婚約破棄ですか? ならば国王に溺愛されている私が断罪いたします。〜執事グレイの断罪編〜
私の屋敷は普段、妹マリーとメイドのカーリーが毎日冗談を言い合って騒がしいのだけれど、今日に限っては静けさが漂っている。こんな日もあるのかと少し驚いてしまった。
「マリーとカーリーはどこへ行ったの?」
「街の方までお出掛けされましたよエミアお嬢様」
「私を置いて行くなんてサイテーね!」
そんな静けさでも、執事グレイ・マッケンリーは毎朝欠かさず私に紅茶を淹れてくれる。それがルーティーンになっていて私の日常でもあります。
「今日はダージリンを淹れましたがいかがですか?」
「んー。 やっぱり合わないわ。 グレイの淹れるアールグレイが一番ね!」
「私の名が入っていますからね。 若い頃に鍛錬したのですよ」
「なるほど。 こんなに上品な紅茶を淹れるのですから、若い頃はさぞ女性に持て囃されていたのでしょうね」
まんざらでもない表情をしているが、何処と無く目が悲しさを訴えていた。思えば、グレイと二人きりというのは本当に珍しい事で、私は基本的に妹とセットで行動している。
親身になって話すのは、グレイと初めて会った日以来を除けば初めてかも知れない。それ程までに、私達姉妹に尽くしてくれているのだろうと思うと頭が上がらない。
「なんかむず痒いわね」
「そうでしょうか? 私はそうでもありませんぞ?」
グレイは私達に仕えることが幸せであると、いつも言っているけれど、果たして本当に幸せ何だろうか。
今となっては、分からないけどね。
「腕の方は大丈夫なんでしょうか?」
「まだ痛むわよ。 私 初めて骨が折れてしまうほど人を殴りつけてしまったわ!」
まるでお父様の様に、私を心配するんだなと感心してしまう。そんなグレイは、若い頃国王に仕える聖騎士であった。引退して私達の執事になったのだけど、深くは語らず過去の話しなどは一切聞いたことがない。
どうせ今は、私とグレイの二人きりなのだ。
こんなにも近くに居てくれている大切な家族の過去も知らずに、今まで過ごしていたのだからここでしっかりと語っておきたい。
「国王に仕える聖騎士だったのでしょう? 格好いいわよね。 数々の戦場で勝利を導いた伝説の騎士は、なんで誰とも結婚しなかったの?」
観念したかの様に、グレイはため息をつき言葉を放つ。その話しは、グレイの悲しい過去を蒸し返す不粋な詮索だったというのにね。
「婚約者がいたのですが結婚出来なかったのですよ。 それだけのことです」
悪いことを聞いてしまったのだろう。余計なおせっかいをかき、怒らせてしまったかもしれない私は、グレイに謝罪する。
「ごめんなさい! そんなつもりで聞いたんじゃないの! 私はグレイのことをまだよく知らないからつい……」
一瞬だけ呆れていたグレイの顔に笑顔が戻る。気を使ってのことだろうけど、私に淡々と過去を語るように言葉を放った。
「怒ってなどいませんよお嬢様。 過去の話しを今までしてこなかった私が悪いのですから。 聞いて頂けますか? 惚れた女一人すら守れなかった無能な騎士のお話しを」
哀愁を誘うグレイ・マッケンリーの悲しい物語に、私は涙を零してしまった。
♦︎
「紅茶は好き?」
「俺はコーヒー派だ」
国王陛下の用意した修練場に、最近女が茶を淹れに来ている。その茶を淹れに来る女『エマ・テンペスト』は貴族の娘ではなく俺と同じぐらい。十代程度の歳で小柄な可愛いらしい女性だ。髪は腰まで長く 艶やかな金髪 瞳が紅く光り輝き幼さを感じる。
|(俺と歳が近いとは思えんな……)
十八歳の当時、俺は今もなお健在の国王に聖騎士の称号を頂き、この国の騎士団長に任命されていた。それを知ってか知らずか、エマはいつも俺にちょっかいを毎日と言っていいほどかけてくる。
「ねぇー。 遊ぼうよ」
「ここは遊ぶ所じゃないぞ」
「ケチ! ところでなんで紅茶が嫌いなの?」
「嫌いではないよ。 コーヒーの方が好きなだけだ」
「分かった! じゃあ次はとびきり美味しい紅茶を淹れてくるね!」
「コーヒーよりも美味いなら飲んでやろう」
