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CHANGE  作者: ゼン
本編
4/15

3.春は青いが、前途は多難

 寝返りを三回連続でしても落っこちない大きなベッドの上で、(さち)は大の字になっていた。



 さて。現在のベアトリクス((さち))は、学園をズル休みして三日目になる。

 驚くことなかれ、ベアトリクスの両親は何も言ってこない。まずこの三日、顔を合わせてすらいない。

 そもそも前提として、彼らはアポイントメントを取らないとベアトリクス()()会わないそうだ。

 しかも、それを知ったのはつい先程。食事を持ってきたメイドにより得た。


 残念だが、ベアトリクスと彼女の両親の仲は、修復不可能だろう。はっきり言って、絶望的だ。


 彼女が婚約者の言葉にショックを受けるはずである。


 平凡だが温かい家庭で育った(さち)には理解不能で、不安になる家庭環境だ。その代わりと言うのが正しいのか不明だが、寮暮らしをしている兄からは三日連続で見舞いのカードと花が届いている。

 超絶美形の誰からも愛され完璧人間。その上、妹想い……こういうところがベアトリクスのコンプレックスの原因なのだろうが、妹のいる(さち)としては、彼に対して悪感情はない。

 むしろ共感と好感しかない。顔さえ見なければ、一緒にお酒が飲めそうだ。


 両親はともかく兄との関係はベアトリクスの心次第でどうとでもなるのだが、彼女の性格上、そう簡単にはいくまい。


 うーん、と悩みのループに入りそうになり、(さち)は飛び起きて「やめやめ」と頭を振った。

 こうやって悩むのは自分の悪い癖だ。

 せっかく楽しいことをしようと決意したのに、結局悩んでいるなんて時間の無駄でしかない。


 だけど、どんなに頭を捻っても解決策は見当たらない。


「私って、やっぱり駄目人間……何にも思い浮かばない……ポメラニアンになりたい……」


 部屋の扉がノックされたのは、(さち)が自分の駄目さ加減に落ち込んだのと同時だった。

 




 来客は、エヴァン・グレイデンだった。

 ベアトリクスの婚約者である。


「いらっしゃい、エヴァン君」


 こうして見舞いにやってくるのだから、婚約関係は悪くはないのだろうと思った(さち)の、嬉々を隠せない声色で発せられた言葉である──もしも、ここに本物のベアトリクスがいたのならば悲鳴を上げる事案だ。


「『(くん)』?」

 一方のエヴァンは困惑していた。

 いつも不機嫌な顔の婚約者が邪気のない笑みを浮かべて、しかも、自分を『エヴァン君』と呼ぶのだから困惑しない方がおかしい。


「え、あ、あの……ごめんなさいっ。えっと、『エヴァン』?」


 エヴァンの反応に、(さち)は己のやらかしに気付き慌てて謝った。

 しかし、それもまた失敗であった──いつものように、(さち)がへらりと笑うとエヴァンの顔が泣くのを我慢するかのように歪んだのである。


「ごめんなさい」

 (さち)は、顔を青くして俯いた。

 ……ベアトリクスはこんなへらへら笑ったりしない。息をするように謝ったりもしない。

 何が、『居場所を用意してあげよう』だ。何も出来ない役立たずのくせに。


「お前は悪くないんだから、謝んなよ」

「え?」

 

 あれれ? 何だか記憶の中のエヴァン君と違うような?


