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CHANGE  作者: ゼン
本編
5/15

4.スティング・ライク・ア・ビー

(さち)?」


 齊藤家玄関前。

 二拍遅れてベアトリクスは振り向いた。


 あ、と声が漏れたのは、彼──國光(くにみつ)(りょう)を知っていたから。


「やっぱり(さち)だ」


 ……この男。よくもまあ、平然と声をかけられたものだ。


「サプライズ帰省、失敗だな」

「さぷ? 何?」

(さち)んちのおじさんとおばさん、旅行が当たったからって一週間いないんだよ。だから、俺が郵便物とか代わりに見てって頼まれてんの」

「え、でも、妹……(みお)は?」

「澪ちゃんなら夏休み入ってすぐ遠征に行ってるよ。今回は仙台だって。三人とも来週の水曜まで帰ってこないって聞いてるけど、知らなかった?」


 言われて気が付いたのは、自分の失態だ。

 ベアトリクスだって、両親には一週間前から予定の確認をして許可がおりてからでないと面会できないのに。

 夏季休暇の時期ということもあるが、(さち)の記憶の家族が笑顔だったので必要ないと決めつけてしまった。

 てっきり、帰ってくれば両手を広げて迎えてくれるとばかり……。


 羞恥で顔が熱い。自分の非常識さが恥ずかしい。

 

「知らないって顔してるな。ったく、連絡取らないからこういうことになるんだ、この親不孝者」


「!」

 ぴん、と額を指で弾かれて驚いて半歩後ろに下がると、ヒールが溝にはまってバランスを崩し、あわや転倒……となるはずが支えられた。


「あぶ、っね〜〜。ここの溝いつからあるやつ? でかくない?」


 というより、抱き込まれてる?

 エヴァンとだってこんなに近付くことはないのに(ダンスも一緒に踊らない)。


「ん? 顔赤いけど、具合悪かったりする?」

「え、えっ? あ、ええ、そうね。悪い、かも。……あの、だから、離れてくれないかしら」

「熱は?」


 額に乗せられた手にびっくりして、息が一瞬止まる。

 なんだ、この男。顔が近い上にべたべたと。

 嫁入り前の娘になんてことを……。

 

「と、とりあえず離れて」

「家の鍵持ってる? ……うち来る?」


 離れろって二度も言ったのに。

 だんだん腹が立ってきた。


「鍵は持ってる! もうっ、近いって言ってるでしょ!」

 キャパオーバーしたベアトリクスは激怒した。


 ぺち。 


「……痛ぇ〜〜」

「嘘よ、そんなに強く叩いていないもの。それに私、『離れて』って言ったわ。二度も言ったのよ!」


 思わず叩いてしまったが、これはベアトリクスは悪くない。絶対、絶対悪くない。



 ベアトリクスは知らないから無理はない(?)が、(さち)はこんな風に怒らない。

 と言うよりかは、(さち)は滅多に怒らない。



 ──なので、あっさりバレた。



「……君さ、(さち)じゃないでしょ。誰?」


 優しく気安い声色と雰囲気は消えさり、『誰?』と問う声は酷く冷たいものだった。







「信じるっていうの?」


「うん、そうだね」

 冷たい声は鳴りを潜めた涼が笑う。


 彼は、ベアトリクスの話──(さち)の中身がベアトリクスであることを信じたようだ。

 そして、さも当然のように家に入っては実家の如くくつろいでいる。いや、ここはベアトリクスの家でもないのだが。


「こんな話、普通信じないと思うのだけど?」

「それは、ほら、愛の力ってやつ」

「ふんっ。何が『愛』よ。(さち)のことこっぴどく振ってるくせに」

「……え」

「何よ、その反応。忘れたって言うの? 屑ね。やっぱり男って最低だわ」


 ベアトリクスは記憶の中の(さち)が泣いているのを見た。


 それに、あんなことを言っておいてよくも……言っておいて? 言った?

 いや、聞いたのだから、直接言われたわけではないのだろうか?

 (さち)は誰から聞いたのだったか、確か──


「待って、ビーちゃん。ちょっと待とうか」


 顎に指を当てたところで、思考に邪魔が入った。


「『待って』って何よ。私はここにいるじゃない。それに『ビーちゃん』って何なの? 私のこと?」

「だって、ベアトリクスって長いし、噛みそう。ね、呼んでもいいでしょ?」


「……好きに呼べば」

 ぷいっと顔を背けてしまったが、まあまあ、悪くはないと思っている。

『ベア』なんて呼んだらもう一発くれてやるが、『ビー』なら及第点だ。……別に気に入ったとかではない。断じて。


「うん、好きに呼ぶ。でさ、話の続きしてもいいかな」

「続きって?」

「さっきの『俺が(さち)を振った』って話」

「ああ、その話? 自分が振った女の自慢なら聞きたくないのだけど」

「違うって。俺、振ってないし。むしろ、俺が(さち)に振られてんのに」



 ──あのね、気を落とさないで聞いてほしいの。

 國光(くにみつ)君ね、さっちゃんのこと嫌いなんだって。

 でね、言いにくいんだけど、はい、()()。『迷惑だから、要らない』って預かってきたの。

 あと、この流れでとっても言いにくいんだけど……あたし、國光君……ううん、涼と付き合うことになったの。

 だから、もう涼のことは諦めてくれない? 連絡とか一切しないでほしいの。


 さっちゃんが涼のこと好きって知ってたのにごめんね──


 これ、と渡されたのは、(さち)から涼に宛てたメモだった。

 手紙というほど立派なものではなかった。

 いつもやり取りに使っていた、どこでも手に入れることのできる何の変哲もない無地のメモ用紙。だから、靴跡が付いているのも仕方なくは、……ない。ない。全然仕方なくない。



