私から何でも奪っていく妹
「おかえりなさいませ、お父様」
「ああ、ただいまソフィア」
出張から戻られたお父様を、玄関で出迎える。
かなりのハードスケジュールだったこともあり、お父様の顔には疲労の色が濃く出ていた。
「本当にお疲れ様でございました」
「いやいや、仕事が大変なのは当たり前のことだからね。おおそうだ、ソフィアにお土産があったんだ。はい」
「……!」
お父様は鞄から綺麗にラッピングされた小箱を取り出し、私に手渡してくれた。
おずおずとそれを開けると、そこには煌々と光り輝くルビーのネックレスが。
……わぁ。
「出張先でたまたま見付けたんだ。ソフィアに似合うかと思って」
お父様は照れくさそうにはにかんだ。
お父様……。
「あぁ! お姉様ズルいッ!」
「――!」
その時だった。
どこからともなく妹のメリアが現れ、私の手からネックレスを奪っていった。
「こんな派手なネックレス、地味なお姉様には似合わないわ! もったいないから、これは私がもらうわね!」
……メリア。
「コラコラメリア、またお前はそうやって。前も私がソフィアに買ってきたイヤリングを持っていっただろう」
「だってあのイヤリングも、全然お姉様に似合ってなかったんだもの! あれじゃイヤリングを作った職人がかわいそうよ! やっぱアクセサリーというのは、それに相応しい人間が身に着けないとね」
「オイオイ」
「あ、お父様……私はいいので、このネックレスはメリアにあげてください」
「ソフィア……」
「うんうん! お姉様はよくわかってるわね! じゃあ遠慮なくもらってくわねー」
メリアはネックレスを握りしめながら、ドタドタと無邪気に駆けて行った。
――メリアはああやって、いつも私から何でも奪っていく。
オパールのブレスレットも、蝶をモチーフにしたピアスも、ダイヤモンドの指輪も、お父様から私にプレゼントされたそれらは、一つ残らず全部メリアに奪われた。
「ふふ、本当にお前は妹に優しいよく出来たお姉ちゃんだな。偉いぞソフィア」
「……」
お父様が労うように、私の頭を撫でてくださる。
……いいえ、お父様。
私は決して、出来た姉などではないのです。
「ソフィア、ちょっといいか」
「? はい」
そんなある日。
部屋で本を読んでいると、ドア越しにお父様から声を掛けられた。
「大事な話がある。リビングまで来てくれ」
「……!」
大事な……話。
「お前にこんな話がきている」
「――!」
リビングの椅子に座るなりお父様から渡されたのは、一枚の釣書だった。
こ、これは――!
恐る恐る釣書を開けると、何とお相手は名門バッツドルフ公爵家の嫡男、カスパル様だった。
あ、あのカスパル様が、私と婚約を――!?
確かにカスパル様とは貴族学園でのクラスメイトではあるけれど、今まで数えるほどしか会話をした覚えはない。
しかもそのうち一回は、カスパル様のことを間違えて「お父様」と呼んでしまうという大失態。
一ミリも好かれる要素はなかったはずだけれど、何かの手違いでは……?
「あぁ! お姉様ズルいッ!」
「――!」
その時だった。
またしてもどこからともなくメリアが現れ、私の手から釣書を奪った。
「いやいや有り得ないでしょ!? お姉様みたいな地味女に、キラキラパーフェクトボーイのカスパル様は不釣り合いにも程があるわ! こんな婚約を受けたら、逆に我が家の看板に泥を塗ることになるわよお父様!」
「――! そ、そんなことは……」
メリアと似たようなことを考えていたのか、お父様は言い淀んだ。
「ここは一つ、私が一肌脱ぐわ! お姉様の代わりに、この婚約私が受けてあげる」
――!
……メリア。
「い、いやいや、流石にそれはマズいだろう……。これはあくまで、ソフィアにきた話なのだからな」
「大丈夫! カスパル様と私は同じ生徒会のメンバーでとっても仲良しだし、私が代わりだったら絶対カスパル様も納得してくださるわよ。ね!? お姉様も、そのほうがいいわよね!?」
「……」
有無を言わせない鬼気迫る表情で、私に訴えてくるメリア。
こうなったメリアは、何が何でも自分の要求を通そうとするだろう。
私は今までそんな光景を、数え切れないほど見てきた――。
「……そうね。お父様、この婚約は、メリアに譲ります」
「そうこなくっちゃ!」
「そ、そうか。ソフィアがそう言うなら、まあ……」
こうしてメリアは、私から婚約者まで奪ったのだ――。
「ソフィア、ちょっと今いいかな?」
「――! あ、うん……」
翌日の貴族学園の昼休み。
幼馴染で伯爵令息のマルクに、唐突に声を掛けられた。
「大事な話があるんだ。少し時間をくれないか」
「……! い、いいけど」
いつになく真剣な表情のマルクに、胸がトクンと一つ跳ねる。
「……カスパル様から釣書が届いたっていうのは、本当?」
「っ!」
人気のない裏庭のベンチ。
そこで訊かれたマルクからの一言に、私は目を見開く。
何故マルクがそのことを知っているの……!?