変な約束を交わしてしまって後悔する。実は俺の中で妙な偏見があるのだが紅茶は女子が嗜み、コーヒーは男が嗜む、というものだ。
いけないことだとは分かっているが、なんかむず痒い。それでも、美味い紅茶を淹れてくれるという約束に、俺は少しだけ心躍らせていた。
♦︎
「う…… 不味い!」
痺れる程不味い紅茶に俺は戦慄していた。とんでもない酸味に香りもキツい。紅茶は何度か飲んだことはあるけれど、この紅茶だけは群を抜いて不出来なものだった。
「なんでそんなこと言うのよ! 頑張って淹れたのに!」
「多分、俺の方が上手く淹れれるぞ?」
「なんかムカつく!」
あんなに心を躍らせる程、楽しみにしていたのにこれではガッカリだ。こんなにも不味いものを呑まされて不快さが際立つが、俺はある提案をエマに投げかける。
「俺が紅茶を淹れようか?」
「え? あなた初心者でしょ? 無理に決まってるわ!」
「やってみなければ分からないだろう? 俺が本物の紅茶とやらを淹れてやる!」
見よう見真似でしっかりと手順をこなし、適当な茶葉を使って何とか紅茶を完成させる。自信が無くなってきたが、果たして美味いのだろうか?
結果を彼女に委ねて、俺は天に祈りを捧げた。
「ど、どうだろうか?」
「嘘…… なかなか美味しいわ! これアールグレイよね? 最高すぎるわ!」
「あーるぐれい?」
「あなたアールグレイも知らなかったのね…… 悔しいけど私の完敗よ。」
「そうだろう! やってみる価値はあったな!」
「才能なのかも知れないわね。 グレイがアールグレイを淹れるのが上手いだなんて……」
どうやら俺がテキトーに取った茶葉はアールグレイと言うらしく、彼女が好きな茶葉でもあった為に、何とか絶賛を頂けたようだ。悔しいそうに紅茶をすする彼女を見て、俺はまた紅茶を淹れてやりたくなってしまう。
というかこれがきっかけで、彼女がもうここに来なくなってしまうのではないかと怖くなってしまったんだ。この時すでに、俺は彼女のことを、意識しつつあるのだろうと薄々は感じていた。
「また紅茶を淹れてやろうか?」
「本当ですか!? 是非、ご馳走して下さい!」
エマとの出会いはこんなものだ。
次第に修練場以外でも会うようになり、冗談を言い合う関係になるのだけど彼女に言わなければならない事がある。
『俺はエマに惚れている』
なんて伝えたらいいのか、恋愛などに興味がなかった若造だったから余計考えてしまう。
思いを伝えられずに、時間だけが過ぎ去っていった。
♦︎
我が国に反乱軍が迫ってきた。
その反乱軍の名は「エイドス」と呼ばれている集団で数多くの国を攻撃し壊滅まで陥れる危ない組織だ。街の人々を簡単に虐殺し、若い女は奴隷商人に売りつける。外道のような奴らだが、我々騎士団がその進軍を阻止するよう国王に命じられていた。
なんとしてでも、国民を守らなくてはいけない。
「失礼します団長! 現在、街が襲撃を受けて女が一人誘拐されました!」
「何だと!? どこの娘だ?」
「貴族ではないので知らないでしょうが確かエマ・テンペストだったと思います」
「何だって!?」
この戦いで雑魚ばかり相手にされられ足止めされていたのだが、街まで進軍されていたとなると厄介だ。エマまで拐われてしまったとなると、居ても立っても居られない。今すぐにでも駆け出そうとすると、国王陛下が現れて俺を静止させた。
「グレイ! どこに行くつもりだ?」
「エマの元まで向かいます」
「何故だ?」
「惚れているからですよ」
懲罰を受ける覚悟はしていた。それぐらい真剣だったのだが、あの優しい国王でも流石に許さないだろうと誰もが思ってしまう。
「助けられるのか? グレイ・マッケンリー!」
「絶対に助けます」
「ならば行くがよい! 団長が居なくても私が必ず勝利に導いてやる。 だから、お前は惚れた女を守り抜け!」
周りは唖然としていたが、俺はお構い無しにエマの元まで外へ駆け出す。
|(ありがとうございます国王陛下、必ず助けます)
国王との約束を果たす為、俺は立ち止まらず走り続けた。
♦︎
戦場を無理矢理突破して突き進んだ俺は「エイドス」のアジトを特定し単騎で殴り込みに入った。
