魔女の一撃
「ロルフさんが倒れたって聞いたが、本当か!?」
大声を上げて飛び込んできたのは、外部との交易を一手に担う人間の商人アルブレヒト。
酒類の運搬をする関係で殺気立ちやすい集落の者たちにもめげず、ここ数年専属となっている勇気ある男だ。
しかし、そんな彼も集落に着いて、長老ロルフが二日前に倒れたと聞いた時は血の気が引いた。
若手の商人であるアルブレヒトが気難しい住人達とまがりなりにもやっていけていたのは集落のご意見番であるロルフ老の助力によるものが大きい。
前回交易で訪れた際の宴でロルフ老が葡萄酒の小樽を二つ空にしたのを見た彼からすれば、信じがたい悲報であった。
集落唯一の治療所に突然入ってきて叫ぶアルブレヒトに、薬師の老婆は鷹揚に応える。
「ああ、二日前に担ぎ込まれてきたよ。魔女にかなり良い一撃を貰ったみたいだねぇ」
魔女。
古に地の底に封じられた妖魔と契約し、邪なる業を振るうとされる存在。
その逸話は数多あるが、そのどれもがとるに足らないお伽噺の筈だ。
まさか、実在したのか?
疑う気持ちもあるが、現実としてロルフ老は倒れている。
大事なのはいつだって真実より現実である。
「それで、無事なんですか!」
「慌てるでないよ、今は温熱治療の施療室で寝てる。十日もすれば良くなるはずさね」
周辺で薬草の類もろくに取れない集落では温熱治療が最も手厚い治療だ。
地熱が高い施療室で横になり血の巡りを良くするだけの原始的なものではあるが、施療室には病人と怪我人以外は薬師しか入れない。
「そう、ですか。お会いできないのは残念ですが、ご無事でよかった。」
「ん? まあ、大事にならないのが一番だね」
薬師の老婆は怪訝な顔をしたが、なんのてらいもないアルブレヒトの言葉に曖昧に頷いた。
「それにしても、ロルフ老はどこでやられたので?」
いかに頑健な種族で本人も生気に満ち溢れているとはいえ、ロルフ老は高齢だ。
集落の若い衆のように岩蜥蜴を囲んで仕留めに行ったりはしないのだから、魔女が何処に出たのかという話になる。
「それがねぇ……5歳になる曾孫を持ち上げようとして、バタリ、だとさ」
「はぁ?」
曾孫を持ち上げるロルフ老、持ち上げられて喜ぶ子供、そしてそこで一撃加えて去っていく魔女?
……何かが致命的に間違っている気がする。
「……想像がつかないのですが、魔女が出たのではないので?」
「はぁ? 魔女なんて居るわけないだろう」
「え?」「ん?」
お互い目をパチクリして顔を見合う二人だったが、すぐに老婆が合点がいったようにポンと手を叩いた。
「あー、あー。なるほど、そういやアルは人間だったね。通じない筈だよ……」
「何がです?」
「魔女の一撃ってのは、私らドワーフの間じゃぎっくり腰の通称なんだよ。気を揉ませたようで悪かったね」
老婆の話では、古い古いドワーフの間に伝わるお伽噺の中で、勇士が魔女の呪いを受けもだえ苦しむのを、姫が己の丹精込めて伸ばした髭を切って編み上げた腰紐を巻いて救うというのがあるらしい。
その話を由来として、いつしかいきなり襲ってくる激しい腰の痛みを『魔女の一撃』と呼ぶようになったのだとか。
「えっと、つまりロルフ老は?」
「簡単に言えば…………腰が痛すぎて会えないだけだよ」