⋯。
すっごく綺麗だし、背もおっきいし、ちょっとした仕草も見たことないくらい上品なんだけど⋯。
かもしだすオーラが、ね?
しかもモコモコしたセットアップの半ソデ半ズボンだし。
華やかな桃色の髪と、品のいいピンクっぽい色の高級そうな生地が、すっごく似合ってるけども⋯。
そうやって俺が見つめすぎたからか、おねーさんは照れくさそうに前髪をくるくるしながら俺の手を握って立ち上がると、言う。
「わたしはマオ・ミルフィーユ・ストロベリーと申すのじゃ⋯」
「「――ストロベリー、ミルフィーユ⋯⋯⋯!?」」
甘い、なんて甘そうな名前なんだ⋯⋯!と、それで驚いているわけじゃない。
ストロベリー家。
その名前は、こんなど田舎の俺たちでも知っている。
つまりそれは、いやこの女性は――、
「魔王、さま」
「⋯なんですか?」
「う、うむ。
わたしが今代魔王のマオなのじゃ!」
――まじで?
冒険を始めてからまだ、15分ちょっと。
俺たちは早々にこの世界の頂点と出会っちゃったらしい⋯。
と、驚きに目を見開いた、その時だ。
『女ァァ⋯⋯この俺様を足蹴にして、この世界に存在することを許されると思うなァ――ッ!』
頭上より遥か上空から、全身を突き刺すような声が届いた。
「――まずい、デンにヒョンキチ⋯⋯⋯逃げるのじゃあ!」
「「うえっ!?」」
魔王様は言うが早いか、俺とヒョンキチの後ろ首をつかむと、草原をひた走る。
体が、地面を背中にして宙に浮く。
半裸の男が何かを言う。
『散れ⋯⋯【天魔の雷】』
すると、今この時まで晴れ渡っていた草原に夜の帳が下りた。
そしてその暗闇よりも黒い雲が男の周囲に集まると、あたり一面の大地をめがけて数多の雷が落ちる。
おねーさんの逃げる足は早まる。そして――、
俺はもう、大パニック!
魔王様に出会ってクライマックスと思いきや、さらなる終焉が俺たちの冒険を襲ってきたぁぁぁぁぁぁあ!
「ひ、はっ、はあ、はあ、すまぬ少年ら、巻き込む形となった⋯。
しかし、必ずわたしが安全な場所まで⋯!」
落雷が俺たちのワキをかすめかける。
顔は見えないけど、きっとひっしの形相で、なんとか言葉をつむぐおねーさんの声が聞こえた。
「魔王様⋯マオちゃん! この先に森があるから、そこまで、とりあえず逃げ、ようよぉー!きっと、あそこなら、空からは見えずらいはずだからぁぁぁあ!」
「森⋯! わかったのじゃ、もう少し速度をあげるぞ!」
マオちゃんがそういうと、体が風にのった。
いや、肉体が風になった。
そう錯覚しそうなくらい、とてつもなく速いスピードで俺たちは景色を置き去りにしていく。
そしてまばたきのま。
暗闇がいっそう深くなる森の土を、マオちゃんの足が強く踏み鳴らす。