「お前は確か聖騎士団の団長だな? どうしたんだこんなところまで」
エイドスの拠点先まで辿り着いた俺は今、エイドスのリーダー「マルス・レイン」と対峙している。悪人ヅラが性に合っている、醜悪な容姿だ。
「女を一人誘拐したはずだ。 返して貰おうか!」
「返すも何も大切な商品だぞ? 貴族でもないような娘なんだから別に誰も困りはしないさ」
「俺が困るんだよ。 俺の女に手を出すな!!」
「へぇ、そうなんだ。 だったら殺そうかな? そっちの方が楽しそうだ!」
「させると思うか?」
「抵抗するんだろ? かかって来いよ!!」
マルスとの戦闘が始まり、お互い一歩も譲らず剣技だけが交差する。特徴的だったのはその身体能力だ。
致命傷になる斬撃を繰り出しても|グイッと体をずらして回避する《・・・・・・・・・・・・・・》。
見切っているかの様に体スレスレでかわされてしまうので、お互いに決定打が無かったのだがチャンスが到来した。斬撃を避けるタイミングで足を滑らせ転倒し、絶好な角度で俺の斬撃はマルスの右腕を切り落とす。
「嗚呼ぁぁ!!」
「チェックメイトだマルス。 もう諦めろ!」
追い詰めたと考えた俺が馬鹿だったようで、反乱軍の増援が運悪くマルスとの戦場に駆けつける。マルスは担がれて逃走したみたいだが、同時に人質まで解放したらしくエマと再会を果たすことができた。
「無事だったかエマ!」
「な…… なんとか大丈夫だったよ。 助けに来てくれてありがとう!」
「そうか。 無事で本当によかった! 俺はエマに大事な事を伝えたいんだがいいか?」
「いいよ。 どうしたの?」
助けることが出来た嬉しさで、感情が爆発しそうなのを抑え込み、俺は彼女に自分の思いの丈を全てぶつけるつもりだった。
「なぁ、エマ。 俺と結婚しーー」
パァン!! 激しい衝撃の音に戦慄した。
その一発の銃弾はエマの心臓を貫き、胸から溢れる血が止まらない。銃声が鳴った方角を見ると、マルスが俺を遠い茂みから見つめ嘲笑い姿を眩ました。
「マルスー!! 貴様ぁぁぁぁ!!」
あいつは俺の心を殺す為だけに、この場に戻ってきたのだろう。確実に致命傷だ、助からない。
「エマー! 死ぬな! 死ぬな!!」
「あーあ。 もうグレイとは…… お別れ…… なんだね」
「バカを言うな! そんな訳ないだろ! 俺はお前に心底惚れていたんだ! 結婚しよう!! だから死ぬな!!」
エマが思い出したかの様にあの言葉を俺に聞いてきた。最後の言葉になるのだろうと感じた俺は、真剣に彼女の話しに耳を聴きたてる。
「コーヒーは好き?」
「俺は紅茶派だ」
「なんで紅茶が好きなの?」
「エマの愛したものだから!!」
「そう。 私も好きよグレイ。 結婚出来なくてごめんね」
冷たくなる彼女を絶望感と消失感で諸共抱き、俺は自国の帰路に着いた。
♦︎
聖騎士であるにも関わらず、惚れた女一人すら守れなかった無能な騎士は、今も憎悪の炎に包まれて何処に消えたのかすら分からないマルスの幻影を探しているのだろう。
エマを助けられなかった。
そんな後悔をグレイ・マッケンリーは胸に刻んでいる。
♦︎
「婚約を破棄させて頂こうかエミア・ローラン!」
これで何度目であるのかも忘れてしまった婚約破棄宣言は、国王に呼び出された修練場の中心で大きく響き渡る。
私は、執事グレイと共に修練場に待ち合わせしていた婚約者と面会をするはずだった。 顔合わせをした瞬間のことで、私自信何が起こっているのか理解が出来ないのです。
「婚約破棄とはどういう事ですか?」
「そのままの意味だ。 お前には一切の興味も無い!」
この無礼者の名は『クラリア・バーン』
生まれつき右腕を失っており、グレイと歳が近そうな見た目だが悪人ズラが性に合っていて醜悪な容姿だ。
私は、ある約束を国王と交わしている。クラリア・バーンと名乗る貴族が、グレイの仇の可能性がある。早急に調べ上げて、真実を追求して欲しい。
国王に頭を下げられてお願いされた私は、この男の本性を暴き断罪しなければならないがクラリア・バーンは、苛立ちを見せ私達に威嚇する。