「俺が悪かった。……この前は、言い過ぎた」


 思い詰めた顔をして謝るエヴァンに、(さち)は慌てた。


「そ、そんなことありません! 私が人前で泣いて迷惑かけちゃったせいで、エヴァン()は、お兄様? に、怒られ……あっ! ええっと……」


 結果。(さち)は、またやらかした。懲りない女である。



 ──なので、あっさりバレた。



「……あんた、誰?」


 彼の瞳にあった心配の色は消えさり、新たに宿したのは疑惑の色だった。







「信じてくれるんですか!?」


「……ああ、うん」

 エヴァンは目を伏せ、力なく返した。


 彼は、(さち)の話──ベアトリクスの中身が(さち)であることを信じてくれた。


「信じてくれてありがとうございます。……愛ですね」

「……あ?」

「お二人は婚約してるし──」

「はああああ!? ばっ! おま、ふっ、ざけんなっ! 愛とかキモいこと言うなっ! 馬鹿っ!」


 ──こんな突拍子もない話も受け入れられるほどに、私には見えない絆があるんですね……と、続く言葉は顔を真っ赤にしたエヴァンにより遮られた。


 (さち)が、『愛』と言ったのには特に深い意味はなかったので、そんな過剰に反応されては困る。


「すみません、あの……特に意味があったとかではなく……」


 とりあえず謝っておこう。

 ベアトリクスとは違い、息をするように謝罪するスタイルの(さち)が頭を下げると、エヴァンははっとした表情を見せた。


「いや。俺が悪い。怒鳴って悪かった」

「……あ、いえ」


 大きな声が苦手な(さち)だが、どうしたことかエヴァンのことは全然怖くなかった。

 そして、真っ赤な顔で「馬鹿」を繰り返していた彼に対して、第一印象で感じた苛つきもない。

 というか。ベアトリクスの記憶を見ても、こんな風になる彼はいなかった。

 いつも彼は憎たらしい顔で、ベアトリクスと舌戦している。


「あのさ、敬語やめてくれない? あんたの方が年上だろ」

「は、い、じゃなくて、うん」

「……ベアトリクスは、戻って来るんだよな? ずっとこのままじゃないんだよな?」

「もちろん!」


 エヴァンのほっとした顔を、ベアトリクスにも見せてあげたいと(さち)は思った。


 彼女は幼く、視野があまりにも狭い。

 視野が広がりさえすれば、ベアトリクスは幸せになれるはずだ。


 エヴァンはベアトリクスを憎からず思っているようだし、お互いが歩み寄り、そこに思いやりも加味すれば関係は良いものとなるだろう。


「ふふっ、青春だね!」


 ほわほわと心が温まった(さち)の言葉は、エヴァンの「何言ってんだ」によって瞬時に冷却された。


「う、ごめんなさい」


 (さち)がしょんぼり俯くとエヴァンが慌てて「ほら、これでも食えよ!」とお菓子を指差す。

 彼が持ってきてくれた見舞いの品だ。

 女性に人気の店のものだとベアトリクスの記憶が教えてくれた、食べるのがもったいないと思える宝石のような美しいチョコレート。(さち)はそれを口に含んで「んん?」と首を傾げた。


 ……不味くはないけど美味しくない。

 観賞用のお菓子とはこういうものなのだろうか?


 ファミリーパックの個装チョコが幼少期のおやつだった(さち)にはベアトリクスのようなお嬢様が食べるスペシャルなお菓子が分からない。


「待って……?」


 元より、ベアトリクスは体型を気にしてお菓子の類はほとんど口にしないので、記憶を辿っても不明だ。


「何だよ、ここにいるだろ。『待って』って何だ? 大丈夫か? 茶、飲むか?」


 もしかして、ベアトリクスは美味しいものを知らないのだろうか?

 だとしたら、大事件である。


「美味しいもの、食べさせなくちゃ……」

「は?」


 好きなものを食べて、好きなことができる環境を作ってあげなくては。




 というわけで、次にするべきことも当然決まる──目の前で不安そうな顔でこちらを窺っているエヴァンとの作戦会議である。


「作戦会議って……あんた、本当に成人済みか?」

「エヴァン君、その言い方傷付くよ。もう少し柔らかく言ってくれないと、私、泣いちゃうよ」

「悪かった。気を付ける」


 何となくエヴァンの扱いが分かってきた(さち)である。

 エヴァンは言葉遣いは乱暴だし、カッとなりやすいけれど、根っこは素直で優しい子なのだ。


「ねえ? いっつも、ビーちゃんにそんな口の利き方してるの?」

「別に……つうか、『ビーちゃん』って何?」

「うん。愛称で呼ぼうかなって思って」


 語感の良い『ベア』も考えたのだが、女の子に『熊』あんまりだし、『トリクス』も『トリス』もピンとこない。そして『ベティ』は可愛らし過ぎる。

 というわけで、『ビー』だ。

 本当の理由が『蜂っぽいと思ったから』というのは絶対に内緒である。


「ふうん」

「エヴァン君も、そう呼ぼうよ」

「なんで俺がっ!」


 (Oh)(No)……深い意味は(以下略)。


「短くて呼びやすいと思って……。ごめんなさい」

「すぐ謝んのやめろよ。……で?」

「『で』?」

「作戦会議。するんだろ?」

「……」

「何だよ、その顔。あいつの顔でにやにやすんな」


 前途は洋々だ。

 ぱあっと満面の笑みから目を逸らすエヴァンの表情を見て、(さち)は作戦はうまくいくだろうと確信する。


「ううん、何でも! さっそく聞きたいんだけど、ビーちゃんの好きな食べ物、教えてくれる?」

「……好きな……?」

「うん、好きな味とかでもいいの。『甘い』とか『辛い』とか」

「……」

「あ、食べ物以外にも知りたいな。読書が好きとか、散歩が好きとか。好きな色と、好きな音楽も教えてほしい」


 ベアトリクスの記憶を見ても、彼女は勉強ばかりしていた。だから、つい矢継ぎに質問してしまった。


 が、しかし。


「……分かんねえ」

「え」

「あいつの好きなもん、俺は知らない」


 前言撤回。


「あのぉ、凄い失礼なこと聞いちゃうけど……エヴァン君って、本当にビーちゃんの婚約者?」

「……あんた、本当に失礼だな。年上って、絶対嘘だろ」


 前途は多難である。

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