 何なんだ、あの女は……。


 勝ち誇ったように嗤う顔が脳裏に浮かび、ベアトリクスの眉間に皺が寄る。


「あなた達、嵌められたのよ」

「え?」


 あれが、(さち)の不幸のきっかけの出来事である。 

 この後、(さち)は上京するのだが、早々にスマホを水没させたり、意地の悪い先輩に目を付けられたり、あれやこれやなトラブルに巻き込まれたりと、踏んだり蹴ったりな社畜ライフを過ごすのである。不憫過ぎる……。


花崎(はなさき) 凛恋(りこ)っていう、(さち)の友人を名乗る女に覚えはない?」

「花崎……あ! ……もしかして……」

「そういうこと」


 思いっきり覚えがあるようだ。


「あー、まじか……」


 何かを悔いるように天井に向かって低い声でぶつぶつ言っている様子は怖い。


「ねえ、(さち)はともかくとして。あなたは、頭もいいし察しだって悪くない。なのに、どうして罠にかかっちゃったの? 本当は馬鹿だったってこと?」


 純然たる疑問からの出たベアトリクスの言葉に、涼はがくんと項垂れた。

 そりゃあ、確かめなかった涼も悪い。悪いが……でも、確かめたくなかったのだ。



 ──あのね、気を落とさないで聞いてほしいの。

 さっちゃんね、國光君と距離を取りたいんだって。

 二人、一部で噂になっちゃってるでしょう? あれね、すごく迷惑してるみたいなの。あの子、好きな人がいるから誤解されたくないんだって。

 酷いよねえ、あたしに伝言頼むなんて。

 さっちゃんって、前々からそういうとこあるよね。無神経っていうか。

 でも、さすがに今回のは本当に最低だなって、頭にきて絶交してきちゃった。


 あたしは、國光君の味方だからね──

 


「……世間知らずのお嬢ちゃん? 男ってのは女の子が思うより、ずっとずっと繊細で傷付くのが怖い生き物なんですよ。だから(さち)の顔と声でツンツントゲトゲも大概にしてくれませんかね。俺、泣いちゃうから、まじで……」


 ベアトリクスは顎に指を当て、「なるほどね」と呟く。


 この一見、軽薄そうな涼という男はどうやら今でも(さち)のことを想っているようだ。


 というわけで、次にするべきことも当然決まる──目の前で死にそうな顔でぶつぶつ耳障りな言葉を呟いている男の査定である。


「手始めに、あなたの職業と年収を教えてもらおうかしら?」

「え、怖……。ビーちゃんさ、君の年頃だと、もっとそれっぽい話題あるよね? お願いだから(さち)の顔で怖いこと言わないでくんない? お茶淹れてあげるから」


 紅茶とコーヒー、どっちがいい? と聞いてくるが、この家はこの男の実家ではない。

 しかし、二人は幼馴染だ。涼は(さち)の両親から留守中の宅配物を任されている仲である。

 というわけで、「紅茶がいい」と答えたベアトリクスはツッコミを放棄した。


「はい、紅茶」

「ありがとう。ねえ、『それっぽい話題』ってなあに?」


 カップの中に角砂糖をぽとぽと落とす自分とは違い、何も入れない真っ黒なコーヒーを飲んでいる涼が「ん?」と首を傾げる。


「あなたがさっき言ったんじゃないの」

「あ〜、十四の頃の話題? 女の子なら『恋バナ』じゃない? 好きな男の子とかいないの?」

「……いないわ。婚約者ならいるけれど」


 好きな人、という言葉は自分にはあまりにも不釣り合いな気がする。

 他の令嬢には、婚約者とそのような関係になっている者もいるが、ベアトリクスとエヴァンは……想像できない。


「え! それさ、上手くいってる? 泣かせてない?」

「どういう意味!?」

「絶対うまくいってないだろ。ほら、お兄さんに相談してごらん」

「なんて失礼な男なの!」

「君も大概失礼だよー。 あーあ、(さち)っていつ戻ってくんの? 夏休み中に戻ってくる?」


 こんな美味しいシチュエーションなのに……という涼の呟きは小さなものだったが、しっかりとベアトリクスの耳に入った。

『美味しい』の意味は理解できなくても、本能で下世話なことだと分かり、不快な気持ちになる。


「……最低」

「十四歳らしい潔癖ぶりだね」


 はは、と笑う涼をベアトリクスはじろりと睨んだ。

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