「国王の命だかなんだか知らないが、なんで俺がこんな女と婚約しなければならんのだ! 調子に乗るなよ!」
周りの物を蹴り飛ばし破壊している。まるで子供だ。
「国命なのですから少しは我慢出来ないのですか?」
「あ? 誰に口聞いてんだお前? 殺すぞ!」
まともに話しが出来そうにないけれど、私は意地になって反論する。ろくに会話も出来ない男と話すのも疲れるわね。
「あなた程度が私を殺せるとは思えませんけどね。 先程も言いましたが何で婚約を破棄なさるのですか?」
「お前らといると何故か無性に苛立つんだ! さっさと失せろ!」
「無理ですね。 正当な理由なく婚約破棄は出来ません。 諦めて下さい」
煮え切らない様子のクラリア・バーンは、急に騒ぐのを辞めて多少は大人しくなった。
「理由があればいいんだな?」
「そうですよ。 正当な理由があるのならですが……」
何か企んだと、顔が語る。
それはグレイの前では決して吐いてはいけない言葉であった。
「その執事は確か有名な聖騎士だったよな? 名前は忘れちまったが良く知っている。 聖騎士であるにも関わらず戦場から逃げ出した無能な騎士だとな! そんな奴を仕えているお前との婚約など破棄されて当然だ。 この国の恥晒しが!」
「あんたグレイに向かってなんて事をーー」
あまりにも腹が立ち、殴りかかろうとしたのだがグレイに静止させられた。
「いいのですよお嬢様。 本当のことですから」
「だってそれはあなたのせいじゃないでしょ!」
グレイの為に私は怒っていた筈だ。それなのにグレイは、私を慰めて頭を撫でていた。
「なんで頭を撫でるのよ!」
「いつまでも子供だなと思っただけですよ」
傷ついていないはずなどあるものか。きっと彼が一番辛いはずなのに、私の事を第一に心配してくれるグレイに頭が上がらない。
「取り乱したわね。 ごめんなさい」
「流石はお嬢様です! 立ち直れたのですね」
痺れを切らし苛立ちが隠せないクラリアは、また私達に罵声を浴びせる。
「茶番は終わりか? もう帰らせろ!」
私はお前を絶対に許さない。
クラリアが反乱軍『エイドス』のリーダー、マルス・レインの可能性があると、国王から情報を事前に流していてもらってたからだ。
私は逃げ出そうとするマルスに『待った』を宣言した。
もう覚悟は決めている。例え人違いであろうが、グレイを弄んだことを後悔させてやる!
「私から逃げるのですか? クラリア・バーン!」
「なんだと!?」
「怖いですものね。 だって私と婚約してしまったら自分の悪事がバレるのですから!」
徹底的に追い詰める。それが私の美学だ。
少しだけカマをかけてみて、クラリアの動揺を誘っていく内に何かを隠しているような表情を浮かべていた。
「あ? なんでお前から逃げねぇといけないんだよ! お前が怖い? ふん! 笑わせんな!」
「そうでしたか。 ではもう少しだけお話ししませんか?」
「お前と話すことなんかねぇよ!」
「貴方にはないだけですよ? 私にはあるのです」
この言葉が効くかは分からないけど、私は彼に一石投じてみる。この腐れ外道には、お灸を据える必要があるのだから。
「右腕が無いのは生まれつきなのですか?」
今でも忘れない。クラリアの顔は恐怖に歪んでいた。
「生まれつきだと知っていて聞いてるんだよな? お前馬鹿だろ!」
歪んだ顔は狂気に変わり、すかさず私に牙を剥く。私に威嚇した所で何の意味も無いんだけどね。
私は毒蛇であってクラリアは被食者だ。必ず私は捕食者として、アイツの首元に食らいつく。
「知ってて聞いているに決まってるじゃないですか。 貴方は馬鹿なんですか?」
「ーー随分余裕そうだな! お前は俺の無い腕に何か秘密があると言うのだな?」
そろそろ彼も限界なのかも知れない。
どこか気づかない所でボロを出さないかと思ったが、この感じだと直ぐに吐いてしまいそうだ。余裕が無くなっているのは、彼の方だというのにね。
「何をそんなに焦っているのですか? まるで何かやましいことでもあるみたいじゃないですか。 もしかして誰かに腕を切り落とされた…… なんてね。 そんな訳ないですよね!」