現時点でそれを知っている人間は、この学園では限られる。
……いや、そんなの考えるまでもない。
きっとメリアが吹聴したに決まっている。
「……うん。でも、その話はメリアが代わることになったから」
「ああ、それも聞いたよ。……でも、遂にソフィアに求婚する男性が現れたのも事実だろ?」
「遂にって……」
それじゃまるで、私がいつ求婚されてもおかしくなかったみたいな言い方じゃない。
「私みたいな地味女に求婚する変わり者の男性なんて、滅多にいないわよ」
「ハァ……。そういうとこなんだよなぁ……」
「?」
マルクはおでこを右手で押さえながら項垂れた。
マルク?
「……よし、俺もいい加減、覚悟決めなきゃな」
「え?」
両手の拳をギュッと握り、腿を叩くマルク。
どうしたのかしら今日のマルクは?
「ソフィア、俺は――君が、好きだ」
「――!!」
火傷しそうなほど熱の籠った瞳を私に向けながら、マルクはそう言った。
そ、そんな――!
マルクが私のことを……好きなんて……。
「嘘……。私みたいな何の長所もない女を、どうして……」
「長所だらけだよッ! 何事にも真面目に取り組む姿勢に、身分にかかわらず誰に対しても平等に接する慈愛の心。それでいてちょっと天然なところもあるギャップが、より男心をくすぐる」
「っ!?」
顔を真っ赤にしながら熱弁するマルクに、私の全身の体温がカッと上がる。
あわわわわわわ!?
「そして流れるような濡羽色の髪に、神秘さすら感じる物憂げな眼差し。時折見せるミステリアスな笑みは、全ての男を一瞬で虜に――」
「わ、わかった!? もうわかったから、マルクッ!」
「あ、そう……」
「まだまだ言い足りないんだけど……」とでも言いたげなマルク。
こ、これ以上聞いていたら恥ずかしさで死にそうだから、もう勘弁して……。
「――もう一度言うよ、俺はソフィアが好きだ。どうか俺と、生涯を共に歩んでほしい」
「……マルク」
マルクは私の手を両手で強く握りながら、真っ直ぐな瞳で私を見つめてくる。
嗚呼、夢みたい。
こんな日がくるなんて――。
「……嬉しいわ。実はずっと前から、私はマルクが好きだったの」
「ほ、本当にッ!?」
子どもの頃からいつも側にいてくれたマルク。
私が野犬に襲われそうになった時は身を挺して守ってくれたし、私のお母様が病気で他界した時は、毎日私の家まで来て落ち込む私を励ましてくれた。
今の私があるのは、マルクのお陰と言っても過言ではない。
できれば将来はマルクのお嫁さんになりたいと、何度夢見たことか。
「ああ、今日は人生最高の日だッ! ソフィア、愛してるよッ!」
「きゃっ!?」
マルクにギュウと抱きしめられた。
マルクの逞しい胸板と腕で、ガッチリホールドされている。
あわわわわわわわわ!?!?
「やれやれ、お安くないわね。そういうのは人目のないところでやってもらえないかしら?」
「「――!!?」」
こ、この声は――!?
そこには呆れ顔のメリアが、腕を組みながら立っていた。
きゃあああああああああ!?!?
慌てて離れる私とマルク。
「まっ、地味なお姉様と素朴なマルクさんなら、お似合いなんじゃないかしら。精々お幸せに」
ヒラヒラと手を振りながら背を向けるメリア。
「ま、待ってメリア!」
「――!」
私はそんなメリアを引き留めた。
メリアはこちらに背を向けたまま、「何?」と訊いてくる。
「――ありがとう、メリア」
「――!!」
実は私は、昔から派手なアクセサリーを身に着けるのが苦手だった。
どうしても地味な私の顔には似合ってないから。
……でも、お母様が亡くなって以来、お父様は私に、事あるごとに豪奢なアクセサリーをプレゼントしてくれるようになった。
お父様なりに私のことを慰めようとやってくれていることなので、私もなかなか拒否はできず……。
そんな私をいつも助けてくれたのがメリアだった。
メリアはわざと悪役を演じ、私からアクセサリーを奪ってくれていたのだ。
――そして昨日は、カスパル様まで。
私が昔からマルクが好きだったことに気付いていたメリアは、カスパル様を奪ったうえで噂を流し、マルクを焚き付けたのだろう。
私にとってメリアは、都合の悪いものを何でも奪ってくれる救世主だった――。
まあ、メリアが派手なアクセサリーが好きで、カスパル様にベタ惚れなのは事実なので、ある意味ウィンウィンだったのだろうけど。
「な、何のことかしら!? お姉様にお礼を言われる筋合いなんてないけどッ!」
そう言い捨ててドタドタと逃げて行くメリアの耳が真っ赤になっているのを、私は見逃さなかった。
「ふふ、本当に昔から、メリアはツンデレだよね」
「ええ、そうね」
ツンデレで可愛い、私の自慢の妹よ。
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