この揺さぶりで、クラリアがどう出てくるかしっかり見極めようと表情や行動を良く観察する。
「わ、笑えない冗談を言うな! 俺を侮辱してるのか?」
「いえいえ、そんなことはしていませんよ? あくまで可能性の話しですから」
揺さぶりは効いている様で、さっきよりも言動が弱々しく感じてしまう。
「人を殺したことはありますか?」
「さっきから何が言いたいんだ! 意味が分からない!」
「黙って聞きなさい!」
十中八九、私はクラリアが反乱軍「エイドス」のリーダーであると睨んでいる。グレイと私を見た途端に婚約破棄を宣言していたり、グレイに対する当たりの強さ。
それを加味すると、どう考えても怪し過ぎる。
確信を突く言葉を彼にプレゼントしよう。
「貴方は反乱軍『エイドス』のリーダー、マルス・レインで合っていますよね?」
私はニヤリと口角を上げて、毒牙を振り下ろす。
「あぁ!! 何を根拠にそんな事を言ってやがる!」
グレイや修練場の人々も仰天する中、ビシッとクラリアに人差し指を突き立てた。
「根拠なんて有りません。 そんな物は後付けで良いのですから」
「証拠がなければ咎めるのは不可能だな。 お前の話しは聴き飽きた! 帰らせてもらう!」
鼻で笑ってしまって、今の凍てつく空気をぶち壊してしまって申し訳ないが、馬鹿馬鹿しくて仕方がない。
「分かりました。 証拠があればよろしいのでしょ?」
「は!? あるって言うのか?」
「勿論ありますよ。 では披露致しましょう!」
ここでとっておきを披露する時が来たようだ。
この『毒』はクラリアの首元に食らいつき必ず服毒させるであろう。
「生まれも育ちも貴族でしたよね?」
「それがどうした!」
「ならいいのですよ。 今から貴方を殺します」
まるで爆弾の様な発言にすかさずグレイが止めに入るが、私は威圧をかけて静止を振り解いてやった。
「お嬢様! やり過ぎですぞ! 証拠も無いのに!」
「今から証拠が出来上がるから見届けなさい!」
「あれ? お嬢様がお怒りか!? 俺に手を出せばお前らは懲罰送りだ! それでもいいんだな!」
「覚悟の上です。 グレイ! あの男を殺しなさい!」
グレイも腹を括ったのか、剣を取りクラリアに刃を向ける。
「クラリア様! 御覚悟を!!」
さっきまでの温厚な姿とはかけ離れた殺気に、私もあてられて怖気づいてしまった。鋼の刃は、クラリアに真っ直ぐと剣鬼の如く振りかざされたのである。
「はぁーー!!」
並の剣士であればまず避けられない斬撃であろうが、私は分かっていた。
クラリアは死なないと。
グレイの放つ斬撃は|グイッと体をくねらせて回避する《・・・・・・・・・・・・・・・》。
「この捌き方は!? まさかお前!?」
これを期待したのだ。当時の騎士であれば皆んな知っている。見切っているのかの様に体スレスレで回避する、特殊な身体能力を持つ人物なんて一人しかいないのだから。
「あら? 避けるのが上手いのですねクラリア・バーン いや? 貴方は、マルス・レインなのでしょ?」
公衆の門前で、自分で自白した様なものだ。彼の青ざめる姿を拝めるのも、クラリアが馬鹿をやってくれたお陰で成り立ったのである。
トドメを刺そう。
私が華麗に断罪して魅せますわ!
♦︎
現実を突きつけられ困り果てたマルス・レインは、言い逃れ出来ないほどに追い詰められていて、強張った顔は次第に無表情に開き直っていた。
「あーあ。 バレちまったか。 そうとも、マルス・レインとはこの俺様のことだ!」
「あっさり自白されるのですね。 貴方は確実に死罪ですよ? 分かっているんですか?」
「だから何だってんだ! 俺は根っからの悪党マルス・レイン様だぞ? 罪は認めてやるが一切の後悔もしちゃいない。 むしろ一人でも多くの人間を殺すことが快感で仕方ないぜ!」
「貴様!! エマをそんなくだらない理由で殺したのか!!」
膝から崩れ落ちて必死に地面を殴りつけるグレイの姿に、下手な慰めも出来ず黙って見届けるしかなかった。この外道は、悪びれることもなく人間を辞めた殺人鬼である。
そんな男がグレイの大切な物を全て奪っていったんだ。
ーー絶対に許してなるものか!!
「俺様の正体を見破ったのは褒めてやる。 ま、だから何なんだって話しだけどな! お前の盛った『毒』は服毒、至らずだ!」
「確かに私では少々役不足でしたね。 ここに相応しいものがいます。 私の代打を努めてさせて頂きましょう!」
ビシッと人差し指を突き立てて私、エミア・ローランは執事のグレイ・マッケンリーに全てを託した。
この復讐は彼、グレイ・マッケンリーの物だ。
今回は私の出る幕ではない。
エマさんを奪われた 悲しみ 怒り 憎悪 グレイが幸せになれる未来を全て奪い去ったこの男、マルス・レインに制裁を与えるチャンスがどうしても欲しかった。
私の家族を苦しめた代償はきっちり払って頂こう。
だから私は全てを託したのだ。
「どう足掻いた所で貴方は確実に死刑台に送ります。 ですが今回だけは私の役目ではありません。 グレイに因縁があるのでしょう? その役目はグレイにこそ相応しい!」
修練場の人々は騒然とし、膝を落としたグレイに注目を浴びせた。
「お嬢様、今なんと仰いましたか!?」
「グレイ、これは貴方の復讐です。 エマさんの仇を絶対に取って下さい! 貴方とエマさんの尊厳を守る為にもう一度立ち上がりなさい! 聖騎士グレイ・マッケンリー!!」
涙を流すグレイに、私は喝を入れ鼓舞させる。
「この様な御慈悲を頂いて本当によろしいのでしょうか…… 死罪とあれば多少は報われます。 出来れば私が引導を渡してやりたい!! ですが、私にそんな価値がーー」
「待て!!」
グレイの言葉を遮る様にその男。白のタキシードに真っ黒のマントを靡かせて私とグレイの間に割って入った。
「ーー国王!?」
相変わらず服装のセンスは無いけれど、この事態に現れると言う事は只事ではないのだろう。
「久しぶりだなグレイ。 少し老けたな」
「こ、国王陛下!? どうしてこんな所に?」
「マルス・レインの処分は私の騎士団長に一任する! 部外者は去れ!!」
こんなのはあんまりだ。国王はマルスがグレイの仇であると一番よく知っている筈なのにどうしてそんな酷いことが言えるのか。
「待って下さい国王! マルス・レインはグレイの仇ですよ。 国王が一番良く分かっているはずですが何故そんなことを仰るのですか!!」
「いくらエミアの頼みでもそれだけは聞けぬ! 絶対に譲らん!」
そりゃそうだとグレイも力無く頷くが、信じられない言葉を国王は発言した。
「我が国王が命じる。 グレイ・マッケンリーを本日に限って聖騎士団並びに団長に任命する!!」
静寂の中で、国王陛下の言葉だけが強く響いている。
その熱さ、言の葉の重みに修練場の人々は心を震撼させたのだ。
「国王陛下! 今なんと!?」
「二度は言わないぞグレイ。 仇を必ず取りなさい!」
国王も洒落たことをする。グレイが辛く打ちのめされていたことを、誰よりも知っているからこその粋な計らいなのだろう。
国王の心意気に感服する。啜り泣くグレイは、国王に忠誠を誓い宣誓した。
「ありがとうございます国王陛下! わたくし、グレイ・マッケンリーがあの憎き大罪人を処分致します! 例え差し違えても必ずエマの仇を討ち取ってみせましょう!!」
「ならば行くがいい! 我が聖騎士グレイ・マッケンリー! あの日の屈辱を決して無駄にするな!!」
熱くグレイと拳を重ね、国王はグレイにある一振りを手渡した。その剣は、グレイが過去に人々を守る為に振っていた物。
いわゆる、聖騎士にだけ代々受け継がれている聖剣である。
「私の剣まで持って来ていたのですか!?」
「当たり前だろう? この日の為に私が毎日手入れをしていたのだからな。 処刑にはその剣こそが相応しい!」
マントを靡かせて私たちに背を向ける国王は、颯爽と修練場を立ち去った。
「お前ら本当に茶番が好きなんだな。 気持ち悪くて仕方ないぜ。 仲良し子よしは家でやれや! あぁん!!」
「黙れクソ外道が!! 我が聖騎士グレイ・マッケンリーがこの場にて断罪する。 覚悟はいいな?」
「はん! かかってこいよボケジジイ! 未練に溺れさせて溺死させてやる!」
私はこの戦いを見届けるしかできない。例えグレイが負けるとしても、その責任は私にあるのだから彼の生き様をしかと受け入れる覚悟もしている。
でもそんな理不尽て無いじゃない!
エマさんの復讐を抱きグレイが振り下ろした渾身の一撃を、マルス・レインに浴びせると私は信じているのだから。
「グレイ!!」
「何でしょうかお嬢様」
「辛かったかも知れない。 苦しかったかも知れない。 憎悪で心が張り裂けそうだったかも知れない。 それだけ苦しんだのだからグレイは負けてはいけないのです! だから! 貴方の復讐に幕が降りた時は、私にもう一度アールグレイを入れて貰えませんか?」
熱くなり過ぎて喋りながら泣いてしまった私を、グレイはそっと優しく抱きしめていた。
「泣かないで下さいお嬢様。 この復讐が終わったらマリーお嬢様とカーリー、皆んなで仲良くお茶をしましょう。 その時まではどうか私の生き様を見届けて下さい!」
グレイは私の頭を撫でて慰めてくれた後、マルス・レインと対峙した。すると、まるでグレイのスイッチが切り替わった様だ。あんなにも優しい顔しか見たことが無かったのに、私には理解出来ない。
凄まじい殺気を放ち、轟く闇が私たちを吸い込む様にグレイから目が離せなくなってしまう。
『絶対に殺す』
その圧力に私は、死神でも見てしまったかの様な絶望感に恐怖した。
♦︎
緊張が増すこの場において、もう彼に話す言葉は無いのだろう。互いが互いを殺そうと、牙を向き合っているのだ。
「お前も剣を持て!」
グレイは稽古をしていたであろう騎士の剣を、マルスに投げつけた。
「けっ! 騎士道とやらの情けか? 歳食ったジジイなんかに俺様が負ける訳ないだろが! 体をバラバラにして殺してやるよ!」
「お前では私を殺せやしないさ。 みくびるな小僧! 聖騎士グレイ・マッケンリー推して参る!!」
剣と剣の衝突が激しく音を鳴らし、修練場全体に響いている。
「ーーはあぁ!!」
年を感じさせず、怒れる獅子の様に斬撃を浴びせるが、マルス特有の身体能力により簡単に捌かれてしまう。
あの時と同じだ。マルスは相手が年寄りだからと、わざと消耗戦を仕掛けている。こうなってしまってはお互いに決定打も無く、マルスが逃走を図るだろう。
と考えていた私が馬鹿だった様だ。
グレイは時間が経過する程にその剣速、斬撃の威力共に強くしなやかにマルスを追い詰めていた。
「ーーど、どうなってやがる!? リミッターでも外れたかぁ!?」
「集中しろ小僧ぉ!!」
剣筋が増していく。三連撃から四連撃、今は五連撃まで斬撃が止まらない。
流石に辛抱ならなくなったマルスは、得意の体をグイッとくねらせてグレイの猛攻を回避していた。
「馬鹿の一つ覚えだなマルス」
「ーーなに?」
グレイはこのタイミングで斬撃を回避すると読んでいたみたいで、フェイントを仕掛け剣を引き込みながらマルスの胴体に渾身の蹴りをバッチリと入れていた。
「ーーぐはぁ!!」
グレイの蹴りが効いたらしく、マルスは地面に転がっている。
「勝負あったなマルス・レイン 一応私から申し上げて起きます。 お前なんかではお嬢様に相応しくありません。 婚約を破棄させて頂こう!!」
「ーーす、好きにしろ! なぁそんなことより何か昔によく似てないか?」
「どう言うことだ?」
「俺を追い詰め殺し損ねたその先だよ」
ケタケタと笑い出すマルスはグレイを挑発していた。ふと、思い出してグレイは我に返り顔が青ざめている。
「ーーお逃げ下さい! お嬢様!!」
パァン!!
硝煙の匂いとその銃声に、私は気が動転してしまっていた。
言葉が出なかったのである。グレイの胴には、風穴が空いており私を銃弾から守ったのだ。
「ーーい、いやー!! どうしてよグレイ! なんで私を庇って……」
「ご無事で…… 良かった…… です……」
力無くグレイはその場に血を流し倒れてしまった。
「ちっ! 外した上に致命傷じゃないみたいだな。 苦しんで死ねるようにバラバラにしてやんよ!」
前髪を掴み正面から語りかけるマルスは、今からグレイの首を落とすようだ。勢いよく剣を振ろうとしたその時、マルスの顔は赤く染まっていた。
グレイはマルスの顔面に、口に溜め込んでいた血液を勢いよく吹きかけたのだ。
「ーーな、何しやがった! 血が目に入って何も見えねぇ!」
ふらふらになりながらも力強く立ち上がる騎士の姿に、私共々は驚愕した。その死神の如く気迫を纏った騎士は、まるで魂を刈り取る様な幻影を魅せていたのだから。
「私の『毒』は服毒致した様だなマルス・レイン! 覚悟はよろしいか?」
最後の力を振り絞り、グレイは神速の鬼神が如くマルスの首元に狙いをつける。
「ーーていや!!」
その閃光の一閃は、マルスの首を地に落とした。復讐を果たし憎悪すら消し去ったグレイは、倒れ込み血だらけの剣を空に掲げて復讐の達成を宣言する。
「エマ、すまなかった。 ずっとずっと側に居たかった。 守りきれなかった俺を許してくれ! 思いもまともに伝えられないろくでなしだったが今日は格好よかっただろ!?」
幻影か。
エマさんが現れてそんなことないよ。ありがとうと言っている様な気が私にはしている。復讐は復讐を呼ぶだけだと、大体の物は否定するであろう。
そんなのは不粋だ。
彼女の尊厳を守る為にグレイ・マッケンリーは、この生涯を燃やしていたのだから。
「私は! エマを! 愛している!!」
紅き血染めのその剣は、蒼天の空に蒼く輝いていた。
♦︎
ーーこれより後日談。
サンブルグ伯爵家からお便りが届いていたので、それを読み上げる。
拝啓 陽春の候、罪人の断罪において健闘して頂いたこと誠に立派であったと申し上げます。 平素は格段のご厚情を賜り、厚くお礼申しあげます。 末筆ながら、エミアお嬢様を筆頭にご多幸をお祈り申しあげます。
さて 本題ではありますがグレイの治療の件は、見事に成功しました。 清々しい顔つきになっており、エミアお嬢様のことを心配していましたよ? 親バカですね。
ただいま 私達は反乱軍『エイドス』の残党を捕らえるべく日々、奮闘中であります。 これ以上、戦いで命を奪い奪われて悲劇を生んではならないですものね。 所で最近は国王との進展はあったのですか? 気になり過ぎて私は今も眠れません。 交際する時は私に教えて下さい。
敬具 マリエル・サンブルグ
「別に国王となんて付き合ってないわよ! 何を勘違いをしているのかしら?」
「お姉様 朝から騒がしいですがどうしましたの?」
「おはようマリー。 マリエルが鬱陶しくてつい…… ね?」
「ーー怖いですわよお姉様!」
すると、メイドのカーリーも私達の前にひょっこりと顔を出していた。
「今日は皆さまお揃いですね! グレイ様はいつ戻られるのでしょうか?」
「今日にでもこのお屋敷に帰ってくるわよカーリー。 死にかけていたのだから優しくするのよ?」
「はい! 了解致しました! 私は屋敷の掃除をして来ますね!」
三人が揃うというのも久しぶりだ。
事件に巻き込まれていて、なかなか会う時間もないしお茶をする時間もない。だけど私はある約束をしていた。
『もう一度アールグレイを淹れて貰えませんか』
皆んなでお茶をすると約束をしていて、その約束の日はグレイが帰ってくる日。今日なのである。
ガランッ!
お屋敷の門が開き私達に挨拶をした。
「死に損ないが帰って参りました。 お元気でしたかお嬢様」
「グレイ! おかえりなさい。 お茶の準備をして頂戴!」
「かしこまりました!」
皆んなを集合させ、妹カーリーとマリー そしてグレイでお茶会を開く。
「お待たせしました。 私特製のアールグレイです」
確かに美味い。エマさんが納得してしまうのも仕方がないのだろう。
「今日の紅茶だけは格別ですわね」
曇った空が晴天になるように、グレイの心もいつか完全に晴れることを願いながら、私はアールグレイをすすっていた。
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